三十二話 それはまるでお忍びデート
正直びっくりしたわ。
やっぱり「いる」って言われても実際に目にしてみたいと分からないじゃない?だから実際に自分の目でみることができて、ちょっとホッとした気分になったの。
東国の血を引く人。あのとき挨拶程度にしか言葉を交わせなかったけれど、どんな国に住んでいるのかしら?この帝国の城下町のように国民たちは活発に過ごしているのかしら?
「お待たせしました。……レン?どうかしました?」
「あ、お帰りなさい。さきほど東国の方と少しお喋りをしまして……近々、王様……というか実際のところはアーロンでしょうね。アーロンにお話しがあるみたいでしたよ」
「私に?……失礼ながら、どのような人でしたか?」
「えーっと、黒髪で……とても丁寧な方だったという印象がありますが」
「丁寧……?」
言葉遣いはとても丁寧で優しい感じがした。それをアーロンに伝えるとますます不思議そうな顔をするばかり。もしかして全然見知らぬ人だったのかしら?帝国の王子様といったって世界にあるあちこちの国のことは知っていてもその国にどんな人が暮らしているかまではさすがに分からないものよね。
「ちょっと私の知り合いにはいなさそうですが、城に来るのですよね?そのときに名を確認すれば良いだけのことですよ。ちなみにその人物は名前は名乗ったのですか?」
「ルイさん、という方でしたが……」
「ルイ!?……いや、まさか……」
聞いた名前を教えるとこれまたびっくりしているアーロン。同じ名前だけれど全然知らない人だとかって可能性もあるものね。何を悩んでいるか分からないけれど、いずれ城で会えるんだもの大丈夫よ、きっと。
あ、そういえばエマさんとのお話は……終わったのかしら。とすれば……。
「さて、用事は済みましたし、これで戻りますか」
「あ、あの!アーロン」
「はい?」
「アーロンは城下町で好きなところとか、好きなお店とかって無いのですか?普段、仕事ばかりでしょう?だったらせめて今日ぐらいはゆっくり過ごしても良いのではありませんか?」
べ、別にデートに誘っているわけじゃないわよ。実際、アーロンって一日中仕事部屋にこもりっきりで書類とにらめっこしている毎日じゃない。フランのように城から外出しているっていう話も聞かないから外の空気を味わうことも必要だと思うのよね。
「……ふふっ、ありがとうございます。そうですね……では、たまにはゆっくりあちこち見てまわりましょうか。レンもラウルと来たときには、ゆっくり出来なかったのですよね?」
「あ、えっと……そう、ですね」
「では……レン、手を。また繋いで移動しましょう。この人混みはしばらく消えないみたいですからね」
いくら外見を変えたって、ニコリとした王子様スマイルに変化は無かった。いつものように誰からも好かれそうな王子様スマイル。べ、別に私個人としては全然好みではないけれどね!ただ、アーロンはどこにいたってアーロンなんだなって思っただけよ。
『お願いします』と手を差し出すとアーロンはまた優しく私の手を握って繋いでくれた。
そして、小さな頃にはよく裏通りと呼ばれているところまで行ったりしてはちょっと危ない目に遭いそうになったとか。ラインハルトと一緒に城下町に出る機会があれば酒場でかなり遅い時間まで飲んで過ごすこともあるのだとか。今は人が多いけれど、人通りの少ない朝や少し陽が落ちてきた時間帯に城下町に出ると全然違う場所に来ている感覚がして楽しいって話を聞かされた。
城下町に出掛けるとアーロンのことをもちろん王子様として認識して丁寧に接してくる人もいるが、エマさんのように王子様だと知ってはいても気さくに接してくれる人もいたりして窮屈な思いはしていないみたい。
「そう言えば、レンの出身についてあまり知りませんでしたね。どんな所だったのですか?」
「えっと……特に何も無かったような……正直、言うと……その、捕まった影響なのかあまりよく覚えていなくて……」
「そうでしたか……いつか、レンの故郷に顔を出したいと思ったのですが、なかなか難しいかもしれませんね」
「あ、いえ、もうここ帝国が故郷になっているようなものですから。その気持ちは嬉しいんですけれど」
