あやかし商店街(二) 四
真司は欠伸をした時に出た涙を指で拭って目の前の物体を見つめた。
「蝶??」
そう・・・目の前には、真っ白な蝶が一匹飛んでいたのだ。
真司は呆然として、その真っ白な蝶を見た。
「おやおや」
茶を啜っていた菖蒲は、湯呑をテーブルに置くと右手を宙に翳した。
すると、飛んでいた蝶は菖蒲の翳した指に静かに舞い降りたのだ。
「この季節に蝶って、変ですね。それに真っ白ですし」
「ふふっ。真司や、少しこの蝶に触れてみい」
「え?・・・はい」
真司は恐る恐る菖蒲の指に止まっている蝶に触れた。
「冷たっ!!な、なんですかこれ?!」
「白雪お姉ちゃん!」
その言葉に、真司はキョトンとした。
「・・・え?ま、ままままさか・・・これが・・・・・・この蝶が白雪・・・さん??」
「うふふっ。面白い御方ね」
「へ?」
蝶は、ふっと菖蒲の指から離れると、落ち着いた綺麗な声音のする方へと飛んでいった。
「・・・・・」
真司は、菖蒲とは違う美しい女性に目を奪われていた。
銀色に真っ直ぐ伸びた髪をハーフアップにし雪の結晶をモチーフにした簪で留め、真っ直ぐ切られた前髪からは、紺瑠璃色の優しい目つきをした瞳があった。
着物は白く、しかし、袖や足元は淡い蒼色で、蒼い範囲内だけ雪の結晶が散らばっていた。
帯は渋い赤色で、先程まで飛んでいた蝶みたいに真っ白な蝶が刺繍され、文庫結びをしてサイドに垂れる長い帯は、まるで蝶の後翅(※蝶の四枚のうちの後ろの二枚羽根の事)みたいだった。
歳は23歳ぐらいだろうか?
お雪がお姉ちゃんと呼ぶのも無理はない、と、内心思った真司だった。
「白雪お姉ちゃん!!」
ドンッと白雪に向かって突進するお雪を、白雪は両手を広げて受け止めた。
「雪芽、久しぶり」
我が子を迎えに来たかのように、優しい声音で白雪は言った。
「えへへ」
「ふふふ」
そして二人は笑いあった。
まるで、本当の姉妹みたいだった。
「白雪や。久しいの」
「菖蒲様。お久しぶりでございます」
正座をして、白雪は菖蒲に向かってお辞儀をした。
(・・・え?今・・・菖蒲様って言った?)
真司は軽く首を傾げて談話する二人を見た。
(そういえば、菖蒲さんの正体聞いてなかったな・・・)
と、ぼんやり思っていると白雪に
「貴方が真司様ですね?」と言われハッとした。
「え?あ、はい!宮前真司です」
(あれ?今、様って言った?)
「真司様。雪芽がいつもお世話になっております」
そう言うと、白雪は真司にも律儀にお辞儀をしたのだった。
「いえいえっ!あの、そんなに畏まらなくて大丈夫です!それに、様付けも大丈夫なので、普通に呼んでください」
「・・・・・・ふふっ」
「??」
真司は何故白雪が笑ったのかわからなく首を傾げた。
側で見ていた菖蒲も同じように袖を口元にやりクスクスと笑っていた。
「あ、失礼しました。菖蒲様から聞いた通りの方だな、と思ったのでつい…」
「え?菖蒲さんから?」
そう言うと真司は菖蒲を見た。
「うむ。それはな・・・」
「それはぁ?」
と、さっきから黙って白雪の側にいたお雪が言った。
すると、菖蒲は人差し指を口元に当てると
「秘密じゃ」
と言ったのだった。
ガクッと内心項垂れる真司を見て、今度はお雪もクスクスと笑った。
「面白いねぇ~♪」
「ふふっ」
(僕は全然面白くないんだけど・・・)
と、モヤモヤとさせる真司だった。