七十八話 触れ合い補充期間
取り敢えず、アーロンの熱は落ち着いたみたい。
でも、すぐには仕事復帰は難しいみたいね……。
「……まだ、ここで過ごせと?」
「当たり前です!凄い熱が連日続いていたのですから、今すぐに仕事に戻るだなんて無理に決まっているじゃないですか」
上半身を起こし、ベッドに背を預けながら眉を顰めているアーロンに対して私はベッドのかたわらに立ったままビシッ!と言い放つ。
体温をしっかりと測ることはしなかったけれど、本当に高い熱が続いていた。それに熱で魘されていたことも何度かあったみたいだし……その、アーロンは知らないだろうけれど、本当にいろいろなことがあったのだ。
「栄養だってとってもらわなければいけませんし、すぐに出歩いてまた熱がぶり返したりしたらどうするんです?」
「もう平気だと言っているだろう」
「ダメ、です!」
こういう会話がもう何十分も繰り広げられていたりする。
普通に体を起こしている分には問題は無さそうだけれど、もしもこれでふらふらと出歩いたりしたら栄養がじゅうぶん取られていない体なのだから貧血でも起こして倒られてしまったら?それで頭の打ちどころでも悪くて、また寝込むことにでもなってしまったら?それこそ、今度こそ私は泣きながら看病をするのかもしれない。
「……はぁー……だったら、食いやすいモノで良いから準備をさせるか……」
「果物は?アーロン、果物は嫌いってことはないですよね?」
「あぁ。……食わせてくれるか?」
私もアーロンの看病をしている間にお世話になった差し入れの果物。そのほとんどがラインハルトだったり、ラウルからの差し入れだったりするもの。熱が下がった、と一応顔を合わす人たちには報告するものの、それでも完治祝いのような感じで差し入れ(果物のように食べられるようなモノ)は絶えることなく貰い続けている。
ぶどうを房ごと手に取ると大きめな皿に移してアーロンのベッドのかたわらに置く。が、それだと不満だったようで(え、ぶどう苦手?)他の果物を手にしようとするが『そうじゃなくて……』とアーロンの言葉が掛けられる。
「レンが食べさせてくれ」
「は?」
どうやら私の手で、食べさせろ……という意味だったらしい。
すぐそばに置かれているぶどうには全然手を伸ばそうとしないアーロンに仕方なく、ベッドの端っこに座るとぶどうを一粒ずつ房から取っていけばアーロンの口元へと運んであげる。すると素直に口を開けてもぐもぐ、と咀嚼していくのを見ていればなんとなく小さく笑ってしまった。
「ん、どうした?」
「いえ、なんだか。オリーブに餌付けをしているような気分になってしまって……ふふっ……」
オリーブは、ぶどうの一粒を小さな口にいっぱいいっぱいにしながら一生懸命になってもぐもぐ食べようとしていて、そんな姿を目にするだけでもとても癒されていた。はぁー……オリーブ、今もきっとフランのところにいるのよね……最近、顔を合わせていないから寂しいわ。
「あのなあ……俺とアイツが同じか?全然違うだろう」
「見た目とかは全然違いますけれど、食べ方?一生懸命に食べようとしているところ?が似ているなあって思います」
『いいから、次……』と強請られるとまたもやぶどうを一粒アーロンの口元に近付けていくがパシッと私の手首を掴まれてしまった。空中で止められた手にある、ぶどうはもちろんアーロンの口に入ったものの、掴んだままの私の指先にもチュッと口付けをして、さらには指先にぺろっと舐め付いてくるものだから『ひぇっ!』と小さな悲鳴を上げてしまった。
手を遠ざけたくても、しっかりと掴まれてしまっているものだからアーロンの好きなようにさせられてしまっている。なんだか、ちょっと指先を舐め上げてくるって……し、刺激が強いわよ!!
