九十四話 ……まずは、着替えてきてくださいね?
材料は多くあっても困らないと思ったから、とにかく手に入る範囲で用意!
もちろん調理場にあった大きな寸胴鍋を貸してもらって調理をすることに!
……初めて寸胴鍋を手にしたのだけれど、結構、重いのね……。
「う~ん……」
「材料は一応は揃ったんだろう?何を変な顔をしているんだ?」
調理場の一角を借りて材料、そして必要な道具たちは揃えることが出来た。だが、ここで調理をしていく?それとも、いつぞやの許嫁宣言をしたときのように城下町の広場を借りて、そこで調理をした方が良いだろうか……そこに悩んでしまっていてアーロンからは変な顔とまで言われてしまった。
「ここで作るのが一番楽かもしれませんが、料理って仕上がっていくまでの匂いだとか温かさみたいなモノも感じられる方が良いと思いませんか?」
「……あー、言われてみれば……」
アーロンは私の意見に同意してくれるものの、アーロンだってずーっとお城でシェフさんたちが用意してくれている料理を口にして今まで生きてきたのだろうから、調理工程を目の前にして出来上がっていく様子なんてものも目にしたことは無いんじゃないだろうか。
もちろん出来上がったモノを『はい、どうぞ!』と渡すだけでも良いのかもしれない。
でも、それだと……何て言うか、料理を作ってくれた人の温かさみたいなモノをなかなか感じることは難しいんじゃないだろうか?
そもそも私が帝国に住んでいる貧困層の人たちに炊き出しをしたいと思ったのは、貧困で苦しんでいる人たちに温かい料理を口にしてもらいたいこと。そして、人生を諦めて欲しくないといったところもある。何かと苦しい部分があるからそういう生活になってしまったってわけで、誰だって好き好んで苦しい生活に飛び込んでいったわけではないだろう。だから、炊き出しを一つのきっかけとして、何処かのお店に余裕があるならばまずはお手伝いとかから始めてもらって最低限度の暮らしがおくれるように背中を押してあげたい。
「お城のなかでも人の手が必要なときだってあるものでしょう?だったら住む所が無い人たちを住まわせてあげながら働かせるという手もあるのではないでしょうか」
あくまで私はそう考えているのだけれど、たぶん、私の意見は現王妃様からすると『却下です』とピシャリと言い返されてしまいそうなのよね。だからこそ、ここは地位を使って反抗することにした。
アーロンの許嫁が言うことなのだから、それに王妃様たちは大した仕事らしい仕事もしていないということだからアーロンにしてみれば王様・王妃様たちの弱みを握っているようなものだ。
「まあ、仕事はいくらでもある。それに、今でこそラウルたちやラインハルトたちも城暮らしになっているが、昔はわざわざ城下町にある実家から通っていたぐらいだったからな」
!そう、だったのね……。
ご実家の、ご家族たちはまだ健康に過ごしているのかしら?たまには、ラインハルトやラウルたちに暇を出させてご実家に帰らせてあげることもしてあげないとね!
