五十二話 アーロンの本性はネジが飛んでませんか?
唇を離したときには、お互いに顔も熱っぽく火照っていて、それはそれは……アーロンが色っぽかった!
下手したら女である私よりも色っぽかったと思う!!
……ちょっと悔しい。
「……ん?なんか、不思議そうな顔をしているが、どうした?」
まだ息が整わない私は片手を口に抑えながら『はぁはぁ』と息を荒げていたのだけれど、下からアーロンの顔を見上げるとそこには頬がわずかに赤らみ、なんとも色っぽくなってしまっている王子様の姿が!ちょ、普段のキラキラ王子様は何処に行っちゃったわけ!?今は、なんか……怪しいお店とかで働いている人みたいに見えるのだけれど!!
「い、いえ……別に……」
「ふぅん?」
このままアーロンの顔なんて見ていられないわ!と、視線を反らすもののおでこに、前髪越しにチュッと唇を落としてくるアーロン。わわわわ!な、なんか、変よ!アーロンが違う人間になってしまったかのようで、混乱しちゃうわ!慌てておでこにも片手を抑えながら目を丸くしてアーロンを見返すと意地悪っぽくニッと笑ってくるばかり。そ、そういう笑い方も……良いわね……ちょっと悪そうで……。
「……さて、凄く……ものすごーく、残念だが……話の続きでもするか……。……起き上がれるか?」
「も、もちろんです!」
ソファーの座っている部分と、背もたれ部分に手をかけながら、やっとのことで上半身を起こす私を見て『ぷっ……』と噴き出した笑いを私は聞き逃さなかったわよ。じろり、と笑いの発信者であるアーロンを見れば、それはそれは楽しそうに肩を震わせて笑っていた。
「……笑いたいなら、どうぞ、思いっきり笑ってくださって良いんですが……」
「いや、それは……ははっ、悪い。レンは、見ていて飽きないなと思って……つい……ふふっ……」
「まったく……アーロン。ほら、こちらに座って。……話の続きをするんでしょう?」
そう言いながら私は、自分の隣のスペースをぽんぽんと叩いてアーロンが座るのを促した。アーロンの手によって床に降ろされてしまったオリーブは再び私の膝の上に乗せてあげている。
小さく咳払いをしつつ、笑いを抑えたらしいアーロンは私の隣に座ると途端に無言になった。真剣な表情をしているし、何処から、何を話そうか……と考えているのかもしれない。
「……あの、私が許嫁になれば、何が変わるんでしょうか?」
「ああ、悪い。今晩、レンと一緒に寝るにはどのようにして寝ようかと考えていた」
この……っ、人はーっ!!!
何を真剣に考えているかと思えば、そんなことを考えていたのか!!あなたって人はーっ!!!
「……い、一緒に……寝るのですか?」
「許嫁なんだろう?別に、それぐらいは許される……と思う」
相変わらず口元に片手を添えて恰好良く決めポーズを取っているから何も知らない人からすれば国の将来について考えているのかしら?と思うかもしれない。でも、違った。
「……な、何もしないなら……ご一緒しても、構いませんが……」
「は?……なるべく、善処する……」
一瞬、不機嫌そうな声を聞いた気がしたが、しぶしぶといった様子で言葉を追加してくれたので、きっと何かしてくることはないだろう。……良かったような、残念なような……いやいや、残念って何を考えているのよ!私!!
「それで……あー……何処まで話したか分からなくなった。……くそ、レンがあんな顔をしてくるから夢中になってしまった……」
あ、アーロンさん?
