九十六話 二度と手放さない発言
お城にいる多くの人たちの手も借りながら城下町の広場において炊き出しの準備が始まった。
もちろん最初はぎこちない手付きの人たちもいたけれど、それでも城下町の皆さんのために!っていう愛情は伝わってくるものだから、市民の皆さんにもどうか愛が伝わると良いなあ……。
馬車で運んで来た山のようになっていた食材も、多くの人たちの手によって切られ、そして寸胴鍋に入れられてある程度火が通されていくとみるみるうちに大量にあったはずの食材も体積が小さくなってきた気がする。あんなに切った食材は何処に行った!?と不思議そうに考えている人もいたようだったけれど、皆さんの努力や愛は、寸胴鍋の中にきちんと煮込まれることになりますから安心してくださいね。
取り敢えず必要な食材は全て切り終えることが出来たみたい。あとは、少しずつ寸胴鍋に入れて(一気に全部を入れようとするとさすがにかき混ぜるだけでも大変になってしまうので数回ずつに分けて寸胴鍋に入れていくことになっていった)軽く火を通し、そして再び材料を寸胴鍋に入れていく……という作業を続けていた。
みんな、慣れない包丁を手にして食材を切っていったものだから疲れたのだろう。普段から鍛錬などにおいて剣などを手にしている兵士さんたちだって体力そのものはあるかもしれないが、慣れない作業をすると腰とかが痛くなったりするものだ。ほら、腰をトントンと叩いてぐいーっと体を伸ばしている姿も見られるものだからちょっとこの辺りで休憩してもらった方が良いかもしれない。
「皆さん、お疲れ様です。あとは火を通して煮込んでいくぐらいになるので、どうか今のうちに休憩しておいてください」
「レンは?先ほどからずっと立ちっぱなしのようですけれど」
アーロンも慣れない作業に(普段は椅子に座りながらのデスクワークばっかりしているものね。きっと慣れない包丁とかに疲れているかもしれない)疲弊を見せているが、さすが許嫁といったところだろうか私の心配をしてくれているようだけれど、ここからは私がいないとはじまらないだろう。
「大丈夫ですよ。私は、まだまだ!それに、きちんと焦げないように具材をかき混ぜる必要もありますし、もう少ししたら味付けもしていかないといけませんからね」
「……かき混ぜる程度で良いなら、僕でも出来るよねぇ~?だったら僕が代わろうか~?どうせ、後になったらレンが必要になるんだよねぇ~?だったら今のうちにちょっと休憩してきなよ~」
!ふ、フラン!あなたそんなに気が利く子だったのね!お姉さん感動しちゃうじゃない!
「えっと、でも……」
「ふふっ、フランなら心配はいらないでしょう?ここはフランやラウル辺りにお任せすることにして、少しだけ休みましょう。どうせレンのことだから広場には足を運ぼうとしない人たちを呼び込むために裏通りにまで行って声を掛けていくのではありませんか?」
「あ」
ううっ……付き合いがそこそこ長くなってくると、ここまで性格って見破られてしまうものなのかしら?それとも、私の考えがアーロンには分かりやすい……とか?
市民の人たちなら、興味本位で炊き出しをしているところに顔を出して、試しに食べてくれることもあるかもしれない。でも、貧困で困っている人たちならどうだろう?自ら進んで広場にまでやって来るんだろうか?そこまで元気があるなら良し!と考えているのだけれど、もしもそんな元気も無さそうな人とか、人生を諦めてしまっているような人とかだったりしたら……こっちまで来られないかもしれないじゃない。だったら、こっちから行くまでよ!
