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1.どうしようもない人たち

ちょっとだけ、戸惑いますが……これで大丈夫か、と。

ツッコミどころ、ここは直した方が良い等のご指摘があったら、どうぞ小林まで!



 ――矢車学院高等部の手芸部は、問題児の巣窟と化していた。



 楓は、己の足がどうしようもなく重くなるのを感じた。

 毎日毎日、三百六十五日。

 全ての授業が終わった後、部室へ向かう時になると必ず肩と足が重くなる。

 もういっそのこと、何もかもを放棄してしまいたい気がするのだが、もしも自分が行かなければ……――あの困った人たちを放っておいたのならば、後に自分が後悔するのは目に見えていた。

 毎日繰り返される思考の渦。

 それは、部室のドアを開けた瞬間に溜息となって滑り出た。

 それもまた、いつものこと。

 現実逃避もかねて部屋の表札を見上げると、そこには部の名前。


   『手芸部 ~無断侵入者は、排除しちゃうゾ☆~』


 相変わらず、部員が勝手に書き加えた言葉が痛かった。

 目の前の光景を他人事のように眺めた後で、楓は大きく口を開く。

 そしていつもの言葉を解き放った。

「……っ絶対、この部、手芸部じゃないでしょ!」

 眼下に広がる世界、一言で言うなら人外魔境。混沌=カオス。

 表札には手芸部と書かれているのに、楓は手芸部以外の部に入った覚えなどないのに、何故か所狭しと(ひし)めき、床を埋めているのはロボのパーツ。特に足が多く転がっている。

 床に直に座り込み、一人の少女と少年が何かを熱く語っていた。

「やはり、材質には凝るべきさね!」

 部でも一・二位を争う変人である享が、熱弁を振るう。

 その手に握られている大きなガラクタは、某アニメに出てくる白い戦争兵器ロボの足に酷似していた。

「試作品はもう充分造ったさ。制御用のシステムも今のところ不備はないさ。しかしやはり、妥協は……ね」

「でもプロフェッサー、この間も重さに耐えきれず、試作品六号は自壊したじゃないですか。そりゃあ俺だって、やっぱり最低でも装甲車並みのボディが理想だとは思うんですけど……」

 享へと食って掛かる少年・葵は、この場で唯一の一年生だ。

 ただし、楓は巨大ロボオタクだと思っている。

 何しろ入部の動機が文化祭の作品展示会で、堂々と享が出展していた1/8スケールの某巨大ロボ(模造品)に魅了されて、である。

 どうでも良いが、展示会中に誰からもロボに対してツッコミが入らなかったことが、楓は不思議でならない。

「今後の課題はやはり、軽量化か。それと忘れてはいけないのが……」

「はい、プロフェッサー。ボディが理想に近づいても、今のままじゃ台無しですよ。理想ってなんて遠いんだろう」

「そうさね。取り敢えず今の段階で、どの程度の妥協を許せば納得が出来るか……。それを確認してみるのも重要さ」

「やっぱり最終目標は巨大ロボですよね!」

「そうさ。それもできれば、人が乗り込めるタイプの!」

 彼女は手芸部の所属であることも忘れて、大好きな研究・発明に没頭していた。

 そして助手たる少年はすでに入部一月目にして、楓よりも馴染んでいるように見える。だけどやはり此処が手芸部であることは理解していないように感じられた。

 意味不明な二人の会話に、楓はこう思う。


 ――理解したくもない。


 話の内容を聞かなかったことにして、楓は自分のロッカーに向かった。

 勿論、床に転がり放題のガラクタは避けて。

 もしも部品の一欠片でも踏もうものなら、享と葵の二人が五月蠅かった。

 二人は絶対に入る部を間違えていると楓は思う。

 そして思ったならば、不満を告げずにいられない。

「アンタ達、そんなにロボ談義がしたいんなら、漫妍でもアニ妍でも、そういうところに行きなさいよ」

「なんでさね?」

 楓の尤もな言葉に、素でそう返してくる享。

「ロボを作るのは、手芸部の仕事じゃないでしょうが」

「何を言うさね。了見が狭い。己の基準で他人を計った物の言い様は不愉快さ。私にとってはこれも立派な手芸さね。何故なら、ちゃんと手で作っているし、ある意味工芸……否、芸術品さ! 何も針でちくちくやるだけが手芸じゃないのさ、楓」

