5.くまくま、くま!
うっかりヤシの実クリティカル☆をヒットさせてしまい、一触即発の臨戦態勢に入ってしまっている古代のお兄さん。
そんなどう見ても危険極まりない状況下に追い込まれた手芸部。
恐らく戦う術など持たないだろう……持たないよね? 彼女達。
果たして、彼女達の取る手段は。
とりあえず自分の位置は前に出過ぎていると気付いた楓は、そそくさと仲間達の位置まで下がる。
警戒中の武器保有者を前にして迂闊な反応ではあったが、逆にその動作が戦士のものではないとして見逃されたことを楓は知らない。
仲間達の近くに戻り、楓は怒りに強張った笑みを浮かべた。
「それで? どうせアンタ達の差し金よね?」
「あ、あははははっ楓? 顔が怖いさー!」
「やぁねぇ、カエデったら。何でもかんでも私達のせいにされたら堪ったものじゃないわぁ。あのヤシの実を投げたのはアオイよ?」
「はい、俺が投げましたっス!」
「潔いのは悪くないけど、実行犯が誰だろうと責任は主犯にあるものよね?」
きっと厳しい目を向ける楓ちゃんに、お馬鹿さん達はたじたじだ。
楓ちゃんは追及を緩めるつもりもなく、口調もきつく問い詰める。
「しらばっくれても駄目! 白々しいのよ、アンタ達……!」
どのような展開で、こんな状況に追い込まれたのか。
悲しいことに手芸部に所属して、既に一年。
何度も似たような事案を目にしてきた楓にとっては、状況の推移を推し量ることなど朝飯前なのだろう。
楓は正確に事の主犯を見抜いていた。
彼女の眼差しは、真っ直ぐと菊花に注がれている。
手芸部が何か騒動を起こした場合、事の発端や首謀者は九割の確率で菊花か享だった。なので、状況を推し量るまでもなかったのかもしれないが。
楓の手元が、怪しく閃く。
菊花に真っ直ぐ伸ばされ、捕まえようとする白い手。
菊花は顔を引き攣らせ、大げさに慌てて後退さった。
「そっそれよりもよ! この状況をどうにかする方が先じゃないかしら?」
前向きで建設的なご意見ありがとうございます。
その声が微妙に裏返っていなければ、完璧だったんでしょうけれど。
だけど楓は不服そうな顔をしながらも、手を引いた。
確かにお馬鹿さん達に制裁を加えている段ではないと、彼女も思ったのだろう。
だが、そうやって気を緩めたのが間違いだった。
「それじゃあ此処は私達を代表して! 率先して困っている人を助けるような常識人のカエデに行ってもらいましょうそうしましょうそれが良いわよね!」
「いってら~さね、楓!」
「って、ちょ……っアンタらソレどっから出したぁぁあああっ!!」
油断したと思ったら、その直後にコレだ。
背中を見せるべきではなかったと、楓は悔恨も絶えない。
なんと! 菊花と享の問題多きお二人は、楓ちゃんの背中をぐいぐいと押し始めたのだ。
さ す ま た で。
そんな物で押されては、楓ちゃんに抵抗する余地はない。
元々その為に学校なんかに設置されているような代物だしね!
だがしかし、楓は全力で抵抗した。
何しろ押し出される先……向かう先には、武器を持った男が待ち構えている。細身に見えても絞ってあるだけで、粗末な衣は鍛えた肉体を隠しもしない。
あんなのに武器で殴られたら、死ぬ。
青銅製だろうと武器は武器だ。
殴られたら痛いだろう。死ぬだろう。
そんな現実が素直に理解できた。
だからこそ楓は抵抗した。
自分の命がかかっている。
そう思ったからこそ、全力で。
「こ、ここで良いようにされて堪るもんですか……っ」
納得がいかない、と。
どこから出現したかもよく知れない物体さすまたに背中を押され。
楓の渾身の抗議は馬鹿共にも馬耳東風。
聞き流されて聞き入れられない。
「く……っ思ったよりも力が強いわね」
「こんなに抵抗されると、もやしっ子な私達には困難さっ」
「ハナ、アオイ、貴方達も手伝いなさい!」
「あ、はい。すんません、楓先輩! 部長命令は何より優先って入部届けに書いてあったんで!」
「あ、あなたたち……っ私が殺されたらどうしてくれるの!?」
「立派なお墓を建ててあげるわ」
「成仏するさね、南無阿弥陀仏」
「う、恨んでやる! 化けてやる……っ」
「安心しなさい、きっと殺されるまではいかないわ……精々、拷問止まりよ。多分恐らくあて推量だけれどね!」
「それで安心できるって思うんなら、自分で行きなさいよ!」
「言葉が通じないのに、私が行ってどうするの?」
「その常識的なお言葉、私にも是非適用してもらえないかしら!?」
「それより……ハナ、いい加減に手伝いなさい! このままじゃ楓に力で押し切られるわ!!」
「………………いくら出す?」
「もう、しっかり者なんだから! 三千円よ!」
「まいどあり」
楓は三千円で売られた。
いくら足を踏ん張ろうとしても、背後から……それも四人がかりで押されては楓なんてひと堪りもない。
菊花と花の商談が成立してしまった辺りが、分け目だった。
大して腕力のない菊花と享に押されても抵抗は出来たのだが……そこに元運動部の葵と花が加わっては、今度こそ抵抗も無駄だ。
それでも楓は頑張って足掻いた。
