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シェアハウスは恋愛物件!?〜後輩わんこがゼロキョリで迫ってくる〜

作者: 亜沙美多郎
掲載日:2026/03/21

「先輩、おはようございます。キス、しますか?」

 寝起きとは思えない爽やかな笑顔で、高瀬櫂李(たかせかいり)が俺に向かって両手を広げている。

 朝食の準備を終えたばかりの俺は、ちょうどみんなを起こしに行こうとキッチンから出てきたところだった。

 

「……しないけど」

「えっ!!」

 徐に驚いて後ずさる櫂李。

 こいつの言動は、いまひとつ本気度が測れない。


「あのさ、櫂李。俺ら別に付き合ってもないんだからな?」

「えぇぇっ!!!」

「なんで毎回新鮮に驚くんだよ。何回目だよこのくだり。ネタかよ」

「だって、生徒会専用シェアハウスに入居したら、カップルになるって噂を聞いて。オレ、すげー楽しみにしてきたんですよ? 煌陽(こうよう)さんと凛先輩は実際付き合ってるし。ってことは……オレと星凪(せいな)先輩は、実質恋人で……」

「実質恋人なんてないだろう。大体、恋人になる確率が高いってだけで、例外も普通にあるからな」

「オレと先輩は例外じゃないでしょ」


 一年のくせに俺よりも背が高い櫂李が覆い被さってくる。

 犬みたいだ……。明るい茶色のふんわりとした髪が、更に犬っぽさを誇張している。

 なんて思っても、こんなに大きな犬は飼ったことがない。


「離せったら」

「先輩の匂い、好き~」

「はっ? 首許を嗅ぐな!! ひゃっ! くすぐったい、やめろって」


 毎朝、俺と櫂李はこんな戯れから始まる。


「おはよー、朝から仲良いね」

「凛、笑ってないで助けてよ」

「案外、毎朝のお楽しみだったりするんだけどな。ね、煌陽くん」

「俺はどうでもいい。んなことより、早く朝飯にしようぜ。腹へった」

「あぁ、直ぐにテーブルに運ぶよ。ほら、櫂李も手伝え」


 凛と煌陽が起きてくると、四人で席に着く。


「いただきます!!」

 揃って手を合わせ、賑やかな朝が始まる。


 蒼稜学園(そうりょうがくえん)グループ【凪ヶ丘高等部】は全寮制の男子校だが、生徒会メンバーだけはシェアハウスに入居するのが決まりだ。

 八人の生徒会メンバーがA棟とB棟に分かれて、四人ずつ生活している。


 寮だと寮母さんが生活面のサポートをしてくれるが、俺たち生徒会メンバーは、自分たちで協力し合って生活する。役割分担や、ルールもそれぞれで設け、日々の生活の中で団結力や協調性を養うのが目的だ。


 そして……。


「でもさ、実際多いよね。歴代生徒会メンバー同士のカップル」

 粉末を溶かしただけのコーンポタージュを飲みながら凛が切り出す。

「環境が特殊だし、やっぱ大変さを理解し合えるってのが大きいんじゃね?」

 この話題を流そうと思っていたのに、そうはさせてもらえないらしい。


「凛先輩、因みにB棟はどうなんですか?」

「あっちは会計の二人が付き合ってて、副会長の紫暮(しぐれ)君は、去年広報だった先輩と今も続いてるよ」

「じゃあ、俺と同じ一年の大夢(ひろむ)はボッチじゃないですか」

「あのなぁ櫂李、絶対に生徒会同士じゃないとダメなんて決まりはないからな? それに、今は四人ずつだけど、追加の生徒会メンバーは一学期の成績で決まる。夏休み明けには、もう一人入ってくるんだからな」

「そっかぁ。そうでしたね。じゃあ、オレ、星凪先輩を取られないようにマーキングしとかないとですねぇ」

「ばっっ……」っかやろう……!!!

 マーキングってなんだよ。俺まで犬にすんなよ!!

 

 突拍子もない言葉に盛大に咽せそうになったのを、なんとか耐えた。


 櫂李は去年のオープンスクールで俺を見て一目惚れをしたらしく、受験も凪高一択、生徒会入りを自ら希望し、入学してきた。

 そしてA棟に引っ越して来るや否や、その熱い想いを俺の両手を握りしめて語り尽くした。


「櫂李は星凪の忠犬だな」煌陽が言う。

「そうだね、お似合いだと思うけど」その隣で凛が揶揄う。

 スポーツ系の煌陽と、中世的な美人の凛。二人は櫂李の言った通り、付き合っている。

 

 変に付き纏われやすい凛を助けていくうちに、二人の愛は芽生えた。付き合いだしたのは、極自然の流れだった。

 煌陽と恋人になってからは、凛も危ない目に遭わなくなったし、最初こそ意外な組み合わせだなと思ったけれど、唯一無二だと今では思っている。


「さっさと片付けして準備するぞ」

「ごちそうさまでした」

「忠犬、片付け手伝え」

「わんっ!!」


 こいつには、嫌味も通じない。

 ずっと隣で尻尾を振り続けている櫂李に、素直に甘えたい気持ちはある。でもこんな性格が邪魔して、肝心の一歩が踏み込めない。


 俺だって、恋愛に興味がないわけじゃない。

 高校生という一番輝かしいであろう時間を、楽しく過ごしたいと思っていた。

 なのに恋人もできないまま、あっという間に最終学年。


 このままじゃ、大変だった生徒会活動の思い出だけで終わってしまう。内心、そんな不安に駆られているのも事実だ。

 

「入学してからまだ二ヶ月だってのに、俺たちはまだお互いのこと知らないだろう?」

「そんなの、これから嫌ってほど知るじゃないですか。それに、俺はもう星凪先輩が甘~い卵焼きが好きだって、知ってますよ」


 準備していたお弁当のおかずから、卵焼きを一つ摘んで口に放り込む。

 

「んま~~!! 今日、先輩がお弁当当番なの、ラッキー」

「あっ!! おまっ!! 余分なんてないんだからな。櫂李の弁当には卵焼きなし!!」

「えっ、うそ……先輩の分くださいよ。オレ昼ごはんめっちゃ食べたい派なんですから」

「昼ごはんちょっとしか要らない派なんていねぇよ。年頃の男子なんだから」

「かわいい後輩のために先輩の分くださいよぅ」

「だーめーでーすぅー」

「あぁ、朝にもお昼にも、先輩の卵焼きが食べたい人生だった」

「チョロい人生だな。ったく、時間あるからもう一個焼くか」

「本当に!? でっかいの焼いてください!! 卵、五個くらい使って」

「調子に乗りすぎ」


 こんな感じでどうしても甘やかしてしまうのは、そりゃ、懐いてくれて嬉しくないわけはないから。


 冷蔵庫から卵と砂糖を取り出す。

 食器洗いを櫂李に押し付けて、手早く四人分の弁当を仕上げる。

 

 キッチンカウンターに並んで立つと、身長の差は歴然だ。

 別に俺も背が低いってわけではない……と思うけど……、こいつの視線からだと、俺のつむじも見えてそうだ。


「ほら、櫂李の分。今後はつまみ食い禁止な?」

「美味しそう!! 先輩、お礼のハグします!!」

「ばっっ……!!」っかやろう!!

