六十話 美味しく食べる方法とは!?
とある日、エマさんがお城にやってきた。
でも、とんでもなく慌てた様子だったのよね。
バタバタバタ……
ガチャンバタン!!
な、何の音?とソファーに座って居眠りをしているオリーブの頭を優しく撫でていると、いきなりノックも無しに開いたアーロンの仕事部屋のドア。そこには、呼吸を乱して急いで来たらしいエマさんの姿があった。
「え、エマさん?」
「あぁ、お嬢さん!お久しぶりだねぇ~。というかアーロンは何処だい!?」
私には、商売人のスマイルよろしく笑顔で挨拶を向けてくれるものの、途端に一変してアーロンの姿を求めるエマさん。一体何があったのだろうか。
「私なら、ここですが……って、エマ?どうしました?そんな慌てて」
珍しいことにアーロンが紅茶を淹れてくれるということで楽しみにソファーに座って待っていたのだけれど、ちょうどドアからは死角になっているところにいたアーロンはすぐには気が付かなかったようで、きょとんとしながらエマさんに歩み寄って行った。
「どうしたなんてもんじゃないよ!アンタ、今までどれだけの女を泣かせて来たんだぃ!?城下町の女たちがこぞってアーロンの許嫁って誰よ!?ちょっとこっちへ連れて来なさい!まさか、アンタじゃないでしょうね!!……って感じで大騒ぎになっちまっているんだよ!」
うわー……ってか、それってつまりアーロンが多かれ少なかれ手を出していた女性たちってこと……?なによ、この前までは女性付き合いなんて全然無さそうな感じだったくせに、モテまくっていたってこと!?しかも何人もの女性たちが集まっているってことは隠れながら複数の女性たちとの付き合いをしていたってことなんじゃ……。
私は、アーロンに掛けてあげる言葉なんて一つも見つからず、ただじぃーっとアーロンを見つめることしかできなかった。
「い、いえ!それは……レン!決して誤解しないように!……くっ、俺が王子だといつ気付いたんだ……だいたい俺が王子だと気付いた女はそれ相応の処分を受けさせてきたはず……」
「アーロン?一体、どんな付き合いをしてきたのか、教えてもらおうじゃないかぁ。ちょうどここには許嫁のお嬢さんもいることだしねぇ?」
「えぇ。私もとーっても気になります。アーロン?いい機会ですから、その辺りの話、聞かせてくださいますよね?」
エマさんと私に、じぃーっと見つめられるとアーロンはさすがに根負けしてしまったらしく(特にエマさんには相当頭が上がらないとみた!)、エマさんにもソファーへ促し、アーロンは私の隣へと腰を下ろすと渋々と口を開いていった。
「べ、別にやましい話ってわけではありませんよ。……ただ、私が王子だという身分がバレればそれこそ大騒ぎになるでしょう?ですから、城下町の女性と接触する際には身分を隠しながら軽い食事といったものをしていたのですが……」
「へぇ~?食事ねぇ?それって、アーロンが城下町の女性たちをベッドの上で美味しくいただいちゃったってことじゃないのかぁ~い?」
「ぶはっ!」
エマさんの言葉に思わず、噴き出すのはアーロン。そして、私も思わず咳き込んでしまった。な、な、ベッドの上って……そ、それって……!!
「べ、別に俺だって男ですよ!?女性との交際があったっておかしくはない年頃でしょう!?むしろ女性付き合いが全く無いという男の方が問題なのではありませんか!?」
アーロンは凄い剣幕で、急いで口を動かし、早口言葉を言うみたいにしてエマさんに口答えしていく。ま、まあ……えっと、その男性の女性付き合いにあれこれと口を出すのもどうかと思うのだけれど……それにしたってエマさんの言い方!ここには私もいるんですよ!?もうちょっとオブラートに包んだ言い方とかは出来ないんですかね!?
「はは~ん、その言い方だと。帝国の女たちのほとんどはアーロンに美味しくいただかれちゃってた……ってことかぃ。まーったく、とんだ男だね!!」
エマさんからの叱咤にすっかり委縮してしまったアーロンだが、こればかりはどう慰めの言葉を掛けてあげるべきなのかが分からない。別に一人二人ぐらいの交際なら普通のことよね……ぐらいに考えていたのだけれど、まさか本当に帝国にいる女性たちのほとんどがアーロンと関係があったってこと!?
