七十三話 エマさんの薬
……アーロンって、素の俺様だけじゃなくて、秘められた人格みたいなモノってあるのかしら?
私っていう人間も分かっていなかったみたいだし……ちょっと気まずいというか……その……と、取り敢えず一日でも早く良くなってください!
冷えピタみたいな優れたモノは、さすがにこの世界には無いみたいなので、しょっちゅうタオルを冷たくしては額に乗せ、またある程度の時間が経った頃にぬるくなったタオルを取り、水に濡らして再び額へ……と同じ作業を繰り返していた。
たびたびラウルもアーロンの部屋に顔を出してくれて、私が寝ずに付きっ切りで看病をしていると聞くと『さすがにレンも休んでください!』と言ってくれるものの、私が休んでいる間に、またあの謎の人格が現れて、気が付いたらベッドからいなくなっていたりしたら……と思うと、休めるはずが無かった。何処かに行っちゃうんじゃないか……って、そればかりを想像してしまって怖かったのかもしれない。
でも、今のところ私は平気よ。ほ、ほら!人間、やろうと思えば一徹や二徹ぐらいなんてことないわよ!と意気込んでいたものの、アーロンの具合が悪くなってから一日、二日と経ち……そろそろ、私の体も悲鳴を上げはじめたみたいで、することが無いと気を抜いてしまってウトウトとしてしまうようになってしまった。
「!……っと、危ない危ない。寝ちゃうところだったわ……」
高熱が、とにかく下がらない。
ここまで熱が出ていると体も汗を掻いているんじゃないかと思って着替えとか……させたいと思ったけれど、さすがに一人では出来そうになかったので、たまたまラウルが顔を出してくれたときに、ここぞとばかりに手を借りてアーロンの服を脱がし、軽くタオルで拭いてから緩い寝間着へと着替えさせてあげることが出来た。その際に、意識を取り戻したアーロンだったのだけれど、意識は何処かぼんやりとしているし、顔は赤いし……うぅ、何処に目を向ければ良いのか分からないほどの色気というモノがあった。
たまーに目を開けて確認するように私の名を呼ぶものだから、『ちゃんとここにいますよ』と軽く手を握ってあげると安心したように、またすぐに眠りについてしまう。そんな生活がしばらくの間続くことになってしまった。
当然、仕事なんて出来るはずも無いから仕事部屋がとんでもないことになっているのでは!?と怖い予想をしていたのだけれど、意外にもそこはラインハルトが頑張ってくれているみたい。アーロンでは無くても出来る作業というものがあったそうだし、仕事のことは気にしなくても良いとわざわざ顔を出して報告しに来てくれたラインハルトは『いい機会だから、ゆっくり休ませてやれ』とまで言ってくる始末。その際、私の顔色に気付いたらしく、するっと私の頬にラインハルトの大きな手を添えられてしまったのだけれど特に何か言うでもなく……『このバカのことを、頼むぞ』と頼られてしまった。
「あ……薬……エマさんに、お願いしてみようかな……」
さすがに、寝ずの看病が厳しく感じられてきた頃、少しでも熱冷ましのような薬でも無いものかとラウルやらフランの看病に苦戦しているサイモン様と話をしているとやはりエマさんを頼ろうという話になった。城にいるお医者様は今回のような病には詳しく無く、薬を用意しようにもどう調合するものなのか分からないらしい。分からない人の頭を悩ませるぐらいならば、少しでも薬の知識がある人に頼った方が良いだろう。
ただ……いくらなんでも寝過ぎじゃない?たまーに、起きてはくれるわよ。でも、それも数分ぐらいで……後は、ずーっと寝ているの。さすがにこの状況に怖くなってきてしまってラウルに頼んでエマさんのお店に出掛けるのではなく、エマさんをお城に招待することになった。お城には他にも病に倒れてぐったりしている人が多いものだから一人一人の状態を診てもらうなら城に来てもらった方が良い。
何度、タオルを水で冷やし直して額に戻しただろうか……アーロンの顔は赤いままだし、たまに額に触れてみるけれどまだまだ熱い。ここしばらく、まともにアーロンの声、私に笑いかけてくれる表情も見ていないものだから何だか物寂しくなってきてしまった。
そんななか、ドアをノックされる音とともにラウルに招待されたエマさんが来てくれたのだ!