 しなくていいんだよ、いちいち!!


 櫂李が来てからというものの、穏やかな日々は消え去った。

 その代わりに、寂しいなんて考える暇もなくなったんだけど。


「はぁ……」

 教室の自分の席に着きため息を吐くと、隣の席にカバンを置いた鈴原紫暮(すずはらしぐれ)が顔を覗き込んできた。

 

「っはよ、星凪。朝からどうしたん?」

「紫暮、おはよ。今朝もうちのワンコが激しくて。既に疲れた」

「あはは。櫂李か。あいつ元気だし社交的だし、煌陽の後継者にピッタリだよな」

「確かに広報に向いてると思うけど」

「目が半分閉じてる。HRまで寝てれば?」

「いや、いい。話してる方が落ち着く」

 大きな欠伸をしながら机に顎を乗せる。


「言ってることと、やってることが正反対だけど」

 紫暮が眉を下げ、俺の髪を乱す。


「いい奴じゃん、櫂李」

「分かってる。けど、それと恋愛が結びつくわけじゃない」

「あんなにも正々堂々と愛情表現してくれる人なんて早々いないし、本気で好きだって分かるじゃん。あとは、星凪が信じたいって思うかどうかじゃない? それとも、生徒会長は大人の恋愛を所望かな」

「そんなんじゃねぇけど……。初っ端から俺への気持ちを熱弁されて戸惑ってるっていうか……なんか、よく分からん。徐々に来てくれって感じ」

「徐々に……なんてやってると、一生伝わんないよ。星凪には。前生徒会長がそうだったように。先輩の気持ち、気付いてないわけじゃなかったんだろ?」

「……うん。でも、憧れが強すぎて踏み込めなかった」

「一歩踏み込めば両思いだったのに」


 紫暮は中学からの友達でもあり、同じ生徒会メンバーでもある。

 去年までは同じA棟で生活していたのもあり、俺の拗らせっぷりを知っている。

 片思いしていた前任の生徒会長とは、脈ありどころか完全に両思いだった。

 先輩も惜しみなく愛を注いでくれていたし、毎日好きが更新されるほど舞い上がっていた。


 けれど、なんで先輩が俺を好きなのか、考えるほど訳わかんなくて、勝手に線を引いて遮断した。

 

「自分に自信がなさ過ぎて、俺は先輩には相応しくありませんって言っちゃったんだよな」

 思い出しては後悔ばかりしている。

 俺にとっては初恋の相手でもあったから、余計に気恥ずかしくて、はぐらかしてばかりいた。

 

 先輩は完璧な人だった。

 成績もスポーツも、性格も人望も、ファッションセンスも何もかもズバ抜けていた。

 SNSでは他校の生徒からも人気で、他人から『推される』対象だった。


「星凪だって負けず劣らずじゃん」

「買い被りすぎだよ。SNSもやってないし。成績だって必死で勉強してなんとかトップクラスを保ってる。ちょっとでも気を抜くと、きっと……」

「ほら、また考えすぎの癖が出てる。いいよ、俺は星凪が誰よりも努力してるって知ってるから。でも、たまには息抜きもしな?」

「うん、ありがと」

 

