表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/29

6 自称天才、時空魔法陣のルールを知る


 クスリシ村の事件を解決するため、ジニアは少し過去の時代にやって来ている。

 村でされたヒガからの問いがヒントになり解決策を思い付いたのだ。

 彼はあの時『奇跡の力でみんなを生き返らせることは出来ないかな』と言った。


 確かに奇跡、ジニアにとっての魔術では死者復活など不可能だが、同じ魔術でも規格外な時空跳躍魔術なら可能かもしれない。過去へ行ってクスリシ村が襲われる歴史を改変すれば村人は助かる。誰も死ななくて済む。

 微かな希望を抱いてジニアは襲撃前のクスリシ村へと急ぐ。


「大丈夫……注いだ魔力はほんのちょっぴり、時空魔法陣が作動する最低限に留めた。たぶん村が襲われる直前に来たはず。犯人を私が捕まえて、魔族も私が殺せば一件落着。簡単じゃないジニア、天才でしょ私は」


 今回重要なのは何年の時代に跳べるかだ。

 村の襲撃直前がベストだがジニアは時空魔法陣の使用に慣れていない。狙った時代に行けたことがまだ一度もないのだ。今回も狙った時代からかなり外れている可能性がある。


「襲撃なんて起こらなければヒートもマーチさんも死なない。ヒガも辛い思いをしないで済む。良いことずくめよ。……大丈夫、大丈夫大丈夫。天才ならみんな助けられる」


 飛行魔術で空を飛び、クスリシ村に到着した。

 民家は燃えていないしボロボロでもない木造住宅。

 村周囲の木は傷一つなく、ランプが吊されている。

 町と比べれば少ないが人間が笑顔で挨拶している。

 明らかに襲撃を受けていない平和な村の光景がジニアの前に広がっていた。


「よし、まだ襲われていない。早く襲撃者を捜さないと」


「え、ジニアさん? どうしてここに」


 ジニアは声を掛けられた方向に「ん?」と振り向く。

 そこにいたのは緑のシャツと黒のズボンを着用している男。彼の顔には見覚えがある。一見医者には見えない服装の彼はマーチ・イシャ。ジニアが救おうとしている村人の一人だ。


 マーチがいるのは当然として、おかしいのは彼の外見。

 襲撃直前なら彼は百歳超えの老人。対して目前の彼は若々しい。


「……あれ……マーチさん? 何でそんな若いの?」


「私がまだ若い年齢だからです。まだ十八歳なんですよ私は」


「年下!? いやそんなことより今って何年か分かる!?」


「何年って……どうしたんです? 今は二百二十年ですよ」


 二百二十年。つまりジニアが初めて時空魔法陣で到着した時代。

 クスリシ村襲撃から丁度百年前。この時代で襲撃を防ごうとしたら百年先まで生き続けなければならない。さすがに一生を村で過ごす覚悟はないし、襲撃時まで生きられるかも分からない。


(私は時空魔法陣が発動するまで少しずつ魔力を流した。つまりこれって……時空魔法陣での時間移動は百年単位ってこと? じゃあ村の襲撃を未然に防ぐことは出来ないってこと?)


