11.蓑虫たちの命運
吊るされた男が二人、風に揺れている。
立派な蓑虫ぶりを満足そうに見上げる、菊花と享。
しかし彼女達は、襲撃者を吊るすだけでは満足していなかった。
彼女達の満面の笑みに、楓は嫌な予感しかしない。
「アンタら……どうするつもりなの?」
「洗n……」
「き、菊花! まずいさね!」
「……説得よ!」
「そ、そうさ『説得』さ!」
「――よし、それじゃあ今どもった理由と、『洗n』の続きは何を言いかけたのかまずは白状してもらいましょうか」
「「!!」」
彼女達の邪悪ぶりを戒めようと、楓が二人に微笑みかける。
額に、青筋が浮いていた。
「か、カエデ、落ち着きなさい!?」
「私も常々同じことを思っているわ……アンタらが落ち着かないものかと」
「私達は十分落ち着いているさね!」
「はい、ダウト」
邪悪なる少女達は、二人仲良くスリッパの一撃を喰らった。
だけど本当にお馬鹿さんな奴らというものは、一発二発と殴られたくらいでは止まらないもので。
案の定、楓の注意を他に引き付けて目を離させると、菊花がやらかした。
「菊花ぁぁああああああっ どこ行ったの、あの馬鹿!」
走りまわって、探す楓ちゃん。
ああ、なんということだろうか。
よりにも寄って、今現在。
なんと菊花ちゃんが絶賛行方を眩ませ中だ。
しかも、トヨを連れて。
ちょっと目を離した隙に、手芸部の部長様はいたいけな古代人の少女を連れて何処かへ行ってしまっていた。
楓ちゃんが血相を変え、必死に探しまわるのも無理はない。
彼女が注意すべき相手は、二人も三人もいる。
それに対して楓ちゃんは一人きり。
どうしたって目は行き届かないし、注意が逸れてしまう瞬間はある。
特に、馬鹿の代表二人が別々の場所でそれぞれに馬鹿をやらかし始めると。
そうなると彼女一人では手に負えない。
それでもお馬鹿さん達を諌める任に就いているのは楓ちゃん一人というのが、悲しい実情だ。
走りまわる、楓ちゃんを余所に。
蓑虫さん達の前に陣取る、享ちゃん。
怪しくも不審な白衣眼鏡は、楓ちゃんの目がないのをこれ幸いと、こちらもこちらで楓ちゃんに見つかったなら怒られるのは必至の所業に及んでいた。
「ふ……っ」
引き締まった腹筋の強さを思わせる呼気が発される。
絞られた肉体の強靭さは、縛られていても変わりはしない。
「お、おお……っ! がんばれ、イナバ」
早々に諦めてしまった、同じく蓑虫状態の男。
彼が目を見張り、驚きつつも声援を送るのは青年……イナバ。
逆さ吊りで、身動きも何も出来ない蓑虫状態であるというのに。
イナバ青年は何とか逆さ吊りの身の上から脱しようと、儚い努力を惜しむことなく肉体を酷使していた。
即ち。
「お、うおう!? ま、また何かやってるさ……助手、重石十Kg追加さねー!」
「YES.プロフェッサー!」
享の声に従い、葵は手際よく準備していた重石をイナバ君の身体にセットした。
いきなりの、十Kg増。
「ぐ……っ」
かかる過負荷に、イナバ青年の肺から全ての酸素が絞り出されたかのような、くぐもった声が響く。
その光景は、軽く拷問に見えた。
自由を取り戻そうと努力を惜しまない、イナバ青年。
彼は先程からへこたれることなく、何度もチャレンジ中だ。
逆さに吊られた状態から腹筋の力だけで上半身を持ち上げ、体を二つ折りにする。
そうやって足首に何とか顔を近づけ、縄を噛み切ろうとでも言うのか。
凄まじい腹筋の力を見せつけられて、手芸部の運動音痴代表格である享や蓮は戦慄していた。同じく運動能力に乏しい菊花ちゃんも、この場にいれば唖然としていたかもしれない。
とりあえず襲撃という前科もあったので。
この青年が解き放たれたら、収拾がつかない。
そんな思いがあり、先程から青年が努力を見せる度に、それを阻止するべく享と葵のコンビが青年に苦行を強いていた。
イナバ青年が体を持ち上げる度。
それを阻止せんと、彼の身体に重石を追加していた。
最初は三Kg。
次に五Kg。
十Kg重石は四つ目だ。
もうここまで来ると、イナバ青年はどこまでいけるのかと挑戦も見守りたくなってくる。
小学校時代は野球に明け暮れ、中学校でも運動部にいた葵は、経験として筋肉の動かし方を知っている。
そんな彼が、最も負担になる位置を調整しながら重石を付けているというのに。
蓑虫状態の青年は、更に重石が増やされるだけだとわかっていながら果敢な挑戦を続けていた。
それは事態に気付いた楓が、享と葵の二人をスリッパで吹っ飛ばすまで続いた。
吹っ飛ばした後、再び菊花の捜索に走って行った楓ちゃんは、間違いなく手芸部で最も多忙な少女であった。
菊花達の前に姿を現した、三人の古代人。
彼等はすぐに手芸部の面々に打ち解けた。
異様に口車の上手い菊花が、中心人物ともいえる少女を口先三寸で丸め込んだからだ。
それを足がかりにして、拘束していた二人の青年をも巻き込んだ。
もはや詐欺か!という勢いで菊花は彼等を丸め込み、煙に巻き、頭を混乱させ、自分達の存在を絶対的に信じ込ませた。
その口の上手さは、遅れて現場に駆け付けた楓が脱力してへたり込んだ程である。蓮は「菊花ちゃんスゴーイ!」と歓声を上げ、花は気のない拍手を送り、葵は尊敬の眼差しを送った。
ちなみに享は共犯者の笑みで菊花を見ていた。
相乗効果を狙って、菊花にアイテムを渡していたためだ。
そのアイテムの名前は、強制的良好関係構築装置「洗脳くん一号」。
名前からしてどのような効果が得られるのか明白である。
そして狙い通り、古代人は洗脳された。
若干一名を除いて。
その若干一名は簡単に心を許したりはしなかった。
菊花の口車と享の洗脳に耐えたのである。
彼は何だかもう野生の掟に生きているような男だった。
野生の掟に生きる青年は、手芸部に不審の眼差しを送り続けている。しかし最終的に、彼が逆らうことはなかった。
何かしらの思惑があったのだろうか。
それとも彼の本能が、警告でも発したのか。
本能的に、何かの恐れを感じたのかもしれない。
彼の直感が告げたのか。
二人に逆らってはならないと。
何が決め手となって、大人しくなったのか。
真偽の程を知るのは、反抗心を収めた青年の胸の内のみ。
結局彼は、溜息混じりに冷めた目を少女達に注いでいた。




