4 自称天才、クスリシ村に辿り着く
時が経ち、クスリシ村へ向かうジニアとヒガの旅も三日目。
目的地まではもうすぐだというヒガの言葉を信じてジニアも森を歩く。
「あ、見えた。あそこがクスリシ村…………え?」
森の中に木がない空間があり、そこに小さな村が確かにあった。
民家は崩れ、燃えている場所もある。災害でも起きたような村には様々な形をした魔族が彷徨いている。この世の地獄とも言える光景にジニアもヒガも混乱する。
恐ろしい光景だが二人は知っていた。
ジニアは現代の教科書で、ヒガはこの時代の資料で、魔族に襲われた村や町を見ているのだ。実際に目で見るのは初めてだが、この世界で珍しくもない光景だと分かっている。
「何よこの魔族の数……これじゃ、生き残りなんているわけない。……ヒガ、何ぼさっとしてんの! あなたの大切な故郷でしょ。せめてこれ以上壊されないよう魔族共を倒すのよ!」
「……あ、ああ。そ、そうだね。魔族を……殺さないと」
放心していたヒガをジニアが言葉で正気に戻す。
今までなかった憎悪を抱きながら彼が駆け出し、剣で魔族を斬り殺した。
一人で戦わせられないのでジニアも〈魔弾〉を使って援護する。強さは道中討伐した魔族と同程度だったので二人の敵ではない。数が多い分だけ苦労はするが傷を負うことなく討伐していく。
順調に魔族の数を減らす途中、悲鳴が聞こえた。
野太い男の悲鳴を耳にした二人は声の方向へと向かう。
「生き残りがいたみたいね。絶対助けるわよ!」
「魔族、殺してやる……! 魔族殺す魔族殺す魔族殺す殺す殺す殺す!」
「怖い!」
村の北東に走ると、まだ生きている男を見つけた。
禍々しい黒い体毛を持つ猿のような魔族に襲わていたので、ヒガが剣を投擲して猿型魔族に刺す。間一髪で命拾いした男は動揺していたが、味方と理解して安堵の表情を浮かべる。
「怪我はしてない? もう怖くないわよ」
ジニアが優しく笑って声を掛けたが男は震えている。
「い、いや、怖いって」
「大丈夫だってば。他の魔族もすぐ討伐するから」
「魔族じゃねえ……お前の、後ろ」
男が指をさしたのでジニアは振り向き、思わず「うわ」と引いた声を出す。
ジニアの後方では、もう既に絶命した魔族に向かってヒガが斬撃を浴びせていた。
憎しみに囚われた彼はもはや魔族しか見えていない。
最初の好青年らしき雰囲気は微塵も残っていなかった。
「気にしないで。あれはただのクレイジー野郎」
「余計気になるし怖いだろ!」
「とにかく味方だから大丈夫。あと、これから魔族狩りするから私の傍から離れないでね」
ジニアはすっかり豹変したヒガと魔族の残党を狩る。
怒りと憎しみで心を燃やして戦う彼は傷がなくとも痛ましい姿だった。
村に残っていた全ての魔族を討伐したジニアは燃える民家の消火に取り組み、ヒガは他の生き残りがいないか捜索する。火に関しては水を出す魔術で無事消火出来たが、他の生存者捜索は結果として誰も見つけられなかった。
廃村と変わらない有様の村で二人は生存者と立ちながら話す。
「助かったよ、礼を言う。俺の名はイア・ワセータだ」
無精髭を生やす男が自己紹介する。
「私は天才まじゅ……奇跡使いジニア。こっちはヒガ・イシャ」
「あの、あなたは村の人じゃないですよね。どうしてこの村にいるんですか?」
憎悪が芽生えたヒガだが今は好青年らしき雰囲気に戻っている。
「俺は旅の商人でな。偶々付近を通りかかってこの村を見つけたんだ。……だが、着いてすぐ魔族が現れて……村人は、次々と殺されていった。……そして……俺は、悪夢でも見たんじゃないかと今でも思うんだが……」
「何があったの?」
「…………恐ろしい光景だった。殺された村人が……魔族になっちまったんだよ」
イアの言葉を聞いたヒガが「嘘だ!」と叫ぶ。
魔族に殺された人間が魔族になるなどありえない。もしそんな能力を持つなら、人類が魔族と戦い始めてから五百年以上経つ時代まで誰も知らないはずがない。知る人間がいたら危険情報としてとっくに知れ渡っていてもいいはずだ。
実際に見ていない以上根拠となるのはイアの言葉のみ。
信じられず嘘と疑うのは至極当然の反応だ。
「……それが本当だったら、俺は……俺が殺したのは」
「人間……ってこと?」