 とはいえ、考えすぎる癖は簡単には治らない。

 学校のトップに立つ人間として相応しい人になりたいと思う。

 『前は良かった』なんて言われないようにしないと……って、また負のループに陥りそうだ。


 気持ちをどうにか切り替えるために、午前中の授業に専念した。


 昼休みになると、教室は活気を取り戻す。

 殆どの学生は学食へと向かう。

「紫暮、学食行くだろ?」

「それがさ、じゃーん」

「え、弁当? なんで?」

「B棟も弁当の当番制やってみようって話になって。今日は吏生(りお)が作ってくれた」

「いいじゃん。教室で食べられる」

「学食の混みっぷり、やばいもんな。俺らももっと早く弁当にすれば良かった。ってか、明日は俺が作んないとなんだけど、何作ればいいか分からん。星凪、放課後教えてよ」

「いいけど、俺も大したものは作れないよ?」

「なんでだよ。料理上手いじゃん」

「妹の世話してたからね。生活に困らない程度にできるってだけ。なんか作りたいものある?」

「俺、星凪の卵焼き好き」

「櫂李と同じこと言ってる」


 箸で卵焼きを一切れ掴み、紫暮の口に運ぶ。

「んまっ」

「こんなんで良ければ、いつでも教えるよ」


 その時、勢いよく教室のドアが開き、「星凪先輩!!」同時に叫ぶ声が響く。

 紫暮と二人で椅子から落ちる勢いで驚いた。

「いきなり大声出すな!!」

「だって、学食来ないから!! ってか、今『あーん』してませんでした? 『あーん』!!」

「だからなんだよ」

「紫暮先輩だけズルイです。オレにもしてくださいよ」

 許可もなく三年の教室に飛び込んできた櫂李が、俺の隣に椅子を引っ張ってきて腰を下ろす。

 もう弁当の中に卵焼きはないというのに、大きな口を開けて、雛鳥みたいにご飯が運ばれるのを待っている。

「櫂李、自分の弁当は?」

「もう食べました」

「じゃあ、もういいだろ。俺は今からなんだから」

「オレだって星凪先輩から『あーん』してもらわないと、嫉妬で狂いそうです」


 紫暮が『入れてやれ』とジェスチャーを送る。

「……ったく。ほら」

 唐揚げが一つ減った。

 櫂李は満足そうに頬張り、お礼のお菓子を机に置いた。

 オレの好きなチョコレート。今日はこれを渡そうと探していたのか。


「いつも学食なのに、なんで今日は教室なんですか?」

「B棟も今日から弁当になったんだ。だから、弁当当番が続く限りは教室だな」

 オレの代わりに紫暮が答えた。

「今日の放課後、星凪に卵焼き教えてもらうから、A棟にお邪魔するわ」

「なんですか、それぇ!! 聞いてないです。オレもやります」

「いいな。料理教室みたいじゃん。星凪先生、よろしくお願いします」

「勝手に先生にするな」


 予鈴が鳴り、櫂李が渋々教室へと帰っていった。


「なんで櫂李も誘うんだよ」

「だって恨まれたくないもん。いいじゃん人数多いと楽しいし」


 人前でもお構いなしに抱きついてこられるの、恥ずかしいんだけど……。

 断りもできず、小さくため息を吐いた。


✦︎✧︎✧✦


 放課後が一番疲労を溜める結果となったのはいうまでもない。

 櫂李は卵すら割れず、紫暮は砂糖と塩を間違える始末。

 余分に2パック買っていた卵は瞬く間に消え去った。

 なんとか最後の最後に形にななったものの、これで明日の弁当当番が務まるのか、謎すぎる。


「櫂李は弁当当番は当たらないから、まあいいとして。紫暮、明日……大丈夫そ?」

「全然、大丈夫じゃない。どうしよう、こんなに料理が難しいなんて思ってなかった」

「誰かに代わってもらった方が良いんじゃないですか? 大夢、料理好きって言ってましたよ」

「マジで!? 早速相談するわ。サンキュー、櫂李」

 テーブルに並んだ卵焼き。しょっぱいのから焦げてるのから、もはやスクランブルエッグになってるのやら……。

「これ、どうする?」


「俺が責任持って食べるよ。折角教えてもらったのに、ごめんな」

「大夢、どうだって?」

「卵焼きの写真を送ったら、『僕が弁当作ります』って即レスだった」

「だろうな。みんなのためにも、そうするべきだ」

 俺の隣で櫂李がうんうんと頷く。


 結局、失敗作は三人で食べた。

「これ、辛すぎる!! 紫暮先輩、どんだけ塩入れたんですか」

「甘い方がより美味しいのかなって思って、星凪が言ってた分量より多めに入れた」

「それで塩入れたんだから、辛いはずですよ」

「でもこっちのは、さっき殻が入ってた。噛んじゃったじゃん」

「だって卵割るの難しかったんですもん。カルシウム摂れるからセーフですよね」

 失敗した本人たちは楽しそうだ。

 俺ならヘコんでるだろうけど……。


「ってか、星凪先輩は食べないで良いですよぅ! そんな不味いもの食べさせられません!」

「そうだ、無理すんな。星凪に責任はないんだからな。俺らの料理のセンスが絶望的になかったのがいけないんだから」

 俺から皿を取り上げる。

「え、いいよ。いっぱいあるし。初めてなんだから失敗して当たり前。俺だって最初から上手くできたわけじゃないし」

「先輩……」

「……え、なに……」

「せんぱーーーい!! 優しすぎますーー!!」

「わっ!! だから抱きつくなって!! 紫暮もいるんだぞ」

「じゃあ誰もいないところなら良いですか?」

「そういう問題じゃないだろ!!」

「今の星凪先輩の言い方じゃ、そんなふうに聞こえますよ。オレは、いつでもオッケーですからね」


 話が通じない。

 必死に体を離そうとしても、びくともしない。

 そんな俺らを紫暮は笑って見てるだけだし。


「さっさと食べて、片付けしろ!!」

 まったく、大型忠犬の躾も大変だ。


 紫暮がB棟に帰ると二人きりになる。

 櫂李は鼻歌を歌いながら食器を拭いて片付けていた。

 俺はぐったりとソファーに身体を沈める。


「先輩、カフェオレ淹れましたよ。一息つきましょう」

「あ、ありがとう」

 こんな気はしっかり遣えるから憎めない。

 温かいカフェオレが、叫びすぎて疲れた喉に膜を張って癒してくれる。


「ねぇ、先輩。来月、近くの神社でお祭りやるの知ってます?」

「あぁ毎年やってるやつな。結構屋台とかも出て盛り上がってるぞ。まぁ、全寮制でなかなか楽しみもないからな。凪高生の殆どが行ってるんじゃね?」

「先輩も、毎年誰かと行ってるんですか?」

「まぁ。って言っても生徒会メンバーとばっかりだけど」

「今年、オレと一緒に行ってくれませんか?」

「別にいいけど。どうせ凛たちも行くだろうし、みんなで……」

「違います!! 二人きりで行きたいんです!!」

 