 人助けのために人生を捧げられる人間でもなければ百年後の襲撃は防げない。

 生憎とジニアは現代でやりたいことがあるし夢もある。過去の人間を助けるために自分の夢や人生設計を捨てるなど、彼女には一生出来ないだろう。

 彼女の一番は自分の命、楽しい人生。辛い出来事はなるべく避ける。


「……ねえ、マーチさん。この村にあるもので誰かから狙われるくらい凄いものに心当たりない? 美味しいご飯のレシピとか、伝説の剣とか、めっちゃ凄い魔道具とか」


 この時代でクスリシ村壊滅を防ぐのは困難と悟ったジニアは方針を変える。

 村人には申し訳ないが救出は諦め、なぜクスリシ村が襲われたのかを知ろうとする。


「うーん、特に変わったものはないけど……薬ならかなりの種類があるよ。資料もある」


「それだ! その資料見せて!」


「一般的に出回っている薬ならいいですよ。でも特殊な薬の資料は掟で村の人間しか見るのが許されない。あなたが求めているものは見られないでしょう」


 クスリシ村に隠されているのは薬の資料。

 襲撃の黒幕はそれを奪うために村を襲った可能性が高い。

 資料を見れば襲撃者達を追う手掛かりとなるかもしれないし、今後の行動も分かるかもしれない。なんとしても資料を見なければとジニアは思う。


「そこを何とかお願い!」


「あなたの気持ちは分かります。私も同じ気持ちです」


 マーチは優しく微笑む。


「一刻も早く頭の病気を治したいんでしょう?」


「ちっがあああああああああああああああう!」


 目を見開いたジニアが大声で否定する。


「――懐かしい声がすると思ったらジニアじゃないか」


 声を聞きつけて赤髪の女性が村入口にまで寄ってきた。

 彼女の隣には腰の曲がった白髭禿頭の老人がいる。杖をついている老人の足はプルプルと震え続けており、転んだり倒れたりしないか見ている側が心配になる。


「ヒート!」


「これっ、年上のお姉さんには『さん』を付けろ。私は十六歳だぞ」


 ヒート・メボレ。この時代でジニアが出会った最初の友人。

 優しい灯火のような色の赤髪が特徴的で、ジニアより年下であるにもかかわらず発育がいい。一目惚れ相手であるマーチを追いかけたのは知っているが、まさかクスリシ村にまで同行しているとはジニアも思わなかった。


「問題ないね。私は二十歳だもん」


「嘘おおお!? その体で!?」


「さーて、年上のお姉さんには何を付けるんだっけ?」


「いや嘘だろ。呼ばないよ。アンタはただのジニアで十分さ」


「何でさ!?」


 嘘じゃない。本当にジニアは二十歳なのに信じてもらえない。

 信じられない一番の原因は彼女の身長だ。

 十歳手前で彼女の体の成長は止まってしまっている。

 身長は百四十センチメートルに届くか届かないかといったところ。

 胸部はほんの少し膨らみがある程度で貧乳中の貧乳。


 童顔でもあり、明らかに子供に見えてしまう彼女を二十歳と信じる者はあまりいない。魔術学校の卒業証明書を見せれば現代では信じてもらえるが、未だ魔術学校が存在しないどころか魔術が発達していない過去ではただの紙。何の役にも立たない。


「ふぉふぉふぉ、あなたがジニアさんですか」


「そういうあなたは誰さんですか?」


 酷い猫背の老人が笑みを浮かべながら自己紹介する。


「儂はソン・チョウ。このクスリシ村の村長をしておるものです。あなたのことはヒートさんやマーチさんから聞きましたよ。性格はとっても良い子じゃが頭は悪い子とな」


「どういう紹介したの!? 全然合ってないし、私天才だから頭良いし!」


 これ以上ない程に正確な紹介である。

 ただ一つ、ジニアの頭が悪いのは確かだが脳の性能自体は優秀だ。

 記憶力は他者よりかなり優れており、思考速度も並外れている。

 残念なのは思考で導き出される結論だけだ。


「マーチさんや、ジニアさんが見たがっておるのは村に伝わる秘薬の資料じゃろう。倉庫に案内して見せてあげなさい。彼女がヒートさんに恋のアドバイスをしたおかげで今、お前に恋人ができておるのじゃぞ。彼女は恩人。もはやクスリシ村の一員のようなものじゃて」


「いいんですか!? やった、マーチさん案内よろしく!」


 強引な気はするが許可が出てジニアは喜ぶ。


「村長が認めるならいいか。案内するよ、付いて来てくれ」


 マーチの案内に従い、ジニアが辿り着いたのは村の古臭い倉庫。

 百年後の時代では火事のせいで家も倉庫も判別がつかなかった。本当に襲撃に関係しているのか今は分からない。しかし、何か手掛かりがあればいいなとジニアは倉庫に足を踏み入れる。


 広くない倉庫内はいくつもの本棚が存在していた。

 どこを見ても本、本、本、本、本。

 倉庫とは名ばかりの図書館のようなものだ。


「おおー、本がいっぱい」


「村の倉庫は二つあってね。一つは冬期に備えての食料庫。もう一つが薬に関する本を保管してあるこの資料庫。ジニアさんが見たがっているのは、奥の部屋に保管されているものですね」


