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4.ヤシの実と野球少年が



 少女達は走り向かった先で、見た!


 眼付の鋭い男と、体格の逞しい男。

 それらが二人がかりで、幼く華奢な……小さい少女を無理やりどこかへ連れ去ろうとしている光景を。

 どう見ても誘拐犯の姿にしか見えなかった。


 必死に馬鹿共を捕獲しようと走っていた楓。

 彼女もまた、その光景を目にし……

 ――状況を認識した瞬間、彼女の足は速度を増した。

 目の前の光景を、放っておける状況ではないと判断して。

 止めねばならぬと思っていた馬鹿のことも、頭から抜け落ちた。

 今はそれよりも優先して、介入せねばならない事態が目の前にある。

 楓の身体は、考えるより先にそう判断していた。


 か弱い女の身で、無謀というなかれ。

 困っている人を、状況を目にして。

 それを放置し、知らぬふりが出来るほど……楓は達観しきれていない。

 それを成せるほど、情のない少女ではなかった。

 無理やりという現実。

 それはいついかなる状況下であっても……力に屈服せざるを得ない女の身、その立場から、物申さずにはいられない。

 保身など、一切考えていなかった。

 現場に居合わせた者として。

 明らかに自分よりも幼い少女が相手となれば、尚更に。

 年長者としては、自分より幼い者は保護し、庇って当然。

 無意識下の考えが、彼女を突き動かす。

 それは年長者としての、義務感に近いナニか。

 咄嗟に守れるモノは守らねばならないと、楓はそう判断できる少女だった。

 その場に居合わせたモノとして、それが当然だと。

 幼い少女に対し、体格差に物を言わせて何かを強要するような者を放っておいてよしとは出来ない。

 困っている人を放っておけない、お人好しの部分。

 そこが叫んだ訳です。

 小さな女の子を虐める奴は、最低だと。

 だけど実際に口から出たのは、こんな言葉で。

「ちょっとそこの二人!! 一体何をやっているの!?」

 とりあえず、事実確認は大切ですね?

 ぎょっとした顔で此方を振り向いた男達。

 その顔には……無理解と、警戒の表情。

 不可解だと顔いっぱいに書き殴り、楓に不審の目を向けた。


 そんな、突貫かました楓の後方で。

 馬鹿達が面白そうな展開の予感に、によっと顔を綻ばせる。

 悪ノリの嵐が今こそ吹き荒れる!

「わあ、菊花ちゃん! 小さな女の子が虐められてるよ」

「ふふ……それは許せないわね? 女を虐げるようなゲス男には天罰を下すと良いわ。特に私に逆らう輩には」

「――という訳で、助手!」

「はい、プロフェッサー!」

 しゅぴっと前方を指さし確認!