 身を乗り出して押し倒す勢いで迫られる。

「だから、距離近すぎ!! お祭りもいいけど、その前にテストがあるの忘れてないだろうな?」

「分かってますよ。こう見えて、オレ、主席で入学してるんですからね」

 それはそうだ。じゃないと、誰でもが希望すれば生徒会に入れるわけじゃない。

 入学と同時に生徒会メンバーに選ばれるには、入試でトップクラスの成績を収めなくてはならない。

 普段からノリで生きてるような櫂李は、紛れもなく優秀な生徒であるとは認めざるを得ない。

「……なんか、ムカつく」

「なんでですか!?」

「一回成績落として泣いてほしい」

「酷いですよぅ。先輩の側に来るために、人生で一番頑張ったんですからね」

「はいはい、そうだったな。じゃあ、テスト頑張ったら、一緒に行くか」

「本当ですか!? やったー!! 浴衣、着ましょうね!! 素敵だろうなぁ……先輩の浴衣姿……」

「は? 俺、浴衣なんて持ってないけど」

「大丈夫です。オレが準備しますから」

 任せてくださいと、胸を叩く。


「じゃあ、オレ、洗濯物取り込むんで、先輩は休んでてくださいね」

「いいよ、今日の洗濯当番は俺だし」

「料理教室で疲れてるでしょうから、そのお礼です」

 立ち上がってバルコニーに出る。

 遠慮なく、休ませてもらうことにした。


「ま、いい奴なんだけどな」

 ソファーの背もたれに腕をかけ、バルコニーに視線を向ける。

 きっと俺が一歩踏み込めば晴れて恋人になるのだろう。前と同じように。

 全ては俺次第。

 それが妙にプレッシャーで、どのタイミングで心を開けば良いのか悩んで、多分もう何回もチャンスを逃している。


 それを紫暮に言ったところで「好きだと思った時に好きだって言えば良いじゃん」なんて言われて終わる。そんな器用な性格じゃないから困ってるのに。


 ガラス越しに目が合うと、櫂李が俺に手を振っている。

「……ばーか」

 口パクで言うと伝わったらしく、大袈裟に驚いてる後輩ワンコに思わず笑ってしまった。


 料理教室は一回で終わった。二人とも、スッパリと諦めたらしい。

「得意な人がやればいい」と紫暮もB棟で言われたらしく、大人しく弁当当番からは退いたと苦笑いを浮かべていた。


 櫂李といえば、あれ以来勉強に励む姿をよく見かけるようになった。

 テスト前だから誰でも勉強して当たり前なんだけど、いつも騒がしいのが急に静かになると、それはそれで気になってしまう。


「夜食でも作ろうか?」

 シェアハウスのみんなに声をかける。

「えっ!? 先輩が俺のために作ってくる夜食!?」

「櫂李だけじゃなくて、全員!! 遅くまで勉強してるのはみんな同じだからな」

「でも、オレのためも含まれてるじゃないですか。残さず食べます!! ってか深夜に腹減りすぎて昨日ぶっ倒れるかと思いましたよ。この辺、コンビニすらないし」

「あっても深夜に抜け出せないだろ。おにぎりとか簡単なものになるけど、文句言うなよ」

「お礼しか言いません」


 一旦、喋り始めるといつもの櫂李だ。

 謎にホッとしてる自分がいる。

「抱きつかなくていいだろ。離れろって」

「だって最近、先輩に触れてなかったから人肌恋しくて」

「テスト期間終わるまでは、勉強だけに集中しろよ」

 俺と櫂李のコントが始まると、煌陽と凛はニヤニヤしながらあらぬ事を考えている。

 そうして、ありがた迷惑な提案をしてくるから困るんだ。


 絶対何も言うなよ……。

 心の中で願っていたが、凛が口を開いた。

「櫂李、そんなに人肌恋しいなら凪星の部屋でお泊りすれば良いんじゃない?」

「っ!! お泊り……なんて素敵な響き!! 凛先輩、天才ですか!!」

「おい、凛! 余計なこと言うなよ。俺だって勉強しないといけないんだから」

「お泊り!! しましょう、先輩!! どっちの部屋にしますか? オレはどっちでもいいですけど、先輩の匂いに包まれて寝たいから先輩の部屋に行きますね」

「強引に話を進めるなよ。俺は許可してない」

 慌てて否定すると、ショックを受けた櫂李が大きな耳を垂らしてしょんぼりしている大型犬に見えた。

 ダメだ……また、甘やかしてしまいそうだ。


「いいじゃん、一回くらい」

 最近は煌陽まで櫂李の味方になってしまう。

「うん……まぁ、じゃあ今日だけだからな」

「本当ですか!! オレ、勉強めちゃくちゃ頑張れます」

「大袈裟だな」

「真実ですよ。結果で証明して見せます」

 ガッツポーズを決める櫂李は、こう見えて有言実行タイプなんだよな。俺も負けていられない。トップを死守しないと示しがつかない。

 こういうプレッシャーは本当は苦手だ。みんなにバレないように、こっそりとため息を吐く。


 あれだけお泊まりに闘志を燃やしていた櫂李は、夜食を作る時間になっても部屋から出てこなかった。

「ま、勉強してるか」

 煌陽と凛は一緒にリビングで勉強している。

「櫂李も息抜きに呼ぶ?」と凛から聞かれたが、「せっかく集中してて静かだし、部屋に夜食運んでおくよ」と断った。


「櫂李、お祭り楽しみにしてたよ」

「何でもう知ってるの?」

「あいつが喜びを隠すなんて出来ないだろ」

 煌陽まで笑って言う。

「いい奴じゃん」と続けて言われ、返事に困ってしまった。


 良い奴だと俺も思う。忠犬だし、意外と気使えるし、俺のこんな性格でも諦めないでいてくれる。

 

「頼って欲しいんだよ、櫂李」

 凛がペンを机に置いてこっちを見た。

「応援、してるからね。夜食、ありがと」

「う……うん」


 調子狂う。

 まるで俺の方が櫂李を好きみたいじゃないか。

 いや、別に好きだよ。後輩として。

 恋愛としては……どうなんだろ……。

 あいつは、俺とキスとか出来ちゃうんだろな。


 キスなんて、したことない。

 どんな感じなんだろ。そんなにいいものなのか。

 ……って、今は勉強!!


 凛と煌陽の余計な後押しに、まんまと絆されてる気がする。

 櫂李の部屋のドアをノックするのに、緊張してしまった。

 『はぁい』

 中から声がして、ドアが開くと眼鏡をかけた櫂李が出てきた。

「眼鏡なんてかけてたっけ?」

「部屋でいるときだけですけどね。いつもはコンタクトです。夜食、作ってくれたんですか? お腹減ってたんです。いただきます」

「あ、あぁ……」


 櫂李はトレーごと受け取ると、すぐにドアを閉めてしまった。

 普段のリアクションとの違いに呆然としてしまう。

 いや、期待していたわけじゃない。櫂李だって試験でトップクラスに入らないといけないし。

 俺も部屋に戻ろう。


 夜食作りはいい息抜きになった。


 櫂李もお泊まり会だと騒いでいたけど、冗談だったんだろう。あの調子だと、深夜まで集中してそうだ。

 別に、寂しいとかは思ってない。

 一人で勝手にソワソワしていただけだ。

 なのにどうしても集中力が持続せず、潔く寝ることにした。

 ベッドに横になると睡魔は瞬く間に襲ってくる。

 別に疲れてるわけでもないのに……考えているうちに深い眠りに落ちた。


 翌朝、寝返りが打てなくて目が覚めた。

「なんか、ある……? って、櫂李!! なんで俺のベッドで寝てんだよ!!」

「昨日、お泊まり会やるって言ったじゃないですか。なのに部屋に来たら先輩、先に寝ちゃってるんですもん。オレ、寂しかったんですからね」

「本当に来るなんて思ってないだろう」

「行きますよ。俺は行くって言ったら行きます。でも、先輩のベッドって寝心地いいですね。先輩がいるからですかね」

「どの部屋も同じだ。シングルのベッドに男二人なんて……ほら、しがみつくな」

「しがみついていません。抱きしめているんです。今日は週末で学校休みだし、もうちょっとのんびりしましょうよ」

 ベッドの中に引きずり込まれ、櫂李は俺をホールドしたまま二度寝に落ちた。

 一定のリズムで繰り返される寝息を聞いてるうちに、俺も眠気が蘇る。


 俺よりも体温の高い櫂李に包み込まれ、心地よさを感じたのは無視できなかった。 

 


