追放-1
語り手、佐野 真人
かつてこの世界には、純然たる邪悪がいたと言う。その姿は大きな虎のようであったとも、黒い竜のようであったとも伝えられている。正確なことを言えば、その目に入った者は皆死に、その目に捉えられた者も皆死んだのだと。
ゆえに、噂だけが一人歩きしてでき上がった史上最強の魔王。名を【荒びの王】と言う。だが、それも最後には討ち取られる時が来た。
天より地を穿つ神の一撃。破壊、暴虐の限りを尽くした【荒びの王】さえもその一撃により滅びたのだ。
それが現在より3000年前の話である。
─────帝歴174年。王都アルビアにて。
俺達は、その世界へと召集された。あまりにも唐突であまりにも現実味の無い話だ。ここは俺達の暮らしてきたあの日本と言う国ではない。ましてや、あの世界ではない。全く別の世界。俗に、異世界と言えばわかりやすいかもしれない。竜が空を馳せ、魔が地に巣くう…そんな崩壊にも向かっていくような世界に、俺達、明地高校2年B組は勇者として召喚されたのだと言う。
この世界は再び破滅を向かえようとしているのだと、この国の王はそう言った。新たな魔王とも言うべき脅威が迫っているのだと。
俺達はその破滅を食い止めるためにこの国で訓練を受けさせられることとなったのだ。
それから、早1年の月日が経ったとは到底思えない。みんな成長が顕著である。特にクラスのリーダー的立ち位置であった龍馬は今やこの世界でも有数の剣士となっていた。
「勇者龍馬ねぇ…。」
なんて砦の屋上で空を見上げながら呟いた。
龍馬のことは小学生時代から知っている。昔から、お人好しではあった奴だ。同時に、圧倒的に強かった。だからこそ、あのトゲの立ったクラスの中核に居れたのだろう。
全体のスペックで見ても俺なんか全く適わないからな。まあ、それに関しては地の俺のスペックがクラス内でも最弱クラスってのもあるけど。
「サボり?」
俺にそんな言葉を掛けてきたのは篠崎 雛であった。普段声なんてかけてこないくせに、こう言う時だけ真面目ぶる奴だ。はっきり苦手だな。
「まあ、そもそもあれらの中に俺が行ってもなんもできねぇだろ。」
そう言って、目線を砦の下に移す。現在、そこで行われていたのは魔物との戦闘。この砦はすでに戦線にあるのだ。それだけその【新たな魔王】とやらは勢力を拡大させているのだ。
しかしまあ…あれらを見るに俺の出番はない。
「わかってんじゃん。自分の立場。」
「嫌味かよ。」
「事実の間違いじゃね?ま、せいぜい頑張りな。無能クン。」
ああ、クソだりぃな。
槍を携えた彼女は、その砦の縁から飛び下り戦場に加わる。そもそも、今の俺には戦闘向きの能力と言えるものがないわけでそりゃ加勢したところでなんの意味もない。数分と持たず死ぬ。
この世界に召喚されたとき俺達には各々【職業】が振り分けられた。龍馬なら【剣士】、篠崎なら【槍使い】と言った具合だ。
そんでもって肝心の俺はと言うと【弔い人】。要は死人の弔いをするだけの人物だ。戦闘における俺の出番など無い。そもそも俺達のクラスの面子、各々のパラメーターが尖りに尖りまくってる結果、まとめ役である龍馬がいなくならない限り誰かが死ぬなんてことはあり得ないとさえ思っている。つくづく、俺がこの場に置かれている意味がわからない。追放した方が楽だろうに。
なんてことを考えていると、今日も1日が終わる。戦闘で疲れたあいつらと目を会わせることもなく、俺は食事の席を後にする。
嫌になるのはそうだ。なぜ俺だけがここまでなにもできないのか。なぜ俺はここでも弱いままなのか。俺よりも非力な奴だっていた。そいつでさえ、回復役や掩護射撃などできるようになっていると言うのか。俺のやることと言ったら、ただ待っているだけ。あいつらの帰りを…。
まあ、出番が来ない方がいいに決まってるんだ。
みんな揃って、もとの世界に帰るんだ。
みんな…揃って。
ここ最近はいつもここにいる。砦の屋上。ここから見える星が綺麗なんだからしょうがない。
「俺が活躍する時ってのは…来ねぇ方がいいもんな。俺の存在価値ってなんなんだろうな…。」
時々、見失いそうになる自分の存在。
「我思う故に我あり…。」
言い聞かすように呟いた。
─────絶対的に思えた俺達のクラスから死人が出たのは翌日の話であった。1人、剣士の井上 博人であった。不意を突かれて死んだときく。
俺にも仕事がまわってきた。見るも無惨な遺体の惨状に吐き気が押し寄せる。今までの平和に対する信頼が一気にぶち壊れたのを感じた。
弔いそれをやるのは初めてであった。だが、その呪文は覚えさせらので簡単に言葉にすることが出きる。
砦の中、俺とそいつしかいない空間。この世界における弔いの意味とは魂の解放と聞いた。まあ、似たようなものだなと考えつつ、その言葉を羅列させていく。
【天に昇る魂よ 地に還る想いよ
朽ち果てること無かれ
神の名の元に冥府での幸福をここに祈る】
なんと形容するべきか。不思議な感覚がした。冷たく、何かが首筋を撫でるようなそんな感覚。
その日から3日間、立て続けに3人死んだ。考えてみれば当然なのだ、ここに来て全線を保って1ヶ月となる。疲弊がたまって当然。
だが、はじめに言い出したのだろうか?それきり死者はでなかったが、俺のあだ名が死に神になった。皆気が立っていたのだ。そりゃ、こんな状況下に置かれ続けたのではそうなる。
だが、その視線は冷たくなる一方で1週間が経った頃には俺と目を合わせるものはほとんど居なくなった。まあ、俺なんていてもいなくても変わらねぇしな。
予想はしていたさ。最初からこうなるって。
その日、満場一致で俺はそのクラスから追放された。
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