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『虚幻の王』  作者: しぃ
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1話

第一話


突如旋風が巻き起こった。

その風のかたまりは、通路を歩いていたしゅうの横面めがけて飛来し、とっさに上半身を引いてかわした彼の側面の壁を、轟音と共に抉った。

その風圧に体勢を崩されたしゅうめがけて、さらにもう一つ、風のかたまりが飛んでくる。

――次は避けきれない。

しゅうは観念して目を閉じた。

しかし、旋風がしゅうを襲うことはなかった。目を開いたしゅうの瞳に映ったのは、ゆらりと揺らぐ巨躯の怪物の姿。怪物はそのまま、崩れるように地に斃れた。

「危なかったな。しゅう殿、大丈夫かい?」

うつ伏した怪物の背後から大剣を引き抜いた騎士が、近づいてきてしゅうに手を差し伸べた。

「インリン殿、助かりました」

しゅうが手をとって立ち上がり、インリンに頭を下げると、

「さっきはゴブリンに囲まれた所を助けてもらったから、これであいこだね」

と、インリンはにっと笑って、しかしすぐに、軽い溜息をついた。

「しかし、この遺跡、…一体何処まで続いているんだろう」

彼の目は、遺跡の奥へと向けられている。

「どうでしょう。今、巨躯の魔物を倒したことで、魔物の気配は消失したように思えるのですが…」

そういって、しゅうもこれから進もうとするほうへ目をやった。壁が不思議な淡い光を放っているため、光には困らないが、通路が螺旋状になっているために遠くまでは見通せない。

『魔物が遺跡を発見し、其処を根城に周辺住民に危害を加えている』

という情報が、アンタレス国の首都ガルバディオの城にもたらされたのは、今朝のことだった。それを聞いたアンタレス国の女王セリアが、丁度城に居合わせたしゅうとインリンに調査を命じたのだ。二人が周辺住民の話を聞いた限りでは、見かけるのはゴブリンだけで、その数もたいしたことはなさそうだったので、二人で遺跡に乗り込んだのだった。

それから既に半日が経過している。

「ゴブリンを百匹近くも倒せば、そりゃあ気配も消えるさ。さっきの巨躯の魔物はゴブリンじゃなかったが、リーダーか何かだったんだろうよ」

インリンがそういいながら、淡い光を放つ壁を眺めた。

「それにしても古そうな遺跡だよな。何時の時代のものだろう?」

「さあ、それはなんとも。二人が並んで歩けるような地下道で、しかも周囲の壁は魔法か何か知らないが光を放っている。それを考えれば、この建物が文明の発達していた時代のものであろうとは思いますが…」

眼差しを落としたしゅうの目には、骸骨や折れた刀剣などが散乱している床が映ったが、これが遺跡が建てられた当時のものかどうかは怪しい。ゴブリンが持ち込んだものもあるだろうし、その前に誰かに荒らされているかもしれないからだ。床に転がる遺物から時代を推測することは、専門家でもなければ困難である。

そんな事を考えながら、さらに暫く進むと、大きな扉の前に行き当たった。

扉には鍵がかかっているらしく、試しに二人で体当たりしてみたがびくともしない。おまけに扉の周囲を埋め尽くすように蔦がびっしりと生えており、長年だれも手をつけていないことは明らかだった。

「此処で行き止まりだな」

インリンが軽く伸びをしながら、

「じゃあ戻ろうか。地下部分には分かれ道も無かったし、この扉にはゴブリンも手をつけた様子はないし、魔物の気配も消えたし。女王様への報告が済んだら酒でも飲みにいこう」

といって、もと来た道を戻ろうとしたが、しゅうはその扉から目を離すことが出来ずにいた。扉――正確には扉の向こうの何か――が、しゅうへ語りかけているような気がしたのだ。