 太陽が高く登り、俺と櫂李は凛に起こされるまで爆睡していた。

「お昼ご飯できたよ……。って、邪魔しちゃった?」

「へ? もう昼? って!! おい、櫂李起きろ!! 暑いんだよ」

「まだ……ここにいたいです……」

「勝手に寝てろ。俺はお腹すいたから先に行くからな」


 凛に同じベッドで寝ているのを見られてしまったじゃないか。

 絶対、煌陽に言われる……口止め料、何にしよ。なんて思っている間に、凛はすでに煌陽に話かけている。


「り、凛!! ご飯作ってくれてありがとう!! お昼ご飯は何? お腹空いた」

 大声で話かける。

「星凪が昼まで寝てるなんて珍しいな」

「煌陽おはよ。って昼だけど。俺もびっくりしてる」

「抱き枕が良かったのか」

「はっ!? だっ!? 抱いてないって!! なんなの、抱き枕って」

「大型犬の抱き枕は、心地いいだろうなって思っただけ」


 ……既に伝わっていた。

 凛だって今さっき煌陽に話かけたばっかりなのに、どんな早口で説明すれば伝わるんだ。

 虚を突かれた顔になると、凛は舌をペロっとだし、スマホの画面をこっちに向けた。


「はっ!?」

 そこには櫂李にしがみついて寝ている俺らが写っている。

 そりゃ説明するよりずっとか早い。……なんて感心している場合じゃない。

「消してよ!!」

「やだよ。後で櫂李にも見せてあげたいし」

「それが一番ダメな?」

 頭を抱える。

 こんな写真を見てしまえば絶対調子に乗って騒ぐに違いない。

 いや騒ぐだけならまだしも、またお泊まり会をやると言い出しかねない。


「凛……頼む……消してくれ」

 蚊の鳴くような声で頼んでも、「別にいいじゃん。生徒会メンバー仲良しって感じで」なんて言いながらスマホの画面を閉じている。

「ってか、星凪が意識しすぎてる証拠じゃんね?」

「確かに、煌陽それだよね。別に友達としか思ってないなら、焦る必要ないもんね」

「星凪は100%櫂李に絆されてるのに、いつになれば素直になるんだか」

「お似合いだと思うよ?」

「だから、そんなんじゃないって!!」


 必死に取り繕うとしていると、背後でドアの閉まる音がする。

「おはようございます。昨日、遅くまで勉強してたから起きれませんでした。先輩、朝ごはんと昼ごはん、両方食べたいです」

 背中から全体重を乗せてくる。

「ばっか、重いって。昼ごはんは凛が作ってくれてるから」

「じゃあ朝ごはんを星凪先輩が作ってください」

「自分で食パンでも焼いて食べろよ。つーか、二食分同時に食べるとか意味分からん」

 またコントを始めてしまった。

 色気も何もあったもんじゃない。

 それを気にしない櫂李で良かった。


 自分でも素直じゃない性格は治したいと思っているけど、他人に甘えられるキャラでもないし、逆に恋愛的な意味で甘えられても対応できるほど恋愛経験もない。いや、全くない。


