八十七話 お風呂……まさか、一緒に!?
わたし、絶賛、大ピンチがおとずれています!!
「脱げ」
「嫌です!」
フランの部屋からアーロンと二人して退室していったものの、まっすぐに部屋に戻るかと思えばそうではなく、『部屋はあちらですが?』と私が言葉を掛けても違う方向に向かおうとするアーロンに首を傾げていれば呆れた顔を向けられ、私の肩に長い腕を回して無理に足を運んでいくと、そこは浴場だった。
あー……つまりは、私の身なりをきちんと整えろってことなのね。ん、それは分かったわ。でも、私が脱衣所に入ってもアーロンは何故かそこにいるのよね……ホワイ!?
「あ、あの……アーロンがいると脱げないのですが……」
「いいから、脱げ」
「いや、無理ですけれど!」
先ほどからもう何分このやり取りが続けられているだろうか。
アーロンは腕組みをしながら外に出る様子が無いままに、『脱げ脱げ』言ってくるばかりだし、私はアーロンがいるところで脱げるかあ!とばかりに、無理無理と言い張っているので今のところどっちもどっちって感じで落ち着かないでいる。
「これ以上、そんな恰好でふらふら出歩かれてたまるか!」
「そ、それは申し訳無いと思っていますが……だ、だからって……ぬ、脱ぐのでせめて外に出ていてください!」
アーロンもフランの前、そして私の前だと紳士な王子様ではなく、素の俺様っぽい感じで過ごすようになってきているのだけれど、こういうときは紳士な王子様で過ごしてほしいです!つまりは、見られたくないので出て行ってください!
「俺が外に出ていたら一緒に入れないだろう?」
まさか、一緒にお風呂に入りたかったの!?
ちょ、それは、ちょ、待って!いろいろと準備が必要だから!今すぐに、とは難しいです!
「ええ!?」
「ええ!?って、なんだ。別に変なことをするわけじゃないだろうが」
「い、いや、その……お風呂に一緒にって……」
当然ながらお互いにすっぽんぽんになるってことで……あれこれと視界に入れたくないものもあるでしょうし、こっちだって見られたくないものはそこそこにあるわけで……。
「?」
「そ、それに、ほら!着替えを持って来ていないじゃないですか!い、一度部屋に戻らないと!」
「そんなの適当に給仕に頼めば良いだろうが。あぁ、お前はラウルと付き合いが良かったか彼女に頼むか?」
そういうと、くるりと背中を向けて脱衣所から出ようとするものだからせめてそのまま出ていてもらいたいのだけれど、たまたま通りがかったらしい給仕の人に『着替えをお願いしても?私とレンの分を』とにこりと人好きのする王子様モードでそれはそれは優しくしおらしくお願いをしたらしく対応していたらしい給仕の人に『はい!』と素直な声が私にまで聞こえてきたわ。……こういうときには、王子様モードになっちゃうのね……。
そして一旦廊下に出ていた半身を脱衣所に戻すとニヤリと口端を上げた俺様……むしろ、悪魔っぽくなってきていないかしら……!?いや、そこには悪魔がいたわ。
「さあ、これで問題は無いだろう?」
「……二重人格ですか、あなたは……」
「あ?……だいたい、そんな今にもいろいろと見えそうな恰好でいるぐらいならいっそのこと脱いだ方がマシなんじゃないか?」
「え!?」
改めて脱衣所にある鏡で自分の恰好を目にしてみると、そこにはボロ……かなりのボロを身に纏っている私がいた。アーロンから借りたジャケットを肩に掛けているとはいえ、足元はどうしても隠しきれていないものだから素足が膝ぐらいまで丸見えだった。
看病をしているときは、アーロンやフランのことばかりを考えているだけで良かったのよ。だけれど、今更ながらに凄い恰好をしていた自分に『いやぁぁ!』と小さく悲鳴を上げてしゃがみ込んでしまった。その様子を『やれやれ』と溜め息を吐きながら見下ろしているアーロン。
「……取り敢えず、レンも疲れているだろう?風呂ぐらい入れ。見られるのが嫌なら、後ろを向いているから先にささっと脱いで入って来い」
「うぅ……っ……さ、さすがにここまで酷い状態になっているとは思わなかったんですよー……」
フランに燃やされ、そしてあれこれと動いていたからだろうか、あれこれとズリ落ちそうになっているボロいドレスに一気に気恥ずかしくなってきてしまった。
「ほら、立て。……まったく……人のことを心配するのも良いが、たまには自分のことも見直せ」
「は、はぃ……」
片手を差し出してくれたアーロンに自分の手を重ねて立ち上がると、また生地が弱くなったのかズルッと胸元辺りの生地が落ちそうになるものだから慌ててもう片方の手で胸元を押さえた。そう言えば、フランに胸元に抱き着かれていたんだったっけ?それで、さらに生地が弱弱しくなっちゃったのかしら……くぅ~っ……もう少し頑丈に、耐えなさい!私のドレス!
