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9.矢車一党、推・参!



 手芸部員が引きずりまわす形で連れてきてしまった少女は、十歳にも満たないような幼さだった。

 もしかしたら現代に比べて栄養状態に恵まれているとは思えない古代の環境ゆえ、実年齢以上に幼く見えているのかもしれない。

 だがそれを差し引いても……きっと、小学生くらいの年頃だろう。

 真っ当な大人であれば、保護するべき頃合いの少女。

 しかしやはり環境の厳しい時代故か、少女は見た目に見合わぬはきはきとしたところや、自分の芯というものを持っているようだ。

 そんな彼女は、手芸部員達に――【トヨ】と名乗った。

 


 トヨは、十歳くらいの女の子だった。

 だけど正確な年齢は解らない。

 誰も年齢など気にもしていなかった。

 そんなトヨが出会った、奇妙な人たち。

 まず、その服装からして奇妙だった。

 そしてその言葉、口調、見慣れない顔立ち。

 何から何まで、不思議だった。

 それもそのはず。

 その人たちは、未来から来たのです。



 ――邪馬台国

 鬼道を用いる女王が治めたという、古代日本の複合国家。

 女王卑弥呼が亡き後、国は乱れ……

 やがて新たな女王が起ったとされる。

 新たな女王の名は一説にイヨともトヨともされるのだけど。



 手芸部の面々は、イヨがその名前を告げた途端にしげしげと眺め回した。その顔には、もしやこれが女王かという疑問が湧いている。だから試しに、菊花は率直な質問をしてみることにした。

「あなた、邪馬台国の人?」

「クニ?」

 ちょこんと首を傾げるトヨ。

 言葉は葵を電波塔代わりに、そのイメージで通じる筈である。

 だが何とも要領を得ない返答しか、トヨからは返ってこない。

 どうやら狭い社会で生きる少女に、『国』という共同体の認識がイメージとして上手く伝わっていないらしい。

 恐らく、現代の者と古代の者では『国』の認識が異なるのだろう。

 現代を生きる手芸部員達と古代を生きるトヨとの間にはこうした細かい認識のずれ、考え方の違い、情報の祖語がある。

 現代と古代であまりに規模や意味合いが変わった言葉は、上手く伝わり辛い可能性がある。

 また情報イメージの伝達に葵の頭を通しているので、現代人特有の感覚が言語イメージに強く影響を及ぼしているのかもしれない。

 これは言葉が通じても意思の疎通に苦労しそうだと、菊花が面倒そうに眉をひそめる。

 いくら言葉を尽くしても、認識に見過ごせない差異があれば言葉は通じない。

 それでも何とか表現をようよう費やし、時間をかけることで意思の疎通は可能になる。手芸部員達はトヨがこの付近にある……邪馬台国疑惑濃厚な集落の住民であること、そしてその集落が持つ特徴の幾つかが邪馬台国のイメージと合致することを聞きだしていた。

 だがいきなり現れて、自分の暮らす『国』に関する情報を引き出そうとする相手はあまりに不審だ。

 トヨの顔色がどんどん曇っていくのは、手芸部員達の身元を疑い出したから……かもしれない。

 手芸部員達の持つ不自然さ……古代とは相容れない空気を感じ取ったのか、トヨは難しい顔をして手芸部員達に問うていた。

「……あなた方は何者ですか?」

 その問いに、彼等は自分たちが自己紹介もしていないことに気づく。このままではただの不審人物だ。

 ただし、普段から彼等はかなりの不審人物だったが。

 享と菊花に至っては、存在そのものが不審だったが。


「ふふふ……よくぞ聞いてくれたわね」


 そう言ったのは、不審人物一号の菊花ちゃんでした。

「我らは矢車学院高等部所属、矢車一党! ここに推・参!!」

 かっこいいポーズでそう告げた菊花ちゃんは、とても輝いていました。だけど、そう言った菊花ちゃんがただで済むわけがありません。勿論直ぐさま、楓ちゃんのツッコミが入りましたよ。

「私たちはいつから、そんな変な集団になったのよ!

 それからアンタ、ネーミングセンス最悪! 私たちは盗賊か!」


  すぱ―――んっ


 軽快ないい音が響く。

 楓のスリッパが、菊花の額にクリティカルヒット!