 もしも櫂李が俺を諦めたら……ショックなんだろうな……とは思う。

 他に好きな人ができたら引き留めたくなるんだろう。でも実際にそれはしない。できない。そんなキャラじゃない。


 こんなんじゃ一生恋愛に縁のない人生になるんだろうな。

 自嘲して、キッチンに向かう。


「先輩、聞いていますか? まだ眠いですか?」

「え、あ、なに? なんか言った?」

「ほらこれ、凛先輩に送ってもらいました。一緒に寝てる写真。先輩の寝顔のアップはオレが撮っておいたんですけど、これは自分じゃ撮れないから。凛先輩に感謝ですね」

 ニコニコ笑顔でさっきの寝相の写真を見せつけてくる。

「……消してくれ」

「やですよ。宝物なんですから。さぁ、ご飯にしましょう。お腹ぺこぺこです」

「あ、おい……」

 反論する暇もなく、凛が作ったオムライスをダイニングに運ぶ。

 ……ま、いっか。

 別に他人に見せるわけでもないし。


 写真の削除は諦め、みんなでご飯を食べた。


 それ以来、週末のお泊まり会が定番になったのは言うまでもない。

 俺自身も楽しみにしてたのは、何があっても口外しない……。


✦︎✧︎✧✦


 テスト期間まではやけに長く感じるのに、テスト自体は呆気なく終わってしまう。

 生徒会メンバーは無事全員がトップクラスをキープした。

「櫂李、ダントツ1位、すげーじゃん」

「ありがとうございます! 煌陽さん!! 先輩と堂々とお祭りデートしたくて張り切りました」

「そりゃ、いっぱいご褒美もらわねぇとな」

「デートがご褒美なんで!! それに、浴衣着てくれるって約束もしてますし」


 浴衣の言葉に反応したのは凛だった。

「えっ、良いなぁ。僕も着たい」

「凛先輩、絶対似合いますよ。準備しておきましょうか?」

「おい、櫂李。そんな何人分もどうやって準備すんだよ」

 調子に乗って言ってるのかと思って間に割って入った。

 でも櫂李は飄々とした態度を崩さない。

「そうか。言ってなかったかもしれませんね。オレ、実家が呉服屋なんですよ。レンタルもやってますし」

「……へぇ。それは意外」

「なんですか、その反応はぁ!」

「呉服屋なんて落ち着いたイメージしかないから、櫂李と結びつかなかった」

「星凪先輩、言い方! じゃあみんなで試着しに行きます? 日帰り旅行くらいにはなりますけど」

「行きたい!!」凛がソッコーで手をあげ、隣で煌陽が頷く。

 俺だけ、返事をし損ねた。

 タイミングがいつも悪い。

 みんなの視線が一斉に集まり、「行くって!!」声を張り上げて賛同した。


 次の休日、早速A棟四人で櫂李の実家へと足を運んだ。

「みんなで電車に乗って出かけるなんて、本当に旅行みたいで楽しいね」

「テストが終わったのもあるし、遠出過ぎなくて気軽に行けるし、長閑だし、良いな」

「オレの地元、気に入ってもらえたら嬉しいです。郊外だから移動はちょっと面倒なんですけど、良い所ですよ」

 駅を降りると、櫂李の案内で歩いていく。

 商店街を抜けた近くに店があるそうだ。


「この商店街で買い食いしながら家に帰ってました。肉屋のコロッケが安くて大きくて美味しいんです」

 地元を案内する櫂李は活き活きしている。

 確かに田舎過ぎず人も賑わっていて、どこかノスタルジックでもある。

 商店街の人も気さくに話しかけてくるし地域が一体化している雰囲気が心地いい。

「星凪先輩、オレの地元、気に入ってくれました?」

「あぁ、そうだな」

「本当ですか? やったー! いつでも来て良いですからね。あ、折角なんでコロッケ食べながら行きましょう」


 肉屋に駆け寄り注文する。

 子供の頃からの付き合いなだけあって、他人とは思えない距離感で店の店主と話している。

 なんとなく、櫂李の人懐っこさとゼロ距離の理由(わけ)が解った気がした。


 コロッケは本当に美味しかった。レシピを教えて欲しいほどだ。

「お肉が煮込んだすじ肉なんですよ」

「そうなんだ。お肉の味が濃くて美味しい」

 揚げたてで衣はサクサク。ジャガイモは食べた時に崩れないようしっとりと練ってある。牛乳か……少しのマヨネーズを入れているかもしれない。

 食べながら味を見つけてしまうのは子供の頃からの癖だ。

 美味しいほど、どんな調味料を使っているのかが気になってしまう。

 これを食べられただけでも、今日来て良かったと思う。

 無意識に無口になった俺に、櫂李はひたすら話しかけていたと後から聞いた。


 浴衣はそれぞれが気に入ったものが見つかり、レンタルさせてもらう。

 凛と煌陽はお互いに選び合っていた。

 俺は大量のデザインの中からどれを選べばいいのか目移りしてしまい、最終的に櫂李に見立ててもらった。少し大人っぽい濃い色の浴衣を櫂李が選ぶとは思わなかった。でも自分でいうのも烏滸がましいが似合ってると思う。

 何より、四人であれこれ試着して見せ合って過ごす時間が既に楽しい。

 

「いつも櫂李がお世話になってるから」

 そう母親に押し切られ、好意で貸してもらえることになった。

「元々は俺が先輩に着て欲しい浴衣を持ってくる予定だったんで、お金のことは気にしないでください」

「でも、三人分なんて。くれぐれもお礼を言っておいてくれよ」

「了解です!! でも先輩が最終的にオレが選んだ浴衣に決めてくれて、お祭りの日が楽しみで仕方ありません。明日だったらいいのに」

「唐突すぎだろ。でも、気に入った。流石は呉服屋の息子だな」

「着付けもお任せください!」

「本当に、人は見かけに寄らないよな」

「そんなこと、しみじみ言わないで下さいよ」

「でも楽しかった。サンキューな、櫂李」


 オレンジ色に染まった空の下を、四人で笑いながら歩く。

 なんか今、凄く青春しているっぽくて顔がニヤけてしまう。


 帰りの電車は櫂李に凭れて爆睡してしまった。

「お祭り、楽しみだな……」

 声に出して言っているとは、俺だけ気付いていなかった。


 櫂李は当たり前にその日も俺のベッドに潜り込んできた。週末恒例となったとはいえ、俺は未だにドキドキして寝付けないでいる。


「んもぉー!! 今日こそ先輩の寝顔が見たいです!! 初めて泊まった日以来、先に寝てくれないじゃないですか。オレは、先輩の寝顔を眺めながら『幸せだなぁ』って浸りたいんです」


「じゃあ、櫂李が後から寝ればいいじゃん。布団に入って秒で寝落ちって。子供かよ」


「だって先輩の隣、心地いいんですもん。先輩が悪い」


 そんな事まで責任は取れない。

 心地良さで言えば櫂李の方が格段に上だ。

 俺より大きな身体で体温も高め。

 頼んでもいないのに、自然に腕枕をされている。

 絡んだ足は骨太で男らしい。

 こんな癒し効果抜群の環境を差し出されて、後輩相手に緊張して眠れないなんて情けない。


 今日も秒で寝た櫂李の寝顔を眺めて過ごす。

「楽しかったな、今日」

 囁くように話しかけても返事はない。静かな寝息と、無防備に開いた口。

「間抜け面」

 笑いそうになって口を押さえた。


 いい奴……だよな。

 押しが強くて、パーソナルスペース狭い癖にしっかり気配りできて……。

 俺、一筋にストレートに愛情をぶつけてくる。


 一緒にいて嫌じゃない。

 五月蝿いのに、静かだと気になって探してしまう。

 俺の作ったご飯を『おいしい』と言って食べてくれる。

 優柔不断で素直にYESと言えない俺を、強引に導いてくれる。


「満点かよ」

 悔しいけど、櫂李は所謂『優良物件』だ。

 俺には勿体ないと思ってしまう。

 でも遠慮し過ぎて終わった過去の恋。二度と同じ道を歩みたくない。


 何かキッカケがあれば良いのに……。

 俺が櫂李に素直に甘えられるキッカケが……。


 帰りの電車で眠ってしまった俺は、夜明け間際まで、櫂李の寝顔を見て過ごす羽目になってしまった。

 


 お祭り当日、櫂李は朝から張り切っていた。

「早く先輩の浴衣姿が見たいです」

「気が早いしハードル上げんな。お祭りは夕方なんだから。新しい生徒会メンバーも決まったし、A棟に入るか、B棟に入るか、会議だぞ」

「B棟にしてください。ほら、あっちは大夢が独りぼっちで寂しいじゃないですか」

「カップルの話してんじゃないからな」

「とにかく、A棟はダメです」

「会議で言えよ」

「了解です。まだ時間があるので浴衣の準備しておきますね」


 ……これはお祭りしか頭にないやつだ。

 凛と煌陽と顔を合わせて苦笑いを浮かべる。

「あれだけ押しが強ければ、B棟に決まりそうだな」

「僕もそう思う。実際、こっちの空き部屋、物置きにしちゃってるし。片付けるの大変だからB棟なら助かるかも」

 凛がらしくないことを言ってる。

 二人はすっかり櫂李に絆されてて擁護ばかりだ。


 まぁ、俺も内心今のメンバーでバランスいいし。

 紫暮たちさえ良ければB棟でいいんじゃないかと思ってはいる。

「俺も賛成って顔してるね、星凪」

 凛に図星を当てられ全力で否定した。


 その後の会議では呆気なくB棟に決まり、考えすぎていた時間が無駄になった。

 理由は大夢が希望したから。

 櫂李が言う通り、気兼ねなく話せる相手が欲しいらしい。(あと、家事ができるメンバーを求めていたとも言っていた)