だが、彼女の努力は……報われなかった。
「そぉーれぃっ」
「お、覚えてなさいよぉぉっ!!」
ぽんと弾みを付けて、背中を押され。
楓は勢いよく前へと押し出された。
弾みで足が、踏鞴を踏む。
よろけた体は自分の姿勢も制御できない。
楓はこれ以上ないくらい無防備に、武器を構えた男の元へと。
もしもここで楓ちゃんが殺されるようなことになれば、それは恨み辛みで済まされることではない。
だけど菊花には確信があった。
本当に洒落にならないようなことになっても、享が何とかしてくれると。
そして楓であれば……どのような困難も自力で跳ねのけられるはず、と。
その無用な信頼はなんなんだ。
今までの実績によるものなのか。
それでも根拠のない信頼は、相手に押し付けるに重すぎるモノと思えるのだが。
実際に、享は既に用意を整えていた。
もしも古代の方が楓ちゃんに殴りかかるか斬りかかるかした場合……カウンターで報復措置を発動させる用意を。
楓は知らない。
いつの間にか、自分の着用している制服に妙な小細工をされていたことなど。リモコンによる遠隔操作で、妙なギミックの飛び出すとんでもない制服に改造されていることを。
知っていたら、恐らく享は此処にはいなかったんじゃないだろうか。
だが楓ちゃんの心労的には、幸いなことに。
彼女の制服に仕掛けられた奇妙なギミックが此処で作動することはなかった。
踏鞴を踏んだ挙句に、よろけた楓は前方に向けて大きく転びかけた。
彼女の目の前には、武器を構えた古代人。
彼の胸元へと、うっかり飛び込んでしまった形で。
どう見ても故意とは思えない、少女の転倒。
今までの展開を思えば、斬りかかっていてもおかしくなかったのだが。
咄嗟に古代のお兄さんは、受け止めようと動いていた。
それは本当に咄嗟のことで、きっと反射に近い動作。
先程の楓の行動選択と、身のこなしを見て彼女が戦闘員ではないと判断していたことが良い方に作用したのかもしれない。
この土壇場で、少女の身は害されることなく。
転びかけた危ういところを抱きとめてもらった形で、楓ちゃんの口が動いた。
意図せず、習慣として感謝の念を言葉にしようとした。
「あ、ありが……? あれ?」
しかし気付いてみれば結果、とてもナチュラルに拘束されていた。
傍目には抱きとめられているようにしか見えなかったが……物凄く自然に、楓ちゃん自身も気付かない内に両腕を取られている。
お礼ついでに身体を離して上体を上げようと思ったのに。
両手首をまとめて握られているせいで、自由がない。
「え、え……えぇ!?」
状況を認識して、楓ちゃんの顔からざっと血の気が引いた。
捕虜一号、誕生。
よりにもよって、ツッコミが捕まった。
古代の戦士は少女を手元に捉え、片手に武器を握ったまま。
そのまま、じりじりと残りの手芸部問題児メンバーににじり寄る。
こりゃやばい。
そう認識した手芸部員達の行動は素早かった。
「キョウ、何か役に立ちそうなものは!?」
「ここは是非ともこれを試していただきたいものさ!」
菊花の問いかけに、阿吽の呼吸で享が即座に取り出したモノ。
それは、何やら篠笛に似たナニかだった。
「ここで笛!? 何考えてるの、アンタ達! は、はやく逃げ……っ」
既に捕獲され済の楓が何やら慌てていたが、問題児達は終始マイペース。
笛を目にした蓮ちゃんが、呼びかける。
「誰か笛吹けるひとー?」
「…………はい」
「それじゃあここは花に任せるさ!」
「……報酬は?」
「おカネを取れるほど笛の演奏に自信があるのかしら?」
「………………聞いて判断すれば良いよ」
この頃には既に、様子と雰囲気から古代の戦士な方も悟っていた。
相手はまともに戦える手段を持たない、よくわからない集団だと。
戦闘に身を置く戦士は、相手が戦えないという一事をもって、もしかしたら油断していたのかもしれない。
怪しげな相手の、怪しげな動作をみすみすと見逃してしまったのだから。
……とはいっても、今回のそれはただ笛を吹くだけだったのだけど。
花ちゃんが、意外とこなれた構えで笛を吹く。
まともな音が出た。
どこからどう見ても、篠笛。
だが享が出したというだけで、まともな音が出ることを奇妙に思ってしまう。
そんな自分に気付いて、楓は感覚が狂いだしていることに物悲しくなった。
今はそんな場合ではないというのに、悲しくなった。
虚しい気持ちを抱えながら、思う。
享が出したというだけで警戒していたが……
あの笛はまともな笛なのだろうか?と。
しかしまともではないのは、音色ではなく効果だった。
篠笛から発せられた音は風に乗り、響きあい……
四方八方、森全体に広がった。
突如、音色に反応して蠢きだすものがいる。
それは音に気付くや否や、居ても立ってもいられず……
全力での疾走でもって、音を追いかけていた。
それは、そう……あの茂みを抜ければ、すぐで。
視界が開け、音の発生源を見つける。
途端に、そいつは咆哮を轟かせた。
「ぐぅるるるがあぁぁあああああああああっ」
さあ、予期せぬお客様の登場です!
