第一話『魔獣の町と魔法使い』
季節は暑い夏。
気温は35°を超え場所によっては40°すら超えるとかなんとか、そんなニュースを見ながら一人の少女は朝ごはんを食べていた。
「今日も暑くなりそう……」
気が滅入りそうにながら独り言をつぶやきつつ食器を片付けて身支度をする。
制服に着替え鞄の中身を再確認してから靴を履き少女は家を出た。
少女の名前は『雨夜 深月』
この春から桜ヶ坂女子高等学院に通う高校1年生。
今日は高校生にとっては一大イベントである夏休み前最後の登校日、つまりは終業式の日である。
学校についた深月は教室入り自分の席について腰を下ろす。
入学してから3ヶ月も経てばグループもある程度でき、休み時間や休日に遊ぶ友人なども決まってきている頃であり教室のどこそこで夏休み中の計画を話して盛り上がっている。
深月はというと誰とも話すことなく静かに読みかけの本を読み始めた。
誰かと不仲というわけではないが特定の誰かと仲良くすることもなく極力、人と関わらないようにしていた。
先生が入ってきてチャイムと共に朝のホームルームが始まる。
「はーい、静かに―。終業式の日だから早く終わるけど今日は一大イベントがあるんだから~。」
「えーせんせー、一大イベントって何ー?」
「もしかして先生のおごりでみんなでご飯いくとか?」
先生の言葉に教室中がざわつく。
「そんなことしたら安月給の先生が破産しちゃうので違います~。一大イベントとは~~……なんと転校生が来ましたー」
「「「えー転校生!?!?」」」
先生は元々素がそうなのかゆるい口調でそう言う。
転校生という言葉に教室のざわめきはより一層騒がしくなる。
深月も特に興味がなかったものの今から長期休みというこのタイミングで転校生とは珍しいと思いながら耳を傾けていた。
「ふふふ、いい反応だね~みんな~。それじゃあ入ってきてー」
先生の言葉と共にがらがらと教室前の扉が開いて一人の少女が入室してくる。
少女は黒板に朝晴 太陽と書きクルっと振り返る。
「初めまして!朝晴 太陽といいます!両親の都合でこの町に引っ越してきました。仲良くしていただけたら嬉しいです!!」
見た目はボーイッシュで名前の通り太陽のような明るく元気な子という印象だった。
(朝に晴に太陽…ねぇ…)
深月は太陽の名前を見ながら思う。名前も正反対なら人間としての中身もまるで真逆の人種だ。
特にかかわることはないだろうと思っていたが転校生ということは机を新しく設けるということで深月は自分の横を見る。深月の席は丁度クラスの中で一番後ろの左端だったはずだ。しかし気付けば一番後ろの席は少しずつ右にずらされ1席机が深月の横に用意されてあった。
「はーい、それじゃあ朝晴さんは一旦一番後ろの端の席ね~。休み明けには席替えもするから~。」
太陽は先生の言葉に元気に「はい!」と返事をするとスタスタと歩いて席につく。席について荷物を横にかけると深月に声をかけてきた。
「さっき自己紹介したばっかだけど朝晴っていいます!よろしくね!」
「…雨夜よ、よろしく。」
深月は太陽の元気の良さに圧倒されつつ答える。普段からほとんど人付き合いはしないしここまで正反対な人間だとえも言われぬ気持ちになりそうである。
しかし、不思議と不快などにはならなかった。むしろ最初一目見た時からか何かこの少女に引っかかるものがあるような印象さえあった。
(なんだろう…何か引っかかるけど…よくわからない…)
思い出せそうで思い出せない、そんなもやもやが頭の隅でぐるぐるしたがすぐ振り払う。
(どうせ考えても無駄だしいいや…)
転校生という一大イベントがあったものの学校は早々に終わり、浮き出しあった学生達はどんどん下校していく。深月も特に用事があるわけでもないが昨夜少し寝不足なのもあり早足で帰宅についた。
深月は町中から少し離れた一軒家に住んでいた。
事情が色々あって両親がいないもののお金だけはあり生きていくには何不自由なかった。
汗を流して軽くご飯を食べると椅子に腰かけ一冊の本を開く。
本の中身は日本語とも英語とも違う普通の人では読めない文字、魔力を持つ者だけが読むことができる本、『魔本』
深月は目に魔力を宿しながら本に目を通す。
「やっぱ書いてないか…師匠が残してくれた記録にもない事なのかな…」
ため息をつきつつ脱力して椅子に体重を預ける。色々考えたいことがあったものの寝不足も相まってそのまま深い眠りについた。
静まり返った丑三つ時、深月は目が覚める。
「…今日も門が開いてる…」
立ち上がるとすぐに準備して家を出る。
この『桜ヶ坂街』は桜の木がどこにでも植えられていて春になるとどこを見渡しても桜が咲き乱れる美しい街として知られている。
しかしその裏ではもう一つの異名が人知れずあった。
『魔獣の町』
皆が寝静まった丑三つ時、『魔界』と呼ばれる場所の入口『門』が開き『魔獣』が町にやってくる。
魔獣は普通の人には見えないものの人に害をなす存在であった。
そんな魔獣を狩る者として存在する、『魔力』を使い『魔法』を行使して魔獣を狩る者『魔法使い』
バァン…
乾いた銃声音が暗く静まり返った町に響き渡る。
深月は建物の上から手に持ったスナイパーライフルを降ろし一息つく。
「これで4体目…あと1体反応があったはず…」
少し離れた場所で消えゆく黒い影を見ながら周囲の魔力反応を探る。
(昨日と同じ獣型だから素早いはず…少し時間がかかってるから早くしないと被害が…)
「…ぃやー…!…」
集中して探っていると遠くから悲鳴が聞こえる。
(悲鳴!?おかしい、人はいないはずなのに…!)
