三十八話 氷の王は、とても自国想いの人でした
突如、クレイン国の近くに現れた魔物。
しかし、私は不思議なことに魔物の言葉が聞こえるみたいで、またしても国への被害を防ぐことができたわ!
そして、ギルバートが願っていた『雨』も降ってきたの!……かなりの勢いで降ってるけれど、大丈夫かしら。
王様に腕を掴まれ、ぐいぐいと引かれながら城に戻っても誰も出迎えてくれる人はいなかった。もしかして……無人?私が魔物騒動のときに城へ逃げるように言ったからか、まだ城にて待機している国民たちもいたけれど、外に雨が降ってきたことを大喜びしながら城から出て行ってしまう。
こんな広いお城の中で、ギルバートは一人で暮らしているのかしら。
「そこにいろ。……今度はそこから動くな」
「は、はい……」
とある一室に入ると私を置いてどこかへ行ってしまうギルバート。ここは、私が最初に連れて来られた部屋じゃないわね。掃除用具だったり、古くなったテーブルと椅子だったり……もしかして、物置?と考えていると大きな音を立ててギルバートが戻ってきた。その彼の手にはタオルが。
「……使え。風邪でも引かれたら大変だからな」
でも、彼の手にはタオルは……一枚だけ、よね?これ、私に?でも……今、これを使うのは私じゃないわね。
「じゃあ、ありがたく……と言いたいところだけれど、私よりもあなたが先に拭いた方が良いわよ」
彼からタオルを受け取るとギルバートの頭にバサッと被せてわしゃわしゃと髪を拭き始めた。
「おい。何をしている」
「分からないの?あなたの髪が濡れているから拭いているの」
「そんなことを言っているんじゃない!お前が拭け!」
彼の髪の方が濡れていた感じがしたから彼を優先させただけ。それなのに拭いていた私の腕を軽々と掴んで(ギルバートって手が大きいのかしら、私の腕を掴んでも余裕がありそうね)拭く動作を止めさせようとする。
「だめよ!どう見たって、あなたの方が濡れているじゃない!足元を見てみなさいよ。ポタポタ水分が落ちているのはギルバートの方が多いでしょう!」
「アホか。濡れ具合なら一緒だ。……まったく、なんなんだお前は」
「何って言われても……あなたが買ったのでしょう?」
「そういう意味じゃない。……さっき魔物と話していたとか言っていたが、本当なのか?」
これだけ言葉を交わしていても、まだまだ彼の冷たい声音は変わらないみたい。まさか本当に心が無いとかいうんじゃないでしょうね?それに声音も冷たいけれど、なによりもその目付きの鋭さ。初めて出会ったときのラインハルトよりも鋭い目付きをしている。まるで、他は全て敵だ!とでも言いたそうな感じで。その目付きの鋭さ、とっても素敵よ!あ、どんなに睨まれたって私には逆効果なのだから。むしろ、もっと汚いものでも見るような目で見て欲しい!『汚らわしい女だ。魔物と話?信じられるか、バカめ』とかって罵ってほしい!!
「本当よ。最初は気のせいかと思ったけれど、ドラゴンが来たことがあってそれでもちゃんと意思疎通ができたの。だからさっきの魔物とももしかしたらって思って試したらちゃんと声が聞こえたわ」
『ドラゴンだと!?』と驚きの声を上げるが、すぐに元の顔付きに戻ってしまう。やっぱりドラゴンの存在って凄いのね。……オリーブ、元気にしているかしら。
「さきほどの魔物は突進されたらお前のような女は吹っ飛んで死ぬぞ」
「そうみたいね。大きかったし」
「お前に簡単に死なれたら金が無駄になる。もう二度とするな」
「……それって、心配してくれているの?」
「こんな国で、お前を買う金をどうやって用意したと思う?……金になるものは全て売った。ほとんど城にあったモノだ。それでお前を買った。それでお前に簡単に死なれてみろ。金はドブに捨てたも同然だ」
なるほど。どうりで城の中だというのにモノが少ないわけだわ。もっとも帝国の城の中を知っているだけで他国の城の中がどうなっているのかは知らないのだけれど。でも、それにしたってモノが無さすぎじゃない?