「エマさん!」
「お嬢さん、久しぶり……って、凄い顔じゃないか!アンタ、寝ているのかぃ?」
「あー……はは、アーロンが心配で……」
「せっかくの可愛らしい顔が……酷いことになっちまってるよぉ?……どれどれ、王子様の様子は……っと。弟君……フラン様の様子も酷いモノだったけれど、殿下の方が重症っぽいねぇ……」
ベッドで寝ているアーロンの様子をちらっと見ただけで、困ったように眉を下げてしまったエマさん。どうやら話を聞いていくと、王様と王妃様たちはもうほぼ完治に向かってきているようだが、フラン、そしてアーロンはまだまだ時間が掛かりそうだとのこと。何年か……何十年かに数回ほど起こるとされているというこの病。やはり熱の原因となっているものは体内の魔力らしい。魔力が強い人ほど、魔力の蓄積量が多い人ほどに熱は続き、完治に至るまでには時間が掛かるという。
「……あの、この病って……人格が変貌するとかっていう話は聞いたことってありますか?」
「人格?いやいや、さすがにそこまでは聞いたことが無いけれど……アーロンに何かあったのかぃ?」
「あ、いえ……その、熱で意識が朦朧としてワケの分からない行動が出るとか……」
「う~ん……例え起き上がれたとしても熱の影響ですぐにぶっ倒れるんじゃないかねぇ?」
「そ、そうですよね……」
「とにかく。少しでも熱を下げるために……はい、これ」
幾つかの錠剤が入った小瓶を渡されたので素直に受け取らせてもらった。恐らく、熱冷ましの薬か何かなんだろうけれど……。
「少しでも熱が落ちないとお嬢さんの方が先にぶっ倒れちまいそうだからねぇ?コレは、空腹状態でも飲ませてあげられる薬になるから起きた時に飲ませてあげると良いよ。この病は、体内の中で膨大な魔力が暴走状態にあるようなものだからそれが落ち着かないと基本的には熱が下がらないみたいでね。コレといった薬草は今のところ見当たらないんだ。まあ近年だと魔力所持者もどんどん少なくなってきているからねぇ……少しでも落ち着いた所に栄養をガンガン摂らせていくしかないね。でも、お嬢さんだってきちんと休まなきゃダメだよ?」
「は、はい……」
「可哀想に……クマだらけじゃないか……よーしよし……」
やんわりと私の体を包み込むと、優しい手付きで頭を撫でてくれるものだからついウルッと涙腺が弱くなりそうだったけれど、キュッと唇を噛み締めることでなんとか耐えた。
「とにかく!お嬢さんも休むこと!アーロンには薬を飲ませて、寝かせておけば良いのさ~……まあ、無理はしないように、ね?」
「あ、ありがとうございました……」
片手を振って部屋を出て行くエマさんを見送ると手元にある小瓶の中を改めて覗いてみた。これで、少しは良くなるのかな?……ううん、少しぐらいは良くなってもらわないと。
寝苦しそうにしているアーロンには悪いものの、取り敢えず薬を飲んでもらうためにも一度起こさなければ。
「アーロン……起こして、すみません。エマさんに薬を貰ったので、それだけでも飲んでください」
軽く肩辺りをポンポンと叩くとすぐに反応を示し、目を開けてくれるようになった。コップに水は用意済みだ!よし、これで今のうちに飲んでもらおう!
「……薬は……」
「あ、はい。こちらになります……」
小瓶の蓋を開けて一錠を取り出すと水の入ったコップとともにアーロンの視界に入るように見せた。が、アーロンは嫌そうな顔をするばかりで薬を素直に受け取ってくれない。
「……薬は、別に……必要、無い……」
「ダメですよ!エマさんも飲ませるようにって言ってくれたんですから……少しでも熱を下がらせないと……」
ちらり、と私の手元にある薬に視線は向けるものの、弱々しく首を左右に動かすばかり。
早く飲ませないと、また寝ちゃうんじゃないかしら?せっかく貰ったんだから飲んで貰わないと!
「アーロン……凄い熱なんですよ?汗も凄いですし……その、コレは普通の熱冷ましだと思うのですが、少しでも良くなってもらいたいんです……」
「……泣いて、いるのか……?」
「え?」
ゆっくりと持ち上げられたアーロンの熱い手が私の目元に触れた。また涙腺が緩くなってしまったのかもしれない。目端に溜まっていた雫を熱い指先で拭い取られるとついつい頬擦りをして甘えてしまった。
「……苦しいのに、何も出来ないので自分が情けないんです……せっかく許嫁になったのに……何も出来なくて、すみません……」
「らしく、無い……お前は、笑っていれば良いんだ……」
熱でツラいだろうに……それでも私を構ってくれるアーロンが、嬉しくて……。
久しぶりに会話らしい会話をすることが出来たことが嬉しくてアーロンの一言一言に感動していたけれど、やっぱりここは無理をしてでも薬を飲んでいただかないとね!
何日ぐらい、まともに寝ていないんでしょう?主人公も心配だよーっ!!!(涙)
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