 楓には反論する元気も出なかった。

 諦めて椅子に座り、楓は溜息をついた。

 周り中ボケばっかりだ。

 真面目に部活をやっているのは、僅かに二名しかいないと言うから泣けてくる。

 一人は勿論、楓ちゃん。

 もう一人は天然少女の蓮ちゃんだ。

 その天然は現在、ちくちくと雑巾にマリー・アントワネットの刺繍をしている。

 ふと、雑巾を見て思い出した。

「そういえば、日向君」

「なんすか、先輩」

「練習してくるよう言っておいた雑巾……あなた、作ってきた?」

 絶対に頭の中はロボットだらけで忘れていそうだ。

 半ばそんな予想をしながら、楓は少年に凄みつつ問いかける。

「あ……一応、作っては来たんですけど」

 彼が取り出したのは、ボロ布と言った方が相応しい物だった。

 がっくりと肩を落とし、楓は諦めることを心に誓った。


 この部に一年在籍している間に彼女が覚えた物は、手芸の技術よりも何よりも……諦めが肝心という言葉だった。


 常識人と変人と、その助手。それから大人しく刺繍している天然娘。

 手芸部にはそれ以外にも、まだ二名の部員がいる。

 今のところ、他の二名は概ね大人しくしていた。

 ただし、竜胆花がやっているのは郵便貯金の計算だ。

 そしてこの部で一番偉いはずの部長・矢車菊花は……

 彼女はパイプ椅子に足を組んで座り、凄まじい程に集中して本を読んでいた。

 本以外、何も見えないという様子。

 だがそれは18禁指定の、お子様には決して見せられない本のようだ。

 子供が泣き叫び、トラウマになりそうなきっついヤツ。

 もはやツッコミを入れることもできず、青ざめた顔で楓は視線を遠くに彷徨わせた。その本のことを、一刻も早く忘れたかった。

「部室でなんてものを読んでるのよ……!」

 何とか気力を振り絞って言葉を絞り出してみても、それは力ない。

 そして菊花の耳には届きもしない。


 そんな菊花が、ふと顔を上げた。

 そのまま真顔で、こんな事をほざいた。

「邪馬台国の女王に、会ってみたいわね。会えないかしら」

「何で死体の写真集を見ていながら、言い出すのがそれなのよ!」

 楓は、ツッコミを入れずにいられなかった。

 だが菊花は楓の言葉に眉根を寄せ、冷静な声で反論してくる。

「これはただの死体写真集じゃないわよ?一部のマニア達に作られた、稀少な発禁本なんだから。世界の猟奇的な惨殺死体と、その死体を制作した凶悪殺人犯のプロフィールがセットになって説明されているのよ。しかもジャック・ザ・リッパーのモンタージュまで載っているのよ? 色々な意味で怪しすぎる面白本なのよ!」

