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10.古代戦士な白兎



 嬉々として子供に嘘を教えている菊花達。

 彼女達のインチキ教室も、長くは続かなかった。


 それに、明確な前触れはなかった。

 まさに突如としか言いようがない。

 それほどに、彼女達にとってはいきなりの急襲。

 そもそも本能も直感も退化気味で、安穏と平和に育った現代の少女達に『それ』に気付けというのも大分無茶ではあったが。


 ざわ、と木々が鳴った。

 女子高生達にはそれだけしかわからなかった。

 次の瞬間にはもう、すぐ側を何かが通り過ぎて行った。

 ただそれだけの感覚。


 とす、と軽い音。


 彼女達の後方に立っていた木に、矢が突き立った。

 少女達の間を縫って空を走り抜けた、一本の矢が。

 音によって初めて存在に気付いた手芸部員達は、思わず振り返ってしまう。

 何の音だったのか確かめるため。

 放たれたものが何だったのかを確かめるため。

 そうしてそれが一本の矢によるものと気付いた時には、もう遅い。

 平和に育った彼女達は、古代に生きる者にしてみれば『おっとり』に過ぎる。

 存在を視認し、認識し、それが何なのかを考え至る。

 そんな僅かな時間さえあれば、『彼ら』にとって接近は容易だった。

 まずは攪乱を目的に。

 木の上から跳躍する際、強く蹴り付けたのだろう。

 一際強い葉擦れの音を引き連れて、身軽な影が森から飛び出す。

 鋭く、空気を切り裂くように。

 手芸部員達の(たむろ)す真ん中に躍り出たのは、身に纏う雰囲気と同じく鋭い眼差しの青年。

 彼は、手に握っているモノの扱いを熟知している。

 即ち、人殺しを目的とした武器の。(※ただし青銅製)

 彼は剣を振り上げ、目の前にいる少女を狙った――!


 狙われた少女は、異様に光を照り返す眼鏡と白衣装備の享だった。

 

 己が狙った相手の危うさなど、彼が知る筈もない。

 躊躇いのない攻撃は、白衣眼鏡の喉に吸い込まれるように……

 いざ突き入れられようとした時、彼の動きを阻害するように横やりが入った。

 邪魔することを目的とした、気を引く動き。

 踊るような軽やかさで、細身の体は他の少女達とは違って機敏に動いた。

 鋭い蹴りが、彼の手元から剣を弾こうと走る。

 緩急のある、柔軟な動き。

 ほんの一呼吸の間、彼は己の動きを止めることで蹴りを交わした。

 鞭のように(しな)る細い足も、不意をつけなければ意味がない。

 冷静に対処された時、筋力……地力に違いがあり過ぎれば難なくいなされてしまう。

 この場合、実力があったのは襲撃者たる『彼』の方。

 咄嗟に細い足を弾き返し、片足立ちの不安定な姿勢を余儀なくされている『少女(?)』を吹っ飛ばそうと無造作に腕をふるう。

 だが『少女(?)』の動きはどこまでも鋭く……素早かった。

 瞬きするほどの時間にも及ばない、刹那。

 いつの間にそうなったのか目にも留らぬほどの速さで、『少女(?)』の身は翻っていた。

 遠心力を味方につけ、体重でも筋力でも対抗できない相手……彼の剣を、今度こそ蹴り倒す。

 それは軽い一撃であった。

 彼から武器を取り落とさせるには及ばない一撃であった。

 しかし彼の動きを、僅かな間であっても止めるに足りる一撃だった。

 動きの流れを止められて、彼の目が忌々しそうに眇められる。

 対する彼女の目はどこまでも涼しい……というか、感情が読み取れない無感動さがあった。

 対峙したまま、『少女(?)』がぼそりと呟く。


「…………壁役。危険の度に一回千円、毎度あり」


「助かったさねー!!」

 彼の襲撃を邪魔した、彼女。

 花の行動理念は、どこまでも金銭がらみの守銭奴そのものだった。

 どうやら事前に……いつとも知れぬ以前に何らかの契約が享と花の間で結ばれていたらしい。

 突発的な襲撃を警戒し、反応可能な壁役を雇うような心当たりがあるのだろうか。どんな心疚しいことがあるのか……カラッとした笑顔からは窺えない。

 千円札を掲げて、享は飛び跳ねている。

 白衣に隠れて見え辛い彼女の指先が、飛び跳ねる動きに紛れて束の間……何やら謎の動きを辿って閃いた。

 彼女の指が何をしたのか、確認できた者はいなかっただろう。

 ブラウスの袖口に仕込まれた、何かのボタン。

 赤・紫・黄のそれが、規則性のある順番で三回ずつ押された。


 その瞬間、場は更に動きを見せた。


 闇討ち対策にと白衣に仕込まれていた、カウンター用装置!

 冗談じゃなく洒落にならなさそうな、護身用の最終兵器だ。

 白衣に隠された、そんなマジヤバな物体が火を吹こうとした……その時!

 誰よりも早く、本当に早く。

 事態が手遅れになる前に飛び出す少女がいた!

