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7.無駄な才能



 ぜいぜいと、全身で息を吐く。

 自分達を執拗に追うかと思われた、くま。

 それを完全に振り切ったと確信が持てた頃には、全身が汗だくだ。

 ようやっと人心地。

 疲労困憊といった様子の皆に、一番荒い呼吸を吐きながらも蓮が笑顔で飲み物を配った。

 常備していたのだろうか。

 水筒と、各員のマグカップ(部室常備)が現れる。

 楓に熊、菊花に赤い狐、享に緑の狸。

 蓮にはひよこ、花には蛙、葵には犬のマグカップ。

 そして引きずるように巻き込み連れてきた幼げな少女には、お客様用ということで果物の絵柄が可愛いマグカップ。

 渡されたコップと、中身の飲み物。

 困惑と疑心。

 飲み物を渡した蓮とマグカップを、少女は順ぐりに眺めて困ったように見上げてくる。

 しかし危機感もなく、警戒心も感じさせずに蓮はにこにこと微笑むだけ。

 困り果てたように、少女は何事かを言うのだが……

「……『δՑ᧣ᴔ₣∃☄▤✤ඓᚤ❀』」

 当然ながら、言葉は通じなかった。


 中身への不信感+、一行への不信感。

 そんなものがあっては、当然ながらカップの中身は飲み干せない。

 これは中身が安全というアピールが必要だろうと言いだしたのは、楓だったのだが……

「それじゃあココはアレさね!」

「そうね、カエデのちょっと良いとこ見てみたい♪」

「「そ~れ♪」」

 囃し立てる音調で、(たちま)ち上がる、一気コール。

 一気飲みを望まれて、楓の頬がひくりと引き攣った。

 別に、カップの中身を飲むことは(やぶさ)かではないのだけれど……

「……今更だけど、これ中身なに?」

 何だか『飲料(のみもの)』としては見たことのない色をしている。

 そして何やら刺激的なニオイがした。

 得体の知れない予感に、たらりと冷汗一筋。

 一体、この『飲み物』はなんだろう。

 それを知らないことには一気飲みなんて出来ないと、楓が蓮に問いかけると……きらきらと弾けんばかりの笑顔で、蓮は言った。

「黒酢にんにくスープだよ!」

「なんて一気飲みし難いものを……!」

 楓にとって、予想外のチョイスだった。

 まさか飲み物は飲み物でもスープ……それも黒酢にんにく。

 そんなものを全力疾走後の清涼剤として活用する女子高生が、果たしてどこにいるのだろう?

 ここに、いたよ。

 しかしそんな物を渡され、あまつ一気飲みを求められても楓は困ってしまう。

 もう何だか見慣れた筈のマイカップの熊すら禍々しく見えてきた。

「蓮。蓮さん、なんで黒酢にんにく……っ? ちょっと難易度高すぎでしょ? 他にまともな飲み物……お茶はないの?」

「あるよ、お茶? 楓ちゃんの好きな緑茶でしょ、あと焙じ茶と玄米茶と麦茶と黒豆茶。烏龍茶は東方美人茶でー、プーアル茶に香片(ジャスミン)茶❤ 紅茶はディンブラとアッサムが……」

