二十九話 私の番です!
アーロンの髪色が変わった。
さっきまで金髪だったのに、ガラリと変わった茶髪の王子様。きっとこの姿で城下町にでも行ったら王子様だなんて気づかれないわよ、きっと。王様や王妃様に見られたら『誰だ?』とかって目で見られるに決まっているわ!
とにかく、染髪料の安全性は確かめられたみたい。
それじゃあ今夜、次は私の番ね!
エマさんの持ってきてくれた染髪料の効果は見て分かる通り、めちゃくちゃ優れたものみたい。それに髪質が傷んだり、髪を染めたとき人によっては皮膚が痛くなったり赤らんじゃう人もいるのだけれどこの液体はその危険性みたいなものは今のところ感じられないみたいだわ。アーロンも『特に痛みも痒くも無く……』と平然としているわね。
「レンも早速入浴に行きますか?」
今、何時頃になるのかしら?お腹の空き具合を確認したかったけれどさきほどフランお手製のレモンパイを二個もいただいてしまったことで夕食時近くになると感じる空腹感といったものが分からない。あれ、もしかしてレモンパイってかなりカロリーの高いスイーツだったりしたかしら?
「いえ!私は夕食の後にします」
「え。でもそれだと周りの人間が髪色を確認することができませんよ?」
「そうそう~。だったら今から入ってきて髪染めちゃいなよ~。そんなに時間はかからないんでしょ~?」
正直なところ銀髪がどんなふうに染まってしまうのか分からないから不安っていうところもあるのよね。エマさんが言うには黒髪に近い色合いになるのではないか?って話だったのだけれど、もしも染め時間が少なすぎて効果がじゅうぶんにあらわれなかったりしたら染髪料が無駄になってしまう。逆に長い時間をかけて染髪をして、この銀髪がどうなるのか……う~ん、まったく分からないわ。他に銀髪の人はいないのかしら?……ってこの国には私しか銀髪っていないんだったわね。
「あ、オリーブのことなら任せてよ~。ちゃんと遊んで待っててあげるからさ~」
『めんどうくさ男』のフランからオリーブと遊んで待っているだなんて言葉が聞けるなんて!お姉さん感激したわ!今の私はアーロンやフランとそう変わらない年頃みたいだけれど、元の世界では私はかなりの……うん、年上ですからね、一応。
「そう、ですか。ではお願いします、フラン」
「レン。良ければご一緒に入ってお手伝いでもしましょうか?」
アーロンは善意のつもりでニコニコと笑ってお手伝いを提案してくれているのかもしれないが、一瞬ヒヤリと背筋が震えたのよね。絶対に一緒に入浴するわけにはいかないわ!
「いえ、それだけは止めておきます。どうぞ兄弟で楽しく談笑していてください」
そう答える私に『ふふっ、残~念』と失笑するのはフラン。その言葉はアーロンに向けられているようでやれやれ、と小さく溜め息を吐いていた。ちょっと可哀想かもしれないけれど、一応男女ですから!一緒に入浴とか、いろいろとまずいでしょう!
染髪料の入った小瓶を手にした私。あれ、これってもしかして一回で全てを使っちゃうのかしら?アーロンはどうしたのかしら?
「アーロン。この瓶の中身は全て使ってしまったのですか?」
「そうですよ。ちょうど使い切りサイズの量という感じがしましたので……あ、そこら辺はエマは説明してくれませんでしたね……」
髪の短いアーロンが小瓶一つ分を使ってちょうど良く染まった現在。では、私は?私の銀髪はそこそこの長さがある。ぶっちゃけ背中に手をまわせば悠々と自分の髪を掴むことができるほどの長さ。果たして一つ分だけで事足りるのかしら?余裕を持ってもう一つ持っていってみようかしら。一つでじゅうぶんだと思えば使わなければいいって話だものね。
一応、予備ということでもう一瓶を持つと着替えとともに浴場へと向かった。
念のため、誰も浴場には……いないわね。そして、浴場を使う気配も……無さそうね。急用があるとかで急遽浴場が必要になればもっと廊下とかがガヤガヤざわついているものね。その心配も無さそうだわ。よし、これで安心して入浴ができるわね。
「気持ちいいけれど、一人で入るには少し物寂しいかしら」
相変わらずだだっ広い浴場に私の声が響く。そしてどこからともなくぴちょんぴちょんと水の滴る音も。
「えっと、髪を洗うときと同じように……」
瓶の蓋を開けて一応、確認のために匂いを嗅いでみる。元の世界にあったような染髪料の鼻にツンとする感じは全く無い。というか、無臭?見た目も透明だし、どんな植物が元となっているのかしら?