「……ここまで来ると、下着姿とそう変わらないように見えるんだが……そこまで隠す必要ってあるか?」
「あ、あります!気持ちの問題なんですよ!」
それでも一応約束は守ってくれるようで、私が立ち上がればくるりと背中を向けてしまったアーロン。……ほ、本当に見ないでくれているんだ……と安心した私は、ボロボロになってしまったドレス……もはやドレスと言って良いのかどうかも怪しいものだけれど、それを脱いでいき一応タオルで体を隠しながら浴場に入って行った。一応、ちらちらっとアーロンを気にして視線を向けてしまったのだけれど根本的な部分は紳士らしくて覗くだとかそういう考えは無いみたいね。
しっかりと念入りに髪も体も洗い終えると体もさっぱり、気分も爽快!そして、広い浴槽にざぶんと体を沈めていけば、『あー……気持ちいいー……』と、ついつい溜め息とともに呟きをもらしてしまった。疲れ切った体に、このお風呂っていうのは危険だと思う。こんなに、泳げそうなぐらいに広いお風呂場を独占して、そして何か入っているんだろうか?お風呂がやけに良い匂いがする?現代で言うところの入浴剤みたいな感じかしら?甘い花みたいな良い匂いがするから気分も和んでいくわ~!もちろん体を覆っていたタオルは外して入浴しているわよ!?そこら辺のマナーはきちんと守っているんだから。
てっきりアーロンも入って来るのかしら!?と身構えつつ、入り口をちらちらと見ていたのだけれど、今のところ入ってくる様子は無い。あんなこと言っておいて、結局は私だけが入っちゃっても良いのかしら?も、もちろん一緒に入るとなれば、私は、かなーり端の方に行きますけれどね!
『おい。着替えは置いておくから、あまり長湯しないうちに上がって来いよ』
なんと、浴場と脱衣所を隔てている戸越しにアーロンの声が聞こえてきたものだから、一瞬ビクリと身震いし、ざぶんと湯も揺れたのだけれど、あくまでも届いてくるのは声だけで戸を開けて顔を出して来ることは……無いみたい。
これって、普通に話すぐらいの声量で相手に声って届くものなのかしら?ちょっと場所的に声が響くのはアレだけれど仕方ないわね……。
「わ、分かりました!ほどほどにしておきます!」
やっぱり、私の声は浴場内に凄く響いていたもののアーロンは聞こえたらしく、脱衣所からも出て行ってしまったらしい。
「ほぇ~……」
ついつい間抜けな声が出てしまうのだが、これは仕方がない。だってお風呂が気持ち良過ぎるんだもの。毎日、毎日、このお風呂場の掃除をするのだって大変でしょうし……まあ、そのために給仕さんたちっていう働いている人たちがいるとは思うのだけれど……ちゃんとお給料は貰えているのかしら?あ、城下町で炊き出しをする予定もきちんと組んでいかないとね。
いきなりディラン一家が具合を悪くしてしまってバタバタしていたけれど、これからもバタバタするのかもしれない。でも、自分に出来ることがあるって意外と幸せなことだったりするのかもしれないわね。
じゅうぶんに体を温めてから風呂から上がり、静か~に脱衣所に顔を出してみるとやっぱりアーロンの姿は無く、代わりに着替えがきちんと用意されていた。しかも、お城で過ごすべき淑女のドレスって言うモノっていうよりかは動きやすさが重視されているようなワンピースのようなモノで、一人でもすんなりと着込むことが出来た。……こんな服、いつの間に用意したのかしら?
お・ふ・ろ!お風呂気持ちいいよね~!
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