File5 長い夜
亮輔と別れた慶は、とりあえずメールすることにした。
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[To]香織
[Title]Re:わかりました
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オマエ熱出して店休んでるんだって
?大丈夫か?薬ある?買ってって
やろうか?さっき偶然深海のママと
会って、そう聞いたからさ。
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「こんなもんかな」
早速メールしてみた。
3分後
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5月23日 20:58
[From]香織
[Title]ありがと
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ケイも心配してくれること
あるんだね。
ありがとう。
でも、大したことないから大丈夫。
それよりも、ケイのメール見てたら
もっと頭痛くなる・・・。
もう改行忘れたの?
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「あ、改行・・・。忘れてた・・・」
「でもなんか、強がってる所が心配だな・・・」
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[To]香織
[Title]Re:ありがと
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ちょ、電話していい?
改行忘れてごめんな。
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メールするよりも電話した方が早いと思った慶は
香織の状態を電話で確認することにした。
1分後
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5月23日 21:00
[From]香織
[Title]いいよ
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電話待ってる。
ごめんなって、ケイらしくないね。
なんか変・・・。
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慶は香織からのメールを確認すると
すぐに香織に電話した。
「もしもし?」
「ああ、香織か?」
「あたりまえでしょ、香織です」
「な〜んだ、人が心配して電話してんのに・・・」
「うん、ありがとう・・・」
(なんだ、香織素直にありがとうって・・・)
「でもね、本当に大丈夫だから。
ケイが心配してくれるのすごく嬉しいけど
本当に大丈夫だよ?」
「いや、やっぱ心配だ。
とりあえずさ、薬飲んだのか?」
「ううん、飲んでない・・・」
「だろ?んじゃ、ちょっと買っていくから。
オマエん家、前と変わってないんだろ?
薬だけでも届けに行くから、待ってろよ!」
「うーん、じゃあヨーグルトとか、プリンとか
少しお腹減ったから食べたいな・・・」
「なんだ・・・? あー、他にはいらない?」
「うん、それだけあれば・・・」
「わかった、んじゃすぐ行くから、寝てまってろよ!
じゃあな!」
もうその事で頭がいっぱいの慶は香織の「じゃあ、待ってるね」
の言葉も聞かずに電話を切った。
それからの慶の行動は素早い。
近くの薬局で薬を買い、コンビニでヨーグルトとプリンを2個ずつ。
タクシーに乗ると、比較的近い香織のアパートにすぐに着いた。
「ピンポ〜ン」
香織が玄関の鍵を開ける音が聞こえるとすぐに
慶が外側からドアを開けた。
そこにはパジャマ姿で、少し疲れた顔をした香織が立っていた。
「香織大丈夫か?」
「うん、大丈夫・・・」
(なんか、結構重症だな、こりゃ・・・)
「とりあえず、寝てろ。
薬とか用意するから」
「うん」
どこにでもあるような普通のアパート。
しかし、香織の性格かとにかく整然としている。
物の置場所は変わっているが、見た感じ
慶が昔見た、香織の部屋とそう変わってはいない。
カーテンの色が水色から紺色に変わっていて
部屋のイメージが少し大人っぽくなっていた。
「オマエんち相変わらず綺麗にしてんな〜〜」
「いろいろ見ないでよね!!」
香織が少し恥ずかしそうに言う。
「とりあえず食べてろ」
慶はヨーグルトをおもむろに取り出し香織に渡すと
「プリンの方がいい・・・」
「ああ、わかったよ、ほら」
慶はヨーグルトを取り上げ、プリンを手渡した。
薬局で買ってきた、風邪薬の箱から薬を取り出し、
水を用意してようやく香織の寝ているベッドの横に座り込んだ。
「よし、プリン食べ終わったら、薬な!」
「なんで2個ずつあるの?」
香織はコンビニの袋に2個ずつ入っていたプリンと
ヨーグルトの事を見ながらそう言った。
「いや、なんか俺も一緒に食べようかなって思って・・・」
「相変わらずだね、ケイって。 かわいい」
「うるさいな〜、早く薬飲めよ」
「はい、はい、うるさいな〜、私は病人なんですけど!?」
と、少し嬉しそうに香織は薬を飲み始めた。
「あ、体温計」
慶は枕元にある体温計を見つけると
「ほれ、測ってみろ」
と香織に体温を測らせようとする。
「これは、さっき測ったからい〜い!」
香織が拒絶する。
慶は香織の熱が高い事がすぐにわかった。
測れって言っても、自分の前では絶対測らないだろうと思った慶は
香織の額へ左手を当て、右手で香織の左手を掴んだ。
「おまっ、やっぱ熱相当高いぞ!?
何度あるんだよ!!」
「さっきは、38度4分だった・・・」
「そりゃいかん、早く横になってろ」
慶はすぐさま立ち上がり、
「タオル勝手に使うぞ」
と言うと、洗面所に向かい置いてあったタオルを
水で濡らし、香織の額へ乗せた。
「これで、すこしはスッキリするだろ?」
「うん・・・」
「ケイ、ありがと・・・」
「ん? いいよいいよ、これくらい。
だって元カレだしな、俺は はっはっは」
と香織に素直にお礼を言われた慶の笑い方は不自然だった。
ちょっとした沈黙があった。
「香織・・・。
俺、オマエ心配だからさ
朝まで隣にいてもいいか?」
「うん、ありがとう。
でも明日仕事でしょ?