が、我慢よ!私!むしろ正式に許嫁になる前に分かって良かったじゃない。これが後になってから判明していたらもっとショックだったかもしれないでしょう!?
怒りだろうか、それともアーロンのことを情けなく思ってしまったからか、ぷるぷると震える肩、そしてドレス生地をぎゅっと握りしめる私に、ぎょっと目を丸くしていたのは隣に座っているアーロンだった。
「れ、レン……?い、いえ、あの、エマだって大袈裟に言っているだけで私だって目に付いた女性なら誰でも手を出していたわけでは……」
「し、知りません!やっぱり私、アーロンと許嫁になんかなりません!!」
ソファーからオリーブを抱えてスクッと立ち上がった私はアーロンを見下ろしながらバシッとキツイお言葉をつげてやった。するとエマさんはここぞとばかりに大笑いしはじめてしまった。逆にアーロンは絶望を突き付けられたかのように顔を青くしてしまっている。
「ちょ、ま……エマ!あまり余計なことは言わないでください!私はレンだからこそ許嫁になりたいと考えたから貴女に手紙を飛ばしたのですよ!だいたい何年も昔の話を持ち出してこないでください!」
「ははは!いやいや、お嬢さんは面白いねぇ!うんうん。でも、アーロン。いくら若い時の話だからってお嬢さんにはしっかりと話しておいたほうが良いと思うよぉ?あぁ、そうそう。アーロンに言われた通りに城下町にはアーロンの許嫁が決定したってことは広めておいたさ。けれど、やっぱりアーロンを狙っていた女性だって少なくないんだからねぇ?しっかりとお嬢さんを守ってあげるんだよぉ?」
私はたまらずにアーロンの仕事部屋から出て……誰でも良いから泣きついてやろうとも考えていたのだけれど、エマさんに『まあまあ』と促されてソファーに戻されてしまった。確かにちょーっとだけアーロンの女遊びというものはあったらしいのだが、それはもう何年も昔のことだったらしい。それでも社交界に顔を出せば貴族の独身娘たちからは言い寄られ、城下町に出れば市民の女性たちからも言い寄られ……という状況だったアーロン。それでも男の性は悲しいもので、ほんのちょっとだけ遊びのつもりでお付き合いをしていた女性はいたようだった。そして、今回、アーロンの許嫁が決定したってことで貴族や市民なんてものは関係無く、独身の女性たちはこぞって『誰が許嫁に!?』と騒いでいるそうだ。女性同士が喧嘩……は、さすがに考えたくは無いのだけれど、やはりそうそうにこの件は公表した方が女性たちも諦める良い機会になるだろう。
「で、どうやって公表するつもりなんだぃ?城に招待するのかぃ?国民を?」
「……それ、なのですが……思い切って城下町で、私とレンが二人揃って公表してしまうというのはどうでしょうか」
「「城下町で?」」
「城に招待しようにも一体何人招待することになるのやら……だいたい貴族の女性たちはドレスコードを弁えているかもしれませんが、城下町の市民たちはどうするんです?市民は招かないなんてわけにはいかないでしょう?だったら手っ取り早く私とレンが城下町で、皆さんのところに行って公表してしまうんです」
お城に、見知らぬ人たちがわんさか……それは、大変な光景になるでしょうねえ。それに、一体何人集まるのかしら?国中?もしかしたら国外からも人が来るかも!?そんなことになったらとんでもない数になりそうね……うん、だったら城下町で事を済ませるっていうのは一番楽かもしれないわ。
「私は、その案に賛成します。アーロンは国の皆さんから慕われていますし、私もきちんと挨拶をしたいと考えていましたから」
「ふふ。なら、ちょっとしたお祭り……じゃなくて、広場で行うとしようかねぇ。それなりに準備をしていくことにするよ」
一度は、許嫁にならない!という発言をしてしまった私だけれど……エマさんも口が上手いのか、からかい好きなのか……すっかりアーロンもたじたじになっていたし、でもこういう楽しく過ごせる人間関係を持っているのって良いわね!
え、エマさん……エマさんの言葉に、吹き出さないようお気をつけください!!(汗)
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