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3.遥か太古の山際に

前回に言ったとおり、主要人物が今回で出揃います。

しかし邂逅は、次回に……?



 遥か太古の山際に、欝蒼と茂る木々の群れ。

 森のほとりに佇むのは、三人の若い男女――

「もういい加減にしろよ」

 呆れたような目で告げたのは、最も体の大きな男だった。

 隣で腕を組む鋭い印象の男も、同感だとばかりにゆっくり頷く。

 二人の青年は、まだ若木の様に若くしなやかだ。

 だがまだ二十歳にもなっていないだろうに、妙な迫力があった。

「トヨ、ここは熊が出る」

「今朝、注意が回ってきたばかりだろ。昼にもならないのに、なんで森に入らないといけないんだ」

「まだ遠くにも行っていまい。いま森に入れば、確実にはち合わせる羽目になる」

 二人がかりで言い聞かせる相手は、まだ幼さの残る少女。

 聞きわけのない相手に、男達は困り果てていた。

 少女は強情で、その主張は一貫して変わらない。

 彼女は、こう言うのだ。

「だって」

 そう言い置いてから、一拍を開けて少女は続ける。

「それが私の責務なんです。私を拾い育てて下さった、大恩ある媛尊様が薬草を摘んでくるように仰ったのだもの」

「そう言ってアンタが敬う相手は、もう婆様だ。耄碌した相手の言うことを一々真に受けてたら、お前が損をする」

「な……っ イナバさん、なんてことを! 媛尊様に無礼です!」

「おい、イナバ。ちょっとはっきり言い過ぎ……誰かに聞かれたらどうすんだよ。流石にまずいだろ」

「だが割を食うのは俺達だ。この娘の護衛を命じられているんだからな……将来有望な、才能ある巫女の」

 だが、才能がある故に……未来という可能性故に、少女が母とも祖母とも慕う相手に妬まれていることを男たちは知っていた。

 どうしようもない理由に起因するとはいえ、最近のそれは少々度を越している。若々しい少女と接していると、己の残り時間の短さをどうしても考えないではいられないのだろう。