「その、ここには……誰もいないの?」
「俺がいる。そして、今はお前もいる」
一人、だったんだ。あれ、そうなると彼のご両親とかは?別のところで暮らしているとか?息子を一人で城に住まわせて?そんなこと普通しないわよね。
「言っておくが親はいない。働き過ぎで死んだ」
「え……っ、ごめんなさい」
小さく溜め息を吐いたギルバートは自分の頭に被っていたタオルを手にすると私の頭に被せてがしがしと力強く拭きはじめた。その力の強さっていったら、もう少し優しく……っ、私は物理的に責められるのは好きじゃないんだってば!
「痛い、痛いわよ!もう少し優しくできないの!?」
「知らん。我慢しろ」
がしがしと長い私の髪の水分も拭き取ってくれる彼。声音はまだ冷たい気がするけれど、ほんのちょっとだけ、髪を拭く手付きはほんの少し優しくなったように感じられた。……気のせいかしら。
改めてギルバートの恰好を見るとアーロンたちのような正装って感じじゃないわね。なんというか、騎士たちの休日の恰好っていう感じで、ラフなシャツにズボン。もちろん腰元には剣が備わっている。この姿をみると王様だなんて思わないわよね。
「雨は……雨も、お前が降らせたのか?」
窓の外を見るとまだザーザー降っている雨。これに関しては私の知ったことではない。単なる偶然ね。
「たぶん、偶然よ」
「偶然?」
「そうよ。たまたま雲行きが怪しくなって……それで……」
「この国には、ここ数か月ほど一滴も雨が降らなかったんだが?」
「え、数か月!?」
そ、そんなに降らないことってあるものなの?えっと、ここは世界的に見てどんな地域にある場所なのかしら……クレイン国って言ったわよね……。ダメだ、地図が分からない。いくら帝国よりも北や南にあったってそんなに雨が降らないなんてことあるの!?おかしいわ。絶対に変よ。
「お前が来て、魔物は何事も無く去っていった……そして、雨が降りはじめた。……これが、偶然か?」
「えーっと……その、ごめんなさい。私も私自身のことをよく分からないの。その伝説とかって話も人に聞くまで知らなかったし……特別な力があるだなんて本当に知らなかったの」
つまり説明できない。
魔物との意思疎通ができることも。今回、数か月ぶりに降っている雨のことも。そして、私の体の治癒力が異様なほどに高いことも。何も分からないことだらけだ。
「……悪かった」
「へ?」
「お前を帝国で売りに出ていたと言ったことだ。……悪い」
「ギルバート……」
なによ。冷たくないじゃない。全然優しいじゃない、この人!悪いと思ったことは素直に謝ることができる良い人じゃない。
「だが、お前は買われたのだから、もう少し大人しく過ごせられないのか?」
「でも、魔物は帰って行ったんだから良いじゃない」
「……なるべく、城にいろ」
「はーい」
最初は、冷たくて氷のような男性だと思った。誰も信頼しない、信頼する気が無いと考えている人。でも、子どもは『ギル!』と呼んで親しそうだった。国民たちも雨が降って『良かったですね、ギルバート様!』と一緒になって喜んでいた。その時、彼の顔も綻んでいたように見えた。
ただ知らないだけなのよ。だからきっと警戒されているだけ。だから、これからギルバートのことを知っていければもしかしたらもっと心を開いてくれるかもしれない。そうしたら……と、不意に頭に浮かぶのは優しいあの人の笑顔。でも……もう、きっと会えないわよ。
だから、私はここでできることを考えて暮らしていかないと!
頭によぎるのは、あの人……。って、ちょっとロマンチック!?ということは今は主人公は囚われのお姫様系!?全然お姫様っぽくはないですが……。
ギルバートはこの国で生活している分、そして両親を失っていることもあってそうそう他国や他国の人間を信じようとしません。自国の民は別です。そんなギルも主人公によって変わっていってくれると良いですね。
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