 勇気ある少女は、手を霞ませながら叫ぶ。


「阿呆かあああああああっ!」


 ただただ享の過去の所業を知るが故の悲しき予測能力。

 行動パターンを読んだ楓のスリッパが、享の顎に炸裂した。

 正面からの煽りを受けるような一発に、享は後方へ吹き飛ばされる!

 横合いからまるで三人の間に割り込んで来るような一撃。

 想定しておらず、また距離や存在にも事前に気付けなかった。

 完全に意表を突かれた形で、青年の身体がびくっと強張り固まった。

 戦場ではそんな一瞬の戸惑いも命取りだというのに。

 わかっていて、固まってしまうような展開だった。

 硬直する青年には目もくれず、楓は流れるように追撃する!

 吹っ飛んだ享の襟首を鷲掴みにすると、そのまま強引に体を引き寄せてがくがくと揺さぶった。

「あ、ん、た、は……っいま、何するつもりだった!? 何しようとしたのか言ってみなさい! 返答によっては本気で締めるわよ!」

「ぅをぃをぃ楓? 被害者は私の方さ~。これは正当な防衛というヤツさね」

「そんな寝言をほざくアンタに『過剰防衛』っていう言葉を教えてあげるわ!

構わないから何をしようとしたのか白状しなさい!」

 彼女の迫力は、ただただ苛烈を極めた。

 鬼気迫るソレに、度肝を抜かれたのか毒気を抜かれたのか……

 襲撃者たる、青年。

 トヨの護衛役たるイナバの口から、呻くように言葉が漏れた。

「なんなんだ、こいつらは……」

 その答えを教えられるものは、きっと此処にはいない。




 いきなり襲撃してきたのは、トヨの護衛を命じられている青年兵士の二人。

 イナバとタジカ、それが彼らの名だ。

 困惑を隠しもせず、彼らは少年少女の集団(ほぼ少女)を眺め下ろしていた。

「これはどうしたもんかね……」

「……チッ」

「イナバ、舌打ちすんなよ!」

「お前が俺にばかり攻撃を任せて、とろとろしているのが悪い」

「飛び出して行ったのはイナバだろ!? 俺がお前の脚に敵うわけあるかよ」

 彼らは今、己のままならぬ現状に対する苛立ちを、互いに分け合う……

 というか、ぶつけ合っていた。

 それもさもありなん。

 それ以外に何も出来ないとあれば。

 現在、二人の青年は襲撃の報復を受けていた。

 

 具体的に言うと、蓑虫のように木から吊るされていた。

 

 逆さ吊りでないだけマシだと知る楓が、申し訳なさと菊花達の暴走を止められなかった自省から目を逸らしている。

 楓ちゃんには、蓑虫さん達の顔がとてもじゃないが見られそうになかった。


 一度は止められたかと思われた、享の『過剰防衛』。

 しかし楓が享の説教でかかりきりになっている間に、事は起きた。

 お目付け役たる楓の目を盗んだ、菊花の犯行。

 彼女は享から護身用(笑)に譲り受けていた煙玉(睡眠ガス入り)をイナバと……遅れて加勢しようと駆け付けたタジカに向かって炸裂させたのだ。

 それはもう、まさしく『過剰』な程に。

 お陰で楓ちゃんが気付いた時には、問答無用で夢の世界にさよならさせられちゃった男二人が転がっていた。

 彼女に頭を抱えるなという方が無理な状況。

 調子に乗った菊花達がイナバとタジカを吊るさせた(実行犯は花&葵)のだが……

 いきなり襲撃された事実と、それに伴う危険を主張されては、青年達を拘束するなと言える筈もない。

 それを楓もわかっていたので、顔を引き攣らせて黙認するしかなかった。

 青年達がトヨの護衛だと耳にしていたので、襲撃されたのは自分達がトヨを連れ出して囲んでいたせいもあるんじゃないかな……と何となく思いながら。

 それにしても、いきなり襲う必要はなかったはずだが。

 ただ一人、トヨが青年達の助命及び待遇改善を嘆願していたが……一度興に乗った菊花と享に意見を翻させることは、彼女には不可能であった。


 結果、蓑虫である。


 やるせない眼差しで、楓が苦々しく問いかけた。

「何で最初にこっちの意思確認とかせず、襲い掛かっちゃったの……?」

 返ってきたのは、吊られた状況ながらに何故か凪ぎを思わせるイナバの瞳。

 嘘偽りなく、青年は正直な感想を述べた。


「あの女達……髪の赤い派手な奴と、目に光モノをつけた白装束」

「え? ああ、菊花と享?」

「あいつ等を見て、何となく『始末しないと危険』だと感じたからとしか言えないな。本能的な勘は馬鹿に出来ないだろう」

「………………」


 ああ、素晴らしきかな野生の勘。

 イナバの返答に対し、楓は……何だか、何も言えなかった。

 君は間違っていないと思ってしまったのは内緒だ。





 馬鹿に出来ないイナバ君の野生の勘(精度良好)


 ちなみに楓ちゃんはツッコミの時に限り身体能力的スペックが基準値を振り切れます。

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