 いつしか足を止めていた一行の中、享の声に葵はきびきびとした敬礼で答える。 

 そんな従順な助手に、菊花と享は無情に告げた。

「次の展開が愉快なモノになるよう、ちょっと行って来なさい。威力偵察か掻き回すかしてこれたらお駄賃あげても良いわよ」

「助手、ちょっと突撃玉砕かましてくるが良いさ!」

「えっ 俺がですか!?」

 告げられたのは誰がどう聞いても、明らかな無茶ぶりだ。

 だって良く見て下さい。

 女の子に無体を働いている(ようにしか見えない)、あの二人。


 明らかに武器を持っています。

 体格もよろしいですね、わかります。


 男の腕に握られた古式ゆかしい直剣(青銅製かもしれない)。

 どう見ても原始的かつ凶悪なソレが、陽光を弾いてキラン☆と光った。

 無駄な肉など欠片もない、絞られた身体はまさに全身凶器。

 それは、少し離れた彼女達の目にもくっきりだ。

 そんな光景を目にしていて、笑顔の部長と狂発明家は一年男子にどうぞどうぞと勧めてくる。

 実際、その背を前方に向けてぐいぐいと押しすらした。

「イヤですよ。怪我したらどうするんです!」

 抵抗する、葵。

 彼に向けられたのは、少女達の冷めた眼差し。

 ノリの良い他の者まで、ここぞとばかりに口撃に参加する。

「葵君は、か弱い女の子に行かせる気なの?」

「……腰抜け」

「仕方がないさ。何しろいい歳してガンダ●に首っ丈の、テレビっ子全開なヒッキー少年だからね。怖い物は怖いんだろうさ」

 楓を除いた手芸部の面々が、各々好き勝手な事を言っていた。

 口々に少年を苛む、少女達の心ない言葉。

 しかし葵はこのようなイジメでへこたれる少年ではない。

 結構粗雑な扱いは日常茶飯事だ。

 幾分ポーズの混じった憤慨口調で、葵はとうとう陥落する。

「ああ、もう! わかった、わかりましたよ! 俺が行けば良いんですよね!?」

「おお、その通り! 思い切りの良さ、男前さね助手!」

「葵君かっこいー!」

 やんやの喝采に混ざり、葵に向ってぐっと親指を立てる面々。

 中でも菊花が、素晴らしく晴れやかな笑顔を浮かべる。

「ふふ……よくぞ思い切ったわね。それじゃあレン、『アレ』を」

「うん、『コレ』だよね。菊花ちゃん!」

 含み笑いながら菊花が『アレ』と言葉にすると、その要望過たずに蓮が『アレ』と呼ばれたブツを鞄から取り出して差し出してくる。

 菊花はブツをぐっと掴むと、葵へとぐいぐい押しだした。

 蓮が鞄から取り出し、菊花に渡したモノ。


 それは直径23cm程のヤシの実(本物)だった。


 割れと?

 割って、ヤシの実ジュースを作れと?

 そんな疑惑が葵の瞳に困惑として現れる。

「アオイ、元少年野球エースの4番……だったわよね?」

 無言での問いかけに対し菊花は緩く首を振ると、立てていた親指を今度はぐっと下に向け、はっきりとした口調で述べた。

「元野球少年の面目躍如と行きましょうか。私に意地を見せてごらんなさい」

「そんな……っヤシの実なんて! 元アメフト選手だったらともかく、俺は元野球少年ですよ? せめて此処は球体の何かで!」

 葵の口からは、投げろと寄越されたブツの形状に関する不満が飛び出した。どうやら楕円形の形が不満らしい。

 他にも気にするべき点があるだろうに、君の疑問はそこだけなのか。

 野球の球とは大きさも形状も重さも大きさも感触も異なるヤシの実に、飛び出る抗議!

 それに対して、菊花は言った。

「それじゃ、直接突撃する? バットはないから……すりこぎ片手に」

「野球少年の本領、見せてご覧にいれましょう!!」

 少年は、あっさりヤシの実を鷲掴んだ。

 そして感触だか重さだか何だかを確かめるかのように、ぽんぽん……一回、二回と手の上で弾ませて。

 構えて……第一球!

 

