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2.やっぱりどうしようもない人たち



 タイムマシンを降りると、そこは広大な世界だった。

 抜けるような晴天は、空気が澄んでいることを示している。

 手付かずの自然が青々と木を茂らせた山。

 遠くに見える海まで、深緑の濃い山々は続く。


 とりあえず、一行は濃密な空気にむせた。


 汚染されまくった空気の中で生きてきた現代っ子には、自然そのままの濃い大気が地味にきつい。

 不健康な生活をしていたんだなぁと、実感してしまう。


 そう、空気からして全てが違った。

 色も感触も、受ける影響も。

 その全てが、此処(・・)が彼女達の知る世界とは違うことを主張していた。

「………………マジで来れちゃったの?」

「マジで来ちゃったみたいさね」

 呆然と、広大な世界を見ている楓。

 むせて懲りたのか、空気に慣れるまでと浅い呼吸を繰り返す。

 そんな彼女の背後では、過去という遠い未知の世界に馴染みまくっている、手芸部の仲間達。

「凄いなぁ……。プロフェッサー、土を持って帰ってもいいですか? 俺ってば、実は元野球少年なんですよ」

「好きにすればいいさ。存分に持ち帰るがいいさね」

「こ、甲子園の砂的な感覚……? ずれてるわ、日向君」

「細かいことはナシよ、カエデ。現代とは違う未知の世界が広がっているわ……その実感は、人それぞれよ。ほらこの空気を深く吸ってみなさい。むせるから」

「むせるならダメでしょ! 人に何をさせようと……!」

「うわぁ。現代の空気がメチャメチャ汚いって本当だったんだ……けほけほけほっ」

「言ってる傍から実践した! 蓮、大丈夫!?」

 蓮が深呼吸して濃密な空気を思いっきり吸い込み、咳き込んだ。

「僕、こんなとこ……初めて」 

「あ、私も。お土産にお菓子買わなきゃ」

「僕は名品店的な場所に行きたい」

「――ちょっと待て」

 呑気な会話を交わしている蓮と花の肩を、冷や汗を流しながら楓がガッシリ掴んだ。

「あなた達、タイムスリップって何だか理解してる? お菓子も名品もないわよ。むしろこの時代に来た二十一世紀人なんて、きっと私たちが初めてだから」

「ええぇ……カステラとか、クッキーとかないの?」

「それどころか、南蛮人すら来たことないから! この時代!」

 楓の普段の気苦労が知れる会話だった。

 こんな質の悪い集団の中で、今回唯一静かなのは、菊花だ。

 本来であれば、彼女が一番悪ノリしそうなのだが……

 彼女は真剣な顔で地図を眺め、唸っている。

「――キョウ」

「なにさね」

 やがて行き詰まったのだろう、彼女は享に話しかけた。

「邪馬台国は、どこ?」

 彼女の女王に会いたいという願望は、どうやら過去に来たことで更に強いものとなってしまったらしい。

 彼女は何かに夢中になれば一直線だと、皆が知っていたが、その集中力(パワー)を何か他の物に向けられないものかと楓は思った。

「そうさねぇ……人工衛星でも飛んでいれば、楽なのにさ」

 そう言いながら、享が取り出したモノ。

 それは……何かの、探知機だった。

「人工衛星が飛んでいれば、こう……電波の送受信で」

 やれやれと言いたげに、何かの探知機をいじる享。

 だがやがて、その目は驚きに見開かれることになる。

「ま、まかさじゃなくってまさか……!?」

「え、なに。どうしたっていうの」

 いつもは人を食ったような享の顔が、見る見る驚愕の表情へと変わっていった。

 享の顔が驚きの感情を露わにすることは、かなり珍しい。

「うわぁ、享ちゃんが驚くのなんて一年半ぶりに見たかも」

「・・・天変地異の前触れかな」

 ひそひそと言葉を交わす、花と蓮。

 だけど享は、そんな二人に目もくれない。

 焦った様子を隠そうともせずに、享は何かの装置に飛びついた。

 ヘッドホンを耳に当て、真剣な顔でダイアルを弄っている。

「なんてことさ・・・!」

「ちょっと、どうしたのよ」

 周囲の面々は、一体何が起こっているのかさっぱり解らない。

 理解しているのは、ただひとり享だけだった。

「これは流石に驚いたさ。あり得ないことだと思っていたのに!」

「なによ、何があったって言うのよ」

 滅多にない享の様子に、楓は困惑気味だ。

 他の面子も何か面白いことでも始まるのかと、自然に享の近くに集結する。

 集まった面々を見て、享は興奮気味に言った。

「こ、これはオーパーツと呼んで良いかもしれない……!」

「…………おーぱーつ?」

 耳慣れない響に、楓は更なる困惑に首を傾げた。

 ソレが何なのか、楓は知らなかった。

 楓だけでなく、蓮も花も、知識としてのソレを知らない。

 知っていたのは、菊花・葵の変人二名だけである。