「それに、以前見かけたのですが、城の一部の敷地は手つかずになっている所がありましたよね。そこを整えて農業をしてみるのは如何でしょうか?農業のお手伝いでしたら私もクレイン国での経験がありますのでお役に立てるかもしれません!」
「あー……と、言っても手がほとんど入っていないから荒地のような所だぞ?」
「そこを整えていくところから農業は始まるんですよ。まずは、土づくりから!って言うじゃありませんか」
そうだそうだ。私だってただクレイン国で大人しく過ごしていたわけじゃない。手が足りないから、大人しく過ごすつもりがないなら手伝えってギルバートに言われて農業を国民の皆さんと一緒に手伝っていたんだったわ。クレイン国は、国としては小さいし、それこそ裕福とは言えない国だと思えるけれどそれでもみんなが一生懸命になって働いて笑い合っている光景っていうものは素晴らしいものだったと思っている。
っと、話が逸れるところだったわね。
いろいろ考えた結果、やっぱりここに材料は揃えたものの、もしも調理が可能な環境であるのならば城下町の広場を使って、イチから調理をすることに決めたわ。
「……だが、これほどの量を……調理するのか?」
アーロンは今は調理場の一角のみに置かれている分しか目にしていないかもしれないが、他にもいろいろと合わせていけば実質これよりも遥かに多い材料で『豚汁』を作っていくことになる。
「野菜などは火を通していけば見た目はずっとずっと小さくなってしまいますよ。それに、今回作るものは……えーっと、ここら辺で言えば煮込みスープみたいなモノになるんでしょうか?具沢山のスープになるので元となる材料はもっともっとたくさんになりますよ」
「……そんなに必要なのか」
「もちろん!ぶち込める材料は一つでも多い方が良いんです。それだけ栄養も摂取出来ますからね」
そう、豚汁というものはとにかく身近にある野菜とか余った食材なんかを消費させるのに適切な料理だったりしている。が、こっちの世界においては少しでも栄養を摂ってもらうためにとにかく入れられる材料ならばたくさん用意した方が良さそうだ。もちろん体に害がありそうなモノは入れる予定は無いから安心してちょうだい!
大きな籠に材料を次から次へと入れて運び出せるように準備を整えていけば、私とアーロンの様子を伺っていた調理場スタッフの方々も必要そうなモノがあれば自分たちもお手伝いします!とどんどん声を掛けてくれたので、ありがたく受け取らせていただくことにした。さすがに、全ての食材を食べられるように下ごしらえするとなると膨大な時間もかかるものね。
「……アーロンは、包丁の使い方は分かるんですか?」
「……あー……いや、あまり自信は無い……」
「だったら私もお手伝いしていきますから……まずは……その恰好では、ちょっとマズいですね。もっとラフな……えーっと、動きやすい恰好に着替えてきてくれませんか?」
「え?」
「王子だから正装……っていうのは、お城のなかだけでお願いします。私たちがこれから向かうのは城下町なんですよ?ビシッとした正装姿でいられたら市民の方々もびっくりしてしまうじゃないですか」
アーロンの恰好を見ると、毎日のようにビシッ!と正装姿を整えているのだが、これではきっと調理を手伝う以前の話になるだろう。
それに王子様が正装姿であらわれたら、それだけで畏まってしまう市民もいるのではないだろうか?王子の身分?王子としてバレてしまう?そんな文句があるなら最初から手伝うだなんて言ってもらいたくありません。むしろ、身バレとかが嫌なのであれば、別に手伝ってもらわなくても結構なんですからね。
アーロンも最初は戸惑っていた様子だったが、身動きがしやすい恰好に……とつげるとアーロンなりに頑張って着替えてきたらしく、ラフなシャツにパンツスタイルとなってきた。……まあ、一応ラフな姿になったつもりなようだけれど、あふれ出てしまう王子様感というものは健在みたいで、やっぱり一目見れば王子様ということは丸わかりなんだろうなあ。
「うんうん。その恰好の方が良さそうですね。汚れたりはしないとは思いますが、それでもほとんど立ちっぱなしで作業をしていくつもりでいますから、途中で『疲れたー』なんてすぐに音を上げないでくださいよ?」
「は?おい、俺が日頃どれだけの書類を向き合っていると思っているんだ?」
「集中力と体力は別物です。アーロンが一枚一枚丁寧に書類に目を通しているのは知っていますよ。でも、炊き出しで必要になるのは頭ではなく、体の方になりますから」
「わ、分かっているつもりだ……」
少しばかり困惑しながらの返事を向けられたものの、まあ体力皆無という感じではなさそうだし大丈夫だろう。
あれこれと荷物を馬車に積み込んでいけば、いつの間にか集まって来ていたらしいラインハルトやラウル、そして騎士団の皆さんたちに感謝しつつ、まずは大量の食材と道具類を城下町に向けて運び出すところからはじめていくのだった。
一緒になって、頑張ろう!っていう気持ちって良いものですよね。
許嫁宣言のときに、食べ物の屋台のようなものはあったようだから屋外においても調理することは可能なのでしょう。うんうん、しっかりと見るところは見ていて大したモンです!
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