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三十五話 オリーブの涙

「!キュウウ、キュウウウウッ!!!」


 いつもなら大人しくソファーで眠っているかウトウトしているか、レンの膝の上に乗って気持ち良さそうに過ごしているオリーブ。

 今は、いや……レンが母上とのお茶会とやらに出掛けていってしばらく経ってからオリーブが騒がしい。

「オリーブ?どうしたのですか?」


 いつもなら、こんなに鳴くことは少ない。鳴くとしても『キュウキュウ……』と小さな声で鳴くばかり。でも、今はどうしたというのだ。

 レンがこの場にいないから?いや、レンだって四六時中この場にいるわけではない。ちょうど仕事のキリが良いところを待ってましたとばかりに紅茶の準備をしてくれるレン。気が利く女性で大変助かっていますよ。そうしているとき、オリーブは騒ぐだろうか?いや、変わらずにソファーで大人しく過ごしているではないか。


「オリーブ……オリーブ!」


「キュウウウウッッッッ!!!!」


 いつもとは違う様子に思わずソファーにちょこんと座っているオリーブの元に歩み寄ると信じられないものを目にした。なんとその大きくつぶらな瞳から大粒の涙を流しているではないか。泣く?なぜ、こんなこと今まで……。ハッとして時間を確認する。

 彼女には遅くならないように戻ってくるよう告げたつもりだったし、彼女も遅くならないよう戻ると言ったはず。が、彼女がお茶会に行ってからどのぐらいの時間が経った?仕事に集中するがあまりどのぐらい経ったか分からない。十分、いや、三十分?茶会はそんなに時間がかかるものだったか?

 なんとなく……嫌な予感がした。


 『アーロン……ごめんなさい……』


 なんだ、今の声は。

 レン?

 レンはこの場にはいない。茶会に出掛けていて……まだ帰ってきていない。いないのだ。それなのに、なぜか彼女の謝罪の言葉が聞こえた気がした。


「……まさか、何かあったのか……」


「キュウウウッ!!キュッ、キュウウウッッ!!!」


 嫌な予感は、ただの気のせい。

 何も無かったのなら、それでいい。ただ普通に茶会をしていてくれたのなら、それでいい。それを目にすることができたなら何も無くて良かった、と思えるのだから。

 俺はこのままオリーブだけを部屋の中に残していくことが躊躇われ、片腕にオリーブを抱きながら仕事部屋から飛び出して行った。『アーロン?どうしたのですか?そんなに息を切らせて……意外と心配性なのですね』と笑ってくれ。また、お前の顔を見せてくれ、そして俺を安心させるために頭を優しく撫でてくれ……そう考えながら行き交う兵士だろうが隊士だろうがお構いなしに『レンは何処にいる!』と聞きまくった。するとほとんどの兵士たちは『自分は知りません』の一点張り。なぜだ。母上とお茶会だと言っていただろう?誰も母上とレンの居場所を知らないのか?


「あれは……」


 確か、母上の近衛をしている一人だったはず。ヤツなら知っているだろう。


「貴様……母上の近衛だったな。レンはどうした」


「ヒッ、で、殿下!」


「近衛ともあろう者がこのような場所で散歩か?なぜ母上のそばにいない。……そして、レンは何処だ」


 自分でも驚くぐらい低い声が出た。

 少しでも適当なことを話してはぐらかしてみろ。その時は……。

 は?

 ふと近衛が抱えているモノが目に入った。なんだこれは布切れ?いや、それにしては肌触りが良さそうな……今日のレンはどのような恰好をしていた?この布切れのようなデザインのドレスを着ていなかっただろうか。それに……この『赤』は、なんだ……。


「母上のことはどうでもいい……レンは、どうした……?……答えろ」


「で、殿下……それが……」


「レンは何処にいる!!」


 広い廊下に俺の怒鳴り声が響き渡った。ここまで怒りを抱いたのは久しいかもしれない。『キュゥゥゥ』と片腕に抱えていたオリーブが苦しそうに鳴いた気がして慌てて腕の力を抜いた。が、近衛には睨みをきかせて再度詰め寄る。


「答えられないのか?ならば、その首は無用だな……俺が刎ねてやろうか」


 腰元に用意していた剣に手をかけて脅していく。本当に何も知らないのならば斬ることはしない。が、何か知っているのが明白なコイツを生かす意味は……あるか?


「も、申し訳……ありませんっ!!!」


 脅しが効いたのか、その場に土下座をしてきた近衛を見下ろすが何も答えになっていない。一体何があったのか、聞かなければ。


「何があった。……話せ」


「そ、それが……」


「あらあら、アーロン?そんなところでどうしたの。今日のお仕事は終わったのかしら?毎日お疲れ様だこと。……ふっ、ふふ……随分怖い顔をしているじゃない。何かあったかしら?」


 母上……。あなたは……また、奪ったのか……俺の大切な人を……。


「母上。確かレンとお茶会ではなかったのですか?レンは、どこです?」


 落ち着け。

 まだ、何かあったわけじゃないだろう。ここで逆上すれば聞けるものも聞けなくなる。冷静に、いつも被っている仮面を貼り付けろ。


「あ~ら、とっくに終わったわよ。……あ、でも一つ。残念なお知らせがあるわねぇ。『豊穣の女神』様なら帝国をお離れになりました。ご自分の力を使って世界を繁栄に導くために出て行かれましたよ」


「は?」


 なんだそれは。有り得ない。レンがこの帝国から出て行った?なぜ。だいたいレンはこの世界についてほとんど知識が無い。以前、彼女の生まれ育った国について聞いたことがあったがそれすらもまともに答えられなかった。夜盗に捕らわれた際のストレスか何かだと思っているが……。国を出れば魔物だって存在する世界だ。不思議な力は持っているみたいだが、魔法らしきものは使える素振りが無い。そんな身でこの国の外に、一人で?


