百三話 穏やかな光景
今の今で、すぐに裏通りに戻ることは出来なかったわ。
さすがにカトルたちのご機嫌を損ねてしまうだろうし……そうなったら、私じゃなくてラウルやアーロンだって危ないものね……。
広場に戻って来た私たち。温かな豚汁は城下町の市民の皆さんに笑顔を与えてくれるらしく、ホカホカした豚汁を食べている人たちの顔には笑顔が浮かんでいるように見えた。この光景を、こうして当たり前のように笑える環境を……裏通りに住んでいる人たちにも与えていきたいのに……これって、そんなに難しいことなのかしら?一緒にご飯を食べましょう!……これだけのことなのに、毒入りだとか……ここには必要無いだなんて言われるなんて思わなかったわね。でも、私だって一度冷たくされたからってそう簡単に諦める女じゃないんだから!
「!お疲れ様、フラン。それに皆さんも。今まで、席を外してしまってすみません」
「いいよ~、いいよ~。それより、どうだったー?何か変なことはされなかった~?」
寸胴鍋に調理した豚汁も……だいぶ減ってきた感じがする。それだけ多くの市民の人たちの口に入っていったのね。良かったわ!それにしても、炊き出しだの、配膳だの、慣れない行為ながらも手伝いをしてくれているフランや兵士さんたちにはどれだけ頭を下げても足りないかもしれない。それなのに、疲労といったものは顔には出さないようにしているのだから本当に大したモノだわ。
市民の方々とはそこそこに顔も知られているだろうし、なかには仲の良い人もいるだろうフランも一旦話が落ち着いたところでこちらから話し掛けていけば軽く顔を左右に動かし、そして裏通り方面に行っていたことは知っていたらしく心配されてしまった。
もちろん見た目でも分かるように何もされてはいない。ただ、いろいろとびっくりすることはあったのだけれど。
「……正直に言うと、美味しいモノを準備してみんなで美味しく食べていけば裏通りの人たちも食べに来てくれるかな?とは思いましたけれど、それって甘かったんですね……」
「う~ん?でも、レンみたいにここまでやろう!って思って、行動に起こせるのも凄いと思ったけれどねぇ~。なかなかあれこれ考えてはみても、じゃあ何をしようか?って、ところで止まっちゃうと思うし。それにさ~……レンには、ここの景色……ちゃんと見えてる~?」
フランに、景色と言われたので改めてざっとだが広場を見渡してみた。すると、そこには同じモノを食べたことによる親睦なんだろうか、それが深まったような、それでいて仲の良い人とはより仲良く談笑しているようにも見えたし、同じ場に集まって同じモノを食べたことで……なんだろう、凄い良い景色に見えるわね。
「……皆さん、いい顔をしているように見えます」
「うんうん。それに、裏通りの奥の方まで行ったんでしょ~?何もされなかったのが不思議なぐらいだよ。下手したら……人攫いとかに遭っていたっておかしくなかったんだよ~?レンの近くにはラウルとか兄上がいたんでしょ?それでも、人間なんてその気になれば一瞬のうちにどうにかされちゃうものなんだから。……むしろ、三人とも無事だったことがおかしく感じたけれどねぇ」
「リーダーみたいな少年がいたんですよ。ちょっと他の人とは変わった感じの子だったんですが、もしかしたらその子がいたから私たちは無事に済んだのかもしれません」
フランがいくら腕も立つ、それに魔法も使える者がこちら側にいたとしても無事で、何事もされなかったのが不思議だった、と言っているからラウルがリーダー格のカトルのことを簡単に説明していけば興味を持ったのか『へぇ~』と感心したように聞き耳を立てていたようだった。
「カトル……それに、金髪に黒のメッシュねぇ~。そこまで特徴のある少年だったらもっと噂とかになっていてもおかしくなさそうだけれどなぁ~」
フランは城下町にあるスイーツのお店でほぼ毎日のようにお手伝いに来ているらしいから城下町、そして裏通りに関しての情報というものも多かれ少なかれ耳にすることもあるらしい。それでも、今までカトルのような特徴のある子の話というものは聞いたことが無かったのだという。おまけに物騒なモノまで所持していたと話すと困ったように眉を下げられてしまった。
