プロローグ
氷雪の月ーー
幻想的な雪景色が広がっていた。雪花舞い散る様は実に趣きがある。
ここはウォーター国の観光地が一望できる展望台だ。寒い中で身を寄せ合う恋人達が並ぶ一角を過ぎって一人吹雪に立ち向かうように歩く女性がいた。
目の前には氷の塊が崩れ落ちて、山のようになっていた。
《Weather…》
スローモーションで氷の塊は元の状態に戻っていく。本来は真夏のファイア国へ流出する商品なのだ。
氷の山があった場所に一人の少年が倒れていた。
******
少年は目を開けた。天井はいつもと違う灰色をしていた。目だけを動かしてアチコチ見ていると見知らぬ部屋だとわかる。
(あれっ?僕は氷を卸すため運搬していた筈だ。)
記憶を辿ると、作業中に壁沿いに並べてあった氷が一斉に崩壊して下敷になったことを思い出した。
(僕は助かったんだ。)
ーーーカチャ。部屋の扉が開いた。
明るい女性の声がした。
『良かったわ。目が覚めたのね?』
「は、はい。貴女は?」
『あの氷を退けたら君が倒れていたの。カラダはもう平気かしら?』
(あれっ!?僕は頭に氷が当たったような気がする。)
温かな手が僕の髪を撫でた。
『いいのよ、もう少し眠りなさい。』
(深い紺碧の色…キレイな瞳。)
僕は再び眠りについた。
次に目覚めたのは、自分のお腹が鳴る音が耳で聞こえたからだ。部屋の中に美味しそうなクリームシチューの匂いや焼き立てのパンの匂いが充満していたのだ。
『どうぞ?冷めない内に食べてね?』
と言いながら、紺碧の瞳の女性は、ゆっくりカラダを起こして背中に枕を添えてくれた。
「いただきます!」
久しぶりの食事は美味しくて夢中で食べた。意識して咀嚼しながら味わって食べた。
結局僕はクリームシチューを2杯もおかわりした。
『顔色も良くなったわ。さて、君の名前を教えて?』
「僕はタカ。14才。属性は水。進化型の氷まで使えるから氷売りとして働いてる。一昨年の事故で両親を亡くして働き始めてたけど、氷が制御できないなんて生まれて初めてだった。
貴女が助けてくれたんですね。ありがとうございます。」
女性は首を横に振った。
『どう致しまして。あの場に居合わせたら当然の事をしたまで。私はヨウ。タカは学校には通っていないのね?』
「うん。だって食べないと死んじゃうし。そりゃ学校で色々学びたいけど無理だから…」
ヨウは僕の頭をポンッと頭を撫でて、
『秘密を守れるならば、学校へ通わせてあげる!どうする、タカ?』
「ーーー秘密って?」
******
僕は今、ギルドカードとカバン一つを手にヨウの家にやって来た。先刻まで寝ていた場所はウォーター国の治療院の一室だった筈だ。
だが今は生い繁る樹々の間に建つ家の周辺には雪は降っていない。
薄暗い翼の影が射して、音も無く一羽の梟がヨウの左肩に止まった。白銀の毛がキラキラ輝いている。
(んん?白銀の梟って言えば、黒魔女の…)
『ふふふ…聡いわ、タカ。私は五色を纏う黒魔女洋子よ。』
変幻を解いて黒髪黒眼になって微笑んだ。
「ひええぇっ!?」
ヨウは腰を抜かした僕を優しく抱き起こした。
家の中はぬくもりある木製の家具で統一されていて居心地良さそうだった。
温かな紅茶を飲み終わる頃合いを見て、僕の目の前で石盤を置いた。
『秘密とは私の正体を口外しないことだけ。私と契約して欲しいのよ。』
▽△▽△▽△▽△▽△
甲:ヨウコ・サトウ
乙:タカヨシ・キリュウ
乙はウェンディ国立魔法学園に入学して3年間留年せず進学して勉学に励み卒業せよ。
また在学中に甲からの個人依頼を受注することが条件である。
甲は乙の在学中のすべての経費を負担せよ。
乙の一方的な理由により退学した場合は契約違反とみなしウェンディ国の法が乙を裁くことになる。
甲が乙の在学中に養育費が未払いとなった場合も同様である。
甲と乙の契約が有効である証明致します。
氷雪の月 ウェンディ国王
△▽△▽△▽△▽△▽
卒業後の進路や行動に何も規制がない上、証人者が国王だという事実に慄きながらも、裏事情があるのだろうと簡単に割り切った。
(何故、僕のフルネームを知ってるんだろう?もしかしたらヨウって人外な存在なのかな?)
自分を助けてくれたヨウに興味があった。
氷売りで終わる人生よりも高度な魔法を習得して安泰な将来を夢じゃなく目標にできる。
こうして僕はヨウと契約を結んだ。
ウェンディ国立魔法学校」へ通う事になったが、各国の皇子が入学するため学園内が一層華やいでいるらしい。まさか自分も入学する事になるとは思わなかった。
僕の永き人生の飛躍の第一歩だと、この時には想像していなかった。