「それだけ色々あって、よりにもよってこのチョイス! そこでなんで黒酢にんにく選んじゃったの!?」

 しかもドリンクではなく、スープ。

「えーと……走って疲れただろうから、スタミナ付けた方が良いかなぁと思って?」

「その気遣いは間違ってない……気遣い自体は間違ってないけど、タイミングとか色々考えて!」

 やるせない気持ちとか諸々を込めて、楓が(こら)えきれない様子で地に膝をつく。

 しかしそうしながらもマグカップの中身が零れないよう、傾けないように保っている辺りはまだ余裕がありそうだ。

 食べ物を粗末にしない、紅葉 楓16歳。


 結局、誰だって我が身が可愛い。

 そしてそれが必要のない苦難だと思えば……回避するのが当然だ。

 楓は何とか蓮を説得して、再度まとも(・・・)な飲み物を配って回らせた。

 マグカップは既に投入された黒酢にんにくスープで埋まっているので、紙コップが大活躍だ。

 蓮が給仕して回った今度の飲料は、山葡萄ジュースだった。

 危険な兆候の見られないそれを、楓は恐る恐ると呑み下す。

 普通に美味しかった。

「最初っからこれを出そうよ、これを……っ」

 まともなモノも身近にあるのに、この回り道的な展開が泣けてくる。

 こくりこくりと飲み干す山葡萄ジュースは、なんだかしょっぱい味がした。

 それは勿論、楓の錯覚なのだが。

 

 危険ではない旨をボディランゲージで示し、何とか言葉の通じない少女に飲ませることが出来た一行。

 それは決して最終目標ではなかった筈なのに、謎の達成感で満載だ。

 甘い山葡萄の味が気に入ったのか、少女はこくりこくりとジュースを口に運んでいる。

「この様子なら何とか懐じゅ……洗脳も上手くやれそうね」

「なんでそこでそっちに言い直した!? 洗脳されるくらいなら懐柔の方がまだマシ……いや、そもそもどっちもしちゃ駄目よ!」

「なぁに? カエデだって非友好的な態度で警戒されているよりは、友好的な態度である程度の親密さを築いた方が喜ばしいと思うでしょ?」

「……否定はしない、けど。でも洗脳は駄目、洗脳は!」 

 ナチュラルに『洗脳』というヤバげな選択肢を堂々と明示してくる菊花。

 それをやれないと思っていない辺りが、楓ちゃんも毒されていた。

「『✤ணತೄ✚♂♬ងធಔೂ☵☃☆ஔ☆☆』?」

 話し合う菊花と楓の不穏な空気でも感じたのだろうか?

 きょとんとした顔ながらも疑問深そうに見上げてくる、少女。

 しかし相変わらず、何を言っているのかわからない。

「……何はともあれ、まずは言葉の問題が先ね」

「そこは同意するわ」

 さて、困った。

 本当に何と言っているのかわからない。

 現代語は全く通じない様子の、古代。

 どうやってコミュニケーションを取ったものか。

 助けた女の子は、おずおずと言った。

「『✩☃დრ✝ფ♂☀♬』」

 その言葉を聞いた手芸部の面々は、思わず変な顔をする。

 女の子は尚も言った。首を傾げながら。

「うぅっ 言葉が全く解らない!」

 言葉が通じないことに気づいたのだろう、少女も困り顔だ。

 取り敢えず一番近くにいた葵に、少女は話しかけるが……。

「なんて言っているのか解りません~……。

お願いします、プロフェッサー! 助けてくださいぃ」

 困った時の、プロフェッサー。

 こんな時こそ彼女の出番だと、思い当たった一同は一斉に享を見た。

 少女も戸惑いがちに見つめてくる。

「ふふ……ここはこんな時こそ私に任せたまえ、なのさぁ!」

 享はふふふと笑って白衣の懐から何かを取り出した。

 なんだか『ぷるるん』としたフォルムのそれは、日本人の彼らにとっては見慣れた物体で……ダイレクトに蒟蒻畑で取れた的な。

 見た瞬間、楓はハッとして手元のスリッパを咄嗟に強く握りしめた。

 それは、そう……いつでも全力で振り抜けるように。

 そんな楓の心構えを知る由もなく。

 学校で『マッドなドラ●もん』と呼ばれる少女は声も高らか、意気も揚々とソレを掲げた。


「言葉が解らない! 通じない! こんな時はこの逸品!