「それ、物騒どころの話じゃないよねぇ~?拳銃だっけ?下手したら、そのカトルってヤツだけじゃなくて他にも持ってるヤツがいるかもしれないんでしょ~?そういう物騒なモノって人身売買と同じぐらい裏の世界だとやり取りがおこなわれているっぽいからさ~……こっちは、魔法が使えるからまだ対処が出来るけれど……って、レンは魔法が使えないんだったっけ……一人で裏通りに行こうとか考えないでよ~?」
ぎくり。
思わずフランの言葉に肩を上下させるものの、ぎこちなく首を縦に動かしていくが、じぃーっと穴でも空いてしまいそうなほどにフランの灰色の瞳に見つめられてしまうと視線をあちこちに動かしつつ結局のところは間をおいて『……はい』と頷くことしか出来なかった。
わ、私だってさすがに一人で裏通りの奥までは行こうとは考えたりしないわよ。……そ、それに、私に何かあったら……心配する人がいるって、分かってきたもの。だから無茶はしないわ!無茶は!それでも、カトルをはじめ、裏通りに住んでいる人たち、今も過ごしている人たちのことを諦めたつもりは無いんだから。
「あぁ、大丈夫ですよフラン。レンが、そんなバカで無茶なことをしそうになったら城に監禁でもなんでもして縛り付けておくようにしますから」
どきっ!!
か、監禁ですって!?
『ご気分は如何かな?我が許嫁。くくっ、まだそんな強気な目を向けられるとは……仕置きが、まだ足りないかな?それにしても……鎖で繋がれた貴女を見ていると……可愛らしいペットのようだ……』
思わず、俺様アーロン様が降臨なさったときを妄想してしまったのだけれど、さすがにこういうのはアーロンはしないだろう。今のは、あくまでも私の中の妄想よ、妄想……げふんげふん。でも、ちょっと監禁とか……ふ、ふふっ……ちょっと激しめだけれど、イイわね!
「監禁するときには、鎖でお願いしますね!」
「は?」
ついつい胸の内だけにとどまらずに、本音が口から出てしまうと途端に目を丸くしたのはアーロンだった。鎖?と眉を顰められて呟かれるものの不意に私の耳元に口を近付けてきたアーロンからは『そういうのが趣味なのか?お前は』と囁かれてしまったので、慌ててぶんぶんと顔を横に振っていくものの微かに見えたアーロンのニヤけた顔に、ひぇっ……と小さな悲鳴を洩らしてしまった。
「と、とにかく!一人では行きませんから!い、行きそうになったらそれとなーく止めてください……」
さすがに本当に監禁なんてされるわけにはいかないものね……。まさかの第一王子の許嫁が城の中では監禁して過ごしているだなんて公にされたらたまったものじゃないもの……。
「レンが行くときには私も同行しますからね!」
ラウルは気合いを入れて同行を願い出てくれるものの、こういう場合ってどうなのかしら?一応、ラウルだって女性。騎士としては腕が立つし、給仕としての腕もかなり高い。それでも女性であることに変わりは無いのだから私と同じぐらい危険なんじゃないかしら?
「……ラウルも行くのでしたら、私ももちろん行きますので……」
私の考えでも察したのかアーロンが、渋々と声を掛けてくるがこのメンツなら大丈夫なのかしら?それに治安が悪いって言うけれど、どういう意味合いで悪いのかがイマイチ分からなかったりもするのよね。物騒なモノを所持しているってことは分かったわ。もちろん、女性や子どもたちが誘拐されるっていう危険性もあるらしい。……なら、他は?もちろん裏通りで過ごすことになれば衛生面も悪いだろうし、そもそも食べるモノとかってどうしているのかしら?何処からか盗んでくる、とか?そういうのを率先しておこなっているのが、カトルってことになるのかしら?裏の事情もまだまだ分からない……詳しいことを知る人っていないのかしら?
あ、いたじゃない!
ラウル、アーロンがいたとしても無事だった理由。それは、カトルもいたからでは?きっとカトルにも無駄に悪事を働くことはさせないような理由もあるのでは?う~ん、それでも分からないことだらけね……。
良ければ『ブックマーク』や『評価』などをしていただけると嬉しいです!もちろん全ての読者様には愛と感謝をお届けしていきますよ!