「私も止めたのですよ?でも、あの子ったら……」


「見え透いた嘘は止めてくれませんか、母上。そんな嘘を信じるとでも?真実を語る気がないのでしたら……その無駄口、叩けないようにしてやろうか」


 一度は離しかけた剣をスルリと抜くとその刃を母上に向けた。俺の口調が変わったこと、まさか剣を向けられるとは思わなかったのだろう、さすがに青い顔をしはじめた母上。だが、剣は脅しのつもりで抜いたわけではない。内容によっては、この場で『コイツ』を斬る。


「う、売られました!!!」


「なに?」


「王妃様の言う通りに、女神様の紅茶に薬物を含ませ、効果が出ると手足を縛りすぐに帝国の外に運びました!!……すぐに『豊穣の女神』の話題に飛びついた方がいたので、その場ですぐに……っ……止められず、申し訳ありません……っ!!!」


 近衛は、何を言っている……。レンが、売られた?

 近衛ともあろう者がボロボロ人前で泣くな。泣く暇があるなら説明をしろ。もし事実ならば時間が無い。


「誰に、どんな輩に売った!?」


「そ、それは……自分にも……っ……一刻も早く帝国から離すよう言われたので、誰でも良かったのです!」


「……母上?さきほど、あなたはレンは帝国を離れたと言いましたが……こうして大の男が人前で泣きながら話す内容と母上の言う戯言。どちらの言葉が信じられるのでしょうね?」


「ふん!知らないわよ、あんな小娘。どこの国の誰に買われたのか知らないけれど、今のご時世、この帝国が一番安全なのは知っているでしょう?きっと何処ぞで死んでいるのではないかしら?」


 もう聞くに堪えられなかった。

 だが、ここで『コイツ』を断罪するわけにはいかないだろう。

 剣を振りかざせば母上の髪を無駄に飾っている装飾だけを斬ってやった。カシャンと音を立てて髪飾りが床に落ち、母上の無駄に長い髪がバサリと垂れ下がったのを確認して剣を収めた。


「あ、アーロン!?」


「今は……ここまでにしておきます。レンを探さなければなりませんので」


「は、はは……っ、見つかるわけないわよ!あんな、あんな小娘なんか!」


「探し出しますよ。レンは、私の許嫁になる人ですからね……そして、あなたはそろそろ他国にでも引っ越す準備でもしておいてください。同じ空気を吸うのもいい加減嫌になってきたので」


 くるりと背を向け、仕事部屋に戻った。

 オリーブは泣き疲れたのか、それとも何かあったのか眠ってしまったのでソファーに優しく寝かせた。


「レン……くそっ……何処に行ったんだ……。『豊穣の女神』と聞けば誰もが欲しがる……だが、そんじょそこらの国民の手に渡ったからといって得があるか?買うとすれば、やはり国のトップか。だが今やどの国も災害や飢饉が多い……一番、一番レンの存在を欲しがる国は、どこだ……。レンの不思議な能力を求めるなら……俺が買い手ならばどうする……友好関係にある国なら情報が入るはずだ。それが無いのなら、それ以外か……」


 だが、この世界に村や町も含めれば一体いくつの国があると思っているんだ。

 やはり端からあたってみるしかないんだろうか……。


 コンコン、コンコン


「……誰だ」


「し、失礼します……先ほどのお話なのですが……」


 誰かと思えば先ほど泣きながら語っていた母上の近衛か。


「なんだ。言いたいことがあるなら手短に頼む」


「その、買い取った人物についてなのですが……外見は、そう特徴的なものは無かったのですが、我々に向ける眼差しや言葉といったものはとても冷たく、氷のような男でして。……まだ、若者かとは思うのですが……」


 他者に、冷たい……?

 だが、そう聞く人物に少しばかり心当たりがあった。

 自国の民には、たいそう愛情深いそうだが他国の人間に対してはとても冷たいという……。まさか、アイツか……?


「その男、瞳は黒くなかったか?」


「は、はい!確かに!黒に近い色をしていました!」


 おそらく……だが、高確率でレンの売られた国の行先が分かった。


「感謝する。……もし、お前が母上の近衛として仕えるのが嫌ならば俺に言え。いつでも希望を聞いてやる。おそらく母上に脅されでもしたのだろう。……確か、家族がいたな。これから先も家族を守りたいなら俺に仕えることを推奨するぞ」


 そう告げると近衛は深々と頭を下げて出て行った。

 絶対、とは言えない。が、収穫はあった。ただ、アイツのいる国か……同行はラインハルトにでも頼むか。

 さて、忙しくなりそうだ。

 ……祈るは、レンの無事だけだ。

 なんか、ところどころに怪しげな発言がありましたね。

 単に母親嫌いなだけか、それとも……皆様!妄想を膨らませてくださいませ!!

 さて、レンはどんな国に行ったのか!?


 次回からは主人公視点で再びはじまります!

 良ければ『ブックマーク』や『評価』などしていただけると幸いです!もちろん全ての読者様に愛と感謝を!!

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