六十三話 私だけ緊張するのは悔しいわ
途中、モニカ様に会ったのだけれどアーロンお得意のお言葉によってモニカ様は悔しそうに去って行った。
邪魔は……入らないだろうか。
「一応、お母様とお父様なのですから……招待ぐらいはしても良かったのではありませんか?」
「形だけでも、というヤツか?せっかくのレンの美しい姿が汚れる。……だいたい城下町での催しに興味があると思うか?いらん、呼ばん、目障りだ」
うわー……そ、そこまで言っちゃう?一応、育ての親ってヤツにあたると思うのだけれど、そこまで言っちゃうかー……。まあ、そこまで言うからにはアーロンも思うところがあると思うのだけれど、私の姿を視界に入れたときのモニカ様……一瞬、私が誰か分からないような顔をしていなかったかしら?こんな恰好、ヘアセットも含めて普段はしないものね。自分でも何処のお姫様かしら?って思っちゃったぐらいだし。悔しかったのか、自分にもそんな美しさが欲しいとでも思ったのかしら。でも、誰だって老いるもの。昔のモニカ様だって綺麗だったんじゃないかしら。
「レン、殿下。そろそろ行きましょうか」
給仕役のラウルは全然緊張していないの!?私ですら、緊張して胸がドキドキしまくっているというのに、いくら後方支援という役とは言え、普段と全然変わらないのよね。アーロンも。一応、挨拶をするのだけれどアーロンはこれぐらい、なんてことないと考えているのかしら。
「フラン様やラインハルト隊長たちは先に向かっています」
「よし。……では、行くとしようか。レン……お前が『豊穣の女神』だとかは関係無く、俺はお前に惚れているよ。それを帝国中に教えてやるとしよう」
一般的な女性ならば、ここでキャアキャア言うのかもしれないけれど……私はその言葉の後にニヤリと意地悪く笑ったアーロンの表情の方に胸をドキドキさせてしまった。
さすがに城から城下町の広場まで歩いて行くとなるとそれなりにかかる。ましてや今日は派手な衣装を着ているものだから上手く歩けないかもしれない。そのためきちんと馬車は用意してくれていた。さすがラウルね!あ、もしかしてアーロンが準備していたのかしら。
最初の一台目にアーロンが、そして後方から向かう二台目に私とラウルが乗り込むことになった。一緒に乗っちゃえば?と思ったのだけれど主に私の衣装が豪勢なものだから一台に三人も乗り込むのは少々大変なことになるらしい。
「レン。……大丈夫ですか?」
ラウルもまるで紳士ね!丁寧に私が乗り込むまで待機してくれているし、すかさず手を差し出してはエスコートをしてくれようとしてくれている。
「は、はい。ありがとうございます……」
きちんとラウルも乗り込んだところで馬車は城下町へと向かって行った。先を走るアーロンの乗った馬車を追うように。な、なんだかドキドキがさらに増してきたような……な、なんで私がこんなに緊張しているのよ!?
「レン?もしかして緊張しているのですか?」
「そ、そうかもしれない……変よね。きっとアーロンの方が緊張していると思うのに……」
ラウルは優しく微笑みかけてくれると顔を左右に振った。
「変なことではありません。私も、それに殿下も……帝国の皆様に顔を出すのですから緊張しないはずがありませんよ。でも、緊張よりも今はレンと殿下のお二人の晴れ舞台をこれから見られるのかと思うと凄く嬉しいんです。だって、控えにいる誰よりも私が一番近くでお二人のことを見ていられるのですから」
はわー……ラウルって、言葉でさらりと人の心を奪っちゃうタイプなのね!今の言葉だけでも私、いろいろな意味でドキドキしちゃったもの。それにそこら辺の男よりもよっぽど男らしくて恰好良いじゃない!さすがラウルね!
「あ、ありがとう……ラウル……」
「はい!」
少し走ったところで馬車は止まった。もちろんアーロンの馬車は先に到着していたから馬車の中からそっと窓の外を見て、様子を伺っていたのかもしれない。城下町はすっかりお祭り騒ぎだ。いいわね!こういうの!嫌いじゃないわよ!でも、このなかで挨拶かー……軽すぎてもいけないし、重すぎてもいけない……なかなかに難しいわね。
「!準備が出来たようです。私が先に降りますので、レンは後から……」
「は、はい!」
コンコン、とドアが叩かれる合図でもしたのだろう。それに気付いたラウルが席から立ち上がるとそっとドアを開けて軽く周囲を見渡してから馬車から降りて行った。そして、私に向かって片手を差し出しながら待ってくれている。……やっぱり紳士だわ!
