四十九話 バタバタが微笑ましい幸せ
……あれ、い、いけない!
寝ちゃってた!
いつの間にか場所も止まっているし、って、もう帝国!?
「……あ、おはようございます。レン、よく眠っていたようですね」
「!つ、着いたなら起こしてくだされば良かったのに!」
「え?せっかく気持ち良さそうに眠っているので起こすのは可哀想でしょう?」
ぐっ……い、意地悪だ!
はっ!こ、これはちょっと考え方を変えれば……Sなの!?Sなのよね!?んー、でもやっぱり私は言葉責めをしてもらいたいわ!こう、キツイお言葉でね!
そ、それにしてもアーロンにもたれかかって眠っていただなんて……だ、大丈夫だったかしら……その、涎とか、出ていなかったかしら……。
「さて、改めて。……お帰りなさい、レン」
「え?あ……た、ただいま……で、良いんでしょうか?」
「もちろん」
ニコリとアーロンの王子様スマイル付きで。な、なんだか凄く眩しく感じる。アーロンってこんなに爽やかに笑う人だったかしら?
馬車に降りるときなんか、アーロンがわざわざ手を差し出してエスコートまでしてくれた。片腕にオリーブをしっかり抱えながらアーロンにエスコートされつつお城の中へと入っていくとやけに奥からバタバタ……とした騒がしい声が聞こえてきた。
「んなっ、これは……あなた、なぜ!?」
あー……やっぱりこの騒ぎは王妃様でしたか。あまりあなたの顔は見たくなかったんですけれどね……。するとアーロンが一歩前に出て王妃様と対峙することに。だ、大丈夫よね?まさかギルバートの時と同じように剣を抜いちゃったりしないわよね!?
「只今、戻りました。母上。無事に、レンも一緒ですよ」
アーロンの口調は、とてもとても柔らかな……あ、いや、これはもしかしたらめちゃくちゃ怒っているのかもしれない。そういうときの柔らかい声って腸が煮えくり返っているのよね。普通に怒っているときよりも怖いかもしれないわ。
「……っ、あ~ら、『豊穣の女神』様もご一緒で。……よくご無事でしたこと。何を考えているか分からないけれど、私は王妃の座から退きませんからね!」
そう言うとズカズカと足音をうるさくアーロンと私に背を向けて遠くに行ってしまった王妃様。えーっと……こういうときって、ざまぁ?とか思うものだったりする?でも、相変わらずこの帝国はちょっと頼りのない王様と王妃様が牛耳っているようなものなのよね。アーロンは何か考えでもあるのかしら?
「っ、はは……あんなに慌てた顔、久しぶりに見ましたよ。さ、レン。いつもの部屋に行きましょうか」
「は、はい……」
可笑しそうにアーロンは笑っていた。それはそれは愉快だとでも言いたそうに。ちょっと……ちょっとだけ、怖かった。ギルバートに剣を向けた時よりも背筋がゾッとしてしまうような笑い方をしていた。
私の背に片手をまわして、いつもの……アーロンの仕事部屋へと着いた私は、やっと帰ってきた実感というものを感じてしまってへなへな~と床に座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?疲れでも出ましたか?」
「あ、いえ……安心、したのだと思います」
私がクレイン国に売られていく前と全然変わっていないアーロンの仕事部屋。デスクの上にはどん!と積み上げられている書類の山も変わらない。部屋にあるものも何一つ変わっていないもののように見えたから安心したのかもしれない。
「……すみません。先に部屋に連れて行った方が良かったかもしれませんね。でも、今しばらくは私の目の届くところにいてください……失礼しますよ」
「ぅわ?!」
背中と膝の裏辺りに両手をまわされるとひょいっと抱き上げられてしまった。『お姫様だっこ』というヤツである。この抱き上げられ方って結構怖いのよ!足はブラブラするからバランス取れないし、私の手元にはオリーブもいるから大人しくなるしかない。
私が運ばれたのはソファーの上。やっぱりここのソファーは座り心地が最高ね!
