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6.逃げ道坂道転落注意!



 対峙する、高校生達と古代人。

 その間を裂くように、召喚されたイキモノ。くま。


 度々人里を襲う暴れ大熊は、外敵と認識した人間に向けて叫んだ!

 のっそりと立ち上がり、両の前足を高く上げ、吼える。

「がおー!」

「うわっ やる気のねぇ吼え方!」

「そこなの? ねぇ、菊花にとって一番気になるのはそこなの?」

 中々に切羽詰まらない手芸部員達。

 楓の苛立ちも最高潮だ。

「もうちょっと切羽詰まりなさいよ、この馬鹿共ー!!」

 するとあら、不思議。

「がぅっ!」

「!?」

 熊の聴覚は楓の声を捉え、くるりと彼女達を振り向いた。

 そのまま気の立っている熊が、猛突進してくる。

「く、熊がきたーっ」

「良かったね、楓ちゃん! くまさん、好きだったよね?」

「キャラクターの熊はね! マスコットの熊ならね!? 今はそんな悠長なことを言っている段じゃないよね、蓮!!」

 どうやら対峙していた古代の戦士な方のあまりの隙の皆無具合に、熊さんも襲い掛かる切欠を掴めずにいたらしい。

 襲うにも労の多い相手と認識したのだろう。

 野生動物は大自然の掟に培われた野生の本能が命ずるままに動く。

 古代の戦士に比べて、熊は女子高生達を容易い相手と見なしたらしい。

 手強い青年は放っておいて、弱い獲物から先に……という訳だ。

 熊の認識が正しいのか、否か。

 それはわからないが、判断に至った流れに不自然さはない。

 一般的に考えて、古代の戦士よりも女子高生の方が倒し易いと考えることに違和感はないからだ。

 だけど菊花は、そんな熊を淡泊な目で見ている。

 ちらりと目配せを送った相手は、勿論手芸部員の仲間達。

 手芸部員の声が、一斉にそろった。

 それは、ある者の名前で。


「「「「「享 (プロフェッサー)(ちゃん)」」」」」

「アイアイサー!」


 元気に叫んだ白衣眼鏡の、目元がキラン☆と陽光を弾いて輝いた。

 それは何とも……傍目に見て、物騒な輝きに見えた。

 さあ、皆の期待を一身に受けて、享ちゃんは何をやってくれるのだろうか!


 期待を込めて皆が視線を向ける中、享の手には バ ズ ー カ が握られていた。


「……って、ちょっと! 流石にバズーカはヤバイでしょ!

そもそもそんな物騒な物、どっから出したー!」

 ハッと我に返り、享の担いでいる物にツッコミを入れる楓。

「どこだっていいさ! 」

「いや良くないわよ!?」

「それにこれは……」

 白衣の肩にバズーカを担ぎ、眼鏡の上からゴーグルを装着。

 そのまま享は照準を合わせ、狙い定める。

 そして少女(?)は、躊躇わずに引き金を引いた。


  スッパパパパパ―――――ンッッッッッ


 騒音轟音、炸裂音。

 凄まじい音が、周囲半径六㎞以内に響いた。

 空気が澄んでいると、流石に音の響きが良い。

 ゴーグルを額に上げながら、享が言葉の続きを述べる。

「……それにこれ、実はクラッカーなのさ」

 享が抱えていた、バズーカの先端から金銀赤白黄色に緑、青とキラキラ光るビニールリボンがごっそりと飛び出していた。

 空中を大量に、発射されたセロファンの欠片が舞い散っていた。

 日光を反射して、それがなんとも言えず、綺麗だ。

 熊が呆然と、へたり込んでいる。

 いきなりの大音量に、熊はビビってしまったようだった。

 音に驚いたのか、頭が真っ白になったのだろう。

 口をかぱんと開けて、空に舞い散るセロファンをただ眺めている。

 その体には、リボンが大量にかかっていた。

 まるで、蜘蛛の糸のように。

「今さねー。逃げるが勝ちさ!」

 そう叫ぶが速いか、享は一目散に走り出した。

 放り出したバズーカ(クラッカー)が、熊の頭に命中!