 少年は、完璧な投球フォームで投げた。

 固い殻に包まれた、ヤシの実を。


 ヤシの実は、飛んだ。

 風よりも早く、隼よりも鋭く。

 矢の様に、弾丸のように。

 飛んだ。

 飛んで、飛んで。

 当たって弾んで、跳んだ。


 葵自身が会心の一撃だと確信するに足る球威。 

 空気抵抗も物ともせず、ヤシの実は狙い過たずに一直線だ。

 このまま行けば葵の狙い通り、抵抗する少女の手をがっちりと握った男……鋭い印象の青年に命中するはずだった。

 具体的に言うなら、その米神辺りにクリティカルヒットの予定だ。


 だが、投げつけられた相手も大人しくそんな物を食らうような可愛気のある相手ではなかった。

「……」

 風の唸りすらも伝わるより速く、飛んだヤシの実。

 完全に死角から狙ったストレートなヤシの実。

 普通であるなら、当たる筈だ。

 しかし相手は普通の相手ではなかったらしい。

 当たる、寸前。

 青年は何を察知したものか、すっと頭の位置を横に逸らした。


 瞬間。


 青年の背後で短い悲鳴が聞こえた。

「ぎゅばっ!?」


 どうやら、青年が避けた結果。

 ……その仲間と思わしきもう一人の青年に命中してしまったらしい。

 狙われた青年ではなく、予期せぬ相手にクリティカルヒット☆だ。

 予想外の被害者は眉間ど真ん中にヤシの実による熱烈なアピールを受け……前のめりに倒れ伏した。

 地面に顔面を打ちつける瞬間、彼の眉間に命中して地面に跳ね落ちていたヤシの実に更なるクリティカル☆ 二回続けてこんにちは!

 同じ場所(眉間)に二連撃を意図せず受ける羽目となり……


 彼は完全に意識を失った。

 地面にだっくだっくと赤い水溜りが広がっていく。


 大惨事発生か?

「き、きゃぁぁああああああああああっ」

 悲鳴が上がる。

 二人連れの男達に、腕を掴まれていた女の子から。

「………………あれ?」

 その光景を見て葵が首を傾げたのも、きっと仕方のないこと。

 それこそ、事情を知らない彼ら彼女らには予想もしないことだっただろう。

 少女と、二人の青年が……仲間であるなどと。


 地面に倒れ伏し、赤い水溜りで周囲を侵食する、男。

 その男に駆け寄り、取り乱したように何事か叫ぶ、少女。

 そして此方に身体を向け……敵と見なしたのか、無表情に武器を構える青年。

 とんだ修羅場だった。

 地獄絵図とも言える。

「ひ、日向君……?」

 加えて、殺人鬼の正体でも目撃してしまったかのような楓の顔。

「あ。か、楓先輩っ俺が全部悪い訳じゃないっスよ! 俺だけのせいじゃありませんからね!?」

 必死に取り繕っても、少年の声は虚しく響くのみ。

 説得力が欠けた言葉は、彼が否定すればするほどに喉元を締めあげていく。

 何しろやったことが通り魔とあまり変わりない。

 客観的に見て誘拐に見えたなど、今となっては何の言い訳にもならないだろう。

 実際に問詰しようとしていた楓はまだしも、襲われた側に対して果たして言い分が通じるのか!?

 緊張に固まった葵に、武器を構えた青年が何事か告げる。


「『ՔDŽהऒਡઔඣూሔቂᐑᛔ༒!』」


 言い分が通じる、通じない以前の問題だった。

 一瞬、ポカンと手芸部の全員が呆け面を曝した。

 皆が皆、珍獣を前にした子供の様な顔をしている。

 蓮が手を挙げながら、仲間達に問いかけた。

「今の言葉がわかったひとー? 居たら、意味教えてほしいな?」

 だが、彼女の言葉に是と唱えた者は一人もいない。

「うぅっ言葉が全くわからない!」

 考えてみれば当然かもしれないが、現代の高校生には弥生時代の方々がお使いになっている言語など全く理解不能な代物だったのである。

 

 現代の高校生と、古代の方々。

 両者の間には深く広い溝があった。

 言語の壁という、容易には越え難い溝が。

 同じ日本の地と侮っていた部分があるのだろう。

 言葉が理解できない現実に直面し、手芸部の過半数は顔を引き攣らせていた。

 特に敵対しようという瀬戸際だ。

 悪気はなかった(なかった?)とはいえ、既に相手に怪我人を出している。

 このような状況下で、言葉というコミュニケーション手段を封じられ、彼らは一体どうするのだろうか。




→ 楓ちゃんは頭痛とたたかっている!


色々と気になるところを直していたら、中々進まない……。

取敢えず主人公の楓ちゃんがあまり目立たない上に、ツッコミが足りない。

次回は楓ちゃんが活躍できれば良いなぁと思いつつ。


次回のキーアイテム:さすまた

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