「一応言っておきますが、裏通りは決して治安が良いとは言えない場所なんですからね?くれぐれも一人で行こうとは考えないでくださいよ?」
「そ、それぐらいは分かっていますってば!……だ、誰かしらと一緒に行こうと考えていますけれど……」
貧困層がいる場所=治安が悪い、ってなっちゃうのかしら。でも、治安がただ悪いだけなら人としては動く元気があるってことよね?もしも、栄養が無くて道端でぐったりとして過ごしてばかりいるような人も大勢いるとしたら……大変じゃない。
「最低でも私……もしくは、ラインハルトかフランと一緒に行ってくださいね?くれぐれもラウルと裏通りには行かないように」
「?ラウルも一応騎士団の一人ですよね?彼女と一緒だとマズイんですか?」
ラウルと一緒だとダメなの?と問い掛けるとアーロンは目を丸くしてから小さく溜め息を吐いた。
「ラウルだって女性ですよ?……いくら、騎士団のなかで腕が立つからといっても大勢の男性に囲まれてしまえば何があるか分かりませんからね。ただでさえあなたもラウルも見た目は優れているのですから……何かあってからでは遅いんですよ?」
「は、はい……分かりました……」
たぶんアーロンなりに女性を心配してくれている発言なんだろう。ラウルも並みの男性となら簡単に叩きのめしてしまうかもしれない。それでも複数で寄ってたかって囲まれたら……と考えたら危ないのか。というか、帝国の裏通りとかってそんなに危険な場所なの!?
「……アーロンは、昔裏通りに行っていたことがあるって言っていましたよね?そのときは、どんな感じだったんですか?」
「昔から裏通りはあまり治安が良いとは言えませんでしたね。だから私も身分がバレないように気を付けながら足を運んだものです。それに、なかには金になるものがあればモノでも人でも関係無しに売り払おうと考えている輩もいますから……特に、レンの場合、その危険性が高いので注意が必要なんですよ」
「あー……確かに、銀髪って目立ちますからね……」
「いや、目立つ目立たないとかではなく……その、若くて綺麗な女性は買い手も豊富なので……売り手としては、レンのような女性は商売道具としてはうってつけになるんですよ」
「な、なるほど……」
そう言えば人身売買とかもあるって言われていたっけ。でも、ただ単に奴隷のようにこき使われる存在って意味だけじゃなくて、歳若い女性が売られて買われていけば……その、あまり口には出したくないけれど、いろいろな用途として買い手に使われることになるんだろう。そう考えると思わずゾワッと背筋が震えてしまった。
「帝国内での人身売買は耳に入る分では少なくなってきているとは言え、国を出てしまえばまだ頻繁におこなわれていますから。……レンも経験したでしょう?あんなふうに簡単に人間は少ない金額でも売買されていくんですよ」
そう言えば私ってどれぐらいの値段で売買されていったんだろう?ギルバートはとにかく城にあるものは金に換えていたって話だったけれど……それでも、お金を用意するのは大変だったんでしょうね……。
「やっと……」
「はい?」
「やっと、許嫁という地位に出来たのですから……もう二度と手放しませんからね」
口調は相変わらず人目があるから王子様モードだったのだけれど、その目はこれでもか、というほどに真剣なモノだったので、ついつい見入ってしまった。ハッと我に返ってぶんぶんと顔を左右に動かすと『どうしました?』と不思議がられてしまったけれど、まさかアーロンの目に見入ってしまっていただなんて言えるはずもないものね。
さて、アーロンとお喋りもして休憩もだいぶ出来たわ。
そろそろ具材には火が通ったんじゃないかしら?だったら、これからは味付けをしていかないと!味が濃すぎるのも体には悪いし、逆に薄すぎてもそれって料理としてどうなの?って思われちゃうからここが一番重要だわ!
寸胴鍋と向き合ってくれていたフランとラウルにお礼を述べて交代していくと、味付けのために用意してきた調味料を少しずつ寸胴鍋に投入していった。もちろん具材を煮込んでいる間からほのか~に良い匂いが立ち始めていたものだから近くに住む市民たちは更に興味を持ってくれたようで近くまで歩み寄って来てくれている。うんうん、イイ匂いが漂ってくるとついつい何かな~?って見に来ちゃうものよね!分かるわ、その気持ち!
味付けをしないうちから食材を炒めたり、煮込んでいく段階でも食材なりのイイ匂いってするものですよね!しかも寸胴鍋にかなりの食材が入っているものだからそれはそれは、かなり遠くまで匂いが届くのでは!?
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