 倉庫の奥にはボロボロな扉が一つ。

 触れただけでギイギイ音を鳴らす扉は今にも外れてしまいそうだ。

 マーチが慎重に扉を開けて最奥の部屋へ進み、ジニアとヒートも続く。


「この部屋には市場に出回らない特殊な薬の資料が保管されています。お好きに見てどうぞ。ただしここで見た内容をクスリシ村以外の人間に喋らないでくださいね」


 最奥の部屋は狭く、本棚も一つしかない。

 一般的ではないので本は一冊もなくあるのは紙束のみ。

 どんなものがあるのかとジニアは興味本位で紙束を棚から抜き取る。


 本ではなくとも資料なので丁寧な文字や絵が書かれている。

 一枚一枚じっくりと見ていくとジニアは驚きの資料を見つけた。


「……秘薬。不老になれる薬!? 何これ!?」


「あなたが見たがっていた資料ですよ。決して外部に情報を漏らしてはいけない、クスリシ村に昔から伝わる禁忌の秘薬です」


 資料に書いてある秘薬の名前はマクカゾワール。

 この世界に満ちた魔素と呼ばれるエネルギーを利用し、特殊な材料を三つ鍋で煮込めば出来上がり。煮込んで溶かして液体となったそれこそがスペシャル魔素を生む。スペシャル魔素を摂取すれば生物は不老となり、大地に垂らせば緑が茂る。正に命を生む薬。


 ジニアは「これだ」と呟く。

 村が狙われる理由に相応しすぎるとんでもない資料だ。


 仮に村を魔族に襲撃させた黒幕がいるとして、その目的が秘薬マクカゾワールだとすれば、黒幕の人間は高確率で不老になることが目的。薬目当てに村を滅ぼす人間が不老になってしまったら何をしでかすか分からない。碌でもない事態になることだけは確かである。


「満足しましたか?」


「……うん、資料見せてくれてありがとう。おかげで疑問が解消されたよ」


「その割には暗い表情ですね」


「まあ、ちょっと、想像以上の物があったからさ」


 村の襲撃を隠して事情を説明するのは難しいためジニアは誤魔化す。

 見たい物は見たし、過去のクスリシ村でやれることは終わった。

 村から出る旨をマーチとヒートに伝え、入口まで同行してもらった。


「行っちゃうのかいジニア。この村に住めばいつでも会えるのに」


「止しなよヒートさん。僕も同じ気持ちだけど、彼女にはやらなきゃならないことがあるみたいだ。顔を見れば分かる。残念だけど一旦お別れだよ。……でもジニアさん、病気のこともあるのでたまには顔を出してくださいね」


 ジニアは覚悟を決めた表情になっている。

 これから百年後とはいえ、目前の二人も村も滅ぼされるのが確定してしまっている。それを考えると心は暗くなり、自然な笑みは浮かべられない。それでも彼女は暗い心を押し殺して無理に笑みを浮かべた。


「うん、たまに会いに来るよ。二人とも元気でね。……魔族には気を付けてね」


 忠告しても無駄だとは薄々分かっている。

 襲撃は百年後。二人は老人になり、逃げる体力もなくなっている。

 ただそれでも万が一、億が一の可能性を信じたくて助言を零してしまった。


 ジニアはクスリシ村から去り、時空魔法陣のある建物へと向かう。

 今回の一件を調べて思ったがジニア一人では荷が重い。無論天才であることに誇りを持ち自分なら何でも出来ると思い込んでいるが、今回の一件は魔族やら秘薬やらで非常に厄介。色々と疑問もあるので一人で動き続けるのは効率が悪いと考えたのだ。誰かを頼る決断は正しいので今だけは天才に恥じない思考だった。


 助けを求める相手は決まっている。

 時空犯罪を取り締まる組織、時空警察。

 時空魔法陣を悪用する輩を捕縛、または抹殺するエリート魔術師集団だ。


 彼等の力を借りられれば全ての真実を知ることが出来る。

 そう思ってジニアは時空魔法陣の青文字部分に魔力を流し、未来へ跳ぶ。


「…………ふぇ?」


 現代の時間軸へ到達したジニアは間の抜けた声を出す。

 理解が及ばなかった。自称天才の頭脳を持ってしても思考停止は免れない。


 ――辿り着いた現代には見渡す限りの荒野が広がっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