 媛尊と皆に尊ばれる稀有な巫女であった老女。

 齢を重ねるほどに焦りからか、媛尊は余裕を失い、寿命の残り時間に比例して気が短くなっていくようだった。

 だからといって、未来も才能もある前途有望な若輩者に当り散らすのは、たっぷりと齢を重ねた大人として見苦しいものがあったが。

 度を越した振る舞いによって振り回される少女。

 護衛として行く先々に同行し、苦労の一部始終を見てきた男たちは眉をひそめずにいられない。

「ま、まだ私なんて、修行の必要な未熟者です。だからこそ、媛尊様も私に試練をお与えになる」

 師である老女の引き裂かれそうな葛藤も、苛立ちも。

 妬みや嫉みといった感情から縁遠い巫女として育てられつつある、それもまだ若々しい少女は知る由も無い。

 教えられることも覚えることも無いように周囲が取り計らっているものを、どうして若い彼女が理解できるだろう。

 見当違いにも己の不甲斐なさと素直すぎるほど素直に受け取り、媛尊の度を越した振る舞いも己の為と信じていた。

 それを見ているからこそ、男たちはより一層の不憫を感じる。

 彼女の健気さに溜息をつき、諌める必要を感じるほど。

 特に命知らずな真似をされては、護衛としても止めざるを得ない。

 やはり少女は、彼らの心情も察してはいなかったけれど。

「敢えて労苦を背負うような道行きでも、それがお命じになられたことなら私は従うのみ。見ていられないのでしたら、私の傍に付かなくても構いませんと……」

「こちらも上からの命令で動いている。個人間の勝手な判断で命令を無視しようものなら、どんな目に遭うかわかっているのか?」

「………………」

「イナバ、だから言いすぎだって。年端もいかないお嬢ちゃんにはきついだろ」

「だが、事実。伝えておかなければ、わからないだろう」

「言うにしたって、もう少し遠回しに言えよな」

「確かに、甘やかしたって良いことはないだろうけどよ……」

 強硬な態度の青年と、泣きそうな顔の少女。

 その対応を測りかね、間に立って男も困惑した。

 埒が明かないと、見切りをつけたのは鋭い印象の青年。

「とにかく、此処を離れるぞ。今の季節、熊でなくても気が立っている。俺達を見つければ、どうなるか」

 彼は少女の腕を掴み、引きずるようにして森から引き離そうと試みた。

 いやいやと首を振る少女の悲しげな面持ちも、意に介さず。

 煩わしげに舌打ちを零したのは、余裕の無さの表れか。

 やはり話に出てきた熊を警戒しているのだろう。

 少女の様子は目に入らない様子で、彼の眼差しは森に向けられていた。

 ……森の奥に、何かの気配を感じる。

 青年の鋭敏な感覚が、自然の中で培われた直感が、訴えかける。


 ――何か得体の知れないモノが、森の中にいる。


 何物ともつかない、未知の感覚。

 ぞわりと、背筋を這いあがる悪寒。

 気付いた時には、彼の第六感が強く訴えかけてきていた。

 離れろ。今すぐに、ここを離れろ……と。

 この手の勘に逆らっても、良いことはない。

 むしろ従わねば、碌なことにはならない。

 経験則でそれを知っていた青年は、相手の意思を省みることなく最終手段に出ていた。

 即ち、強引に連れていくという強硬策に。

 ぐい、と。

 青年の手が、少女の腕を強く引いた。

「もう御託は良い。つべこべ言わず、さっさと此処を離れるぞ」

 まだ幼さの残る、か弱い女。

 強く鍛えられた青年の力に、抗えるものではない。

 強引に引きずってでも連れていくという強固な意志が、青年の態度からも明確なモノとなっていた。

 このままでは、命じられたことも果たせぬまま、何も出来ぬまま。

 自分に課せられた務めなど一つも果たせないまま、連れ戻されてしまう。

 ただの足手まとい同然に。

 自分は、何も出来ず……何もさせてもらえないのか。

 

 理性では、わかっていた。

 これが彼の務めであり、自分を案じてのことだと。

 だがわかっていても、理性の働かない部分では納得など出来なかった。

 自分の命じられた務めが、阻害されようとしている。

 頑固なまでに師を慕う、少女。

 その師からの、下命。

 果たせなければ、失望させてしまう。

 

 脳裏を電光のように、駆け廻る。

 自分は役立たず扱いされてしまう。

 そう思い立った瞬間には、普段は従順な少女らしくなく……自分の腕を掴んで引きずり戻そうとする青年に抗っていた。

 抗おうと、抵抗していた。

 自分の腕を掴む青年の手を、一所懸命に引き剥がそうと。

「――っ嫌です!! わた、私は……っ私、は! 媛尊様のお命じになった薬草を集めなくてはいけないんです!!」

「おいおい、強引すぎだ。おい、いな――」

 強引な姿が流石に見るに見かね、矢庭に止めるべく男が声を上げようとしたが……その声は、不自然に遮られた。

 若い、弾むような女の声によって。




     ☠ ☠ ☠ ☠ ☠ ☠ ☠



 ――その光景を見て、楓は走った。




 謎の啓示を受けた享の怪しい導きにより、手芸部の一同は邪馬台国を目指した。

 山を越え、谷を渡り、野を過ぎて。

 移動時間、その間三十分。

 タイムマシンには、飛行機能がついていた。

 無駄の多い不規則な軌道を描いている割に、その飛行速度は風の如く速い。

 鳥よりも高く、野の如く真っ直ぐ飛んだかと思えば直角に曲がり。

 銀色のメタリックボディは、空飛ぶ円盤と化していた。

 曲芸飛行のような飛び方をするくせに、乗り心地が悪くない事実が何となく腑に落ちない。

 内部にいればGなど全く感じず、揺れの一つすら実感できない。

 人類の英知的にこの乗り物はアリなのだろうかと、楓は難しい心地になった。

 受け止めるに苦労する現実からそっと目を逸らすように、窓から外を眺める。

 透明だけど硝子ではなさそうな窓に、引き攣った自分の顔が映っていた。


 やがて一行が辿り着いたのは……


 そこは開けた地に大きく鎮座した、人工物の群れ。

 素朴な味わい。簡素な造り。拙い技術。

 その大きな里は、邪馬台国(暫定)?

 確証は、なかった。

 ただ最も近く、最も条件に合った地。

 大小様々な国家が寄り集まった複合国家であり、神秘の力を持つ巫女が女王を務める……。

 ……という前情報を、享は一体どこから得て来たのだろうか?