「寝て休んでいても構いませんよ。あぁ、ラウルにお茶でも用意させましょうか。あ、でも……その前に……」
私をソファーに座らせたのに、アーロンは私の上に覆いかぶさってくるものだから逃げ場がない。オリーブだっているのよ、こっちには!あまり近付くとオリーブが押しつぶされちゃうわ!
「コレは……私のもので上書きしておかないと、ね」
「え?」
キラキラ輝くアーロンの金髪を横目に、彼は私の首元に顔を埋めてチュッ、チュッと口付けてきた。
ひぅっ……!思わず変な声が出そうになるのを必死に我慢したのよ!こっちは!
何をされているか分からないのに、リップ音ばかりが耳を刺激して顔に熱が集まるのを感じた。うぅ、まだ終わらないの!?は、恥ずかしくて耐えられないんだけれど!!
最後に私の唇に軽くキスをしたアーロンはそれはそれは満足した様子でニコリと笑って私の頭を撫でてくれた。
な、なんだったの……?
機嫌が良くなったらしいアーロンはラウルにお茶の準備と、それから私用にと着替えを準備させるように連絡をしていた。
それからはあっという間に時間が過ぎていったように思う。久しぶりに顔を合わせることになったラウルは『ご無事で良かったっ!!!』と私の顔を見るなりぎゅうぎゅうと抱きしめてくるし、嬉しくて興奮しているのかいつもなら絶対にしないようなミスをしながら温かい紅茶を用意してくれた。
そう言えばラウルに用意してもらう紅茶も久しぶりかもしれない。すっかり自分で用意することが増えたから忘れていたけれどやっぱり誰かに用意してもらう紅茶ってホッとするわよね。美味しいし、温かいし。そして今着ているものはクレイン国からずっと着ていたものだったから慌ててドレスを用意してくれているラウルだけれど、そこまで慌てなくても……と苦笑いしてしまった。クレイン国で着ていた衣服は、まあ質素なものだけれど別に傷んだりとか汚れているものじゃない。どうせドレスに着替えるなら入浴した後の方が良いかなと思ってラウルが用意してくれたドレスはソファーの背もたれに預けられている。
「……ラウルが、彼女がここまで取り乱すなんて……レンは慕われているのですね」
「久しぶりに顔を合わせたから、でしょうか……少しびっくりしました」
膝の上で『スピスピ』と眠っているオリーブを優しく撫でながらラウルの慌てっぷりにはアーロンと一緒になって笑ってしまった。だが、用意してくれた紅茶はやはり絶品!とても美味しいわ!仕事を一区切りさせてソファーに座ってきたアーロンも同じく紅茶を口にしていたのだが、満足そうに頷いていた。
「なんだか、レンは知らないうちに周りの人に慕われていきますね……正直、嫉妬しますが……」
「え、私が?そうですか?」
「……ギルバートが良い例ですよ。アイツは初対面の人間はまず信頼しない、冷酷な男のはずなんです。それがそれが……まさか、あなたがたぶらかしたとか?」
「たぶっ、……何を言っているんですか!」
「だって、そうじゃないと可笑しいでしょう。あなたは見ていなかったのですが、ギルバートは馬車が見えなくなるまでずっと見送ってくれていたのですよ」
うっ……そ、そうだったのね。
最後に手の一つでも振れば良かったかしら……でも、そうすると余計に離れがたくなっちゃうわよね……。
「とにかく無事に戻って来てくれて安心しました。……やはり、許嫁の件。進めていきましょうか。特に何かしなければいけないというわけではありませんが……私がレンの特別な人間になりたいのですよ」
「特別……?」
「はい。そうすればあなたをもっと近い所で守ることができる。もう二度とあなたを傷付けさせたりしません」
真っすぐに見つめられながら向けられる言葉に、私は言葉を失ってしまったかのように何も言えなくなってしまった。こう、喉の途中で言葉がつっかかってしまったかのように言葉が出なかったのよ。
ラウル久しぶり!!しっかり者の彼女がミスったり、慌てたりするのはやっぱり主人公が絡むときかな……?あわあわしているラウルをみてアーロンと一緒に笑って過ごしてほしい!!幸せが一番だ!!
さて、どうなっていくのかな?
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