百五話 影の配膳係
どうやら紫の瞳を持つ女の子というのは、カトルと似たパーカーのようなモノを着ているらしい。でも、金髪の女の子って言っていたからカトルとは別の人間なのよね……。
「情報ありがとうございました。これからは城で、ゆっくり静養していきましょうね」
アーロンが丁寧に頭を下げてフェイ親子に挨拶をしていくと、フェイ親子はアーロンが何かしらの合図をすると集まって来てくれた兵士さんの手によってお城に連れて行かれてしまった。もう少しだけ裏通りに関する情報を聞いてみたかったところだけれど……あんまり聞くのもいけなかったかしら。
「……似た服装の女の子、ですか……確かに、数年前からフェイ親子が裏通りで居付いてしまっていたとしたらその間、誰かが食事を提供してあげなければ今頃父親同様に亡くなっていたはずですからね……ふむ。その紫の瞳を持つ女の子……どうにかして探して……って、レン?どうしました?」
「あ!いえ、その女の子にしても、カトルにしても……なぜ、裏通りでの生活をしているのかな?と不思議に思っていまして……」
「それは、あのカトルたちに生きる術が無いから裏通りでの生活になってしまっているのでは?」
「アーロンはそう思いますか?……私は、カトルたちは裏通りに生きる人たちのために、自分たちから裏通りでの生活を始めたかと思っているのですが……」
ずっと不思議に感じていたことなのよね。
カトルは、どう見ても貧困に苦しんでいるような生活を過ごしているような気はしなかったもの。どちらかと言えば、貧困に苦しんでいる人たちのために自分も裏通りの生活に自ら飛び込んで行った……と考える方が胸のつっかえのようなモノが落ち着く気がしたわ。
「……自ら陽の当らない場所での暮らしをしたがる子ども、ですか……」
「たぶん、ですけれど……。でも、カトルぐらいの子でしたらいくらでも城下町に来てお店の手伝いとかをしていけば十分に生活が出来るような気がするんですよね」
「……確かに。まだ若そうとは言っても、ちょっと生意気そうでしたがこちらに喧嘩を吹っ掛けてくるだけの元気はありそうでしたからね」
生意気って……アーロンの目にはそう映っていたのね。まあ、喧嘩を吹っ掛けるだけ元気が有り余っていると思えば良いことじゃない?本当に元気が無かったら、喧嘩をすることも出来ないものね。
「紫の瞳を持つ女の子のことも気になりますが、カトルのことも……もう少し知りたいところですね」
でも、ここにいるだけじゃ裏通りのことを知る術が無い。かと言って、フェイ親子にまた裏通りでの生活のことを聞き出すというのもなんとなく躊躇われてしまうわね。帝国のことを知っていそうな人……そして、裏通りの生活者たちについてもなんとか調べられそうな人……。エマさんは、確かに帝国の城下町のことについては耳が早そうだし、何かと情報を得るには打って付けの人かもしれないけれど、さすがに裏通りの奥……その日暮らしもやっとだという人たちの生活や情報までは知り得るのは難しいかもしれない。
「……うーん、どうしましょう?」
「ふふっ、悩んで困っている顔もなかなかに可愛らしいですが、そろそろあちらの片付けをしてみるのも良いのではありませんか?」
さらりと、たらしな発言をしてくるアーロンに小さく咳払いしつつアーロンが視線の先を、と促されると寸胴鍋に作った豚汁も、もう間もなく終わるようだった。量としては、かなりの量……それこそ寸胴鍋を使って調理をしたんだもの。ちょっとやそっとじゃ終わらないとは思っていたけれど、豚汁は多くの人たちの口に合ったようだったらしい。ここまで食べてくれるとは思わなかったので作った身としては嬉しいものがあるわね!
