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五十六話 夢の中で見たのは……

 なんだか良い夢を見た気がした。

 うなされるような、追いかけられるような夢でもなく、温かなモノに包まれるような夢。

 アレは、小さなときに失った母親だったのだろうか……。

 いつから睡眠薬を服用するようになったか、なんてそんなこと昔過ぎていつから飲みはじめたかなんて忘れてしまった。気が付いたときには、本来ならば王が担うであろう仕事を俺が率先しておこなうようになり、毎日、見るのもうんざりするような書類の山との格闘。たまに、余裕があるときには古い付き合いになっているラインハルトに書類の目を通すような作業を任せることもしていた。一日中、ずっと仕事部屋で過ごすことも珍しくなくなっていた頃、とうとう俺の体が悲鳴を上げはじめたらしい。体は仕事をしていて、頭も使っているから疲弊を感じているはず。それなのに、いくらベッドに潜り込んでも、寝転がっても眠気が襲ってこなくなってしまった。最初は、眠れないときなんてたまにあるだろうと軽く考えていたものだったが、それが二日、三日……と続くうちに、眠りたい気持ちはあるのに眠れない体という状態に陥ってしまっているのだと気付いた。寝不足で次の日の仕事に支障が出たら、それこそ帝国の政が滞ってしまう。そう考えた俺は城下町で店を営んでいるエマをたずねることにしたのだ。

 エマの店は、雑貨屋。取り敢えず困ったことがあれば彼女の店に行けばたいていのものならば用意してもらえる。食材からちょっとした変わったモノ。小さな装飾品や雑貨といったモノ。エマが城下町のみんなから好かれているところも大したモノだが、エマもいろいろな材料さえ持ち込んでいけば彼女がみずから薬を用意してくれたり、健康につながる商品のようなモノも扱うらしい。他国の珍しい品、なかなか帝国にも多くは流通していないだろう品物までもエマの口利きや腕によってお店では買い取ることができているようだ。


「夜、よく眠れる薬のようなものがあれば買い取りたいのだが……」


 本日の書類は、ただ目を通してサインさえしていけば良いものばかり。取り敢えずラインハルトを捕まえて、俺の代わりに仕事部屋に置いてきた。普段しないデスクワークというものに苦戦しているかもしれないが、『後日、馬の世話でもしてやろう』と約束することで簡単にラインハルトを落とすことができた。ラインハルトも馬は好きだし、当然毎日のように世話は欠かせない。騎士団長だからといってその辺は抜かりはないという。

 そして俺は、王子の正装からラフなシャツとパンツスタイル。一応、何か物騒なことにでも巻き込まれたら大変なので、腰元には愛用の剣を備えて城下町に降りた。弟のフランは最近、何か良いことでもあったのか城下町にたびたび足を運んで一日中過ごすようになってきている。ちょっと前までは城の自分の部屋ばかりにいて過ごすようなヤツだったはずだが、外に出て活動的になってくれたことには兄ながら嬉しく思っている。

 俺がどんな恰好をしようとも俺が王子であることを見抜いてくる城下町の人間たちはそう少なくは無い。が、誰もが城下町、この帝国での暮らしを満喫しているらしく俺と顔が合えば礼や感謝ばかりを口にしてくる。だが、城下町ではここのところ貧困層の問題が起きてきているらしい。彼らは決まって夜間に人気ひとけの無い店や家に忍び込んで物盗りをしているそうだ。まったく、帝国も物騒になってきたものだ。こんな帝国の城下町の様子を、きっと王や王妃たちは知らないんだろう。毎日のように飽きることもなく贅沢に、ゆったりとした時間ばかりをおくっている。本来ならば王に仕事をしてもらいたいのだが、あんな男に仕事を任せれば帝国はたちまち終わりだろう。だから俺が担っているのだ。


「おやおや。これは、王子様じゃないか~って、こっちじゃアーロンの方が良いんだっけねぇ?薬かい?城にも医師や薬師みたいなモンはいるんじゃないのかい?」


 エマは、ちょっとからかい気味に『王子様』と呼んでくるが、名で呼んでもらう方が気が楽で良い。エマは情報通でもあり、帝国内だけで起こっていることだけではなく近隣の国事情ぐらいならば彼女の耳にもすぐに入ってしまうらしい。一体、どんな人間関係があるんだか謎だ。