「ちょ、ちょ……っ……ゃ……アーロンっ!」
ぺろっと舌を出して不敵な笑みを浮かべるアーロンは、すっかり健康を取り戻したらしい。まあ、体には栄養が足りていなかったり、このままでは仕事なんて出来ないだろうからもうしばらくの間は休養してもらう必要があるのだけれど、こういう刺激的な仕草が出来るほどに元気にはなってきているみたい。
むしろアーロンの対応に困っているのは私の方だったりする。あれ、こんなこと最近までは普通に出来ていなかったっけ?って思うようなことでも顔に熱が集まるようになってきてしまった。弱弱しくダウンしてしまった様子ばかりを見ていたせいだろうか?アーロンが何かするたびに過度に反応してしまって、まさに思春期真っ只中の女子中学生とか女子高校生みたいな反応をするものだからアーロンだって不思議に思ってくれても良いものだけれど、それを逆に楽しんでいるのかもしれない。
「なんだ?レンの指先に付いていた雫を舐め取っていただけだが?」
「……そ、そんな指の方まで濡れてはいなかったと思いますけれど!?」
「……俺がダウンしていて、まともに触れ合いなんて出来なかっただろう?だからその分の補充だな」
楽しそうに指先にチュッとキスしてくる仕草は、さすが王子様というだけあるだろうか。なかなかに様になっていて恰好良い……と思う。
って、そんな見惚れじゃダメじゃない!
「あ、後はご自分で食べてください!私はお茶でも淹れてきますから!」
ズイッとお皿ごとアーロンに差し向けるとベッドからぴょいっと飛び降りた私は紅茶を淹れるために、そしてバクバクしている心臓を少しでも落ち着かせるためにアーロンに背を向けてお茶の準備をはじめた。
か、恰好良いとか……今までと変わらないじゃない。
それなのに、なんで今になってそんなこと思うのかしら。私ももしかしたら具合が悪いとか!?
う~ん、と渋い顔をしながら温かな紅茶の準備をしていき、温かな紅茶を運ぼうと踵を返そうとしたところで背中にトンッと衝撃が。そして、するすると長いアーロンの腕が体を包み込むようにまわされて抱き締めてくるものだから一旦落ち着いたはずの心臓がまたバクバクとうるさいぐらいに鼓動を速めていく。
「……あの、ベッドで大人しく待てないんですか?」
「触れ合いの補充、だな」
背中から伝わるアーロンの温もりに、忙しいぐらいに心臓がバクバク言っていてそのうち心臓が壊れちゃうんじゃないかって思うぐらいに動きは速いし、顔も熱い。これ、顔が赤いわよね、きっと。
「なんだかレンの反応が新鮮だな?……初めて会ったときのような反応をしている気がする」
「こ、こっちは寝ている姿ばかり見ていたので……起きている姿を見るのは久しぶりで、その……」
「なんだ、俺に見惚れたか?」
「……っ……」
図星をつかれると言い返す言葉も見つからずにぷるぷると小さく肩を震わせていると、アーロンも不思議に思ったらしく顔を覗き込まれてしまった。顔だけじゃなくて、耳まで熱くなった顔を見られて、恥ずかしいったらありゃしない!
「!……な、んだその顔……くっ……可愛い……」
ぽかーんと目を丸くしたかと思えば、ぎゅっと腕の中に抱き込まれてしまって『可愛い可愛い』の言葉を連呼されてしまった。可愛くない可愛くない、と心の中で必死に自分に言い聞かせつつ抱き締めている腕を軽くぽんぽんと叩くと素直に解放してくれるものの薄っすらとアーロンの頬も赤いような……気がした。
「……お、お茶を……どうぞ……」
「……あぁ、いただく……」
ベッドに戻るよりも、近くのソファーに座った方が早かったので紅茶の入ったカップをテーブルに運ぶとソファーに、隣同士で座りながら火傷しないようにゆっくりと紅茶を口にしていった。
たまに、ちらりとアーロンの様子を伺うものの別に今までと何かが変わって感じはしない。むしろ今まで通りに戻っただけ。見た目のオーラ?恰好良さでも増した?いえいえ、それもいつも通りなはずよ。それなのに、なぜこんなに心臓がうるさいのかしら……。
元気になればガンドココミュニケーションを取るはず!今まで不足していた分を補うように!!
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