アーロンとともに配膳先へと足を運ぶと寸胴鍋の中身を覗き込んでみれば、あと数食分ぐらいを配膳してしまえば底が見えてしまいそうだった。
「!ここまで食べてもらえるとは思わなかったので、素直に嬉しいです!」
感動のあまり、ちょっとばかし涙腺が緩みそうになるものの(体はこちらの世界では十代だと思うけれど、精神年齢的にはかなりずっと上なのだから涙腺が緩むのも仕方が無いわよ)配膳をしてくれていた兵士さんたちにぺこぺことお礼のお辞儀をしていけば、頭を下げてお礼を言う私に『とんでもない!』と慌てて両手を振り、戸惑っていく様子が見られた。きっと私がアーロンの許嫁だから、頭を下げられたものだから驚いちゃったのよね。でも、人間なのだから素直にお礼をするときには『ありがとう』って言うものなのよ。
「……その、城下町の皆さんは大分来られたようだったかもしれませんが……その、貧困で困っている方たちはどれぐらい来られたかとかって分かりますか?」
「如何にもな見た目をしている人の姿っていうのはあまり無かったように思います。ただ、何度か往復してきてくれた方はいましたね。背丈はフラン様ぐらいの女の子で……特徴と言えば、珍しい紫色の瞳を持っている女の子でしたよ」
「!こちらに来ていたの!?」
まさかの、入れ違い……というヤツかしら。私たちが裏通りの奥の方までに足を運んでいる間に、フェイ親子がお世話になったという紫色の瞳を持つ女の子は何度も豚汁を受け取りにやって来たのだという。
「……その、女の子の特徴は……どのような服装をしていたか覚えていますか?」
「フード付きのパーカーっぽいモノを着ていましたね。少しサイズが大きいのか、ダボついた感じがしていたのですが……」
アーロンもまさか、と思い特徴を聞いていけば、パーカーを着ていたと言う答えが返されてしまった。ここに来ていたなら、素直にここで待っていれば良かったかしら?でも、そうするとフェイ親子を見つけることが出来なかったのよね……う~ん、もどかしいわ!
「はは、残念でしたね。でも、その女の子が何をしていたのか……軽く想像はつきましたよ」
「え、それって?」
アーロンも苦笑いを浮かべているが、その女の子は何をしていたのかについては私にはまったく分からなかった。
「何度もこちらに足を運んでいたのでしょう?まさか、その少女が何度も豚汁を一人で食べていたわけではないでしょう。……その少女が、裏通りの方々に向けて豚汁を運んでいたのではありませんか?」
「!なるほど!」
私たちが行った道とは違う道でもあるんだろうか。それらしい女の子と擦れ違うことなんて無かったわよね。それでも、紫色の瞳の女の子は、頑張って配膳を手伝っていたも同然じゃない!それにしても、なんでそんなコソコソしながら動いていたのかしら?私たちに見つかるのが嫌だとか、わざと見つからないように行動しているというか……なんだか、そんなふうに考えちゃうのよね。
「もしも、あのカトルという少年の知り合いや関係者なのであれば、今回、少女が動いていたのは独断だったのではないでしょうか。カトルは、必要無い!と言っていましたが、貧困層の方々の現状を知ってしまうと人というものは何かしてあげたい、手伝ってあげたい、と考えてしまうものですからね」
「……私たち、避けられてますよね……なんで、そこまでコソコソするんでしょう……?」
「それぞれワケが有るんでしょうね。あまり知られたくないこと、表沙汰にされたくないことの一つや二つぐらい、持っているものでしょう?」
「……そう、ですね」
それにしても……本当に紫の瞳の女の子が配膳を一人で頑張っていたのなら、私ももっと堂々と運んでいけば良かったかしら?今回、私は声ばかりを掛けていくばかりだったけれど、配膳をすることまでは考えていなかった。来るもの拒まずの考えだったけれど、ここで待っているだけじゃ……ダメだったんだわ!
さてさて、紫の瞳を持つ女の子とは!?
良ければ『ブックマーク』や『評価』などをしていただけると嬉しいです!もちろん全ての読者様には愛と感謝をお届けしていきますよ!