「……城にも専属の医師がいる。が、どうせ睡眠薬のようなものを頼んだとしても飲みすぎには注意とかって言って大した量は貰えないだろう。下手をすれば全く効果のあらわれないプラセボでも飲ませられるに決まっているさ」


「あはは!そりゃあ困ったねぇ~。うんうん、睡眠薬程度のものならある程度の量をまとめて用意できるよ~。もちろん用法用量は守ってもらう必要があるんだけれど、アーロンならその心配は無さそうだしねぇ?」


「当たり前だろう。次の日も眠くなるほど飲んだら仕事が出来なくなる」


「はいはい。アーロンは本当に……いや、アーロンがいるからこの帝国がまとまっているんだったねぇ。感謝しないと」


 エマは、俺の……俺の、というか、現王と王妃の事情というものも知っているらしい。そして俺やフランとの血の繋がりが無いということも。何処からそんな情報が流れたのか分からなかったが、エマは他の住人たちはそんなこと知っているはずがないって~、と笑っていたが、ならなぜエマの耳には入ってしまったんだろうか。……やはり、謎な女だ。


 そして、巷に流通しているものではなく、エマが調合してくれた薬(見た目は普通の錠剤なのだが)を袋いっぱいに詰めてくれた。もちろんある程度まとまった金を用意してきていたのでその場で支払いを済ませた。


「まーた、どうぞ~!」


「あぁ、悪いな」


 エマが調合してくれた薬は、それはそれは良く効いた。飲みはじめた頃は、服用するとすぐに眠気が襲ってきたものだから慌ててベッドに潜り込んだことさえあった。途中で目が覚めてしまうこともなく、朝までぐっすりと眠ることができる薬を、すっかり頼ってしまう日々が続いた。仕事で大変な日々でも、仕事の書類が少なめで、いつもよりもゆっくりとお茶を飲む機会に恵まれて過ごしているような日でも、夜には決まって薬を服用するようになった。別に、エマに言われた通り、用法用量はきちんと守っている。でも、毎日のように王子が睡眠薬に頼って寝ているだなんて世に知られたらどう思われるだろうか……両親たちは、少しは心配してくれるだろうか……いや、それだけは無いだろうな。


 少し前までは顔色も悪く見えていたんだろう。ラインハルトやラウルにまで心配されていたものだが、エマの薬を服用しはじめてからはみるみるうちに顔色は良くなったため、周囲から心配されるような視線も無くなったようだ。よし、これでまた仕事に集中することができる。




「…………あたたかい……」


 なんだか、懐かしい夢を見たような……いや、あれは昔に起きたことだったか。急に眠れなくなるときがきて、エマに頼んだのだった。急に顔を出してもエマは追い払うようなことはせず、俺の要求に応えてくれて、それはそれは良い薬を売ってくれたのだった。今も服用は続けているし、在庫が残り少なくなればまたお忍びで城を出て城下町へ行き、エマの店を訪れていた。


 ここは、いつもの自分の部屋。無駄に装飾がされていて、これぞ王子の部屋!と思うかもしれないが、この部屋で、このベッドで寝ようとすると落ち着かない。誰が用意したのか知らないが、どうせあのろくでもない王と王妃が用意した部屋だったんだろう。

 が、昨晩からはこの無駄に豪華につくられている部屋にもこのベッドにも、落ち着く存在が追加された。レンとオリーブだ。レンがモニカの手によって帝国から離れたとき、毎日のように服用を続けていた薬を飲んでもしばらくは寝た気がしなくて、さらには生きた心地というものも感じられなくて周囲には少々冷たくあしらってしまったことも一度や二度……あったかもしれない。もちろん後で詫びは入れた。

 再び帝国に戻ってきてくれた、レン。そしてオリーブという小さな竜の存在は、俺だけではなく、みんなの心も穏やかなものにさせてくれているらしい。レンは少し……いや、だいぶ男の視線も集めることがあるので腸が煮えくり返ることもあるが今のところ大きな心で、視線だけで牽制している。本当に、戻って来てくれて良かった……。

 ちょいとばかし早めに目が覚めた王子様。夢でみたのは、過去、実際に起きていたこと。城の中にこもって仕事をしまくる毎日……そんなんだから何も起こらないはずがない!やはり頼るのは、事情をよく知る者。エマは調合もできるの!?結構、何でも屋さん的なところもあるので(以前染髪料も用意していましたし)薬ぐらいだったらお茶の子さいさいかもしれませんね!


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