「あ、待って、享ちゃん!」

 続いて蓮が走り始め、葵、菊花、花と続く。

 最後に残ったのは、楓だった。

「薄情者……!」

 舌打ちをしつつも、面倒見の良い楓には放っておけない者がいた。

 熊と同じく、クラッカーに驚いたのだろう。

 呆然とへたり込んでいるのは、幼さが残る小柄な少女。

 楓は女の子に駆け寄ると、その手を引いて走り始めた。

 それは古代の戦士にも反応できなかった程の素早さで。

 そもそも古代の戦士自身も、クラッカーに面喰って動作が遅れた。

 相手は戦う手段を持った、男。

 それだけで自分で何とか出来るに違いないと、楓は判断して女の子だけを連れていく。

 ああ、これで私の方が誘拐犯……と頭を抱えながらも。

 だって、放っておけなかったから。

 女の子を連れてくるのに遅れた楓に、楽しげに菊花が声をかける。

「ほらほら急いで、熊が正気に返るわよ!」

 走る走る走る。六人+αは、大急ぎで駆けていった。

 しかし熊が正気に戻るのも速かった。

 原因は、享が投げつけたバズーカ(クラッカー)。

 額に命中した衝撃が熊を正気に戻してしまったのだろう。

 そして熊を驚かせ、バズーカ(クラッカー)を投げつけた一向に照準を合わさせてしまった。

 頭をぶんぶん振ると、尻餅をついていた体もすくっと起きあが……ろうとして、盛大に身体に絡んだリボンにも連れて顔面から地面に突っ込んだ。

 これが熊の激情に、トドメを刺す。

 最早許してはおけないと、女子高生達に合された熊の照準には憎悪の炎が燃え移った。

 熊は少女達を追いかけて走り出す。

 まるで親の仇でも追いかけるような執心でもって。

「ちょっと、追いかけてきたわよ!」

「なにっ 追いかけてきたか!」

 楓の言葉を聞いて、先頭を走っていた菊花が、方向転換を行う。

 真っ直ぐにタイムマシンまで走っていたのだが、このままではタイムマシンまで辿りつく前に追いつかれると判断したのだ。

 そもそもタイムマシンの元まで導き、壊されては元も子もない。

「菊花ちゃんー……どこにいくのぉ?」

 へとへとに疲れた蓮が、目をグルグル回しながら尋ねる。

 蓮の三つ編みが、風になびいていた。

「前方には上り坂と下り坂が見えるけれど……どちらにしようかしら」

「元々アンタ達の足、遅いんだからっ! 上り坂、なんて、あっという間に追いつかれるわよ!!」

「じゃ、向かうは下り坂ね!」

 そう言うが速いか、菊花は急な下り坂を全力で駆け下る。

「菊花ちゃん! 坂を走るのは危ないよぉ!」

 菊花は聞く耳を持たない。

 そこで仕方なく、他の面々も続いた。

「きゃぁぁぁぁっ」

 されるがままに走っていた女の子が、悲鳴を上げる。

 坂を全力で走るうちに、加速がどんどんついてくる。

「あうっ」

「あっ 蓮、大丈夫?」

 蓮が転び、そのすぐ後ろにいた楓が助け起こす。

「はうっ」

 次に転んだのは、葵だ。

「早く起きなさい! 熊にがつがつ食われても知らないから!」

「そんなぁ、先輩! 俺にも優しい言葉をかけてくださいよ!」

 それでも楓は葵を助け起こしてやる。

 ちなみに他の面々は、転んだ者のことなど気にもとめていなかった。薄情者と呼ばれても仕方がない。

「ううっ」

 三番目に転んだのは、花。

 疲れ切っていた楓は、何も言わずに助け起こした。

 だけど間をおかずに、四番目が表れた。

「とーうっ」

「アンタちょっとそのかけ声は、わざとかぁぁっ!」

 勢いよくモモンガのように飛び、前方抱え込みで受け身を取る、享。助け起こす必要は、別になかった。

 その運動神経を普段も発揮できていれば、享の体育の成績も「1」などという無残な姿を曝すことはなかっただろうに……。

 そして、五番目。

「がうっっ」

 楓のすぐ背後で、獣の声がした。

 次いで、ごろごろと丸く転がっていく物体が、背後から視界に表れ、遠くに消えていく……。

 その物体は、転倒し、そのまま坂を転がり落ちていく熊だった。

「………………」

 七人分の沈黙が、その場に落ちる。

「……下り坂を駆け降りるのが危ないって、本当ね」

 そう結論を下したのは、菊花だった。




     ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 転がり落ちて行った暴れ大熊。

 屈強な体はしかし転がり落ち着る前に己の姿勢を制御し、人間よりもはるかにバランスの良い四足を持って持ち直す。

 急勾配の坂の途中、重心を低く保った体勢で熊は転がる己の身体を止めた。

 より一層の憎悪を込めて、眼差しがどす黒く染まる。

 坂の先を見据え、若い女の匂いを辿って殺気を膨れ上がらせる。

 猶予を与えるつもりは、ない。

 邪魔するものさえなければ、熊は即座に女達を追っただろう。

 引き裂く為に。

 引き潰す為に。

 蹂躙する為に。

 皆殺しにする為に。

 そう、邪魔するモノ(・・・・・・)さえ、なければ。


 それは邪魔する者がいたからこそ、実現しえなかった夢想の中の未来。

 血の味を思いながら、熊が打倒される未来こそが……現実。


「……せりゃっ!」


 掛け声と同時に、熊を背後から襲うものがあった。

 堂々とした体躯の、若い男。

 熊の意識を刈ることは出来ずとも、確実に気を逸らす。

 男は手に持っていた原始的な直剣で、熊の首を叩き切ろうとした。

 それは無謀な試みであったが、熊に確かなダメージを与える。

 先程まで倒れていたとは思えない身のこなしで、男は熊の反撃を受ける前に距離を取る。

 血が足りないせいか、僅かに指先に痺れが残った。

「くそ固ぇ……流石、森の主」

 顰め面はまさに渋面。

 熊の年経た固い皮と分厚い筋肉に、作りの悪い剣の刃が欠ける。

 分が悪い。

 それは当の男自身にとって何よりも明らかだ。

 自分一人だったら、既に生を諦めていたに違いない。


 自分一人だったら(・・・・・・・・)


「くそ……っ単身熊に突っ込めなんて無茶な指示出しやがって! これでどうにもならなかったら責任とれよな、イナバ……っ」


 充分に自分へと注意が逸れているのを確認して、男は身を翻す。

 咄嗟にというべきか、熊は本能的に逃げる背を追った。

 それが誘導だとは、知る由もなく。

 敏感な獣の鼻も本能も、隠れたもう一人(・・・・)の巧みな隠蔽に気付かない。

 気付かせないだけの技量を、有した男が木々の挟間から熊を見ていた。

 その手によく馴染んだ、使い古された弓矢を握って。

 矢の先、よく磨かれた鏃の黒曜石がギラリと光りを照り返した。


  どすっ


 誘導された熊が打ち合わせ通りに定めた地点へと到達した瞬間を、青年は見事に逃さなかった。

 目を深く射抜かれ、熊の絶叫が響き渡る。

 歴戦の熊とて、狙撃が可能であればやりようはある。

 鋭い眼差しで、熊を射抜く。

 弓を構えた青年は、油断なく駄目押しの矢を解き放った。

 続け様に放った第二射が、狙い過たずに熊の眉間を貫いた。


 古代の戦士、イナバ。

 彼は最早トドメを下した熊を見てはいない。

 濃淡の具合で深い紺色にも見える黒髪の隙間から、戦士の冷徹な眼差しが坂の先を睨みつけていた。




     ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・




 坂を下ったずっと先に、人里と思わしき集落が見える。

 現代建築の街で育った彼ら彼女らには、『集落』としか見えないけれど。

 きっとあそこが、彼女達の目指す先……この一帯を治める『クニ』なのだろう。

 坂を転げ落ちて行った熊は、人里により近づくことになる。

 あそこが本当に邪馬台国なのか否かは、判断できないけれど。

 こうして、熊は邪馬台国(暫定)に向けて先に出発していった。

 きっと邪馬台国(暫定)の皆さんが目を回した熊を捕まえて、おいしく料理してくれることだろう。きっと毛皮まで無駄なく使ってくれるはずだ。さよなら。熊。君のことは忘れない。

 そして六人+αは、最終的には前傾姿勢で重力に負けながらも、何とか立ち止まり、落ち着くことができた。






→ 楓ちゃんは疲労している!

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