なんだか、ネジの一本か二本……ぶっ飛んでませんか?なんだか、普段のしっかりしたアーロンらしさのようなものが欠けてしまっているように思えた。でも、これがアーロンの素なのかな。そう思うと、素の自分を出してくれていることに悪い気にはならなかった。
「……取り敢えず、許嫁になるという話だったかと思いますけれど……」
「そうか。……許嫁は、貴族同士であればだいたい親が話し合って将来を約束していくようなものだ。が、レンは親はいないようだし、俺の親も……あんな奴らだからな……別に今更、あの二人に顔など見せなくても良いだろう。だいたい、この城で一緒に住んでいる時点で許嫁になったようなものだしな」
「……だって、最初は働きながら住める場所を探したかったのですが、それが出来なくて……」
「それに、これからは俺の部屋で夜を共にしていくようだし……」
「は?」
「同じ部屋で寝泊まりするんだろう?同じことだろうが」
えー……それって、同じことなのかな。
疑問に思って首を傾げながら唸っているとぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。
「許嫁になったからアレをしなくちゃいけない、コレをしなきゃいけないなんてことは特に無い。そして、俺が考えていることは今の王と王妃を一日でも早くその座から退かせることだ。……そのためには、最悪、この手をアイツらの血で染めることだって考えている」
自分の手のひらを見つめるアーロンの言ったことを察した私は、慌ててアーロンの両手をぎゅっと握った。
「それだけは、やめてください!」
「……なぜ?」
「なぜって……」
「俺の両親は、アイツらに殺された。もしかしたらレンの両親だって、アイツらの下した命令がかかった夜盗に襲われたのかもしれないが」
そんな……殺されたから、だから自分も同じ目に遭わせてやる……だなんて考えはいけないと思う。私は、世界平和を考えているのだもの。一番近い所にいる人に、平和から遠のいてしまう行為を許すわけにはいかないわ!
「……アーロンは優しいから、きっと後になって傷付くのはアーロンだと思います」
「俺が?」
「はい……」
目を丸くするアーロンだったが、おもむろに天井を見上げていくとそっと瞼を閉じていった。私は横でそんな様子を見ているしかできなかったけれど、頭の中で今の王と王妃を自分の手にかけている所でも想像しているかもしれない。
数十秒か、数分か……少し経ってからぱちっと目を開いたアーロンは私と目を合わすと口端を上げて笑った。
「……まったく想像が出来なかった。が、手にかけるのはあくまで最悪のケースだ。俺だってあの二人がどんなに悪だとしてもそうそう殺して良いだなんて考えていないさ」
ホッ……良かった、その言葉が聞けただけで私は胸を撫でおろすことができた。
でも、王……というよりも王妃様はやけにその地位に執着しているようにも見られた。だからそう易々とはいかないのかもしれない。
「……説得するのは、モニカだけで良い。ユージンは気弱で、モニカの尻に敷かれているようなものだからな。なにか……モニカの弱点になるようなものがあれば……」
モニカ様はやけに『豊穣の女神』の伝承をあれこれと言いながら、私の血を求めていたようだった。永遠の若さだとか、命だとか……本当にそんなものを信じているのかしら?……その伝説を逆手に取ることはできないかしら?
「あの、アーロン。モニカ様は『豊穣の女神』伝説に固執していたような……そんな気がします。その話を使って、上手いこと……こう……できないものかと……」
「ああ、どうせモニカのことだからレンの血でも求めたのだろう?一体どこからそんな話を見聞きしたんだか……だが、それは少し使えるかもしれないな……」
先日、モニカ様から受けた行為を思い出すとぶるっと震えてしまったが、それ以上に、近衛たちにばかり手を汚させていたモニカ様に、私も少しばかりイライラしていた。だったら、この私が体を張って、モニカ様と和解……は、無理ね。いろいろな作り話を『豊穣の女神』伝説に組み込んで慌てさせてみたいものだわ。そうよ、この方法なら、いけるんじゃないかしら!?
主人公は、もしかしたら許嫁やら王妃候補になることよりも、優先事項になったのは現王と王妃を退かせることを第一に考えているのかもしれませんね。あちゃー……そんな簡単に許嫁とか言ってて大丈夫かしら??
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