三十四話 さよなら、帝国
例えるなら、それは風船からゆーっくりと空気が抜けていく感じ。
私がその風船なら、今ゆーっくりと外に出ていっているものは……血、なのね。
……ごめんなさい。
もっと、あなたの言うことをしっかり聞いておけば良かったかもしれません。
「あははは!さすがの女神様でも能力が発揮できないのかしら?さっきから全然傷が塞がらないわよ!」
う、うるさい。
その高飛車な笑いはもう聞き飽きました。やっぱり企み全開だったんじゃないですか。
「……ぅ……っ……」
ダメだ。体を動かそうとしても指先が動いているのかどうかも分からない。それに声も言葉にならない声がほんの少しだけ出る程度。でも、私の目には涙を流しながらナイフを私のお腹に向かって刺し続けている近衛の方の姿の方が痛々しかった。どうして、そこまで……こんな人にお仕えできるのかしら。
痺れ薬、と言っていたかしら。おかげで刺されているという痛みはほとんど感じない。でも、体の中からどんどん体力が抜けていくような……気力が抜けていくような感じがするのよね。え、もしかして今の私の状態ってまずいのかしら。
「ふふっ、お前たち。そろそろ勘弁してあげなさいな。あ、その前に……こんな小綺麗な恰好で連れて行ったら貴族関係かと思われて怪しまれちゃうわねぇ。……こんなモノ、こうしてあげる!」
王妃様は私のドレスの裾に手をかけると、ビリビリと。それは鬱憤を晴らすかのように私の着ているドレスの裾を破いていった。綺麗なドレスは台無し。太もも部分まで丸出しだし、腕まわりも破かれたからボロいドレスを着た姿になっていることだろう。しかも腹部は刺されたことで血だらけ。
「これで良いかしら。……分かっているでしょうね。少しでも高く買ってくれる人を見つけるのよ。あぁ、可哀想な女神様。あなたの可愛らしい顔は、どれぐらいの値がつくのかしらねえ?妃の座は渡さないわよ。せいぜい良いご主人様にでも可愛がってもらいなさいな。……っ、ふ、あはは!」
主人……?それに、値とか。
もしかして、この流れって……私、誰かに売られるの?確か人身売買ってこの世界だと普通におこなわれているって聞いたことがあるような……って、BGMにドナドナが聞こえてきたじゃない。私は牛なの!?『このメス豚ならぬ、メス牛!高く買い取ってもらいな!』とかって鞭打たれながら売られていくのかしら。本格的にまずいわね。声……せめて手足が自由になれば……。
「下手に暴れないように手足も縛って。勝手に死なれたら商品としての価値も無くなるから口も適当に布でも噛ませて縛っておきなさい」
あ、無理。両足はぐるぐると縛られてしまったし、両手は後ろで縛られてしまった。まだまともに言葉が出せない口の中に布をねじこまれて首の後ろで縛られてしまったみたい。
ど、どうしよう……。
「『豊穣の女神』が倒れているところを拾ったとでも言えば興味を持ってくれるわ。貴族、他国のトップでも良いわね。……さようなら、小汚い小娘。もうあなたの顔を見ることはないでしょう、ね!」
「ぅ……んん……っ!!」
私の銀髪を鷲掴みしながら醜く自分のことしか考えていない王妃様の姿を最後に、私は頭から袋のようなものを被せられてしまって視界も見えなくなってしまった。となると、まともに働いてくれている聴覚だけでなんとか状況を整理しないと!
「国境付近の砦にでも連れて行きなさい。あそこならアーロンたちも滅多に顔を出さないでしょう。それにアーロンは働き者ですもの。滅多に国を開けることはしない。砦で他国の使者や人買いに手当たり次第に声をかけるのよ!『豊穣の女神』がいれば国が発展する、豊かな国を望むなら、と触れ回りなさい!」
ほんと、バカなことしか考えない人なのね。この王妃様は。
ごそごそ、とかガサガサとかって音がしたと思うと足や手に触れるものが空気ではなくなった。布?大きな布か何かで巻かれてしまったの?私、完全にモノ扱い!?