豪華なドレスは素敵だけれど少々動きにくいところが、ほんの少しばかり大変ね。でもこのドレスに恥じないように今日という日をしっかりと迎えていかなくちゃ!帝国の市民の皆さんたちは既に広場に集まっていたり、近くの露店などから『これから何がはじまるんだ?』『あれって王子が使える馬車だよな!王家のマークが入ってる!』とザワめきだした。深呼吸!深呼吸よ!大丈夫、何も変なことをするわけじゃないんだもの!
『はいはい!みんな、落ち着いて!騒ぎたい気持ちは私もよぉーっく分かるよ!でも、これから第一王子様から大切な話があるからねぇ!みんな、しっかりと聞くよぉーに!!』
この声は、エマさん!?エマさんって城下町では雑貨屋という名の、何でも屋さんみたいなお店を開いているけれど、実際は城下町でリーダー的な存在でもあったりするんじゃないかしら。だってエマさんが一声掛けるだけでザワザワしていた民衆も、途端に静かになっちゃったものね……凄いわ!
『さぁさぁ!お待ちかね!第一王子、アーロン殿下のご登場だよぉー!!!』
既に馬車から降り、軽く身なりと整えていたアーロン。もしかして何度も身なりを整えていたのは、アーロンなりに緊張していた気持ちを和らげていたのかも?ふふっ、そう考えると何度も何度も鏡の前でスカーフやタイを整えていたのも分かるわね。緊張……私だけじゃなかったんだわ!
ちょっとした壇上が作られている場にアーロンが上がると途端に民衆たちから上がるのは女性たちの悲鳴にも似た声。『アーロン様ぁぁぁ!!!』『キャァァァ、今日も素敵ぃぃぃ!!』『また一緒にお出掛けしましょうよぉ!!!』と、人それぞれ。はは、さすがアーロン。おモテな男は大変ですね……。
私も壇上に、と思っていたけれどラウルから『もうしばらくお待ちください』との合図があった。どうやら登場する場面にもこだわりがあるみたい。
「皆さん、今日はお忙しいなかお集まりいただきありがとうございます!第一王子のアーロン・ディランです。今日は、皆さまにお知らせ、この帝国に住んでいるからこそ市民の皆さまにお知らせしたいことがあり、このような催しを準備させていただきました。……さ、こちらへ……』
アーロンからの合図が出た!ラウルも『ゆっくりで構いません。足元にお気をつけながら殿下の隣へ……』と声を掛けられるものだから足元に注意しつつ、壇上に上がると再び民衆たちはざわつく。『……綺麗ねぇ……』『一体、どこのお姫様かしら?』『あら、でも銀髪よ?銀髪って……』とざわざわするなか、私はアーロンの隣へと並んだ。ラウルは私のドレスの裾を持ってくれているので私の背後に控えている形になっている。
「こちらの女性と、私……アーロン・ディランは許嫁となることを決定しました。ただ、許嫁になるだけならこのような催しはしていません。私は……今の王と王妃には即日退去していただき、私が王として帝国を、みなさんの生活を支えていきたいと考えています。そのために、彼女と許嫁になることを決めました。ご覧の通り、彼女の髪色は銀髪。皆さんは『豊穣の女神』伝説を聞いたことはありますでしょうか?その女神がいるとき、世は豊かになると言われています。ですが、私は『豊穣の女神』だから彼女を許嫁に選んだわけではありません。彼女という一人の女性に心惹かれて、この人と一緒に国を支えたいと思ったので許嫁に選んだのです!どうか、皆さん……これからも同じ国に住まう人間として共に支え合って生きていきましょう!」
アーロンの言葉は多くの民衆の心に響いたらしい。それも、思っていた以上に。そして私の容姿に『本当に伝説の女神様が存在するなんて!』と驚く人もいれば、『アーロン様に許嫁が……うぅっ……』と泣き出してしまう人も。
私は軽くドレスの裾を持ち上げて会釈をするとアーロンのように立派な挨拶は出来ないなぁと思いながら口を開いていったのだった。
ラウルは絶対、宝〇の男役に似合いそうですよね!
そして、アーロンは堂々と挨拶ができました!さて、レンはどのような挨拶をするのか!?
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