「何故?」に応える彼
「何故?」
「何故?」
そうやって尋ねるのが、私の癖だ。
言わなければいいのに、考えなければいいのに、気が付くとまた尋ねている。
答なんて解りきってるのに、いまさら考えが変わるわけでもないのに、
そもそも応える人などいないのに。
私の「何故?」に応えることができた人なんていない。親も、教師も、同級生も。
しかし、彼だけは違った。
彼の意見には、理論なんて関係なかった。話にまとまりがないし、論点がずれることもあった。それでも、私には無い感情論が興味を惹いた。彼の意見を聞くたびに、私には思いつくことができなかったことを考えさせられた。
ある日、私は親に近々遠くに引っ越すことを知らされた。いくら精神が大人びているとはいえ、私はまだ保護者が必要な年齢だ。親について行くしかなかった。
真っ先に考えたのは、彼のことだった。
彼と離れることになる?またつまらない日々になる?
そんなのは…そんなのは……。
その先の言葉は出ないまま、ずるずると時間は過ぎていった。どうするべきか解らず、いつものように毎日を過ごすうちに、どんどん引っ越しの日が近づいていった。
ただ、ひとつだけ。私は彼に、「私は嘘つきだから」と言った。
これまで言ったことのない言葉だった。
結局、彼にはそれだけしか言えないまま、私は彼のそばを離れた。
彼のいない世界で、私はまた尋ねていた。「何故?」と。
何度尋ねたって、誰に尋ねたって、何の言葉も返ってこないのに。彼がどれだけ私の退屈を紛らわせていたか、離れてようやく理解した。
もっと彼と話しておけばよかった。もっと彼の考えを聞いておけばよかった。離れることをちゃんと伝えておけばよかった。
気が付いた頃にはもう何もかも手遅れで、後悔することしかできなかった。
彼はまさに、私に差した初めての光だった。
彼のそばから離れてしばらくして、解ったことがあった。
私は、確かに彼のことを好いていた。
彼の答えが聞きたい。彼の表情や仕草を見たい。そうして、毎日のように記憶の中の彼に手を伸ばした。
会いたくて、でも会えなくて。そんな現実を変えることも今の私にはできなかった。
彼はいつの間にか、私の中でなくてはならない存在となっていた。
彼がいなくても、月日は流れていく。
それでも私が彼のことを忘れることは無かった。
そんな中で、私は何としてももう一度彼のそばへ行こうとした。初めて見せる私の異常なまでの執着に、とうとう両親も折れた。
そして卒業の日、私は大きな花束を持って彼の元へと行った。
私の初めての願いを叶えるために。
校門でしばらく待っていると、彼の姿が見えた。一瞬、私の強すぎる思いから来た幻覚かと思ったが、あれは間違いなく彼だ。いつも着ていた学ラン姿で、まるでこの世にもう用が無いかのような顔をして、学校を去ろうとしていた。
しばらくその姿を眺めていると、向こうが私の存在に気がついた様子でその場に立ち尽くした。
「やぁ」
と私は言い、彼のところへ歩いた。
「はい、これ。卒業祝い」
花束を差し出すと、彼はそれを受け取ってから言った。
「何故…?」
どこから説明していいのか解らず、私はただ笑った。
彼もつられて笑った。
私の心の中に、ようやく光が差した瞬間だった。
彼と再会したことで、私は生きる意味を見つけていく。
きっと私は、これからも彼が出す答えを思いつくことなどできないのだろう。
だからこそ私は、そんな彼を選んだのだ。
この先続いていく未来はきっと、彼と共にあるだろう。
―Fin―