七十二話 あなた誰?
ラウルに頼んでスープやら果物を用意してもらった。
が……食べる気配が無いのよね……食欲が無い、とか?
でも、少しでも食べた方が……。
「……アーロン?」
意識はちゃんとここにあるだろうか、と心配してしまって顔を覗き込むものの顔は赤いのに、視線は恐ろしく思ってしまうほどに冷たくて、思わず私の方がビクついてしまった。え、何ですかその目付きは……。まるで何も信じていないかのような……自分以外は敵とでも思っているかのような冷たい目。え、起きているのに、意識はここにあらずって感じなのですか!?
「…………う、るさい……」
時間を置いてやっと口を開いたかと思えば、そんな言葉が返されたものだからあまりにもショックで何と言うべきか、分からなかった。
「……俺を、病人扱いするな……」
そう言うと、ベッドから抜け出そうとするから、さすがに慌ててアーロンの熱い腕を両腕で掴んでベッドに戻すように促す。
「アーロン!?ちょ、どうしちゃったんですか!?大人しく、寝ていなきゃダメです!……と、取り敢えずベッドに戻ってください!!」
どうしたと言うんだろうか、先ほどまではぐったりと高熱に魘されていたというのに、今はふらふらながらもベッドから抜け出て何処かへと向かおうとしている。そんな状態じゃ数歩歩いただけでもダウンしてしまうはずなのに。それに、アーロンの様子がおかしい。
もしかして、私のことが分かっていない!?
「……うるさいぞ……誰だ、お前は……」
「!」
え、この病って……ずっと近くにいた人のことを忘れさせる症状もあるの?今までずっと看病していたのは私なのよ!?
「……っ、だから……起きちゃ、ダメです!」
高熱を出しているのに、力強さはそのままなのか、アーロンの熱い腕を引っ張ってもすぐに振り払われてしまう。しかも何故か私のことを分かっていないらしいから力加減なんて、いつもよりも容赦が無いほどだわ。
思い切りアーロンの腕にしがみつくようにしても、アーロンは熱はこもっているはずなのに、冷たい目で見下ろしてくるばかりだし……。
不意に動きが止まったので、ようやく大人しくベッドに戻ってくれるかもしれない……と安心して顔を上げるものの冷たい目はそのままに、私の髪……そして頬へと熱い手を滑らせていくからどうしたんだろう?と見ていたが、次の瞬間。
あっさりと私の体は床に倒されてしまった。思い切り後頭部をガツン!と床に打ってしまったらしく、一瞬目の前がチカチカとしてしまって何が起こったのか分からなかったぐらい。というか、普通に頭が痛い……。普通に床に押し倒された、なんて優しいものじゃなかった。足払いでもされたんだろうか……。ドレスの裾が少し捲られて素足に空気が触れている。
「……随分と……美しい女だ……お前、名は?」
「……あなたが、アーロンなら……私の名を知らないはずが、ないですよね……っ!」
「!はは、強気か……イイ女だな……」
ほ、本当にアーロンじゃないの!?っていうか、どうしちゃったの!?これ、意識が朦朧としているとか、幻覚を見ているとかってレベルじゃないわよね!?
俺様アーロン様になっているときだって、一応私のことは分かった上で、俺様な態度を取ってきていたけれど、今のアーロンはまるで……まるで?あれ、今、私何を考えようとしたんだろう……。
「へぇ?……見た目も、性格も……俺好みだ……」
イイ獲物でも見つけたかのように、舌なめずりしながら冷たい目で私を見下ろす姿は、超ドS様そのもの。でも、アーロンは……?彼は、一体どうしちゃったっていうのよ!?
「……あ、あなたなんかに好みとか言われても嬉しくありませんから……」
プイッと顔を横に背けるもののアーロンの声で、しかもイイ目をしながら私を見てくる視線にドキドキしちゃうのは私が超ドMだから仕方ないことなのよ。こんなにも素敵な性格やら目付きをしている超ドS様になんて滅多に出会えないんだから!