深月は慌てて駆け出す。
悲鳴が聞こえた場所に到着すると獣型の魔獣とその傍に一人の少女が居た。
「…!このっ…!」
深月は慌てて手の銃を向けて魔獣に放つ。
魔獣は銃弾を避けて距離をとる。その隙に深月は少女の傍に寄った。
「あ…れ…?雨夜…さん?…」
「あなた…なんでここに…」
深月が少女の顔を見るとそれは昼間見たばっかの朝晴 太陽だった。
(本来普通の人は『こっち側』にはこれないはずなのにどうして…!いやそれより今は…)
太陽のお腹を見ると血が滲んでいた。様子を見るにかすり傷程度ではないだろう。
(傷が深い…急いで手当しないと…)
深月は魔獣の方に振り返る。まずは魔獣を撃破して事態を終わらせることを優先した。
しかしここで予想外の出来事が起こる。
太陽は知人の顔を見たことで触れて安心したいと思ったのか震える手で傍にあった深月の手に触れた。
瞬間、眩い光が起こり収束していく。
「今の…何…」
深月は不意の光に目が眩んだもののすぐ落ち着くと自分に起きた異変に気付く。
「私の魔力が…ほとんどなくなってる!?」
慌てて自分の体を見渡す深月。手に持っていた銃もいつの間にか消えていた。
(武器の形成すら保てないほど魔力が尽きた?!今日はまだ全然魔力を使ってないはずなのに?!)
あまりに唐突な出来事で思考が追いつかない。そんな慌てふためく深月に太陽が声をかけてきた。
「雨夜さん!雨夜さん!何ですかこれ!?本物!?」
深月が太陽のほうを振り向くと同じく慌てふためいていた。
先ほどと違う点を言えば、致命傷に近かったお腹の傷が綺麗に治っておりその手にハンドガンらしき銃が握られていたことである。
「あなた…まさか!?」
深月が太陽の手を握る。
「やっぱり…!私の魔力のほとんどがあなたの中に…!」
「へっ?魔力?」
現状把握が何もできず茫然とする太陽。
深月が思考を巡らせようとした瞬間、痺れを切らしたのか魔獣が深月に襲い掛かってくる。
「雨夜さん!!」
「…っ!」
深月はとっさに懐から伸縮棒を取り出し残り少ない魔力を込めて魔獣の攻撃を受け流す。
「このっ!!」
太陽は手に持ったハンドガンを魔獣に向けると引き金を引く。
パァン!という音と共に魔獣の足先から黒い煙がでて再度魔獣は距離を取った。
「…浅い…それに魔力も足りてない…」
深月は魔獣の足先を見ながら考え、太陽に言う。
「朝晴さん、今は何もわからないでしょうけどしっかり聞いて欲しい。今はとにかくこいつを倒さなきゃいけないくてそのためにはあなたの力がいるの。」
「私の…力?」
「そう、その手に持ってる銃のこと。本来なら私がやるはずだったんだけど…何故か私の力のほとんどが今あなたの中にあって私だけではあいつを倒すほどの力が出せないの。いい?今は余計なことを考えないで一つだけしっかりイメージしてほしい。それはただの銃じゃない、あなたの中にある魔力から作り出した『魔銃』。その威力はあなた次第でどれだけでも変わるの。多分さっきは現実で想像するような銃のイメージで撃ったからあの程度の傷を負わせられた。だから今度はもっと…大砲とかレーザーとか、もっと威力があるイメージをしてみて。」
「う、うん!で、でも私、銃なんて初めてだし当てられるかなんてわかんないよ!?」
「大丈夫、私があいつの足止めをしてサポートするからイメージして落ち着いて狙って」
そういうと深月は魔獣の方へ駆け出す。
魔獣の牙や爪をかわしつつ魔力を込めた棒を使って棒術で的確に関節や脊髄などに叩き込んでいく。
「イメージ…イメージ…」
太陽は目を瞑って少し考える。
(威力があるイメージって何!?あ、でもなんかのアニメで銃から電気がでるのをみたことあるような…あんなのでいいのかな)
言われた通りイメージをしてから目を開けて魔獣の方に向けて銃を向ける。
「雨夜さん!イメージはできたけど全然震えが止まらないよーーー!!」
銃を魔獣に向けたはいいものの太陽は手の震えが止まらず泣きそうな顔をしながら深月の名前を呼ぶ。
その声に反応し、深月より太陽のほうが危険と察したのか魔獣は太陽のほうを向き襲い掛かろうとする。
「ああもう!」
深月は足に魔力を回すと太陽の横まで一瞬で移動し太陽の手に自分の手を重ねる。
「大丈夫、息を吐いて…今!」
深月の言葉を聞き太陽はゆっくり息を吐いてから引き金を引く。
その瞬間、太陽の持っていた銃の銃口から青白い光が魔獣に向かって一直線に飛んでいく。
その威力は凄まじく魔獣はおろか前方の建物や地面を削り取る勢いだった。当然反動もすさまじく二人は後方に吹っ飛ぶ。
「あいたたた…」
太陽は派手に転んだあと頭をさすりながら立ち上がる。
「あれ…?おーい、雨夜さーん、どこー?」
まぶしい光を見た後のせいで少し目が霞むものの目を細めながら太陽は深月を探す。
深月は幸いそこまで遠くまで行ってなくすぐ近くにいた。
「…あなた…」
深月は体をよろよろとさせながら立ち上がり
「イメージしろとは言ったけど加減がないにもほどがあるでしょうが馬鹿」
そういいながら太陽の頭をぺしっと叩いた。