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給食のバナナが無い!

作者: ウォーカー

 学校とは勉強をする場所。

だが小中学生にとって、多くの場合は勉強が楽しいものとは限らない。

そんな一般的なありふれた生徒たちにとって、

給食は学校で数少ない楽しみだと言える。

揚げパン、ソフト麺、カレーライス、プリン。

給食で人気の献立は時が過ぎても変わらない。

もしも、自分が好きな献立を、自分だけが食べられなければ、

きっとその生徒は嘆き悲しむことだろう。

ここに、そんな悲劇的な出来事に遭遇しようとしている男子生徒がいた。


 昼の中学校、時間はもう給食の時間に差し掛かっている。

職員室に、一人の男子生徒が呼び出されていた。

その男子生徒は日頃から遅刻欠席が多く、クラスの問題児として、

今日も先生からお説教を受けていた。

「あなたの生活態度については、他の生徒からも苦情がきていますよ。

 もっとしっかりしなさい!」

ひとしきりのお説教が終わった後、やっと職員室から解放されて、

その男子生徒は愚痴をこぼした。

「全く、いつも同じお説教ばかりでうるさいなぁ。

 クラスメイトの連中も、こりもせずに告げ口ばかり。

 あーあ、もう給食の時間が始まってるじゃないか。」

お説教のせいで給食を食べ損ねてはたまらないと、

その男子生徒は駆け足で教室へ向かった。

壁に貼られた、廊下を走るなという張り紙が風に揺れていた。


 その男子生徒が教室にたどり着くと、

教室では既にクラスメイトの生徒たちが給食を食べ始めていた。

今日の給食の献立はカレーライス、その男子生徒の大好物だった。

中にはもう給食を食べ終わって、デザートのバナナを食べてる生徒もいた。

「くそう、何も給食の時間に呼び出さなくてもいいのに!」

その男子生徒は急いで自分の席についた。

席には給食係が用意してくれたのであろう、給食が置かれていた。

「よし、早速食べよう。いただきま・・・あれ?」

スプーンでカレーを掬おうとして、その男子生徒は、はたと動きを止めた。

給食に違和感がある。何かが足りない。それが何なのかはすぐにわかった。

「俺のバナナがない!」

その男子生徒は悲鳴のような声を上げた。

何事かと、給食を食べていた他の生徒たちが注目する。

「どうしたの?」

「俺の給食にバナナがないんだ。みんなはバナナを食べているのに。」

「ああ、バナナ?」

「きっと、俺がいない間に誰かが盗んだんだろう!

 犯人は誰だ!先生に言いつけてやる!」

食べ物の恨みは恐ろしい。

クラスメイトの生徒たちの制止もろくに聞かず、

その男子生徒は職員室にいる先生のところへ駆けていった。


 その男子生徒の話を聞いて、クラスでは、給食が終わった後、

午後一番で緊急の学級会議が開かれることになった。

担任の先生は不正に厳しい人だったことも、迅速な対応の理由だった。

シン・・と静まり返った教室で、生徒たちが席についている。

教卓の先生が、厳格な声で言った。

「先ほど、ある生徒から報告がありました。

 給食のバナナが盗まれたそうです。

 いいですか、たとえ給食のバナナであろうと、

 他人のものを盗むのは犯罪です。」

すると生徒の一人が挙手をして言った。

「先生、誰も盗みなんてしてません。バナナは・・・」

しかし怒りに燃える先生が、その生徒の言葉をピシャリと遮った。

「黙りなさい!

 私があなたたちに聞いているのは、ただ一つ。

 バナナを盗んだのか盗んでいないのか、それだけです。

 あなたたちに聞きます。

 バナナを盗んだ人は手を挙げなさい。」

弾劾の声に、しかし誰も手を挙げようとはしない。

痛いほどの静寂が流れる。

遠くから他の教室の授業の平和な音が聞こえてくる。

その緊張に耐えられなくなって、一人の生徒が手を挙げた。

「先生!話を聞いて下さい。」


 誰が給食のバナナを盗んだのか。

学級会議という名の弾劾裁判が行われている教室で、

一人の生徒が手を挙げた。

それは、学級委員を務めている生徒だった。

手が挙がったのを見て、先生はヒステリックな声を上げた。

「あなたがバナナを盗んだの!?」

「いいえ、違います。」

「じゃあ黙ってなさい!

 私が聞きたいのは、盗んだのか盗んでいないのかだけです!