一同の目の前に……全長三mはありそうな、暴れ大熊が現れた!
「って、くまぁぁああああっ!?」
口をかっぱりと開けて、楓が目を見開く。
楓を拘束していた古代の戦士も、地面に倒れ伏した男を介抱していた少女も。
一様に目を見開き、驚きを露にしている。
そんな最中、手芸部の面々は叫んだ!
「うわぁ。あんなにイキのいい熊、初めて見た!」
「動物園には、あんなにガッツのある熊いませんよね!」
場の緊迫した雰囲気を、蓮と葵の二人が台無しにする。
二人の声は、妙に楽しげだ。
それに反して菊花ちゃんのお声は、どこか不満そうだった。
「なぁんだ、熊か。もっとこう、宇宙人とか予想したのに」
「菊花……弥生時代に来てまで宇宙人が見たいの? それよりあの子を助けようとか、人を呼ぼうとかないの?」
楓が声を荒げた。
どうして荒げずにいられようか。
もしも殴りに行けるなら、今すぐ叩きに向かうのに。
楓ちゃんが無意識に藻掻いたのは、熊の再度の咆哮と重なるかのような瞬間。
「がぁぁあああああああああっ」
今にも襲いかかって来そうな熊への警戒に、つい青年の力が緩む。
握られた腕の感覚からそれに気付いた楓は、青年の腕を振り払って仲間達の元へと駆けだした。
急な動き、駆けだす少女。
その動きに釣られて熊も大きく一歩を踏み出そうとしたが……
熊の前に立ち塞がったのは、今の今まで楓を拘束していた青年。
楓を庇ったのだろうか?
いいや、違う。
彼は古代の戦士、イナバ。
その背中に守るべき護衛対象が……幼さの残る見習い巫女がいる限り、彼が熊に背を向けることは、ない。
楓に逃げられたとしても、青年にそれに構っている余裕はない。
彼らの目の前に現れたのは、以前にも彼らの国を襲ったことのある暴れ大熊だ。
手強い野生の獣を前にして、曲者だとしても無力な少女達に到底構っていられるような余裕はない。
それよりは、もっと気にするべき重大事があった。
気絶している仲間の男のことは、まだ良い。
だがこの場には、彼にとっての護衛対象である少女がいるのである。
古代においても身分は絶対。
上の者に命じられた任務は、完遂しなければならない。
今の青年にとって、何よりもの最優先事項は彼女の安全。
それをわかっているからこそ、誰を襲うとも知れない熊を前にして……青年は少女の身を守るべく、全霊を注がなければならなかった。
いざという時は我が身を盾にして、少女を逃がさなければならないのだから。
そんな古代の戦士の方の事情は、よくわからないが。
機会を逃さずに仲間の元へと生還した楓。
彼らを迎え入れるのは、温かな仲m……
「アンタら一体何やったぁぁああああっ」
迎えられる前に、楓のスリッパが炸裂していた。
すぱーんと一撃、享と花の頭にスリッパが閃く。
衝撃で、二人の頭がふらつく。
目の回る感覚に遠くなりかける気を引きとめながら、享が原因を口にする。
「あ、あはは……アレぞ私の最新作! 『ハーメルン篠笛』さぁ!!」
「それで全部の説明が済むと思うなよ! 詳しい効能は!?」
「ふ、笛を吹いた人の実力に応じた半径周囲、一帯で一番手強い野生動物が降臨するのさぁ! まさか熊が来るとは思ってなかったさねぇ」
「日本の野生動物で一番手強いイキモノ呼んでんじゃないわよ!」
「あら、それは違うわよ。カエデ? ここが弥生時代なら狼だってまだいる筈だし……猪だって意外と手強いんだから」
「狼が群れで現れても、その余裕ぶりを発揮できると思ってるの!?」
「ナウマンゾウとか出てこなくて良かったね、楓ちゃん!」
「ナウマンゾウはこの時代、とっくに絶滅してるからね……!?」
もっと焦れ、焦れと楓は悠長な仲間達を揺さぶるが、ある意味で泰然自若と仲間達は首を傾げる。
自分だけ慌てている現実に、楓の顔は引き攣った。
「もう、落ち着きなさいよ。カエデ?」
「この状況で落ち着けるアンタ達が信じられない……っ」
「だって私達には、享がいるのよ?」
「………………」
楓の動きが、ぴたりと止まった。
→ 楓ちゃんは思案している!
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