九十五話 材料は一口サイズでお願いします
目指すは、城下町の広場!
そこが広さ的にも良さそうだし、なにより貧困層の人たちが過ごしているところにも近いのだとか。
だったら、そこであちこち呼び込みをするわよ!
馬車数台を使って大量の食材、そして調理道具を揃えて向かったのは城下町の広場。私とアーロンが許嫁宣言をした場所でもあるし、そのときには、多くの屋台も開かれていた場所でもある。広さとしてはじゅうぶん過ぎるほどだし、お城にいるラインハルトやラウルたちをはじめ騎士団の人たちも装備を外し、ラフな格好になって手伝ってくれるとのことだったのでそこは素直に甘えることにしたわ。さすがにこれだけ山となっている材料を私一人で仕込みはじめるなんて……時間がかなりかかってしまうものね。
広場にてあれこれと調理をするための準備をはじめていけば早速噂を聞きつけたらしいエマさんやフランたちも手伝いに来てくれた。エマさんもフランもお店の方は大丈夫?と聞いてみたのだけれど。
「帝国の、ひいては将来ある者たちのために炊き出しをするんだろう?だったら城下町に住む私が手伝わないで誰が手伝うって言うんだい?」
「まあ、こっちには長いことお世話になっているからねぇー……あんまり貧困の人たちを気にしたことは無かったけれど……これを機会に接してみるチャンスかもしれないしー」
エマさんもフランもやる気があって良いことね!
さて、まずは大量に山盛りにされている材料を切っていくところから始めていかないと。取り敢えず一口サイズに……と多少料理をしたことがある人たちは問題無く包丁を手にして材料を切ることが出来ているのだが、意外にもラインハルトやアーロンは包丁の持ち方すらも怪しかった。
「……さすがに、剣術とは違いますからねぇ……」
「包丁か……こんなモノで、材料が切れるものなのか?」
ラインハルトなんて包丁をじっと見て、指先を刃に当てようとするものだから大慌てでそれを止めたわ!危ない危ない、そんなことをしたら指の方が先に切れてしまいますよ!
「そんなに力を入れなくても切れるものばかりですから。それに包丁なんですから決して人には向けないように!もちろん自分にも!」
騎士団の一部のなかには力を込めて、上からドンッ!と包丁を振り下ろそうとしている人もいるが、そんなことをしなくても食材は切れます!まな板もきちんと用意してきているものだから、私がトントン……と食材を切っていく様を見てもらえば周りからは『おおっ!』と歓声が上がるものの、これはいたって普通のことなんじゃないだろうか。
まあ、普段から包丁を手にしたことが無い人からすると不思議に思うものなのかもしれないわね。
「一口サイズ、一口サイズ……一口サイズって口に入れられればどんなサイズでも良いのでしょうか?」
「え!?えーっと……そうですね。一応、火を通したいものなので、小さく……コレぐらいの大きさでお願いします」
人によっては一口サイズ、と聞いただけでは大きさにバラつきがあるらしい。最初は仕方がないわよ!分からないことだらけなのだし!だから、最初は私が『コレぐらいの大きさで……』とお願いしていくと、それを真似して大量の食材を包丁で切り分けていった。
もちろん全ての材料を煮込んでいくことになるのは寸胴鍋。これがお城の調理場にあるってことだけでもびっくりだったけれど、私もさすがに寸胴鍋を使って調理ってしたことがないのよね……。取り敢えず、材料にはしっかりと火を通して煮込み、味付けをきちんとしていけば問題無いとは思うのだけれど。
「くっ……重い……っ……」
「コレを運べば良いのか?」
ひょいっと横から手を貸してくれたのはラインハルトだった。ラインハルト!なんて、タイミングで来てくれるの!『ありがとうございます』と礼を述べつつ、コンロの上に乗せてもらうと切り分けていった材料を片っ端から寸胴鍋にぶち込んでいった。もちろんまだまだ食材は手つかずのものばかりで、切る担当の方々にはこれからもどんどん食材を切っていってもらわなければならない。
「これ、いたって普通のコンロ……っぽいわよね?」
以前、屋台の食べ物も出ていたものだから屋外でもある程度の調理が出来る道具というものがあるのは分かっていたけれど、何度かカチカチ動かしていっても火らしい火がちっとも出てこない。むしろ、ちょっとガス臭くなってきていないかしら?
