三十七話 あれはサイ科?イノシシ科?王からのミッションクリア?
私を買い取ったのはクレイン国という小国の王、ギルバートだった。
でも、この国。
かなり酷い国らしくて、あちこち荒れ放題だったの。
最初に命令されたことは『雨』。雨不足で作物の実りが悪いらしい。雨……私に降らせることができるのかしら?
「お前はさっさとお前の仕事をしろ。俺に構うな」
つい数分前まで熱烈なキスをしてきたのはギルバートだというのに、私が力を扱えるようにすると応えると、私なんかには興味を失ったかのように離れたギルバート。すると言うことだけ言って出て行ってしまった。……えっと……仕事と言われても……。
「雨乞いってこと?『豊穣の女神』ってそんなことできるのかしら?」
う~ん、と唸るなかで、どうしても気になってしまうのは室内の汚れ。家具も本当に必要最低限のものしかないし、かなりボロボロだわ。ここが、この国のお城なのかしら。
そっとドアを開けて(ドアを開けるときだってギィィィと壊れそうな音がして今にも壊れるんじゃないかとヒヤヒヤしたわよ)廊下に顔を出すと帝国の城の風景とは全然違う光景がそこにはあった。帝国の城のなかには当たり前のようにあった調度品の数々も、ここにはほとんど何も無い。壁画だとか壺だとかそれらしい物はまったく見当たらない。それに掃除も行き届いていないのかあちこち汚れが酷い。ほこりもたまっていそうだわ。掃除係とか女中さんみたいなお手伝いさんはいないのかしら?私への世話係的な人もいないって言っていたわよね。……そして、なにより人の気配が全然しないのよ、このお城。廃墟……とまではさすがに言えないけれど、それに近いものがあるんじゃない?
このお城の中でギルバートはどんなお仕事をしているのかしら?ちゃんと集中できるのかしら?と考えていれば何処からともなく幼い声が。幼い声?子どもの声かしら。
「ギルー!!!」
タタタッと汚れた廊下を走っていく子どもの姿。子ども、よね。え、まさかギルバートの子ども!?でも、名前を呼んでいたし、知り合いの子だったりするのかしら。子どもの背を見送っていたはずがくるりと方向転換して私の近くに走ってきた子。
「ねえねえ!ギルは?」
「ギル……ギルバートのことよね?えっと、ごめんなさい。私、分からないの。何か、あったの?」
「大変なんだよ!国の近くに魔物が出たって大人が騒いでて!」
「魔物!」
「ギルならいつも退治してくれるから探しているんだ!……ギルー!!!」
また大きな声を出してあちこちへ走っていく小さな姿。
こうしてわざわざギルバートを探しているってことは、兵士の類もいないのかしら。それに魔物って……私はこの異世界にやってきてからドラゴンしか見たことはないのだけれど、魔物って普通に国を襲うものなの!?大変じゃない!
「えっと、城の出口は……さっきの子は、あっちから来たわね!」
城から出て城下の様子を伺うために走って行った。もちろん、どんな国の造りになっているかなんて分からない。どこをどう行けば国の外に通じていくのかも分からないけれど……それでも何もしないままなんていられないわよ!
なんとか城から出られると城下は……城下といっていいのか躊躇われるほどに荒れた国の光景が。部屋から見ていたよりも遥に土地が荒れているわね。これ、もしかして大きな災害とかあったのかしら地震とか……。っと、そんなことよりも魔物よ!
近くを逃げ惑う人たちに(ほとんどの人たちが痩せていたり、生気が欠けている顔色をしている)『逃げるなら城へ!』なるべく、より安全な場所へ、と促しながら町の入り口をきく。すると魔物が近くまで来ているというのに入口に向かおうをする私を怪訝そうに見る人たち。
「あ、あんた……何しているんだ?あんたも逃げよう!」
「皆さんは早く城へ!私は……魔物をなんとかできないか対応してみます!」
私には剣術なんて使うことはできない。魔法だって使えない……みたい。じゃあ、どうする?でも、私は魔物の頂点にいるドラゴンを大人しくさせることができた。もし、魔物にも同じようなことができるのならば無駄に戦うことなく安全に魔物を退かせることができるかもしれないじゃない。無理?やってみなくちゃ分からないじゃないの!