あんまり無理はしないでね・・・」
「大丈夫。そんな事は心配しなくてもいい。
どうせ、俺も眠くなったら寝るだろう!」
「ほんとに?」
「ああ、気にすんな!」
「うん、わかった・・・」
「ケイ、本当にありがとうね・・・。
私、ずっと一人でいるから、ホント心細くって淋しいんだ・・・」
「ああ、わかってる・・・。
全部わかってるから・・・、しゃべるな・・・。
とりあえず、俺の事は気にせずに寝ろ」
「うん、ありがとう・・・」
熱で少し赤くなっている香織の瞳が潤んでいた。
それに気づいた慶は、香織がとても愛おしくあり
切なくも感じていた・・・。
(香織は本当に淋しい想いしてるんだな・・・)
慶は、眠りはじめた香織の寝顔を見ながら
香織と別れた事を後悔している気持ちに気づいた。
(こんなに、かわいくていいやつなのに・・・
俺はバカだなホント・・・。)
そんな事を考えながらしばらく経つと、
慶も座ったまま眠りそうになっていた。
「ケイ? ねぇ、ケイ?」
香織がうたた寝しそうになっている慶に気づいた。
「眠たいんでしょ?
お布団敷いてあげようか?」
「ああ、ごめんごめん、俺自分でやるから大丈夫。
香織は寝てな!」
「ごめんね、布団はそこの押入れに、お母さんの使ってたやつがあるから、
それでいいなら使って」
「ああ、わかった。じゃあ、ちょっと借りるよ・・・」
慶は押入れから布団と毛布を出すと、香織の寝ている
ベッドの隣に布団を敷いた。
「おばちゃんの布団・・・、悪いな・・・」
「ううん、きっとお母さんも慶に使ってもらうの、喜んでくれると思うよ
お母さんも私と一緒で、慶の事大好きだったもん・・・」
「そうか、ありがとう・・・」
「今日な、深海のママから聞いたんだ・・・」
「うん・・・、さっき話した時そうかと思った。
いいの、心配しないで、お母さんの事はもう大丈夫だから」
「おう、そうか、それならいいんだけど・・・」
「んじゃ、寝るか」
「うん、、、。
ねぇ、ケイ?」
「ん?」
「今日は本当にありがとう・・・」
「ああ、いいからいいから」
とは言うものの、二人だけと言う空気がなかなか二人を
眠らせることができなかった。
「香織? 寝たか?」
「ううん、なんだか眠れない・・・」
「そうか、俺も・・・」
しかし、言葉が続かない。
「ケイ? 寝た?」
「いや、まだ起きてる」
「眠れないならさ、この前の話の続き
教えてくれないかな・・・」
「あ〜、でも俺本当に忘れた・・・」
「あのね、別れた時の話になってたのね
それで、ケイが違う違うって」
「で、私は悪くないもんって私がケイを攻めてたら
ケイが『俺は香織が・・・』って所で終わったの。
「きっとケイは私が正一君と一緒に居たから
私が浮気してると思ってたんでしょ?」
「ああ、その時はそう思って・・・。
その日の夜だったかな、オマエに電話して
もう別れるって言ったのは・・・。
あとからすぐに正一から電話があったよ。
俺へのクリスマスプレゼント。
正一にアドバイスしてもらおうって思ってたんだってな・・・」
「うん・・・。
でも、勘違いされるようなことした私も悪かった。
だけど、それを知った後でも、何の連絡もくれない
慶もひどい」
「だからさ、違うの。ほんと違うんだって。
なんか、俺から別れるって言ってしまったから
また、俺からさ、ゴメン別れるの取り消すって言う勇気が出なくって」
「だから香織からの連絡、ずっと待ってた・・・」
「私も・・・」
「ん?」
「私もずっと待ってた・・・。 ケイのこと・・・」
「そっか・・・。
俺達結局お互い待ってしまって
そのまま時間だけが過ぎていってたんだな・・・」
「うん・・・」
「ずっと待ってた・・・。
だからこの前深海で会った時はすごく嬉しくって・・・」
「みたいだな。
香織、嬉しそうに見えた」
「私ね、1時に終わってすぐにケイにメールしたんだよ。
でもケイはまだ飲んでるのかな〜〜って思って・・・・
ケイからの返信、ず〜〜と待ってた・・・。
気が付いたら6時でね、もう外が明るくなっちゃってて・・・」
「そうだったんだ・・・」
「私、今でも待ってるんだから・・・」
「え?」
「今日、ケイが私の事心配してくれて
前と同じように接してくれて・・・。
あ〜、ケイって変わってないな〜って感じた。
それだけでも嬉しいんだよ」
「そっか・・・」
しばらく沈黙が続いた。
「ねぇ、ケイ」
「私達、また昔の私達に戻れないかな?」
「うん・・・」
「俺も・・・、今も好き・・・」
「でも・・・」
「でもも何もないでしょ!!」
「私を、私を幸せにして!!」
「オマ・・・、熱あるのに・・・、積極的・・・」
「もう!!話をそらさないで!!」
「わかったから・・・」
「ホント??」
香織がそう尋ねるが、慶から返事が無かった。
(な〜〜んだ、寝ちゃったのか・・・。)
結局香織ははっきりとした答えを慶から聞くことができなかった。