(テケテケン♪) 翻 訳 こ ● に ゃ ……っ」

「守ろう著作権!!」


 すかさず楓ちゃんのツッコミが炸裂した。


「ぐぉふ……っ」

 下から煽るような一撃(ツッコミ)が享の顎に炸裂し、衝撃で彼女の口は自動的に封じられた。

 だがそれで油断はできないとばかり、楓がスリッパを片手に警戒している。

「あからさまなパクリ発明してんじゃないわよ……! というか、どうやってそんなモノ再現したって言うの!? 怪し過ぎでしょ!」

 享は顎をさすりながら、怨みがましい眼差しを向けてきた。

「痛い。だけど、性能は保障するさ。さ、実験さ。

まずは食べてみるさね、助手」

「俺は実験台ですか!? でも、これも助手の勤め……

喜んで食わせて頂きます、プロフェッサー!」

「って、食うな! 後輩で実験するな!」

 楓のツッコミは、休まるところを知らない。

 だけどこの時、楓のツッコミは妙なモノを呼び覚ました。

「へぶっ」

 とばっちりで、スリッパに殴り飛ばされた葵。

 丁度その瞬間だった。

 彼の目が、カッと見開かれる。

 そして葵の身体が、謎のポーズで固まった。

 右手は真っ直ぐ天に伸ばされ、左手は斜め後方の地を指さし。

 左足は高く腿を上げ、右足は一本だたらの様に体を支える。

 少年の光景があまりに異様だったので、周囲は静まり返って動きを止めた。

「やば……殴り過ぎた!?」

 身に覚えのあり過ぎる楓が、息を呑む。

 だが彼女の考えは杞憂だった。

 もしかしたらある意味正解だったのかもしれないが、心配は無駄だった。

 だって次の瞬間、葵君が叫んだから!


「えいどりあーん!」


 息を詰めた楓ちゃんはツッコミを入れるよりも先に頭の心配をした。

 だけどそれも次の瞬間、更なる異様な事態への直面で忘れ去る。

「ひど……っ黄色い救急車が必要かも? なんて酷いッスよ、楓先輩!」

「!?」

「ああっ! 部長まで俺の脳にキノコが生えたなんて……」

「あら? なんで私の考えたことがわかったのかしら、アオイ」

「え、本当に考えたの!?」

 不思議そうに首を傾げる菊花の反応に、楓は素直に驚いた。

 何故なら先程、葵が言ったことは実際に楓が考えていた言葉だったからだ。

 奇妙なモノを見る眼差しが、葵に注がれる。

 注目を受けた少年は若干照れくさそうに頬を染めるが……しかしその顔は次第に曇っていく。

 心底不本意そうな顔が、手芸部員達に向けられた。

「は、花先輩も蓮先輩も酷い……」

「うん? 助手、どういうことさ?」

「! ぷ、プロフェッサー、流石です! こんな時でも知的好奇心の塊! 凄い! まるで不信感がない!」

「いや、良いからアンタどうしたのよ」

 一人ではしゃぐ葵の様子に、頭痛を感じる……。

 楓がいっそ締め上げようかと思った瞬間に、葵は楓に怯えた目を向ける。

「……ん?」

 その様子に、違和感があった。

 先程からタイミングというか……何だかやけに、察しが良くないか?

 疑問で一杯の楓ちゃん。

 そんな彼女に次の瞬間、爆弾発言が襲いかかる!


「聞いて下さい、皆さん! 俺、どうやらテレパシー能力に目覚めたみたいです! 通信教育の飯田先生ありがとう!」

「阿呆かぁぁああああっ!!」


 葵は宣言した瞬間に、楓にスリッパで殴られた!

 自白した通り、楓の思考を読んだのだろうか。

 完全に予測できないタイミング・位置からの一撃だったのだが……一瞬、葵は楓の繰り出したスリッパに反応したのだが。

「あいったー!」

 反応はしたものの、抵抗の余地なく殴り飛ばされた。

 どうやら思考を読めても、対応できる技術と肉体がなければ予測できようが無駄のようだ。

 だけど殴られる瞬間の反応を見れば、葵が楓の思考を読んだのは……テレパシー能力に目覚めたというのは本当のようで。

 手芸部員達は目を見張りながら、吹っ飛ばされる葵の姿を見守った。

「……通信教育って、効くんだね」

 そんな、一言を伴って。




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