七十一話 アーロンの熱
お医者様が言うには、魔力所持者が罹る病らしい。
そんなモノがあるの!?
というか、魔力が強ければ強いほどに熱は高く、状態は長続きするらしいから……アーロンの看病をしてあげなきゃ!
時折、アーロンの額に乗せているタオルを取っては、再び冷たい水に濡らしてキツク水気を絞るとまたアーロンの額に乗せてあげる。
相当な高熱が出ているらしく、アーロンの頬は普段からでは信じられないほどに赤らんでいる。呼吸も普段なら聞こえないぐらいに小さな呼吸音のはずが、今ではちょっと耳をすませれば『ハァハァ……』と言っているのが分かるほど。
でも、たまにはこうして具合悪くなってもらうのも有りかしら?だって、アーロンって一日中……同じ作業を黙々とこなしているものね。まあ、そうしなければならない理由があるんだけれど……きっと王様や王妃様たちも具合を悪くしているんでしょうね。ちょっとは、これを機会に大人しくしていてもらいたい。弟のフランのことも心配だが、アーロンのそばを離れるわけにもいかないし……困ったものね。
なんだかんだアーロンの様子を見ていたらあっという間に夜を迎えてしまった。私なんて夕飯なんてそっちのけでアーロンに付きっ切りで過ごしていたから、たまたま窓の外から見た景色が暗くなっていたので『もう夜!?』とようやく時間を確認して一人びっくりしていたものだ。
「……明日になったら少しは熱が引くのかしら……それとも、こんな状態がしばらく続くのかしら……」
お医者様は、魔力が強ければ強いほどに症状は重く、長く続くと言っていた。つまり、魔力が強いであろうアーロンは高熱もこの状態もしばらくは続くって予想がつくみたい。
こうして看病するのは別に苦じゃないのだけれど、目の前でこんなに高熱にうなされている姿をじっと見ていることしか出来ないというのはなんとも……自分が情けなくなってしまう。
夜……あ、そうか。
熱があってもちょっとしたモノは食べられるかしら?えーっと、この世界での病人食……もちろん食べやすいモノとかが良いと思うんだけれど……。と考えていると不意にアーロンの部屋のドアをノックする者が来た。
「……はい。って、ラウル?」
「あ、レン!……お医者様から話を聞きまして……殿下のご様子は?」
「酷い熱みたい。……取り敢えず休ませていることしか出来ないのだけれど……そう言えば、フランってどうしているか知っている?」
「フラン様も似たような感じです。サイモン様がそばにいて様子を見ている感じですが……レンは、食事はとられましたか?」
様子を見に行くことが出来ないフランの様子をラウルから聞くことが出来たが、やはりアーロンとそれほど違いは無さそうで、熱に苦しんでいるといった様子だった。……心配ね……。
「あ、いえ……つい、看病に気を取られてしまっていたから食事をすることも忘れてしまったみたい。それより、帝国だと具合が悪い人にオススメな食べ物とかってあるのかしら?病人食みたいなモノ」
「病人食、ですか……スープのようなモノがありますね。あとは、果物を多めに食べさせることが多いのですが……ご用意しますか?」
「ごめんなさい、ラウルも忙しいでしょうに。……その、急ぎではないので、お願いできますか?」
「もちろんです!私にお任せください」
ラウルを都合の良いように使わせてしまって大変申し訳ないのだけれど、アーロンの近くから離れるといつ起き上がるか分かったものではないため(今までも何度か起き上がりかけてはふらふらと出歩いて行こうとするものだから慌ててベッドに引きずり込んだことがある)そばを離れることが出来ない。しかも言葉を掛けても、夢でも見ているのか意識もここにあるのか怪しい感じで、何事かをぶつぶつと呟いているばかりで会話らしい会話さえもままならない状態なのだ。かなり重症っていう感じじゃない?