「うっそ、マジ? オーパーツって、何を見つけたの?」

「凄いですプロフェッサー! オーパーツなんて浪漫、是非持って帰りたいです。一体どんな代物なんですか!」

「いやいや待ちたまえよ。未だハッキリしたことは解らないさ」

 大興奮の、変人三名。

「だけど、持って帰るのは無理だねぇ。何しろこれ、人工衛星として地球の周りを回遊中なんさね」

「……え?」

 楓の動きが、固まった。

 脳が思考を拒否して、立ちすくむ。

 そんな楓の様子など見もせず、享が大仰な身振り手振りで告げる。

「なんと! 私が見つけたのは人工衛星なのさ!」

 得意げなその顔に、苛っとした。


 オーパーツ・・・その時代にあるはずのない物。

 その言葉の意味を他の三名も、やっと理解する。


 瞬間、楓の固まっていた体が動きだす。

 即座に、瞬時に。

 その動きは、容赦なく獲物に襲いかかる猛禽の如く。


「なんで、弥生時代に、人工衛星があるのよぉ!」


 スパーンッ スパパパパーッッ


 軽く、しかし重い手ごたえを感じさせる音が響きわたった。

 理解と同時に、楓のツッコミが入ったのだ。

 その手には、いつの間にかスリッパが握られている。

 病院の待合室で見るような、ビニル製のスリッパが……

 彼女がツッコミに道具を持ち出すのは、これが初めてだった。

 スリッパで一緒くたに頭を張り飛ばされた、享・菊花・葵。

 彼らの眼差しが、自然と向く先に……スリッパを振り抜いた姿勢の、楓。

 三人は、そんな楓の姿を、むしろ輝く瞳で見ていた。

「――とうとう、この領域にまでやって来たのね」

「やはりスリッパは、この業界の一種お約束さねぇ」

「三種の神器と言っても差支えないですよ! やったね先輩! とうとう行き着くところまでやって来たッスね!」

 三人が言うのが、何の業界なのか楓は聞きたくなかった。

 ただ楓の理解したくない単語で、楓のことを褒め称える言葉の羅列に対して、こう呟いたのだ。

「嬉しくない……」

 こうして楓の憧れる普通の、常識に満ちあふれた一般的な生活は、どんどん遠退いていく。

 だけど、タイムスリップした時点で既に十分遠退いていることは言わないお約束だ。


 楓のツッコミが一段進化したことに、彼女を取り巻いてきゃいきゃいと喜び騒ぐ、菊花達。

 その最中、首を傾げる少女が一人。

 疑問を解消しようと、享の袖を引いた。

「ねぇねぇ、所で享ちゃん」

「ん? 何さね」

 楓が脱力している向こうで、蓮は無邪気に尋ねてくる。

「人工衛星って、それもしかしたら、未来の享ちゃんが此処よりも過去に行って打ち上げたんじゃないの?」

 きょとんと享を見る目は、無垢な犬の瞳のように純粋だ。

 蓮の無邪気な言葉に、変人共が衝撃を受ける。

「そ、それは考えてなかったさ……」

 考えてもみなかった可能性に、狼狽える享。

「……ソレ、一番あり得そうよね」

 享が人工衛星を打ち上げるのは、あり得そうなことなんですか、菊花さん。

「まさか俺達が、オーパーツを製造していたなんて……!」

 葵の中では、既に享が人工衛星を上げるのは決定事項らしい。

 誰も享にはできないと考えないことが、楓は恐ろしかった。

 だけど考えてみれば、タイムマシンを作った享に不可能はなさそうだった。きっと彼女なら、彼女なりの浪漫と趣味に満ちあふれた、とても直視しがたい人工衛星を作ってくれることだろう。

「ん~と、つまり今この瞬間、私にはこの時代よりも過去に飛んで、人工衛星を打ち上げる義務が生じた訳だね?」

「まあ、それで辻褄は合うんじゃない?」

「あぁ……オーパーツ発見かと思ったのに」

「いや、定義の上では立派なオーパーツだと思うけど」

「何を言うのかね。自分で作ったという時点で、夢が消えるのだよ。現実的な問題ではなく、浪漫の問題なのだよ!」

「それじゃあ、アンタ達がガ●ダムを完成させたら、その瞬間にガンダ●の夢は消えるの?」

「ソレとこれとは別問題さ。ガン●ム製造は人類の夢なのだよ!」

「別に私は夢じゃないけど?」

「私も、それより新しいお鍋が……」

「僕も、別に……。それより、お金」

「んー……私も別に、どっちでもいいわね。楽しければそれで良いわ」

 楓の言葉に同意を示す、蓮と花。無関心な菊花。

 その言葉に、葵は猛然と反論するのであった。

「何を言うんですか! 先輩達は浪漫って物が解ってないんですか? ガンダ●は、ガン●ムは…………不滅なんだあぁぁ!」

 涙ながらに絶叫、葵くん。何も泣くことないだろうに。

「まあ、とにかく。邪馬台国に向かって出発しましょ」

 菊花は目的を示すことで、問題を逸らすことにしたのだった。






次回、主要登場人物が出揃います。

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