 この中に一人、嘘つきがいるはずです。」

「そうじゃないんです。わたしの話を聞いて下さい。」

しばしの睨み合いの後、折れたのは先生の方だった。

「しかたがありませんね。話してみなさい。」

「はい。

 給食のバナナなんですが、誰も盗んでいないと思います。」

「・・・どういうこと?」

「実は、今日の給食の献立には、バナナは無かったんです。」

「なんですって?」

通常、小中学校では、先生は給食を食べるとは限らない。

先生の中には、給食ではなく、職員室で別の食べ物を用意する人もいる。

この担任の先生もそうで、給食を食べないので、献立については知らなかった。

学級委員の生徒が言う。

「バナナは給食の献立とは別に用意してあったんです。」

「給食とは別にとは、どういうこと?誰かが持ってきたの?」

「はい。

 バナナは、学校の近所の八百屋さんが、

 余っていたものを差し入れに持ってきてくれました。

 廊下にダンボールに入れて置いてあったんです。

 それをみんなに配ったんですが、どうも数が一本足りなかったみたいで。

 給食に遅れてきた人の分だけが無かったんです。」

「つまり、バナナは盗まれたのではなく、元から一人分足りなかったのね。」

「そうです。」

「そうだったの。

 みんな、そうと知っていれば、もっと早く言ってくれればよかったのに。」

先生の気迫が生徒の口を封じていた。

そのことに先生は気がついているのかいないのか、

反省もなく苦笑いをしていた。

学級会議の結果、バナナを盗んだ人はいない。

そう結論付けられた。


 誰が給食のバナナを盗んだのか。

クラス中を巻き込んだ大騒ぎは、結局のところ、

先生の勇み足ということで決着が付けられようとしていた。

「なあんだ。」「人騒がせな。」

ガヤガヤと話をしている生徒たちを、パンと先生が手を打ってたしなめた。

「みんな、静かに。

 学級会議が終わったので、午後の授業を始めますよ。」

「ええー。授業は休みじゃないのかぁ。」「そりゃそうでしょ。」

給食を食べ終えた後は午後の授業が待っている。

生徒たちは不承不承、教科書やノートを取り出して授業の準備を始めた。

その時。

誰かが、ポツリと疑問の言葉を口にした。

「ところで、この学校の近所に八百屋なんてあったっけ?」

誰かの言葉に誰かが何気なく応える。

「さあ?そういえば、そんなの無かった気もする。」

「八百屋さんがバナナを持ってきたって言うけど、誰が受け取ったの?」

「いや、直接は受け取って無くて、

 ダンボールに入れて廊下に置いてあったって。

 手紙が添えられてて、余ったからクラスのみんなで食べてくださいって。」

「じゃあ、誰もバナナを持ってきた八百屋には会ってないわけか。

 なんでうちのクラスにだけ、バナナをくれたんだろうな。」

何なのかはわからない。

だが、おぼろげな疑問、不安が湧いてくる。

差し入れのバナナは近所の八百屋からのもの。

だが実際には、この学校の近所に八百屋は無い。

バナナは廊下に置かれていて、誰が持ってきたのか誰も見ていない。

どうしてこのクラスにだけバナナが?

「・・・うぐ。」

クラスの生徒の一人が、胸を押さえてうずくまった。

「苦しい・・・!」

また一人、クラスの生徒が苦悶の表情に動きを止めた。

異変は静かに教室の中に広がっていった。

バタン!

一人の生徒が口から泡を吹いて床に倒れ込んだことで、

やっと先生が異変に気がついた。

「みんな、どうしたの!?」

今や教室にいる生徒の大半が、口から泡を吹いて倒れていた。

先生は金切り声を上げ、騒ぎは学校の知るところになった。


 平和だった学校の校庭に、救急車が何台も集まっている。

あの男子生徒のクラスの生徒たちは一人を除いて全員、

口から泡を吹いて倒れてしまった。

すぐに救急車が呼ばれ、校庭では救護活動と救急搬送が行われていた。

先生たちは大慌て。

騒ぎは何事もなかった他の学年やクラスの生徒たちにも及んでいた。

その様子を、クラスで一人無事だったその男子生徒が無表情に見つめていた。

医者の話によれば、みんな何らかの毒物を摂取したらしい。

それがいつどこで起こったのか、その男子生徒の存在が証明していた。

この日の給食でバナナを食べなかったのは、その男子生徒だけ。

だから即ち、毒物はバナナに混入されていたであろうことが予想された。

すぐに職員会議が開かれ、今日の午後の授業は中止になることが決まった。

その男子生徒を含む学校の全ての生徒は、すぐに下校することになった。

中には保護者が迎えに来ている生徒もいた。

そんな中、クラスでたった一人無事だったその男子生徒に、

担任の先生が言った。

「世の中にはひどいことをする人もいるものね。

 まさか、給食でバナナにありつけなかったあなただけが無事だとは。

 でも、あなただけでも無事でよかった。

 気を付けて帰るんですよ。」

「はい、先生さようなら。」

その男子生徒は、先生に頭を下げた。

下げた頭で、先生には見えないようにして、その男子生徒はほくそ笑んでいた。

心の中で密かにせせら笑う。

「クラスメイトの奴ら、いい気味だ。

 あんな餌に簡単に引っかかるなんてな。

 今日も遅刻したおかげで、先生は昼に呼び出ししてくれた。

 俺だけがバナナを食べなかった理由としては自然だろう。

 先生、学級会議であんたが言ったことは正しいよ。

 この中には一人、嘘つきがいたのさ。」

その男子生徒が頭を上げた時はもう無表情で、

目の前にいる担任の先生はもちろん、

誰もその男子生徒の心の中を知る者はいなかったのだった。



終わり。


 給食は学校で数少ない楽しみの一つです。

多くの人がそうであるように、私もそうでした。

給食に遅れて行って献立が足りなかった時は悲しい思いをしました。

ではもし、それが逆に幸運だったとしたら。

そんな場合の話を書いてみました。


給食の献立が足りなくて得をするケースはそう考えられず、

バナナを使った自作自演のいたずらに発展しました。


お読み頂きありがとうございました。


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