 恐らくそれは、あまり気にしてはならないことなのだろう。

「う~……ウズウズするねぇ」

 拙い建築技術を見つめる享の目は、怪しく光っていた。

「あー……あの稚拙極まりない建築技術を指導して、コンクリートジャングルに変貌させてみたい!」

「享、無闇に歴史を変えないでよ……?」

 念のために釘を刺しておかなければ、本当に享は邪馬台国を最新テクの雛木帝国に作り替えてしまいそうで恐ろしい。

 未練がましく邪馬台国(仮)を見下ろす、享。

 これは監督が必要だな、と。

 厳しい顔つきで、楓は享の襟首を掴む。

「ん、楓?」

「ひとまず……この衆目を集めて仕方のない物体を隠しに行くわよ」

「はて?」

 きょとんと首を傾げる享に、本当にわからないのかと楓の口端が引きつる。

 楓は享の耳を掴むと、至近距離から大声で響かせた。

「た・い・む・ま・し・ん……!! この恐ろしく非現実的なブツを隠しましょうって言ってるのよ!」

「おふぁひゃぁ……っ み、みみ! 耳……!」

 きんきんと響く耳を、両手で押さえ。

 享は抵抗する力もなく、ずるずると楓に引きずられて行った。

 とりあえず、こんな目立つ異質な機械(タイムマシン)

 隠すのならば……

 享の襟首を掴んだまま、引きずりながら。

 楓の足は、自然と山際に広がる森を目指していた。

 ……自然から恵みを得ていた、この時代。

 森や山といった環境に、日常的に足を運ぶ人の多さをうっかりと失念したまま。

 思いがけない事態の連続に、楓は自覚なく混乱していた。


 森の奥に、問題の多い物体を隠すため。

 偽装工作にと、楓は率先して動いていた。

 だけど彼女の必死さを嘲笑うように、優雅にティータイムを楽しむ菊花。

 彼女はうっとりと溜息を吐き、にたりと笑う。

「さてさて、目的地に着いたことだし、さっさと女王様を拝みに行くとしますか」

 そう言って笑う菊花の顔は、餓えた山猫のようだった。

 そんな菊花に、困ったように問いかけるのは楓だ。

「拝むって、どうやって会う気よ。卑弥呼って、人前には出てこない女だったんでしょ?」

「そうだったかしら? でも、まぁいいわ。何とかしましょう」

「………………何する気よ?」

「企業秘密」

 楓は鳥肌が立つ程嫌な予感がするのを感じた。

 こんな予感がしたときは、大抵いいことなど起こらない。

 先程だって、部室の中にはタイムマシンがあったのだから。

 いざとなったら、殴っても止めるべきかもしれない。

 金槌を片手に、楓は密かな決意を固めた。

 だけど楓が止める前に、菊花の出鼻を挫く事件が。


『――っ✳✳✳✳!!』


 まず聞こえてきたのは、幼い子供の声だった。

 意味はわからない。

 何を言っているのか、通じない。

 だけどそれでも、伝わるモノはある。

 感情に聡い少女達は、子供の声に含まれる『拒絶』の意思を敏感に嗅ぎ取っていた。

 途端に、走りだす足。

 それは――


「何なのかしら、あの声は?」

「ちょっと面白そうさねー!」

「ここは行かなきゃ、よね! 行くわよぉ、レン!」

「あ、待ってよ。菊花ちゃん!」

「花先輩も行きましょ! 俺、ちゃんと双眼鏡持って来たんスよ」


 ――野次馬だった。


 普段の運動神経の鈍さも、とろさも。

 一体どこに忘れて来たのだろうか?

 それほどの速度で、にんまり笑顔の少女が走る。

 花と葵以外は、体育の成績「1」の折り紙つきばかりだったはずだが。

 ……よく見てみると、少女達の足下がジェット●ーツに変わっていた。

 声の音源を求めて、まっしぐら。

 行動の遅れてしまった楓は、目を丸くして少女達を見送り……一瞬後、ハッと我に返った。

「ちょっ……ちょっと待ちなさいー!?」

 まずい。

 野放しにしては、周囲に被害が……っ!

 あの馬鹿達は自分が面白いと思えば、とことんまで面白がって何をするかわからない。

 楽しそうだったから。

 その一言で、しっちゃかめっちゃかに状況を掻き回されて振り回された者がどれほどいることか。

 全てを把握している訳ではないが、それでも同じ学校に通い、同じ部活に所属し……そして周囲から、猛獣使いと目される楓だ。

 脳裏に浮かぶのは、1年と少しに及ぶ高校生活で見聞きしてきた馬鹿達の愚行と、その後始末に奔走する自分。

 咄嗟に、顔を青褪めさせて。

「此処でも繰り返させて堪りますか……っ」

 楓もまた、菊花達の後を追う形で走り出していた。

 その先に、後悔ばかりが待ち受けているとも知らずに。


 


→ 楓ちゃんは奮起している!

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