三十九話 女神様、城をお掃除する!
さて、クレイン国に買われた私。
自分のできることを探しているところよ。
……でも、その前に……。
「ギルバート。お願いがあるのだけれど」
「……帝国には返さんぞ」
相変わらず冷たそうな声色で、素っ気無い態度をしている……ふうに見えるけれど、よくよく見ていたらギルバートの良さが分かるわ。
「違うわよ。……いらない布、それからバケツのようなものを借りたいのだけれど」
「?」
私は、思っているよりも自分のことが分かっていない。でも、それを知る方法っていうものもここにいるだけじゃ分からないもの。だから、取り敢えずできることをしなくちゃね。
「……何をしている」
「見て分からないの?掃除に、決まって、いるじゃない!」
先日は大雨が降ったから水の確保はできた。いらない布と言われて困った顔をしていたギルバートだったけれど、まさに私が着ていた服が役に立った。ギルバートに破かれる、そして雨に打たれる、と傷付きこのまま着ているわけにもいかなくなったワンピースを適当な大きさに切って、はい完了!
そして私は取り敢えず私にあてがわれた室内の掃除からはじめていった。一体どれぐらい掃除をされていなかったのか、すぐに布(元私が着ていた服)は真っ黒になり、バケツに入れた水で洗い流し、そして部屋の隅から隅へと布を走らせていけばすぐにまた真っ黒に。無駄にモノが無くて大変掃除がしやすいけれど、逆に人の手が入っていないから凄い掃除のし甲斐があるわね!体力?別に体力が無いわけじゃないわよ。お店でも毎日出勤していたし、キツいお言葉をドSなお客さんから頂戴しながらそれにめげないメンタルを持って働いていたんだもの。
「まさか、城中掃除をするつもりか?」
「当たり前、でしょ!このままここにいたら、具合が、悪くなるかもしれないじゃない!」
清潔な空気は大切なんだから。
埃っぽいところばかりにいて肺とか心臓とか悪くしたらいけないじゃない。ただでさえギルバートはこの国の王様なんだから。ちょっとでも自分の健康には気を付けた方が良いわよ。
一部屋……たった一部屋を掃除するだけで、凄い疲れた。
額には汗が浮かぶ。これはとてもじゃないけれど帝国にいたときに着ていたドレス姿ではできないことね。今も何処からか用意してくれた質素なワンピースを着ているのだけれど、掃除をするならこれぐらいの恰好が良いわ。着ていたワンピースには悪いことをした気になってしまったけれど、こうしてお城をめちゃくちゃ綺麗にしてあげるから、どうか許してください!
「むぅー……高い……くっ、うぅ……っ……」
棚、かしら。その上の部分を拭きたいのだけれど手が届かない。脚立のような足場を……って、椅子やらテーブルも探したのだけれど今にも足部分が折れそうでとてもじゃないけれどその上に乗るなんて無理だわ。だから頑張って背伸びをして、いるのだけれど……全然、拭けている、気が、しない!
「はぁー……アホか。退け」
それはそれは長い溜め息とともにアホと言われて、思わず私の中のドMが目覚めそうになってしまう。だ、だめよ!そんなことを考えている場合じゃないでしょう!『アホ女。……掃除するほど暇なら、俺を構え。言っただろう、お前は俺のモノだ』……って、だからダメよ!!止まりなさい、私の煩悩!!
「あ、イタ……」
呆れた顔をしているギルバートは体当たりする形で私を退かすと、今まで私が立っていた場所に立ち、棚を見ればささっと布で拭いてしまった。……背が高いと何かと便利で良いですねぇ!私だって別にチビじゃありませんけれどね!
「終わった」
「え、あ……ありがとう……」
特に顔色一つ変えることなく私の手が届かなかった場所の拭き掃除を終えたギルバートは別室に行ってしまった。な、なんだったの?