これは一人にさせたら何をしでかすか分かったものではない。
時間を忘れて看病をするのは別に苦じゃない。いつもならこれぐらいの時間なら既に夕食を済ませている頃だと思うけれど、アーロンが苦しそうにしているなかで一人悠々と食事をする気になんてならなかった。別に空腹とかも感じていないから別に一食や二食ぐらい食べなくたって平気よ、たぶん……。
小走りで病人食らしきモノと果物やらを用意してくれるらしいラウルを見送ると私は再びアーロンが横になっているベッドの近くへ。タオルを冷やしても冷やしてもすぐに生温かくなってしまうタオルに、アーロンがどれだけ高熱を出しているかが伝わってくる。何度か手の平をアーロンの額に当てるものの、熱に変化らしい変化が起きている感じはしない。
「……もう、これだけ私が看病しているんだから……愛の力とやらで、さっさと治してくださいよ……」
自分でもバカみたいなことを言っている自覚はあるものの、さすがにコレだけの高熱が出ていると心配になってしまう。まさか熱の出すぎで死んじゃうようなことにはならないと思うが、それでも高熱が出て意識が朦朧として、そのまま……何かが起きてしまうなんてこともあるんじゃないだろうか……。
そんなの、嫌なんだから……。せっかく、私たちは許嫁になったんですよ?それなのに、こんな大切な日を終えたばかりで具合を悪くしてしまうなんて……バカなんですか、あなたは……。
「……この世界にも冷えピタみたいなモノがあれば良いのに……エマさんにお願いすれば作ってくれるかしら?」
アーロンが潜り込んでいる布団……っていうか、シーツ?の上からポンポンと胸元辺りを優しくトントンと叩いてあげると『うぅ……っ……』と何事かを呟き、洩らすアーロン。夢とか見ているのかしら……でも、悪夢とか見ていたら最悪よね……どうか、少しでも良い夢が見られますように……。
こういうとき、よく異世界にやってきた女の子っていうのは不思議な力を持っていて、癒しの術とかを使えることがあるってたびたび異世界モノにハマっている女の子から聞くことはあるのだけれど、残念ながら私にはそんな力は無さそう……。こんなことなら、神様にお願いして、特別に何でも癒すことが出来てしまう術でも付け加えてもらえば良かったかしら……?
「……っ……レ、ン……っ……」
アーロンの呟きに、ハッと慌てて顔をアーロンに向けるものの起きてはいない……みたい?え、なに、今の……寝言ってこと?でも、寝言にしては凄い苦しそうなんだけれど……。端正な顔はすっかり歪んでしまっているし、王子様オーラなんて今全然見られなくなってしまっているじゃない。
「バカですね……夢で、私なんて見ていてもきっと触れられないんですよ?だったらさっさと熱を冷まして、さっさと私に触れてください……私は、ここにいるんですから……」
さすがに苦しそうな息を洩らしている病人にキスをするなんて考えは思いつかなかったから、アーロンの赤らんでいる頬にチュッと軽く口付けを落とした。少しでもアーロンの熱が冷めますように、と願いを掛けながら。
少し時間が経ってからラウルが用意してくれたスープ……(えーっと、これは現代で言うところの水分が多めなお粥って感じかしら?)と果物に感謝しつつ、とーっても申し訳無いがアーロンを起こすところから始めることになった。
寝ているせいか、それとも熱のせいか、いくら話し掛けても目は開けてくれるがぼんやりと何処を見ているか分からないような目で、何度か話し掛けた末にやっと私の存在に気が付いてくれたようだったからなんとか上半身だけでも起こしてもらうことが出来た。
「……ラウルが用意してくれたんです。スープ状になっているので、少しは口にしないと。あとは果物になりますが少しでも栄養を摂った方が良いですよ」
「…………」
「……アーロン?……えっと、食べられますか?」
汗が凄いな……。
額周辺をタオルで拭ってあげるものの、ぽつぽつと浮かんでくる汗に水分もとらせないとまずいかもしれない、と考える。
一応、トレーの上にスープが入った器とスプーンをベッド脇に置くもののアーロンの手は動く気配が無い。……起きては、いる。が、反応してくれない……?夢でも見ているような気分にでもなっているんだろうか?
まさかの超重症!?ど、どうしよう、どうしよう……高熱なんて、出る体験はしたことがあっても看病なんてそんなに経験出来るものじゃないですよね!?栄養やら水分やらもとらせないと!でも、寝ているところを起こすのも悪い気が……ど、どうすれば……(汗)
良ければ『ブックマーク』や『評価』などをしていただけると嬉しいです!もちろん全ての読者様には愛と感謝をお届けしていきますよ!