二人王様ゲーム
初めまして。
初の短編に挑戦になります、未熟な文才ですが良ければ読んでもらえると嬉しいです。
軽い地獄を見ていた。
鼻が痛くなるほどの化粧の匂い、暑苦しい体温、耳障りな息遣いの音。こんな事なら意地でも拒否するんだったと今でも後悔する。
話の始まりは昨日の朝から。
「友達と王様ゲームするんだけど、御兄ちゃんも一緒にしようよ」
妹の一言から始まる。
悪戯に笑って見せる妹の顔は、兄から見ても可愛いと思う、もちろん深い感情などはないが。
妹はギャルとか不良ではないものの、高校生という盛んな年頃だという条件を考慮しても異性に興味を示し過ぎている。
朝帰りなどは平気でするし、家に連込む男は毎回変わる。 風の噂で聞いた話だが、可愛い顔なのに気取らず、誰にでも男心…… 下心をくすぐる行為を平気でするので学校では人気が高く、不動のモテ率を誇っているそうな。
そんな妹から、こういう怪しい御誘いが掛かる事は少なくない。 彼氏が居ない珍しい時期にダブルデートを頼まれたから彼氏役をしてほしい、男がグッとくる下着を選んでほしいなどなど。乱交の名前が出た時は流石に頭が痛くなった。
もちろん毎回御断りしているわけで、今回も御断りしたのだが、いつもはあっさりと諦める妹が今日は何故かしつこく、結局根負けした俺がこの王様ゲームに参加するハメになったのだが。
「三番が四番の首筋にキスする」
ぽろりと俺の手から四番のクジが落ちる。
ちなみにこのクジは、割箸の先端に王様か番号が書かれてある、単純かつメジャーなものが使用されている、正直どうでも良いが。
「私三番!」
うっ……、またあの女。
三番の割箸を上にあげるのは、濃い化粧に茶色い髪の典型的なギャルである。
妹の友達なのだろうか? 元々の素材が良いから化粧を殆どしない妹だが、一歩間違えると妹もああなっていたのだなと思うと寒気がする。
今日は厄日だろうか? さっきからあの女とばかり命令がくる。
例のギャルが俺の首筋へと顔を近付け、そっとキスする。 こんなに頭で相手を嫌っていても、いざこういう事をされると顔が赤くなるのは免疫があまりにないからだろう。 こんな姿を見て妹はどう思うのだろうか? 正直兄の威厳が落ちる気がしてどうにも良い気はしない。
ギャルもギャルで俺をお気に召したらしく「さっきから私とばかりだよね、もしかして運命じゃない!」とか言出した時は危うく手が出そうになった。
「二番と五番がキスする」
俺は持っていた五番を軽くテーブルに投げた、今日の厄日は六回目くらいの命令から受け入れている。
どうせまたあの女だ、キスこそ今日はまだ無かったが、いずれこうなる覚悟はしていた。
妹はそんな俺を見ながら何処か不機嫌そうに見える、やはり兄がデレデレしているのを見るのは不愉快らしい、もっともこっちは嫌々なのだが。
「私二番」
聞き慣れた声と周りが盛り上がり、口笛や悶えるような声が聞こえてくる。
まさか……と思ったがそのまさか、二番を皆に見せているのは……。
「ついに来ました近親相姦!!」
そういうのはこれまたワックスで髪をツンツンに立て、体が茶色のいかにもと言った感じのギャル男と呼ばれる男性である。ギャル男は妙にテンションが上がり、声を張り上げて言った。
彼以外にも周りのメンバーはテンションが今日一番の上がりを見せている。 その中に取り残された俺と妹。
軽い地獄などではない、これは間違いなく地獄だ。周りの人すら茶色鬼に見えてくる。
そんな事で現実逃避をしていたところ、ふと妹が近寄ってきた。
まさか…… と思い、近付いてくる妹の肩を押す。
「何やってんの? 王様からの命令だよ?」
妙に色っぽい目付きで言う。
本気か? そう聞くまでもなく、不意に唇を重ねられた。 腕を俺の首に絡まし、強く強く押しつけてくる。 放心状態の俺を現実に戻したのは口の中に入ってきた異物感。 それが相手の舌だと気付いた時、俺は力付くで妹から離れていた。
王様ゲームは終了し、俺と妹は家にたどり着く。
あの後も何回か王様ゲームの命令は続いたが、俺と妹の番号が出る事は無かった。
「なんであんな事したんだよ」
家について一息してから、何気なしに聞いてみる。
妹は何の事なのか分かったらしく、肩をピクリと動かせるも、またこちらを振り向き悪戯に笑う。
「仕方ないじゃん、周りがあんなに盛り上がってたんだから」
何が仕方ないのか、命令に無かった舌の存在。それを追求するには、必要とする勇気が足りなかった。
妹はふと俺に二本の割箸を差し出す。 それは先ほどまで使っていたはずのクジ…… 持って帰ってきたのだろうか?