「はぁー……ちょっと、さすがに、休憩しないと……」
はぁはぁ、と息を上げながら床にぺたんと座り込むと(まともに座れそうな椅子は見当たらなかったので)久しぶりに行うここまでの掃除に『ふぅー』と深い息を吐いていた。城だけあって部屋数は多い。でも、部屋の中にあるはずの家具はほとんど無い。そして部屋が部屋として使えないような状態になっているからせめて少しずつでも……と端から掃除をしはじめたのは良いんだけれど、いつになったら終わるのかしら。これ。
ううん。これぐらいで休憩なんてしていられないわよ。帝国にいた騎士団の人たちは毎日のように重い剣や木刀を持って鍛錬をしていたじゃない。少しでも怠けようものならラウルやラインハルトたちからの厳しいお声が掛けられていたじゃない!『そこ!腑抜けるな!戦場では誰も休憩など与えてくれないぞ!』『……誰が休んで良いと言った?』そう、そうよ!頑張れ、私!
まだまだいけるぞ、私!
「……よしっ、休憩もどきは終わ、り……あ、あら……?」
気合いを入れて立ち上がった時だった。ぐらり、と気持ちの悪い眩暈が起こって途端にどちらが上か下か分からなくなった。
あ、まず……い……倒れる……っ!
ぐらりと倒れ掛かった私を受け止めてくれたのは、他の誰でもない、ギルバートだった。
「……今日は、ここまでにしておけ」
「あ……あ、れ……?」
「?どうした?」
「あ、ギルバート……あ、ごめんなさい……何でも無いです……」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、アーロンかと思ってしまった。『どうしました?レン、大丈夫ですか?』と言われた気がしてしまって、目の前にいるのはギルバートなのに、体格も……たぶん全然違うと思うのに……錯覚してしまった。
甘えたい……。超ドMな私には似つかわしくない感情を抱いてしまいそうになってしまった。
疲れ、そう、疲れのせいよ!うん。
パチパチ、ムニムニ、と自分の頬を軽く叩いて、そして触り、ふと抱いた感情を頭の外へと追い出した。きっとギルバートは『なんだ?』と不思議に思っていることでしょうね。
「……だいたい、何で掃除なんだ」
「だから例え使っていない部屋だとしても、いつ誰が来るか分からないじゃない。そこにある以上、いつでも綺麗にしておくべきよ」
温かなお茶……これ、紅茶じゃないわよね、緑茶?をギルバートが用意してくれたから口にしつつ、掃除に文句があるらしいギルバートに言い返していた。
「最低限過ごしている部屋は整えているつもりだ。他の部屋には人も入らん。掃除もいらん」
「……私が最初に寝かされていた部屋だって掃除が行き届いていたとは言えない部屋だったわよ?」
「……あの部屋は、後で整えるつもりだったんだ」
「へぇ~?」
温かいお茶でホッとしつつギルバートの発言には怪訝に見れば小さく『チッ』と舌打ちをされてしまった。
「俺のいない時に倒れたらどうする?……頭でも打ったらどうするんだ?」
「うっ……」
それ、は……その……えっと、気合いでなんとか。……って、さっきも倒れかかったんだったわ。それを助けてくれたのよね……。
「えっと……ありがとう」
「感謝するなら体で返せ」
「は?」
「……城のことはどうでもいい。明日からは下町で手伝いを……って、なんだ?」
「え、あ、な、なんでも!なんでもないわよ!あはは……」
か、体で返せだなんて言うからてっきり……って、そ、そんなこと考えるわけないでしょう!ごほんごほん、と違和感たっぷりの咳払いをしてそっぽを向いた。けれど、その私の顔を逃さないとばかりに顎を掴んできたから間近からギルバートと目を合わせることになってしまった。
「今、何を考えた?……顔が赤いが……俺に、抱かれるとでも思ったか?」
ニヤリと意地悪く笑みを浮かべるギルバート。
そ、その俺様な笑い方!ずるい!!この人、ずるいわ!
「動くなよ……」
ひぇ……そんな近くで、そんな低音ボイスで囁かないでほしい、いえ、もっと言って欲しいような……って、いっっっ……!!
「イダッ……!」
首元に顔を埋めてきてから数秒ほど経つとぺろりと舌を出して顔を、顎を掴んでいた手も離していく。な、なんだったの?痛かったー……。首をさすっていると横ではニヤニヤ笑っているし、何なのよ、もう……。
お掃除大作戦!!
帝国では掃除の「そ」の字もさせてもらえなかったでしょうね。主人公、肉体労働頑張ります!!(笑)
え、ギルは何をしていたのか?それはー……後々判明することでしょうよ!おほほ!
良ければ『ブックマーク』や『評価』などしていただけますと幸いです。もちろん全ての読者様に愛と感謝をお届けいたしますわ!!