「どうしたんだ、しゅう殿。帰らないのかい?」

その様子に気付いたインリンが、しゅうに問いかけてきた。

「何か勿体無いですね」

しゅうは扉を見つめたままいった。

「何が勿体無いって?」

インリンが怪訝な顔をした。

「この遺跡ですよ」

そんなインリンの表情を余所に、しゅうは周囲を見回している。

「私たちが戻って報告したら、二度と魔物が棲みつかないように、この遺跡は焼き払われるか、埋められるかでしょう? 貴重な旧時代の遺産なのに」

「まあ、住民の安全のほうが大事だからね。早く埋めるに限るだろ」

「もうちょっと奥まで調べてみたいと思いませんか?」

「そんなこといったって…」

インリンは、蔦でびっしりと覆われた扉を眺めた。

「どうやってこの扉開けるんだ」

二人がかりで体当たりしてもびくともしない扉である。扉自体も金属で出来ており、とても破壊できそうに無い。

「さっきから気になっていたのですが…」

しゅうは扉に近づくと、周囲をびっしりと覆っている蔦をサーベルで断ち切り、手でむしり始めた。インリンはしゅうのその様子をみて、やれやれとでも言いたげな表情で眺めている。

暫く蔦と格闘していたしゅうは、そのうち板のような出っ張りを発見した。彼はその周りの蔦を全部剥ぎ取り、懐からからハンカチを出して、こびりついた土くれを拭った。

「…石版だ」

正確には、壁に石版のようなレリーフが彫られている。其処に刻まれた文字は、一目して現代のものではないことが分かった。恐らくこの遺跡の建てられた時代のものだ。

――この文字を解読したいが…。

しゅうは古代文字を学んだことはないのでどうしようもない。彼はちょっと考えてから、

「インリン殿、ちょっと野暮用を頼まれてくれませんか?」

と、後ろで暇を持て余しているインリンに声をかけた。

「野暮用って? …まさか、しぃな殿の研究室から辞書を借りて来いってか?」

「すぐ解読できるように、出来ればしいな殿を連れてきていただけると嬉しいのですが」

しぃなは、ガルバディオに研究所を構えながら、騎士としてもアンタレスに仕えている博学の士だ。その研究所は、ガルバディオで最も資料の豊富なところであり、調べ物をするなら是非とも彼を呼びたいところなのだが、

「二人乗りじゃあ往復するだけで一時間以上かかっちまうよ。それにしぃな殿を説得するとなると…」

予想通り、インリンは不満を露わにしていった。しぃなを呼びにいくのは、全くしゅうの私用であって、任務でも何でもないのだから、当然といえば当然だった。しかし、しゅう自身が遺跡を離れるわけにはいかない。というよりも、遺跡に呼ばれているようで離れられない気分になっていた。

――こうなったら。

「もちろんタダという訳ではありません。実は私、この間珍しい大剣を見つけたのですよ」

そういってしゅうは、思わせぶりにインリンの方をみた。

「何だよ、人をモノで釣ろうってか」

インリンはしゅうの考えを見透かしたようにそういったが、

「…で、その大剣の銘は?」

と、続きを促した。

「緑風ですよ」

「へえ、緑風の大剣か!」

緑風の大剣は店で手に入るような代物ではない。先日しゅうが苦労して洞窟を探検し、手に入れたものだった。

「しかし、私は大剣を扱うのは苦手ですしね、出来れば使い手の方にお譲りしたいと思っていたんですよ」

「大剣の扱いなら、このインリンでしょう。私も丁度、今あるモノ以外にもう一本くらい欲しいと思ってたところさ」

自分を指差していうインリンを手で制して、

「でも、その前に、この遺跡の謎を知り――」

と、しゅうが言いかけると、

「わかった、釣られるよ」

インリンはしゅうの言葉を遮って笑った。

「私がしぃな殿を呼んでくるから、其処で待ってな」

彼は、さっき来た道を一目散に駆け戻っていった。あの調子ならば、一時間もかからずにしぃなを連れて戻ってきてくれるかもしれない、と思わせるような元気さだ。早く戻ってきてくれるのは嬉しいのだが、緑風の大剣に釣られたインリンの嬉々とした様子をみていたら、なんだか簡単に手放すのが勿体無い気もしてきた。