 当然の如く櫂李は大喜びでシェアハウスへと帰ってきた。

「良かったですね。これでオレと星凪先輩の世界は守られました」

「新しい生徒会メンバーを邪魔者扱いするな」

「嫌いにならずに済んでホッとしてます。じゃあ、オレ、先に凛先輩と煌陽さんの浴衣着付けて来ますね」

 慌ただしく俺の部屋から飛び出して行った。

 本当に元気な盛りの犬みたいだ。


「って、あいつ最近、俺の部屋に帰ってくるのが当たり前になってないか……」

 そしてそれを許してしまう自分がいる。

 ……俺も、絆されてるのか。

 嬉しいような……悔しいような……。いや、少しでも嬉しいと認めているくらいには櫂李を受け入れてるんだ。


「お祭りで告白されたらどうしよう」

 また素っ気ない態度で躱す自信がある。

 次に櫂李の好意を断れば……先輩みたいに去っていくのかな……。

 かといって、急に俺が櫂李を認めれば逆に不自然にならないだろうか。

 不審がられず素直になる方法が分からなくて悶々としてしまう。

 これも全て考えすぎなんだろうな。


 部屋にかけてある二人分の浴衣を眺める。

「高校最後だし、今日くらい浮かれてもいいよな……」

 凛の部屋から賑わしい声が聞こえてくる。

 どうやら二人とも着付けが終わって、はしゃいでいるようだ。

 覗きに行くと、写真大会になっている。


「ねぇ、星凪見て。似合うでしょ?」

「本当だ。白の浴衣が似合うなんて、凛くらいじゃない?」

「でしょう! すごく気に入った。星凪たちも早く着替えて四人で写真撮ろう」

「うん、じゃあ櫂李、頼む」

「任せてください!!」

 俺の部屋に戻ってきた櫂李が手際よく準備を進める。


「じゃあ先輩、服脱いで……って!! ちょっと、仮にもオレがいるのにパンイチとか勘弁してくださいよ!!」

「は? 男同士なのに、何も問題ないだろ」

「問題あります!! 大アリです!! 星凪先輩を好きな奴がいるんですよ? もっと意識してくださいよ。ほら、タンクトップ着て。浴衣の下は裸じゃないんですからね」

「すげー怒るじゃん」

「他の人に素肌なんて見せたら、オレ怒りますからね!!」

「オカンか」

「嫉妬深い恋人です」


 そこは譲らないのか……本気で言ってるから笑える。

 言われた通りタンクトップを着て、浴衣に腕を通す。

 日本の夏って感じがする。

 濃紺の落ち着いた、地模様に派手すぎない縦縞の入った浴衣を選んだ櫂李は、俺よりも俺を理解してくれていると伝わってくる。

 この浴衣、好きだな。袖を眺めながら思った。

 

 襟を正す衣擦れの音、帯を結ぶ手捌き。

「プロみたいだな」

「でしょう? 昔から弟や妹に着せてたから板に着いちゃいました」

 あっという間に着付けが完了した。

 

