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8.意思疎通ちゃれんじ



 どうやら楓に殴り飛ばされたことで、新たな才能に目覚めたらしい葵君。

 謎の通信教育により、脅威の神秘に目覚めたらしい。

 そんな彼には今、菊花と享が群がっていた。


 ――彼らの話に顔を引き攣らせながら、楓は決意した。

 現代に戻ったら葵の姉、夏に連絡を取ろうと。

 そして夏の方から謎の通信教育との契約を破棄してもらおうと。 

 何処を目指し、何処に向かっているのかは知らないが……葵、戻って来い。


「できたさね~!」

 げに恐ろしきは才能を持て余して無駄遣いに走る天才なり。

 楓は虚しい思いで、彼女達を見ている。

 彼女達……享と、葵を。

 あれから、葵が謎の力に目覚めてから三十分。

 その間に急ピッチで、享は葵と話しながら、何かを作成していたのだが……その『何か』がとうとう完成したらしい。

 一体何を作っていたのかと、楓は怪訝を顔いっぱいに広げて問いかける。

「それで何を作ったって?」

「よくぞ聞いてくれたさねー! とくとご覧あれなのさ!」

 そう言って、享がパンパカパーンと両手に掲げてみせたのは。

「【古代語翻訳機】なのさ!」

 妙に間延びした口調で告げられたモノ。

 享が捧げ持った物体は、一見『悪趣味なシール』に見えた。

 何故よりにもよって、リアルに写実的な目のシール。

「阿呆!」

 当然の如く、楓の握ったスリッパが風を切って唸りを上げる。

 パカンッと竹を割ったような音を立てて額にクリティカル!

「何故に!?」

「常識外れも大概にしておきなさいよ!? 翻訳ってそんなもんがこんな短時間で完成して堪りますか!」

「でも実際に完成したさね?」

「完成したってそのどこからどう見てもシールにしか見えないブツに一体何をしたって言うのよ!?」

「ん? 原理が気になるのさね? ……詳しく構造を聞けば発狂するだろうさ」

「一体何がどうなってるの!? 何をやったの、何を……?」

 へらへらと笑う享の目は、眼鏡が逆光を反射して見えない。

 得体の知れない様子に、楓の顔がひきつった。

「簡単に理屈だけを説明するとするならさ? まず助手にぺたんとこのシールを貼るのさ」

「わっ……プロフェッサー、くすぐったいです!」

 言いながら実践、とばかりに享が葵の額にシールを張り付けた。

 それはやっぱり眼力凄まじい目のシールだったが、瞳孔の辺りに『呪』と書かれている。

「それから自分達の身体に、こっちのシールを貼るさ」

「貼ってどうなるんですか、プロフェッサー!」

「それはさ!」

 ひょいひょいひょい、と。

 葵以外の手芸部メンバーにシールを配りながら、享は得意げに指を振って答えた。

「この『送受信シール』を通して発せられた思念波が、『助手』という媒体を介……」

「ちょっと待ちなさい。思念波って何!?」

「思念波は思念波さ! 思念の波なのさ!」

「それで納得できると思っているんだったら大間違いよ!? 胡散臭さも怪しさも、正直もうお腹いっぱいなんだから」

 またもや謎の単語が出てきたぞ、と。

 頭痛を堪えるように額を押さえつつ、楓が享の襟首を掴む。

「わかった、話し合うさ! だからデコピンは勘弁するさねプリース!!」

「要点を押さえて、わかりやすい説明できる?」

「勿論さ! 前提として人間は言葉を発し話す時に、大体頭の中で話す内容を無意識に考えるものさ。そのイメージを言葉という形で他者へと発信していることから、脳内のイメージを他者への志向性を持った思念と捉え……」

「えーと、菊花ちゃん! 享ちゃんの言ってることわかる? わからない私がおかしいのかなぁ……?」

「レン、私もわからないから心配しないで良いわ。キョウ! もっと馬鹿にもわかりやすく話してもらわないと私に理解できないでしょう!」

「自分で自分のこと馬鹿だって言ったよコイツ!」

「じゃあわかりやすく例えて言うさ! このシールは言葉の通じない相手と話し合う為の、言葉に込めたイメージ送受信ツールなのさ! 例えて言うなら言葉の通じない距離を詰める為の携帯電話みたいなもんさ! そして助手が電波の送受信を助ける『電波塔』みたいなもんなのさー!!」

「あ、一気にわかりやすくなった」

「スマホじゃなくって携帯電話ってあたりがアレね」

「加えて言うなら『電波塔(あおい)』から離れたら途端に役立たずさ! 助手の半径3km以内につき有効さね」

「意外に有効範囲が広いわね」

「っていうか原理が謎いままじゃないの! どうなってるの、そのシール!?」

 享の手により完成した【古代語翻訳機】。(※葵の存在必須)

 学校で『マッドな●ラえもん』と呼ばれている異名は伊達ではない。

 取りだす道具の原理の謎具合もまた、ドラえ●ん級だ。

 それが伊達であればどれだけ良かったかと、楓は頭痛を必死にこらえている。

 今回はあまり周囲に害を撒き散らさない系統の発明なので、大目に見よう!