それより、早くアーロンに……いつものアーロンに戻りなさいよ!そうじゃないと、私が……私がどうなっちゃうか分からないじゃない!さっきからこの男の言葉に、視線にゾクゾクして興奮してしまっている自分を抑えるのに必死なんだから!
「……おい、こっちを向け」
「ひぅ……っ!?」
これでもか、と言うほどに低いアーロンの声に、思わず変な声が出てしまうと慌てて口元を押さえるがちらっと横目に見えたアーロンの顔は面白がるように不敵な笑みを浮かべていた。さ、最悪……っ!!
「こっちを……あ?……チッ……」
一人、不思議がるような声を出しては舌打ちしているアーロンに、今度は何!?とばかりに顔を向けると思いっきり食べられそうになるほど……いや、じゃっかん噛まれたんだと、思う……。じわっと少しだけ血の味が口の中に広がったから唇か口の端でも噛まれたのかもしれない……。
「いっ……んん……っ……んーっ!?」
ガブッとアーロンなら絶対にしないような勢いのある口付けをしてきて、口は痛いし、口の中には血の味がして変な気分になるし、アーロンなのに絶対この人、アーロンじゃないわよね!?こんな人と、これ以上キスなんてしていられないとばかりにアーロンの胸元を押し返すのだけれど、そんな私の腕を取られて床に押さえ付けられてしまった。
「……いい加減に大人しく俺の……あ?なんだコレは……」
やっと口が離れたと思ったのに、不思議そうに私の……唇を見ては珍しいモノでも目にしたかのように視線を向けている。あ……そうだった、私って怪我とかすぐに治っちゃうのよね……もしかしたら、それを物珍しそうに見ているのかもしれない……。
「はぁはぁ……み、見ないで、よ……見世物じゃ、ないのよ……」
口の中には血の味がまだ少し残るものの唇そのものの噛まれた痛みというものはだいぶ治まってきた。あ、いや噛まれたじくじくとした痛みはまだ続いているのだけれど……きっと噛まれた傷というものも綺麗さっぱり無くなっているんだと思う。
それがよほど珍しかったのか、片手を私の口元に添えるとふにふに、と唇を触ってくる。さきほどの口付けは野蛮以外の何物でも無かったくせに、こういう触り方をされるとどうしてもアーロンを思い出してしまって(実際に目の前にいるのはアーロンそのものなのだけれど)早く元に戻ってよ!としか考えることができない。
「!……傷が……は、はは……そうか、ここに、いたのか……ぅっ……くっ……ハァハァ……ッ……」
ふえ?っと思ったときには、アーロンは気を失ったのかドサリと私の上……ではなく、私のすぐ横に倒れ込んでしまった。すると高熱で魘されているアーロンそのもの、荒い呼吸を繰り返している様子に目を丸くすることしか出来なかった。なにやら呟いていたみたいだったけれど、こっちはそれどころじゃない!危うく……お、襲われ掛けたっていうんじゃないだろうか……それに、私のことを全然分かっていなかった……。まさかアーロンって二重人格?ってわけでもなさそう、よね……。
私は、少しだけ口付けの名残りがある唇を何となくごしごしと擦り、床にぶっ倒れてしまったアーロンの体に苦戦しながらなんとか……なんとか、よっこいしょ!といった状態で、ベッドに戻すことが出来た。改めて気を失った人間を引きずりながらもベッドまで運ぶ大変さがよくよく分かった。
アーロンは、また寝付いてしまったらしく何度か声を掛けたものの起きる様子が見られない。
せっかく用意してもらったスープも冷めてしまった……まあ、冷めても食べられるモノだとは思うけれど、ちょっと勿体無い……。
「な、んだったのよ……っ……最悪……っ……」
じわり、と浮かびそうになる涙は何の涙なのか自分でもよく分からず、なんとなくここで泣いてしまうのも悔しくて、涙としてポロリと流れ落ちてしまう前にごしごしと目元を擦り、泣くことだけはなんとか耐えるのだった。
およよ?アーロンの謎!(キラーン!)なにかと謎な部分が多い?この世界観!そしてキャラクターたち!いろいろと紐解いて楽しく過ごしていきましょう!そして、王子様よ、早く良くなってぇぇぇ!!!
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