「……ガスの元栓、ちゃんと開けたー?」
「あら、フラン。……あ、そっか、そっちを開けていなかったのね」
このまま火が付かなければフランの魔法にでも頼るところだったわ。それに、このガス独特の臭いに気が付いたらしいフランからは元栓をチェックするように言ってもらうと、火に関しての問題も無くなり、早くも材料を炒めはじめることが出来るようになった。
焦げないように、それでもきちんと火を通していけるように……。今のところ味付けをする必要は無いのだけれど、それでも火元から離れるわけにはいかないから食材を切る担当の多くの皆さんたちはどんな感じになっているのかどうしても気になってしまう。……大丈夫かしら?怪我とかしていなければ良いのだけれど。
「お。問題無く火は付いたようだねぇ!うんうん、あとは大量の材料を入れて煮込むって感じかぃ?」
「はい!そしてある程度煮込んだら味付けをしていく予定です」
エマさんがあちこちに顔を出して様子を見てくれているらしく、私の元へも来てくれてコンロの状態も目にして、よしよし、と把握してくれたみたい。
「包丁を握る人も少なかったみたいなんですが……大丈夫でしょうか?」
「はは!そうだねぇ。なんともぎこちない手付きで食材を恐る恐る切っている殿下たちの姿は面白くてとっても見応えがあるものだったけれど……どいつもこいつも一生懸命に取り組んでいて……良いモノだね」
アーロンがぎこちなく包丁と食材との格闘……。恐る恐る時間を掛けて材料を切っていく姿か……ちょっと気になる!でも、ここを離れるわけにもいかないものね!
「レン!追加の材料です。……しかし、この鍋に全ての材料が入るのでしょうか?」
「大丈夫よ。煮込んでいくと大量に見える材料の体積なんてすーっごく小さくなっちゃうものだから」
ラウルから第二弾として切り分けられた材料を受け取り寸胴鍋にぶち込んでいくと多少、重く感じてきたがそれでも大きな寸胴鍋に入った食材を下にたまったモノも掬い上げるようにしてお玉をかき回していった。水分は……まだ、いいわね。取り敢えず全ての材料を切り終えて、ある程度火を通してから水は入れた方が良いかもしれない。
私たちが広場で何やら動き回っていればどうしたって市民たちの目には入るし、『何をされているんだろう?』とざわざわし始めたものだから、私は鍋の中身をかき混ぜつつ声を上げた。
「皆さん!今、炊き出しの準備をしています!体も心も温まるモノを作っているので、出来上がったら是非食べに来てください!そして、一人でも多くの人たちに食べに来てもらうようにお声掛けをお願い出来ないでしょうか?皆さんをはじめ、城下町にいる全ての皆さんに食べてもらいたいと考えているんです」
私の言葉を聞いたらしい市民の人たちは『炊き出し?』と不思議そうな顔をしていたものの、温かいモノが食べられるのか!と途端に嬉しそうな顔をしだしたし、私が一人でも多くの人たちを呼んで来てください!と言えば、隣近所をはじめ、ちょっとした裏通りにいる……所謂住むところが無く、その日暮らしもやっとだという貧困で苦しんでいる人たちにも積極的になって声を掛けていってくれているみたい。
もちろん人それぞれに味の好みっていうものはあるだろうし、味が好みじゃない……っていう人もいるかもしれないけれど、温かいモノを口にしてもらいたいという気持ちの方が勝ってしまっている。それに貧困で苦しんでいる人たちにはちょっとしたお話したいこともあるものね。いつまでも住む場所も無い、お金も無い、なんて生活を続けさせるわけにはいかないじゃない。
炊き出し準備スタートです!あれって王子様よね!?あれって先日の許嫁の方じゃない!?と興味津々で見に来るも良し!そして、どんどん人を呼んでください!そして食べてもらうことが目的です!
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