八十二話 弟君は甘えん坊マックス!
ふ、フランが可愛らしい!
具合が悪くなると甘えん坊になるのかしら?
「……ハァ、ハァ……ッ……」
「大丈夫、大丈夫ですからね……」
赤い顔、普通に呼吸をするのも苦しいのかフランらしからぬ荒い呼吸を繰り返してばかりいる。頭が痛いのか、それとも体内にくすぶっている魔力とやらがフランを苦しめているのか分からないのだけれど顔を歪めて、落ち着いて寝られていないのかもしれない。
最初はフランの方から、ぎゅっと私を抱き締めてきていたのだけれど、その腕の力が弱弱しくだらん、と落ちてしまったものだから今度は私の方からフランの熱い体を抱き締めて背中を擦ってあげている。しっかりと腕に力が入らないぐらいに体がダルいのかしら。それとも体が言うことをきいてくれないのかしら。
魔力云々の話は私には分からない。たぶん、アーロンとフランの近くにいても私は今のところ何ともならないっていうことは基本的には私には魔力そのものは存在していないんだろう。それでも魔力が無いからこそ、こうやって近くにいて看病することが出来るというのは魔力が無くて良かったのかもしれない。
「きゅぅ~……」
一度はお休みモードに入ったらしいオリーブも再び目を開け、フランの枕元にトテトテと歩いてくるとまるでかたわらで見守るようにじっとしている。フランが具合が悪いってことを分かっているのかしら?それはそれは心配そうに、そしてオリーブも苦しそうに小さく鳴くものだからフランの背を擦りつつ、たまにオリーブの小さな頭も撫でてあげるとオリーブは安心したようにくりくりの目を細めたのだった。
「薬がまったく効いてない、とか……?いやいや、エマさんの用意してくれた薬だし、効かないなんてことは無いと思うのだけれど……」
「ッ……ま、って……待って……ッ、置いて……い、かないで……」
「?」
寝言、かしら。
表情を覗き込むと、そこには苦しげに顔を歪めているばかりのフラン。悪い夢でも見ているんだろうか。でも、寝言にしては、けっこうはっきりと聞き取ることが出来るような内容だったわね。……フランの過去に、関係しているとか?小さなときの思い出や記憶が蘇ってきているとか?
「ここに、いますから。……フランのそばにいますから」
あまりぎゅぅっと強く抱き締めると息も苦しくなるだろうから、それは控えたのだけれどそれでもちゃんと近くに人の存在が分かるように、フランの背に手を回しながらそっと抱き締めていた。すると、ドレスの端っこを弱い力ながらも必死になって掴もうとするフランの手があったものだから、ぽんぽんと優しく背を擦り、不安そうな子どもをしっかりと落ち着かせるように背中やら頭やらを撫でてあげた。
「うぅ……っ……」
「!」
苦しそうに呻いたかと思えば閉じているはずの目元から次から次へと涙が流れてくるものだから、さすがに焦る。どういう夢を見ているのよ。
そっと流れ落ちてくる涙を指先で拭い取りながら『フラン、フラン……』と優しく呼びかけ続けた。その私の呼びかけに反応したのかは分からなかったのだけれど取り敢えず涙は止まってくれたようで安心できたわ。
普段は『そうだよねぇ~』とのんびりした感じの、めんどうくさ男のようなフランだけれど、とてつもなく具合が悪くなるとこんな姿になってしまうのか。小さな子どもそのものじゃない。まあ、フランは私よりも年下っぽいから私からすればまだまだ小さな男の子って感じなのだけれど。こんなに苦しむなんて……ツラいでしょうね……。
寝て過ごすことしか基本的には出来ないみたい。だから、いざ健康になったときにいきなり調子に乗って動き回ろうとすると栄養が足りていない体だからすぐにばたんきゅーしてしまう恐れがあるから少しずつ栄養はとってもらわないといけないのがアーロンの現状だ。でも、フランはまだそこまで回復出来ていない。いつまで、こんな苦しい状態が続くんだろう……。
ふと、くいくいっとドレスの端を引っ張られている感じがしてフランの顔を覗くと熱のせいか、それとも先ほど涙を流していたせいか灰色の瞳に、少し赤らんだ目をぼんやりと開けて私を見ている目とバシッと目が合った。