恐る恐る手のひらに出すと、またしても恐る恐る自分の髪に付けていく。その間も何か異臭がするとか皮膚が熱く感じてくるといったことも無い。一瓶だけでは髪全体に行き渡らないと感じて二瓶目も開けると髪の先まで付けていく。ビクビクしていたのが無駄だったかもしれないわね。時間はどのぐらい置くのかはっきりしないけれどあらかた髪全体に行き渡ったところで少し熱めのシャワーで髪を流した。
すると首から肩を伝い、するりと落ちてくる髪の毛は今まで見ていた銀色では、ない!ほとんど黒髪といっていいんじゃないかしら。これ、元の世界で見てきている染めていない純粋な黒髪よ!
「すごっ!効果があらわれるまですぐじゃない!」
エマさんはちょっとした発明家でもあるのかしら。ふふっ、今度お土産でも持っていこう。あ、甘いものは好きかしら?フランにお菓子を作ってもらうっていうのも良いかもしれないわね。あ、これを機会に私もスイーツ作りをフランに教えてもらおうかしら。
これで城下町に出て行ったとしても変に怪しまれることは少なくなるだろう。黒髪も珍しいかもしれないけれどまったくいないわけでもなさそうだから安心ね。
と、安堵しているとザバッと大きな水音が近くから。
は?
え、ちょ、誰かいるなんて聞いていないんですけれど!っていうか、誰か入っていたの!?
「……見慣れぬお前、誰だ。この城に東国の血を引く者はいないはずだが」
思わずヒヤリとしてしまう冷たい声は……って、ラインハルトじゃない!
「ら、ラインハルト隊長!私ですよ!」
振り向いて身分を明かしたい……が、ここは浴場。恐らく相手もすっぽんぽんの状態だろうし、湯気はあちこちに上がっているが近場で見られたらたまったものではない。とてもじゃないけれど顔なんて合わせられないわ!
「わたし、だと?……新たな給仕の者か?」
あ、ごめんなさい。そういう詐欺をしたかったわけじゃないんです!
「っ、レンです!」
「は?」
私が名乗ったことで静まり返る浴場。もともと静かな場所ですよ。でも、お互いに何も言えない異様な静けさってとても心身に悪くてビクビクしてしまう。ラインハルトはお風呂から出たのかしら?だったら早く浴場からも去って欲しい!私はじゃっかん体が冷えてきているから早くお風呂に浸かりたいのよ!
「っ、くしゅん……!」
思わずくしゃみが出てしまった。自分でもこんなに可愛らしいくしゃみが出るなんて思わなかったけれど、さすがに体が冷えたってことかしらね。体は正直だわ。
「……顔を」
「はい?」
「体は極力見ないようにする。顔だけ見せろ。お前がレンだという証拠がほしい」
えー!?それってこの状況でラインハルトの方へ振り向けってこと!?じょ、冗談じゃないわよ!私もすっぽんぽんなのよ!どうやったら顔だけ見るのよ!
でも一向に彼が立ち去る気配が無い。むしろ視線が背中に集中してビシビシ痛いです。視線攻撃って痛いのね、よく分かったわ。……体は見ないのよね。見ないって言ったわよね!なるべく胸元を腕で覆い、下はたぶん大丈夫でしょう。くるりと方向転換。すると鋭い目つきで睨み付けているラインハルトが。レンって名乗ったのに全然信じていない顔だわ。彼も立っていたわけではなく私と視線の位置を合わせるようにしゃがみ込んでいてくれたものだからいろいろと安心だったわ。いろいろ?そりゃあ……その、いろいろ目に入らなくて良かったってことよ!
「その目は、確かにレンだな……言っておくが、俺が先に入っていたんだ。今度はもっと気を付けて入れ」
私とじっと目を合わせてからようやく納得した彼は少しばかり表情を和らげるとふいっと視線を反らした。もちろん私も。すると彼は足元に注意しつつ足早に浴場から出て行ってくれたらしい。
「あ、焦ったわ……。寿命とか縮んでいないかしら」
ふー、と長い長い溜め息を吐くと冷たくなってしまった体を温めるためにお風呂へ。ゆったりと手足を伸ばせるお風呂ってやっぱり最高ね!
あ。ラインハルトには悪いことしちゃったわね……後できちんと謝らないと。あれ、でもきちんと確認したつもりだったんだけれど、おかしいわね。もしかしてこの浴場って入口が複数あるとか!?これだけ広いんだもの、有り得るじゃない!
大丈夫よ!私もいろいろ見ていなかったし、相手も見ていなかった……と信じたい。ちょっとマナーが悪いかなと思いつつ口元までお風呂に浸かるとブクブクと口から泡を出しながら少しでも気を紛らわせていった……。
黒髪主人公!まあ次に洗っちゃえばすぐに落ちてしまうのですが、ね。それにしてもまさかの浴場ドッキリ。見えてました?いいえ、彼のことですから見ていないはず、です!!!ホントかなー……?
せっかくですからのんびりと城下町に遊びに行きたいところですね!よし!エマさんにも報告に行かないと!!
いろいろドッキリ体験をしてしまう主人公ですが、温かく見守っていただけますと幸いです!良ければ『ブックマーク』や『評価』などもよろしくお願いします!!もちろん全ての読者様に愛と感謝を!!!