 

 謎のシールを身体に貼らなければいけないということに、楓は抵抗を感じたが。

 何故か他の面々は不思議なくらいに抵抗がないらしい。

 菊花、蓮、花の三人は堂々と額に目玉のシールを貼っている。

 それで良いのか女子高生。

 もう少し外見に気を使う気はないのだろうか。

 ものは試しという言葉もあるが、会話が通じなくて不便なのは考えるまでもない。

 考えるまでもなく、否応なくシールを貼らねばならないのだろう。

 ……自身は貼らず、仲間に通訳を頼むという選択もありはするが。

 しかし楓にそれを実行する気はない。

 何故なら仲間達に仲立ちを頼むと、どう考えても明らかに会話内容に信頼性が失われるからだ。

 彼女の仲間達は嘘をつきもすれば、真実を曲げもするので。

 常に虚偽を疑わねばならない会話をするくらいなら、自分も飛び込んだ方がマシ。

 幸い、シールは体であればどこに貼っても良いらしい。

 楓はしばらく考えた結果、一番目立たないだろう場所に貼る。

 即ち、服の下。

 楓の心臓の上あたりに、目玉シールが鎮座した。

 そうしてから、恐る恐ると目を向ける。

 どう見ても挙動不審に過ぎる、手芸部員たち。

 彼女達の傍から逃げ出しもせず、ただ不審人物を見る目で首を傾げている少女。

 先ほどから彼女は、唯一意思疎通……というより一方的に心を読む能力に目覚めた葵によって甲斐甲斐しくお世話をされていた。

 今までは葵が少女の感情を読み取っていただけ。

 だが享の【古代語翻訳機】が本物であれば、今度は会話での意思疎通が図れるようになるはず。

 ……その為には、少女の体にもシールを貼らないといけないのだが。

 さりげなく、そっとさり気無く近付いて。

 少女の背中を撫でるふりをして、そっと菊花がシールを貼った。

 もちろん、人目につかない場所に。

 それを見守ってから、自信満々に享が宣言した。

「さあ! これで言葉が通じる筈さね!」

「……っ! え!?」

 びくっと肩を震わせて。

 驚いた顔を隠しもせず、少女はポカンとした顔を享に向けた。

 茫然と戦慄(わなな)く唇が、思わずといった風に呟く。

「言葉が……」

 その一言で、楓にも知れた。

「おお……解る」

 やがてポツリと菊花が言った。

「解る。解りわよ! なんでわかるのか全然わかんないけど!」

「本当にわかるんスね、部長! 凄いッス、プロフェッサー! 天才!」

「はっはっは。誉めたまえ誉めたまえ。もっと褒め称えたまえ」

 天晴れと書かれた扇子で扇ぎつつ、調子に乗るプロフェッサー。

 何はともあれ、こうして【古代語翻訳機(謎)】の性能は確かめられた。

 胡散臭いこと極まりないけれど。

 原理も何も、そもそもそれが本当に『発明』なのかも謎だけれど。

 得体の知れない技術ではあるものの、享の作った【古代語翻訳機(謎)】が本物であること。

 その効果の程が確かであると。

 少女の言葉が理解できるようになった現状に、むしろ複雑な感情と不満を感じた。

 世の中って理不尽だ……

 なんでアレが効くのかと、楓ちゃんは納得のいかない思いを込めて、とりあえず享の頭を一発はたいておいた。



 そして言葉が解るようになった即席バイリンガル高校生達に、少女ははにかんだ笑顔で言ったのだった。

「助けてくれて有難う御座います。御恩は忘れません」

「――言ったわね?」

「え?」

 何か、不穏なものが含まれた声音だった。

 思わずと見上げた少女の目に、異様に目を輝かせた菊花の笑みが映る。

 それはにたり、と穏やかならざるもので。

 一瞬、少女は何やら背筋が瞬間的に冷えていくのを感じる。

 自分は何か、取り返しのつかないことを……早まったことをいったのではないか?

 そんな直感めいた思いが、少女の脳裏にふっと浮かぶ。

 困惑した少女を前に、菊花は口元を吊上げて笑った。

「言ったからには……忘れない御恩とやらを早々に返してもらいましょうか」

「クーリングオフも出世払いも却下さねー」

 合いの手を入れる享の眼鏡がキラリと光る。

「ひ……っ」

 喉を引き攣らせて、目を見開いて。

 少女が怯えの声を漏らした。

 

 瞬間。


「アンタ等どこの悪人だぁーっ!!」

 楓のスリッパが盛大に炸裂し、菊花と享は思いっきり顔面から地面に突っ伏してしまうのだった。




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