「申し訳ありません、女神様……」
私を背負ったらしい近衛の方は、それはそれは苦しそうに謝罪をしつつ王妃様の『早くお行き!!』の言葉によって、私は移動させられることになった。
え、どこに。砦?そんなものどこにあったっけ?世界地図……って、元いた世界の地図じゃないわよ!この世界の地図……って、ほとんど私、こちらの世界の地理地図感が無かったわね。時間が経てば体も動かせるようになるし、声も出せるようになるわ、きっと。
でも……今、言いたいことは……アーロン、ごめんなさい。私、こんなバカで……少ししかそばにいられなかったけれど、アーロンは素敵なところもたくさんありました。それに、みんな……もう、会えないのかしら。今度会えたら、そのときは……アーロンの許嫁になってもいいかなって思うわ。でも、その前に会えるかどうか分からないのよね……。
ごめんなさい……。
本当に、ごめんなさい……。
どれほど時間が経ったのか、全身に感じるのは怠さばかり。薬、まだ抜けないのかしら……。
「こちらを……売りたいのですが……『豊穣の女神』かと思われます。美しい銀髪に赤い瞳の女性です。廃村近くにいるところを見つけたので恰好はボロボロですが……」
地に降ろされたらしく、体があちこち痛い。痛いってことは……感覚が戻ってきたんだわ!
バサッと頭から被せられていた布を取り上げられると視線の先にいたのは……濃い金髪で黒に近い瞳を持つ人。私を見るその目はとてもとても冷たい瞳。そんな男性がいた。知らない、人よね。
「見た目は確かに。……本当にこの女がいれば国は豊かになるのか?」
ぞくっとするほどに冷たい声だった。
なんというか、感情が無い。無の声なのよ。何を考えているか分からないっていう感じの。
「分からんな。だったら、なぜお前の国に連れ帰らんのだ?豊かにさせるのだろう?……あぁ、お前のところは豊か過ぎて、もう幸せはいらん、ということか」
なんて冷たい声をする人なんだろう。
「ならば、俺が買い取らせてもらう。いくらだ」
「……希望としましては……この額で」
「『豊穣の女神』とやらがその値段か。安くみられたものだな。おい、女。意識はあるのだろう?こっちを向け」
あぁ、この感じ……イイ感じの俺様でドS感がある。私もいつもだったらドMの本性に興奮していたのかもしれない。でも、今は体も怠いし、正直目を開けているのもしんどいのよね……。
ゆっくり、と。そして冷たい声を発する男性を見れば、その人は『くくっ』と口端を上げた。
「俺の国のため、その力とやら……使わせてもらうぞ」
「……女神、様……っ……すみません、すみません……っ」
この人……ずっと謝ってくる。そんな謝らないでよ。あなたが悪いわけじゃないでしょうに。
「お前は、今から俺のモノだ。反論するな。余計なことはするな。ただ、俺のそばにいろ」
そう言うと冷たい氷のような男性に抱っこされてしまった私。まだ手足は縛られたままだけれど顔を覆っていた布は無くなって私を連れて来たであろう近衛の人からどんどん遠ざかっていく。
もう、会えないのね……そう、思った。
近くに備えていた馬車に男性とともに乗った私は、馬車が動き出すとともに明るい金髪でいつも優しい笑顔を向けてくれていた人の顔を思い浮かべながらいつの間にか気を失ってしまった……。
にゃぁぁにをぉぉぉお!???
なんっっってことをしてくれたんだ、モニカぁぁぁ!!!あ、モニカは王妃の名です。人身売買!!!あ、この世界ではおこなわれていることでした。てへ。
ど、どこの国!?どこに売られたんだぁぁ!?
ドキドキハラハラ展開真っただ中!
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