だって本当の故郷は、この異世界とはまったく違った文化があります。もっと機械化が進んでいるところなんです、なんて言えないじゃない。それに私はアーロンからすれば信じられないお店で働いていて、お客様には超ドSを求めていたなんてとてもじゃないけれど言えないわよね。
あ……私がこっちに来て、あっちはどうなっているのかしら?もしかして私って行方不明扱いになっていたり?お店の女の子たち、オーナー……心配とかしているのかしら。
「レン……こっちへ」
「は、はい!」
アーロンに手を引かれて連れて来られたのはお店の裏口が並んでいる裏通りのような細い道。そこに来ると私の体はアーロンの広い腕に包み込まれて抱きしめられた。
「え、アーロン?」
「その、気のせいでしたらすみません。レンがツラそうに見えてしまって……その、このまま消えていなくなってしまいそうに見えてしまって……」
あ、ちょっとだけ元いた世界のことを考えていたせいかしら。だってお店のオーナーには良くしてもらっていたもの。どれだけ私が我が儘を言ったって笑って流してくれて、とてもとても良い人だったの。だから少しだけ顔が見たくなってしまったのは嘘じゃないんだけれど……私は、今ここにいるものね。
「私が消える?いなくなる?ふふ、アーロン。そんなことはありませんから……心配をかけてしまったらごめんなさい。でも、私はちゃんとここにいるでしょう?」
「……そう、ですよね」
ちょっと子どものように見えてしまったアーロンの頭に手を伸ばすと『よしよし』と優しく頭を撫でてあげた。きっと私よりも落ち着いているし、立派に仕事をこなしているからたぶん私よりも年上……よね?でも、今ぐらい良いじゃない。
「ちょ、レン!?」
「ふふ、アーロンでもそういう顔するんですね~」
「そういう顔って……はぁー……私だって一人の人間ですよ?レンにはまだまだ分からないことが多いのですから今日いたとしても明日急にどこかに行ってしまうかもしれないじゃないですか。そうなったら私は……」
「アーロン?」
「せっかく未来の妃を見つけることができたというのに、また探さなければいけないじゃないですか。貴族との見合いを断ることだって一苦労ですよ?だいたい貴族の娘たちは不気味なほどに表情が無いんです。レンのように無邪気に笑ったりしないんですよ。レンが……良いんです、私は」
貴族のお嬢様たちに嫌なイメージでもあるかと思っていたけれど、きっと貴族のお嬢様たちはアーロンの王子様っていう雰囲気に呑まれてしまってまともにお話することができなかったのでは?
それに、私はアーロンに出会った日に、一発食らわせてしまっていますし……。
「……その、これからも候補が見つからなければ……か、考えて……あげなくも、ない、です……」
「え」
「で、ですから……その……お、王妃様の、候補に……」
って、何を言っちゃってるのよ、私!!きっとこのシチュエーションがいけないんだわ!この甘ったるいような雰囲気が!!違うわよ、こんなの!二人きりでまるでお忍びで出掛けているみたいだから気分も高揚しちゃっているだけよ!!
「……ありがとうございます。私は一途ですから、そう心配せずともレンをこの国の王妃の座に、私の隣に座らせてみせますよ」
そう言ったときのアーロンは、とても男らしくて。でも、ちょっと泣きそうにも見えていて……いえ、やっぱり気のせいね。ニコニコ笑っているアーロンは私が探している超ドS様には当てはまらないのだけれど、アーロンと仲良く過ごすのは悪くないかなと思ってしまった。
ただ、デートしてるだけじゃね?こいつら、リア充というやつでは……おそらくリア充言うても異世界では通じないのでしょうね。まあ、ほのぼのと過ごす時間も二人には良い刺激になったかと。お、もしかして主人公がいよいよ王妃に!?いやぁ、まだ現王妃様がご健在ですからね。どうやってその地位から引きずり落してやろうか考えていますよ、いろいろとね。もちろんお互いにお風呂に入って髪色は元に戻りました。やっぱり元の色の方が……落ち着くかな?
たまには、甘い時間もいかがでしたでしょうか。変わったタイトルの作品ではありますが、良ければ『ブックマーク』や『評価』などをしていただけますと幸いです。もちろん私からは全ての読者様に愛と感謝をお届けしますよーっ!!!