 他愛のない、手芸部の面々にとってはいつもの風景。

 だけど初見のトヨは、怖いお姉さん達にただひたすら怯えた。

 そんな彼女の恐怖を緩和したのは、部内唯一の癒し系。

 家庭味溢れる純朴少女、おまけに天然の蓮ちゃん。

「トヨちゃん、あそこにいるお姉さん達は菊花ちゃんと楓ちゃん! それで私が、蓮ちゃん。よろしくね、トヨちゃん❤」

 その柔らかくて平和な笑顔に、トヨの警戒心が、少し薄れる。

 こんなに温かい笑顔を浮かべる少女が、悪人だとは思えない。

部内で一番不審を買わない女。平和な存在。

さすがは天然家庭科少女・白木蓮。

 初見の相手の懐に意図せずするっと入り込む蓮の手腕に、楓が微妙な顔をしている。

「あの、皆さんは……」

 トヨはびくびくと、まだ怯えを滲ませている。

 だが怯えながらもこれだけは確認せねば、と。

 彼女は目の前の奇妙な集団の身元を確認するべく、なんとか喋ろうとする。

 しかしやはり怖いのだろう。

 委縮してしまっている為か、彼女の言葉は中々続かない。

 やがて途切れてしまったその声。

 彼女は未だ、怯えた眼差しで菊花と楓を見ている。

 どうやら二人の乱暴なやりとりに、すっかり恐怖を覚えてしまったらしい。やはり慣れていない者には刺激が強すぎたのだ。

 それをすぐに察し、蓮はふんわりと笑った。

「大丈夫よ。菊花ちゃんは無茶苦茶だし、享ちゃんは無闇に天才だけど、みんないい人だから♪ 楓ちゃんだって、不条理なことがない限り噛みついたりしないんだから!」

 ……フォローになっていない。


 トヨにとっては、優しそうな蓮以外は皆怖かった。

 菊花と享は得体が知れないし、楓は叩かれそうで怖かった。

 花は無表情で不気味だったし、葵は得体の知れない享に付き従っている。どうにも打ち解けようのない人々だ。

 手芸部員達は、自分達だけで独立した世界に居た。

 だけどそんな中、花が無表情に歩み寄りを見せる。

「……これ。全部あるか数えて」

 そう言って差し出したのは、緑の草の束。

 数種類の草が束ねられ、トヨに渡される。

「これ……さっき、私が落とした……」

 それは熊から逃げる時、置いてきてしまったと思っていたもの。

 トヨが無理を押して山に入った理由。

 一生懸命集めた薬草の束。

 抜け目のない花が、ちゃっかりと持ってきていたらしい。

 人間というものは、些細なことで感動し、心の障壁を緩め、寛大になってしまう。それは幼く、世間を知らぬ者なら尚更に。

 トヨは、たったこれだけの事で花を見直してしまった。

 感動してしまったのだ。

 あの熊に襲いかかられるという窮地の中でのことだ。

 咄嗟に自分の落した薬草を、何の関係もない他人なのに拾ってくれたのかと。

 自分が殺されるかもしれないのに、無理をしてくれたのかと。

 信じる者が救われるとも限らないのに。

「有難う御座います!」

 そう言うトヨの顔は、健気な子犬を思わせる笑顔だった。

 それから謎の手芸部員と幼いトヨの交流は続いた。

擦り剥いていたトヨの膝を、享が怪しげな薬で瞬時に治す。

「ふふふ……どうだね? 新開発の【キズキエ~ルG】は!」

 ますます以て怪しいことに、どうやら享が作った薬らしい。

「わぁ! 怪我がなくなりました! それどころか、古傷まで……」

 自分の膝を眺めるトヨ。その語尾は、疑問と共に消えていく。

 トヨの膝は、まるでゆで卵のようにすべすべになった。

「……? …………???」

 戸惑いに満ちた眼差しが、自分の膝を凝視している。

 いくら撫で摩ってみても、彼女の膝にあったはずの古傷は消えていた。

 確かに此処に、あったはずなのに。

「……教えて。それは一体、何の成分でできてるの……?」

 訝しげな楓の問いに、享は怪しげな笑みで答えた。

 絶対にろくでもないものが入っていることを、楓は確信する。

 その確信が外れる可能性は、多分ない。

 しかしこれ以上ツッコミを入れる元気もなく、肩を落としてチラリと手芸部員との交流に励むトヨを見た。

 すっかり手芸部の面々のことを信じ切り、警戒を解いた少女の笑顔を見て、思わずにはいられない。

 特に、色々な意味で何でもできる享と、無闇に偉そうな菊花に向けて、尊敬に近い目を向けている、その素直な顔を見ると……。


 ――騙されてる―――――――っっ!


 お願い、その二人に騙されないで……っ

 無邪気な少女を眺めながら、楓は内心涙を流していた。





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