国の人たちは着るものもじゅうぶん与えられていないのかしら。あ、私も今は似たような恰好ね。しかもギルバートにも破かれているから更に酷い見た目になっているかもしれない。特に胸元が見えそうで危ないわね……。貴重な衣服を破くなんてギルバート……またその顔を引っ叩いてやろうかしら。片手でヒラヒラしている胸元を押さえつつ人の気配が無くなった国の入り口にやっとたどり着いた。城門はもちろん無い、城を守る兵士たちの姿なんてものも無い。
「ここ、よね?魔物は何処に……」
ズシン……ズシン……
地震?と思ったけれど、これは……これが魔物の足音ってヤツなのね……。……って、大きい!あ、ドラゴン程ではないけれど、その存在感が大きい!しかも怒っている?なんていうか、冷静さを欠いてしまっているかのような様子に思わず体が震えてきた。
「こ、こういうときは……とにかく、言葉よ!話しかけてみないと!」
『よ、くも……こど、も……ころし、た……』
「え?」
また、聞こえた。オリーブが大きいドラゴンの姿で城に来て暴れかけていたときにも確か何か言っているのが聞こえていたんだった。そして、それに応えるようにしたら途端に大人しくなったんじゃない。そうよ、やっぱり魔物にだって意思はあって、言葉は通じるのよ!
「待って!待って!お願い!ここにも住んでいる人たちがたくさんいるの!お願い!ここで暴れないで!」
ズシン、ズシン……と更に国の入り口に近付いてくる魔物。その姿は、大きなサイのような、イノシシのような姿にも見えて、でも決してサイやイノシシのものとは圧が違う生き物で、これが魔物なんだ……と初めて恐怖した。それでも……
『ころ、した……こ、ども……ころし、た……にんげ、ん……ゆるさ、ない……』
「子ども?子どもが殺されたの?」
おそらく、この魔物の子どもは、この国の人たちによって殺されてしまったらしい。でも、だからってこの国の人を襲い返すなんて、ダメよ!そりゃあ悔しいかもしれない。恨みがあるかもしれない。でも、だからって同じことをしちゃ悲しむ人が、悲しむ魔物が増えていくばかりよ!
「あなたの気持ちは分かるわ!許さないって気持ち、分かるわ……。でも、ここで暴れたらあなただって危険でしょう!もしかしたらあなただって殺されちゃうかもしれない。あなたの子どもは、あなたには少しでも平穏に暮らして欲しいって願っているんじゃないかしら!」
『……なん、だ……にん、げん……おま、え……どっちの、みかた……だ」
味方……そんなこと言われても、私は止めたいだけよ。こんな場面で、どっちの味方なんて考えられないわよ。
私は国の入り口に立つと恐怖でバクバクしている心臓はそのままに、両腕を広げた。
「私は……世界平和の味方よ!!人間だとか魔物とかは関係無いわ!私の言葉が聞こえているのでしょう?……これ以上、この国で暴れるというなら……ビンタ百叩きしてお仕置きしちゃうわよ!!!」
そう叫ぶように言うと、その魔物は私の目前までやって来たが私を噛みつこうだとか捕って食べようとかって感じではなくなった。魔物の纏う雰囲気が変わった……そんな気がしたのよ。
そっと……ほんの少し、そのゴツゴツといた皮膚を私の頭に当てると魔物の声は何も聞こえなくなってしまった。けれど、その代わりに魔物は方向転換をして国からどんどん離れていくじゃない!これって……いいのよね、良かったのよね!
私が安心するのと同時に湧き上がるのは国の人たちの歓声だった。『助かった!』『良かったー!』『これで安心ね!』といったいろいろな声。でも、あの魔物は子どもを殺されたって言っていた……なんで、そんなことになったのかしら。
歓声をあげる国民たちの奥から睨みをきかせて歩いてくるのは、ギルバートだった。
「女。……何をした」
「何をって……話をして、訴えたのよ」
「話?魔物だぞ。お前何を……」
あ、また変な人だと思われるのかな……とちょっとナイーブになりかけていたらポツリと頬に何かが落ちてきた。それに反応して顔を上空へ向けるとなにやら雲行きが怪しい。これは一雨来そうだわ……あ、雨!?
そう思ったときには、途端に大雨が降り始めてきた。うわ、なにこの降り方……!
「……来い」
グイッと手を強く掴まれ足早に城に向かって行くギルバート。いや、雨降っているのだからもうちょっと急いでいけば良いのにと思ったが、ギルバートは無言のまま、ゆっくりと城に向かったのだった……。
ドラゴンとも意思疎通ができたのだから、きっと他の魔物とも……できるかな?と思っています。たぶん気合というか、お互いに分かり分かろうとすれば意思は通じるものなんですよ!
あ、そういえばギルバートからの命令にあった雨も降らせることができたじゃない!やった!……と素直に喜んでいいの?どうなの!?
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