「俺も着替えるんで待ってて下さいね」

「自分で自分の着付けも出来るもんなの?」

「慣れですね」

 喋りながら手早く整え腰紐を結ぶ。

 襟を正して帯を結び、ものの五分足らずで着付けが完成した。


 人は見た目に寄らないとはこのことか。

「ギャップに惚れました?」

「……その余計な一言がなかったら感心してた」

「えへへ」

「褒めてないだろ」

「視線が『すげー』ってなってたんで、充分です。じゃあ、オレたちも行きましょう。凛先輩たち、早く皆んなに自慢したいから先に行くって」

「待っててくれないのかよ」

「違いますよ。オレらが二人きりになれるように、気遣ってくれてるんです」

「……知らないふりしてるだけだから、改めて言わなくていい」


 凛と煌陽のしそうなことだ。だから先に着付けをして欲しいって頼んでたんだ。

 四人で回れるって思ってたのに……。

「写真だって撮ってない!!」

 文句だけを口に出すと、一年生の櫂李に宥められてしまった。


「雨、降らないといいですね」

「まだ雨雲っぽいのないし、大丈夫だろ。花火は絶対見たいよな」

 お祭り会場に向かいながら空を見上げる。雲は薄らとしか流れていない。

「予報では深夜から雨マークが付いてますけど、明日にずれ込みそうですね。良かった。これで当日雨だったら、泣いてました」

「確かに、別日に変更されるわけじゃないし。晴れてよかったな」

「先輩、楽しみにしてましたもんね」

「なんで俺が? 櫂李がだろ」

「覚えてないんですか? 先輩、オレの実家からの帰りの電車で楽しみだって言ってたんですよ」

「そんなこと言ってた……のか……」

「殆ど寝言でしたけど、それって本音ですよね」


 櫂李が俺の手を引く。

「もう人が増えてきましたから、手、離さないでくださいね」

「一年生に子供扱いされたくない」

「じゃあ、オレが繋ぎたいから。これなら良いですか?」

 俺だって……言おうとして、言えなかった。

 代わりに繋いだ手に力を込めた。


 櫂李はにっこりと微笑んで、屋台に目を向ける。

「花火までにいっぱい食べましょう!! あと、ヨーヨー掬いやりたいです。お面屋さん、あるかなぁ」

「ガキじゃん」

「童心に戻って楽しむのが吉なのですよ。お祭りなんですから」

 屈託のない笑顔は童心そのものだ。

 櫂李の半分くらい、素直になれたら良いのに……。

「射的で商品ゲットした方の勝ちな」

「望むところです。負けた方がかき氷奢りですよ」

 自然と笑顔になれる。

 かき氷を俺が奢って、たこ焼きを櫂李が奢ってくれた。

 途中で凛と煌陽とバッタリ会い、四人で写真を撮った。

 お祭りの間、いつの間にか俺は笑っていた。素直に楽しくて、変なプライドも拗らせた思考も全て無くなっていた。


「櫂李、まだ食べるのかよ」

「花火見ながらポテト食べましょう。穴場、聞いてきました」

「へぇ、そんな場所あるんだ」

「先輩、人混みは得意じゃないでしょ? 座って見られる所、探しておいたんです」

「百点じゃん」

「初めて褒められた!!」

「俺が初めて人を褒めたみたいになるだろ」

「少なくとも、オレは初めてです。頑張って良かったです」

「俺はそんなに鬼じゃねぇよ」

「じゃあ、これからもいっぱい褒めて下さいね」


 今日が楽しい一番の理由は知っている。

 櫂李が繋いだ手を離さないでいてくれたから。

 穴場スポットに着くと、準備されていたみたいに二人掛けのベンチがある。

「ここです。最高のロケーションでしょ」

「あぁ、本当に殆ど人がいない。少し離れただけなのに」

 並んで座ると、タイミングよく一発目の花火が上がる。

 轟音が遅れて響き、次の花火が上がる。

「綺麗だな……」

「綺麗ですね……」

 高校生活で最高の思い出になったのは間違いない。


 今、このタイミングで告白されれば、俺は素直にOKするだろう。

 でも、自分から言える勇気はない。

 ……言ってくれねぇかな。好きだって。

 無意識に櫂李を眺めていた。

 ふと目が合って、柔らかく目を細めて微笑む。

 櫂李が俺に頭を傾けたから、俺も櫂李の肩に凭れかかった。

 何も言わず、無言で花火を見つめる。

 ずっとこの時間が続けば良いのにと、花火に祈った。


 打ち上がる花火が勢いを増し、終わりが近付いていると告げる。

 大きなお祭りではないから、それほど多くの花火が上がるわけでもない。

「早めに、移動します? 最後まで見てたら帰り激混みですよ」

「でも……最後まで見たい。高校最後だから」

「俺は、デートが長引いてラッキーですけどね」


 高校最後は言い訳だった。本当はもう少し櫂李とこうしていたかった。

 お祭りという日常とは少し違う環境が、俺を素直にさせてくれた。

 勘の鋭い櫂李はそんな心情にも気付いているだろうか。でも俺が嫌がるのを知ってるから、言わないでいてくれているのかもしれない。


 結局最後まで櫂李からの告白はなかった。

 それだけが心残りだった。


 派手に打ち上がった花火がパラパラと落ちながら消えていく。

 大きな音と共に、光が消えて真っ暗になった。


「終わっちゃいましたね」

「あっという間だったな」

「先輩、今日はありがとうございました」

「何が?」

「オレの我儘に付き合ってくれて。すげー楽しかったです」

「お……俺も。楽しかった。ありがと」

「本当ですか!? 嬉しいです」

 いつも通りの櫂李の笑顔は暗がりで見えなかった。


「帰りましょう。足許、気を付けて下さい」

「うん……」

 名残惜しいと思ってるのは俺だけか。

 櫂李は俺と無理矢理、約束を交わしたと思ってるんだ。

 だから、告白もなかったのか。


 って、今日告白されたい欲ありすぎだ。

 どこにもそんな保証はないっていうのに。

 っていうか、じゃあ俺から告白すれば良いじゃんって言われそうだ。誰に? 紫暮に?

 言えば誰もが同じことを言うだろうな。


 帰りも手を繋いでくれている櫂李の一歩後ろをついて歩く。

 すると、いきなり夜空で雷が光った。

 一斉に空を見上げる。

 ついさっきまで晴れていた空には星の一つも見えない。


「やば。急がないと」

 ベンチで余韻に浸っている時間が思ったより長かったらしい。

 周りは懸念していたほど混んでいなかった。

 慌ててシェアハウスへと走り出したが、雨は降り始めてしまった。

「急すぎる」

「先輩、もう少し早く走れますか?」

「無理。下駄の鼻緒が痛くてしんどい」

 本当は歩くだけでも神経を刺激されている。


 最後の最後に困らせてしまった。そう思った次の瞬間、櫂李は軽々と俺を抱き上げた。

「バカっ、見られる」

「見られても良いです。ついでに先輩はオレのだーー!! ってアピールできるでしょ」

 言いながら走り出す。

 ほんと……ばか……。


「しがみついてて下さいね、先輩」

「うん」

 櫂李の首許に顔を埋め、しっかりと首に腕を回す。

 櫂李は一瞬肩をわななかせて、ダッシュで走り出した。

 シェアハウスに帰った時には二人ともびしょ濡れ。

 凛と煌陽は早めに会場を後にしたらしく、ギリギリセーフだったようだ。


「うわ、二人とも早く温まらないと風邪引く。お風呂沸いてるから直ぐ入ってきなよ」

「ありがと、凛。予報、外れたと思ってたのに」

「早まるとは思ってなかったよな」

 煌陽も心配して様子を伺いに来てくれた。

「玄関で濡れた浴衣脱いでけ」

「了解。煌陽、ありがと」


 櫂李と二人でお風呂……普段なら意識してしまうけど今はそんなこと言ってられない。

 急いで頭からシャワーを浴び、全身を洗うと狭い浴槽に対面して浸かった。

「生き返る」

 二人でハモって笑った。

 お祭りの思い出話で盛り上がり、しっかりと体を温めたのに、その後俺だけが高熱に魘される結果となってしまった。


「先輩、大丈夫すか? 凛先輩がお粥作ってくれました。食べられます?」

「……食欲ない」

「でも食べないと薬の飲めませんから。少しだけでも食べて下さい」

 櫂李は夜中看病してくれた。

 お祭りからずっと繋いでくれていた手が、安心感を与えてくれる。


「少し、寝ます? オレがいると気になるでしょうから、一旦出ますね」

 立ちあがろうとした櫂李の服を掴んで引き留めた。


「先輩?」

「ここに……いて」

 櫂李は一つ頷いて「はい」と笑って座り直す。

「移したらごめん」

「先輩のものをもらえるなら、なんでも嬉しいです。風邪だろうが、なんだろうが」


 紫暮の言葉を思い出した。

 俺が信じたいかどうかだけじゃないかって……。

 一歩踏み込むだけだって。


 櫂李を信じたいと思う。

 こんなにも、諦めずに側にいてくれるのはこの先も櫂李しかいないと信じたい。


「……好きだ」

「え……先輩?」

「俺……櫂李が、好きだよ」

「星凪先輩? 本当ですか? 熱でどうにかなっちゃったとかじゃないですよね」

「熱でお前からの告白を待つのを忘れちまっただけ。気持ちは……本当だから」

「くっそ、オレから告白したかったのに。熱が下がってからって思って先越されました。先輩が好きです。誰よりも。誓います!」


 熱が下がったらデートに行こうと話し合いながら、眠りについた。

 手は、ずっと繋いでいてくれた。


「ね、先輩。今度こそはキスさせてくださいね」

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