4話
第四話
ガルバディオの城門は既に閉じられていた。
しかも炬火が普段の倍以上灯されている。衛兵の数も増やされているだろうし、
――これでは城門から出ることもできないな。
しゅうは木陰から、ただ遠望するしかない。
ガルバディオには、城と街を囲むように大きな城壁がある。その為城門以外から出入りすることは不可能だ。城壁の内側には、戦時に兵士が城壁に上れるように、数箇所階段が設置してあるが、もちろん其処も普段は鍵付きの鉄門で閉鎖されており、警備の兵もいる。
ロープを持ち出す暇も無かったし、城壁を登ることも出来ない。第一この炬火の量では、よじ登っている途中で見つかる。
変装も得意ではないし、第一道具も…。
ふと思い至って、左手で左耳の辺りを探った。今は其処には何もない。
浮かんだ考えをすぐに否定してから、しかしまた考え始めた。
セリア女王と戦ったとき、自分は蜘蛛の幻惑を見せていた。ということは、
――もし王冠を使ったならば。
王冠を使って、自分が別のもに見えるように幻惑をみせることが出来れば、城門を警備している兵士を欺くことも出来るのではないか。
しかし――。
脳裏に浮かぶのは、剣先を向けてくるセリア女王の、異様なものをみるような表情。
あのときの自分の姿は、化物以外の何ものでもなかった。王冠を使うと、そのような姿になってしまうということだろうか。化物になったら、自分の理性や感情は消し飛んで、心まで化物になってしまいそうだった。そう思うと、やはり躊躇ってしまう。
そんな逡巡を繰り返すしゅうの前を、街のほうから来た灯りが二つ通り過ぎ、城門へと吸い込まれていった。
留まれば留まるほど、状況は切迫していくだけだ。
――自分は此処で捕まりたいのか?
捕まって申し開きも出来ないまま、この世からいなくなっても良いのか?
それで良い訳がない。騎士なら騎士らしい生き様があるはずだ。
意を決したしゅうは、目の前に見える南門へと歩き始めた。
南門の前には商人や芸人、旅人等が並んでいた。検問が常よりも厳しい為、待ち時間も長くなり、不平をこぼす者もいる。
「お勤めご苦労様」
インリン達は、城門の検問を統括している兵長に声をかけた。
「これはインリン様にレン様」
兵長は近寄ってきて頭を下げた。
「どうだい、怪しいやつはいたかい?」
「ええ、何人か怪しいものは捕えました、が今のところしゅう様及び青い魔物に繋がる情報は得られておりません」
「そうか」
大門は東西南北で四つ、小門は大門を挟むよう八つある。夜間は小門からの出入りは禁止されており、ガルバディオから出るには、四つの大門からでなければ、出られないはずだった。
――四分の一の確率で、この南門を通るわけだが。
インリンは正直、しゅうを捕えたいとは思わない。今まで苦労を共にしてきた仲間だ。見つけたら見ぬ振りをして見逃してあげよう、などと思っていた。
そんなインリンの心を見透かしたように、
「騎士にとって、王命は絶対だぞ」
と、隣でレンが呟いた。
「そんなこと言われなくても…」
わかってるさ、と横を向いたインリンの目に、よく見知った少年の姿が映った。
「あれは…、トマスじゃないか」
その言葉に、レンも検閲の様子をみた。トマスは検閲を受けて困っているようだ。
二人は少年に歩み寄った。
「やあ、トマス。どうしたんだい?」
インリンが声をかけるとトマスは、
「インリンさま、レンさま、いつもお世話になっております」
といって、頭を下げた。
「御二方の知り合いですか? 不明瞭な点があったので質問していたのですが」
検問していた兵士が二人に訊いた。
「ああ、よく広場で菓子を売っていてね、チョコレートなどを買ったことがあるよ。しかしトマス、今日はどうしたんだ? 家に帰るならば東門からだろ?」
トマスの家は、ガルバディオの東郊外にあるため、南門から出たのでは遠回りになってしまう。東門の兵士ならばトマスの事も知っているだろうに、などと思いながら、インリンは訊いた。
「えと、ちょっと用事を頼まれて…」
「じいさんにか。全く、こんな子供を夜に使いに出すとは」
トマスの返答を聞いたインリンは、そういってから軽く舌打ちをした。トマスは祖父と二人暮しで、その祖父は酒を飲んでばかりで何もしないのだ。インリンが郊外に出向き、何度か注意した事もあったが、一向にやめる気配はない。
「送ってあげたいのは山々なんだけれども、今日はどうしてもやらなければいけない仕事があるんだよ。すまないが…」
「お気持ちだけで十分です。では」
トマスは頭を下げて、検閲の兵が頷くのを確認してから城門を通り抜けようとした。
「トマス」
不意に後ろから呼び止められて、トマスは立ち止まった。
振り返ったトマスの前にレンが立っている。差し出された手の上には、竹とんぼがあった。
「この間頼まれていたものだ。試しに飛ばしてみたが、前のようにちゃんと飛んだぞ」
ハネのところに折れた跡がある。
「有難う御座います、レンさま。直してくださったのですね! 次に来た時にはお菓子をサービスします」
そういってトマスは、笑っているインリンや検閲の兵に一礼すると、素早く城門を抜けていった。
「…しかし、レンにそんな愛想があるとは思わなかったよ」
トマスの姿が見えなくなった頃、インリンが笑いながらレンに話しかけた。
「どう見たって、子供好きには見えないしさ…おい、レン、どうしたの?」
レンは横を向いたまま何かを考え込んでいる。
「トマスのことが心配なんだな。大丈夫だって、トマスは賢い子だから、危ないところには近づか――」
「ハネを撫でていた」
インリンの言葉を遮って、レンが呟いた。
「ハネって?」
「俺が以前直してあげたところだ。今回は柄を差し替えたはずなのに、トマスは前に壊れたハネを撫でてお礼をいっていた…」
「そういえば――」
インリンが思いついたように、大剣の柄を叩いた。
「セリア様を害しようとしたしゅう殿は、幻術を使ったと、セファイド殿がいっていたな」
「トマスを追うぞ」
レンが城門を走り出てゆく。
「おい、待てってば!」
インリンも大剣の柄に手を掛けて、
「スマンが応援として、騎士を数名派遣するように要請しといてくれ。…っと、荒々しくないやつ希望だと、言葉を添えておいてくれるとありがたい」
と言い残すと、城門から飛び出していった。