「王様ゲームしよ?」
妹の発言に馬鹿言うなと言いかけたが、俺を見る目があまりに真剣なので、思わず一本引いてしまう。 割箸の先には一と書かれていた。
「私が王様だね」
自分の割箸の先端を見せる相手は、またいつものように悪戯な笑みを見せている。
俺は嫌な予感を感じていた。 妹の発言に恐怖すら感じている。 何かが変わってしまうような恐怖を。
「一番は王様にキスする」
時間が凍り付く。
妹の言葉は金縛りのように俺を縛り、そして俺の頭の中にはある可能性が浮かんでいた。
今日王様ゲームに俺を誘った理由は……。
そんな俺の考えを見透かしてか、冗談だよと笑い俺からクジを回収した。
そしてまた、選べと言わんばかりにクジを差し出してくる。 俺はされるがままに引いてしまう。
「次は御兄ちゃんが王様だね、なんでも命令して良いよ?」
そんな言葉すら、俺には意味深にとれた。
そしてある可能性が確信にと変わっていく。
命令しない俺に困ったように笑う妹、思いついたら言ってとまたクジを回収し、俺に差し出す。
俺は拒否する言葉も失い、それを引いてしまった。
「私が王様」
俺の手には一番のクジが。
妹の顔は切なげで、此所に居るだけでも辛そうなのに、命令を口にする。
「一番が王様に告白する」
やはり。
可能性は真実だった。
こいつは今、俺に告白をしている。 それがどういう事かも知った上で。
妹の命令はそれに終らない。
「一番は王様とデートする。一番は王様と結婚する。御兄ちゃんは私を抱く」
彼女は叫ぶように言う。
顔は今にも泣きそうで、俺は心臓をギュッと縛られる思いで。
彼女はきっと前から俺が好きだった。 自意識過剰かもしれないが、だからデートや下着選びなど…… 彼女にとってはこれが精一杯のアピールで。
そして今日、誰が誰に何しても不思議ではない王様ゲームに僅かな可能性を賭けて俺を誘ったのだろう。
妹はそっと俺の一番を取り上げ、王様と掛かれたクジを俺の手に持たせた。 彼女は待っている、俺の命令を。
一番は俺を諦めてくれ…… これが言うべき答えだった。 けれど、いつもは泣かない妹が泣きそうな表情を見せると言葉が喉で止まってしまう。
あまりに真剣なのだ。 実の兄に告白する覚悟を俺には想像が出来ない。
きっと今にも倒れそうなくらいの覚悟の上での事なのだろう、それを妹だからと断って良いのだろうか……。
なら一番は王様を愛すると言って良いのか? その一言は何よりも重く、この先の俺と彼女の人生にのしかかってくるだろう。そもそも俺は妹をそんな風に見る事が出来るのか……。
沈黙の中時間は無情にも流れ、妹は耐え兼ねたように涙を流した。
俺は、この彼女を……。
「一番は王様を……」
彼女が見せた覚悟に俺は答えなければならない。
どちらを選んでも重い一言、それはきっとどちらを選んでも俺達の人生に付きまとってくる。 それでも俺は答えないといけない。だから俺は……。
「お前は俺を……っ」
俺の答えを聞いた妹は張裂けるように泣いた。
この先、この涙が彼女にとって後悔の涙になるかどうかは分からない。
この涙が何故流れているのか…… どんな気持ちで流れているのかは分からない。
それでも俺はこの命令に後悔は無かった、俺が下した最後の命令は……。