「どうしました?あ、お水でも飲みましょうか。汗も凄いので水分もとらないと」
「……ここに、いて……ッ、つ……何もいらない、から……ここにいて……」
ズキズキと頭が痛むのだろうか、言葉の途中で頭を押さえる仕草を見せつつ、先ほどよりも強くドレスの端っこを引っ張ってきた。
「もちろんですよ。でも、水分や薬は飲みましょう?具合の悪いフランを放り出して何処かに行ったりしませんから、安心してくださいね?」
「……ッ、うん……」
私がそう言うと安心したように、ゆっくりと頷き返してくれるフラン。
でも、せっかく目を覚ましたのだからと近くに置いていた薬瓶を手に取ると一錠取り出してフランに差し出す。もちろん水の入ったコップも一緒に。
「はい、口を開けてください」
「……ん……」
私の言う通りにゆっくりとした動きだが顔を上げて口を開けて私が薬を口内に入れていき、ゆっくりと水も流し入れてあげると大人しく薬を飲み込んでくれた様子。……素直ね。
「……はい、良く出来ました……偉いですね、フラン……」
ついつい子ども相手にするようにそっと頭を撫でてしまうが、別に嫌がる素振りを見せることなく、むしろ私の手に甘えてくるようにもっともっと撫でて、とばかりに頭を向けてくるから『よしよし』と撫でてあげた。
「……手……冷たくて、気持ちいい……」
「フランの熱が高いんですよ。でも、私の手が気持ち良ければいくらでも触ってあげますから」
ぺたぺた、と頭を撫でていけば次に赤い頬に手を当てていくと心地良さそうに目を細めてくるフランに『可愛いわ!』と内心では可愛らしい動物を目の前にしたときのようなドキドキ感を抱いていた。私の手に、フランの手も重ねられるが手がめちゃくちゃ熱い……。
愛おしそうに、というか甘えて私の手に頬擦りしてくるのだけれど、ちょっとフランの口の端が当たると慌てて『ごめんなさい、大丈夫でしたか?』と声を掛けるが、フランはそのままに……むしろ私の手に、チュッと唇を当てて(これまた唇もめちゃくちゃ熱い!)可愛らしい動物から、何処ぞの紳士がするかのように私の手のひらに、チュッ、チュッ……と唇を当ててきた。
「え、え、……ふ、フラン?」
「……あちこち、熱くて……レンは、冷たくて気持ちいいね……」
唇の熱を……冷まそうとしているのかしら?
そう、イヤらしくない唇の当て方に目を丸くしつつ、私の手の冷たさに心地良さそうに過ごしている。でも、少しだけくすぐったいのよね……。
「…………美味しそう……」
「は?」
ハァハァ、と息を上げながらぺろっと舌を出したフランは私の手に、ぺろぺろっと舌を這わして舐めていく。
ひぇぇえ!く、くすぐったいです!
あまりにも執拗なまでに舌を手に這わせてくるものだから手を引っ込めようとするものの、それを止めさせるように私の手首を掴まれながらぺろぺろと熱い舌で舐められていく私の手。い、いえいえ、私の手は美味しくないですよ!それに、フランの舐め方って犬とか猫がするようにしてきていて微妙にくすぐったい。
「ふ、フラン……く、くすぐったいですから……」
「……ん、ダメ……?冷たくて、美味しいよ……」
こてん、と可愛らしく首を傾げながら『だめ?』とたずねてくる辺りは、ちょっと小悪魔的なオーラが見え隠れしてしまったのだけれど、味とかではなく、あくまでも私の手の冷たさがフラン的には美味しく感じているらしい。
情緒不安定で泣いてみたり、甘えん坊になってみたり、かと思えば犬猫のようにぺろぺろと舐めてきて……えーっと、フランって何なの?小動物?近くにオリーブがいるけれど、それ以上に小さな小動物が甘えてくるようで思い切り拒否するわけにもいかず、結局はフランが満足して止めるまで自由にさせることしか出来なかった。
熱があると人肌が恋しいですから。そして冷たい手に、甘えているんでしょう……たぶん。
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