「そんな胡散臭い本、一体どうやって手に入れたの?」

「しかも、文章が全部スワヒリ語かポルトガル語なのよね」

「教えて! 一体どこからどこまで、私は突っ込めば良いの?」

 楓の切実なその問いに、菊花は答えなかった。

 何事もなかったかの如き平素通りの様子で、亨に視線を送る。

「ねえ、キョウ。あなたタイムマシンとか作れない?」

「ちょっと、話を逸らして、何を無茶言ってるの。享に作れるくらいなら、もうすでに商品化されて世界中で大繁盛よ!」

 心の底から真面目に言っているらしい菊花の肩を掴み、楓はその体をガクガクと揺さぶった。しかしそれで動じる菊花ではない。

「作れないの?」

「楓の言うとおりさ。作れるはずないさね。そんな物が作れたら、私はすでにガン●ムを完成させているはずさ」

「そうですよ、部長。プロフェッサーがタイムマシンを作れるんなら、俺はとっくに第二のア●ロです」

「助手よ、第二のアム●は、カ●ーユではないのかね?」

「いいえ、プロフェッサー……俺が、成り代わってみせます。ちゃんと夢に向かって努力だって重ねているんですよ?」

「ほほう……どうやって、さね? 参考までに聞こうじゃないか」

「実はですね、今、俺……通信教育でテレパシーと未来予知の講座を受けてるんです! きっと習得を果たして、なってみせます! ニュータ……」

「アンタ達、ヤバイ会話はいい加減に止めなさい!」

 そういって一括する楓の肩は、全力疾走後の様に上下していた。

 食い気味に会話を打ち切られて葵は不満そうだったが、知ったことか。

 全く、著作権を全く気にしない二人には困ったものである。

 菊花は享の言葉にがっかりしたようで、浅く溜息をついた。

「キョウなら作れると思ったのに……」

 何よりも、そう思わせる享が恐ろしい。

 彼等のこの話は、この時に終わったはずだった。



 だが、この話はひっそりと続いていく。



 夜の部室、他の部員が帰った後の真っ暗なそこに、眼鏡を光らせながら笑顔でトンカチを振るう享がいた。





 ――そして翌朝。

 HRを終えた楓が一番乗りで部室の扉を開けた時、そこには大の字で眠る享と、謎の物体があった。

「こいつ、今日は休みだったんじゃ……」

 欠席だったはずの享がそこにいるだけで、もう嫌な予感がする。

 だけどそれよりも何よりも、気になるのはその隣の物体だった。


 それは銀色のボディをしていた。


 一昔前の漫画を思い起こす、手作り感の溢れるマシン。

 その形は引っ繰り返したドンブリに少し似ていた。

 でもよく見てみると、何だかジープにも似ていた。

 決してカッコよくはない

 取り敢えず嫌な予感は鳥肌が立つほどしている。

「カエデ、そこでどうして立ち止まってるの?」

 楓が気づいたとき、いつの間にか背後に部員が全員そろっている気配を感じた。

 葵が楓の肩越しに部室を覗き、首を捻っている。

「プロフェッサー、今日は教室に来てませんでしたよね」

「そうね。同じクラスの私が断言するわ。キョウは欠席だった」

「でもいますよ、プロフェッサー」

「それなら今日はサボリだったのね」

 呑気に会話する背後の二人に、何故か楓は殺意が湧いた。

「ねぇ、菊花ちゃん。アレ、なんだろうね」

 部員の中で一番平和な思考回路をしている、蓮が純粋な好奇心から菊花の袖を引く。彼女と菊花は幼なじみで、蓮は何かがあると菊花を頼る癖を持っていた。

 そして部員一同が、部室に転がる謎の物体(マシン)を目にする事になる。

「プ、プロフェッサー? 何を作ってるんですか。一緒に●ンダムを作る約束じゃなかったんですか!」

 最初に反応し、叫んだのは葵だった。

 どうやら享が巨大ロボを後に回して、突発的に何かを作ったことが信じられなかったらしい。それは彼女のロボにかける情熱を知る、他の部員達も同様だった。

「それよりも私は、このマシンが何なのかが気になるわ」

 そう言ってしげしげと興味深そうに物体を眺め、叩いたり撫でたり好き勝手に触る、菊花。

 蓮は奥に置いてある電動湯沸かし器を使って人数分のお茶を入れはじめ、花は株式市場のチェックを始める。

 あっさりと日常に謎の物体を溶け込ませ、日々の日課をこなす部員達。

 その光景が、慣れているとはいえ楓は信じられなかった。

「みんな、なんで享が居るのかとか、その物体は何かとかもっと気にしようよ!」


 無理な相談だった。


「楓ちゃんー、いっつも叫んでるけど、疲れない?」

「そうね、もっと気楽に生きた方が良いわよ?」

 あまつさえそんなことをいう部員達に、楓は目頭が熱くなった。

 決して感動したわけではない。

 世間の世知辛さが、目に染みたのだ。

 彼女の鬱憤は、全て眠り続ける享に向けられた。

「ぎゃああぁあぁぁぁぁ……!」

 目を覚ました享の悲鳴が、部室棟に響き渡った。



  ――しばらくおまちください。

 (小川のせせらぎと、咲き乱れる花々のイメージ)






 目を覚ました享は、どうしても零れる涙を拭いながら、恨みがましい目で楓を見上げていた。

「それで? これは何なの」

 問いかける楓の目は、まだほとんど何もしていないに等しいにもかかわらず、それは責めるような目つきをしている。

 今までの享の行状を考えると、どうしても仕方のない事だが。

「ふふふふふ。これはだね!」

 そんな楓の目線など少しも気にすることなく、自信たっぷりに、そしてどこか誇らしげに享は薄い胸を反らす。

「これはだね、私の史上最大の大傑作、その名もズバリ! 時空移動装置(タイムマシン)“ミッドナイト壱号”さ!」

「た、たいむましん……みっどないといちごう……」

 まさか、菊花の言葉を実行したのか、此奴。

 慣れていた手芸部の一同も、流石に驚きの目で享を見ている。

 享の遠くを見る瞳は、笑っている様にしか見えない。

「……これ、ちゃんと動く?」

「もちろんさ。試運転はバッチリさね。試しに昨日と明日……つまり昨日の時点での明日である今日と、一昨日に行ってきたさ」

「つまりアンタ、昨日は此処に泊まったのね?」

 享の背後で大魔神もとい、楓がドスの利いた声を放つ。

「うん? 当たり前じゃないさね」


「っバカ――――!」


 楓は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

「アンタねぇ、一応自分は女の子だって事、自覚しなさいよ!」

「私は女である前に発明家さね!」

 楓は足から力が抜けるのを感じた。

 がっくりと膝をつき、自分の存在意義を考え始める。

 その間にも愉快な仲間達は、タイムマシンをちやほやと。

「プロフェッサー、ガン●ムはぁ?」

「それはまた今度さね」

「ねぇねぇ、それじゃあ邪馬台国に行くのよね」

「そうさね。思い立ったが吉日と昔から言うさ」

「俺もお伴しますよ、プロフェッサー!」

「あ、私も私もー! 菊花ちゃん、私も行きたい。連れてって」

「僕も。曲玉とか、金印とか拾ってくれば、お金になるかも……」

 普段は大人しい他の部員達までが、タイムマシンの性能を疑いもせずに邪馬台国ツアーへ参加しようとしている。

「なんであなた達は、たった一つの疑問も浮かばないの……?」

 楓が悲しむように呻く。

 ツッコミ役がたった一人だと、中々に苦労が多そうである。

 その目に涙がにじんでいるのは、気のせいだろうか……?

「楓ちゃん、行かないのー?」

「行くわよ。行きますとも!」

 自棄になったように、叫ぶ楓。本当に喉の頑丈な娘さんだ。

「来たくないのなら、来なくても良いのよ? カエデ」

「行くに決まってるじゃない。アンタ達を野放しになんて、私にできるわけないでしょう! 」

 尤もな事を言いつつも、実は少し行ってみたかった楓だった。






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