――まあ、自分で言い出したことだし、仕方がないか。

浮かんだ思いを打ち消しながら、しゅうはもう一度扉をみた。

先ほど感じた、彼を誘うような気配は依然消えていない。

素晴らしい財宝じゃなくても、何か自分と縁のあるもの、例えば先祖のものなどが眠っていたら、騎士仲間に自慢できるかな、などと思いつつ、しゅうは石版のレリーフに向き直り、表面を撫でながら、其処に刻まれた古代のものであろう文字を眺めていた。先ほど土くれを拭ったが、表面がザラザラとしている為に、綺麗に汚れを落とすことは出来ず、溝や文字に土が残っていた。それでも刻まれた文字は十分読める。

暫くその中の一字をみていたが、しゅうは、ふと、

――そういえばこの字は、『悲』という字に似ているな。

などと思って、また、何の気なしに次の文字をみた。

――この字は…『劇』と読めそうだ。とすると、前の字と合わせて…『悲劇』か?

しゅうは驚いて、文字を、手で触れながら最初から順にみてゆく。レリーフに刻まれた文字をしゅうは見た事もないはずなのに、何故かその文字の読みかたが解ってしまうのだ。

しゅうは夢中で石版の文字をみてゆき、そして、

「ソウトウノ…双頭の荒鷲の…悲劇を繰り返す…べからず」

と、意味は分からないが、ともかく導き出した文字を、全てつなげて、声に出して読んでみた。

と同時に、扉の中で何かが動く音がした。

――言葉に反応する仕掛けだったのか。

しゅうは、恐る恐る扉を押してみた。

扉は片手の力だけで難なく開き、その扉の奥から冷気が流れてきたため、しゅうは思わず首をすくませた。しかし、それも束の間のことで、むしろ、ようやく自分を呼ぶものの正体を突き止められる、と思えば、胸の高鳴りのほうが優先した。

扉の先にあったのは、一人が住まう程度の小さな部屋だった。他に扉も通路もないところを見ると、どうやら、今度こそ本当に行き止まりのようだ。

部屋の中で、まず最初に目に入ったのは、真ん中に据えられた台座で、その上には奇妙な形の王冠が置かれていた。妙な鍵が左耳の辺りにぶら下がっていて、一体何に使うものなのか、理解に苦しむような形状の王冠だ。

――これが私を呼んでいたものだろうか?

部屋に入ってからも、誘うような気配はあるのだが、出処がイマイチはっきりわからない。気配に近づきすぎたために方向がわからなくなってしまった、という感じだった。

とりあえずしゅうは、王冠を手にとった。

ひんやりとした金属の感触が心地よい。

部屋を見回すと都合よく、全身を映すための大きな鏡があった。古いものだろうが鏡面に割れや錆びはなさそうだ。

しゅうは鏡の前にいき王冠を被ってみた。

不恰好な王冠を頭に載せた騎士の姿が映っている。

「…変な格好」

そう呟いた時点で、しゅうの王冠に対する興味は失せ、別のものを探そうと、再度部屋の中を見回そうとした。しかし、なんとなく違和感を感じて、もう一度鏡の中の騎士の姿をよくみてみた。目、鼻、口、格好、それは明らかにしゅうのものだ。

だが、

――肌が…青い。

そして髪の毛が銀色に輝いている。

「誰だお前!」

叫びに近い声をあげながら、鏡の中の怪物を指差す。鏡の中の怪物も、同じような格好をして、しゅうを指差している。

――王冠のせいだ。

慌てて王冠に手を掛けた。

外れない。

ベルトも何もなく、ただ頭に載せただけの王冠、それが引っ張っても取れない。

突然、しゅうの耳に、低く激しい遠雷の音が鳴り響いた。

しゅうは呻き声と共に、その場に昏倒した。


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