ジニアにとっての現代、この時代から千四百年後でもイアが告げた能力についての記録はない。教科書の内容を暗記しているジニアだからこそ分かる。魔族被害が多いなか、危険な能力が噂にもならないというのはありえないのである。
ただ一つ、可能性があるとすれば――。
(まさか、誰かが過去に干渉したせいで未来が変わった? あわわわわどうしよう、私がマーチさんとヒートを恋人にしたせいでこんな事態になるなんて。くうっ、私のせいで人類が滅んじゃうかも)
人間を魔族に変える能力を持つ魔族を、何者かが生み出した可能性しかない。
しかもその何者かは時空魔法陣を使用している可能性が高い。ジニアのように過去へ跳び、この時代で新たな魔族を創り出したと仮定すれば辻褄は合う。歴史に残っていなかったのはごく最近生み出されたものだからだ。
「そうだ、そもそも魔族避けの火はどうしたのよ。松明とかランプとか、魔族を追い払うために村で用意されているはずでしょ」
魔族は火を怖がる習性があるため村や町には必ず存在する道具、魔族避け。木の棒に火を付ける単純な方法でも効果があるので、人が住む土地には常備されているはずだ。それがあれば村人も被害少なく、ジニア達が来るまで持ち堪えられただろう。
「……うちの村にも火を付ける道具があったはずだよ。みんな、使わなかったのか?」
「いや、俺は見たぞ。村周辺には村を囲うようにランプが設置されていた。魔族避けはしっかりやっていたし、普通魔族は村に来られないはずだぞ。……誰かが壊さない限りはな」
イアの発言でジニアが閃いた。
「分かった! 魔族避けとなる物を誰かが壊したのね!」
閃いたというか、イアの推測を真実として話しただけだ。
具体的なことは何一つ分かっていないし、推測を確信に変える根拠もない。
「誰が? いつ? なぜ?」
「それは分かんない」
「何も分かってねえじゃねえか。ただ、俺は分かったかもしれねえ」
ジニアとヒガの視線がイアに向けられる。
「俺の他に、村で五人くらい余所者っぽい男女がいた。男は半袖短パン、女はタンクトップにミニスカートって若々しい服装だったぞ。いやー、肌の露出が多くて綺麗だったなあ。顔は見えなかったが超美人に違いねえ」
「何の話をしているんですか」
重要な情報かと思いきや話がどんどん逸れていく。
男女の服装はともかく、露出の多さや綺麗なんて証言はどうでもいい。
「……つまり、その余所者が怪しいってことですよね」
「おおそうだ。姿が見えねえから死んだのかもしれねえが、まだ生きているなら話を聞いた方がいいよな。確かあいつら、北西に行くとか言っていたぜ」
「北西ってだけじゃ場所の特定は難しいですね。生死も居場所も不明じゃ捜せないと思います」
村を襲っていた魔族の数から考えると生存者は少ない。イアが生きていただけでも奇跡的であり、他の生存者がいるとは考えづらい惨状だ。希望を持って捜そうにも方角だけでは捜索の難易度が絶望的。わざわざ捜して得る情報が労力に見合う物とも思えない。
「私その人達の居場所、分かったよ」
「え、どこ!?」
「北西」
「……やっぱり、捜すのは不可能じゃないかな」
ヒガは捜索しない方向で話を進めていく。
「生存者よりも、新種の魔族についての情報を探した方がいいと思う。本当に人間を魔族に変えてしまう魔族がいるのなら放っておけない。次の被害者を出さないためにも新種の魔族を討伐しないと」
未だ、ヒガは信じられずにいる。
殺した魔族が実は人間だったなど、今までに殺した魔族も元人間の可能性があったなど信じたくない。真実と思わないことで彼は自分の心を守っているのだ。
「ふーむ、情報か。情報屋を利用してみたらどうだ? 俺の知り合いにジョウホ・ウウルって爺さんがいてな。フナデの港町にいるあの爺さん以上に情報通な爺さんはいねえぜ」
「フナデ町……漁業が盛んな場所でしたね。分かりました、ジョウホさんを訪ねてみます」
「俺も俺なりに動いてみる。偶然居合わせただけだが、知っちまったら放っておけないからな。お前みたいな被害者を増やさないために一肌脱ぐぜ。商売ついでに各地で忠告してみよう」
そう言ってイアは村から去って行く。
彼に出来ることは限られているが、それでもジニア達は去る背中を頼もしく感じた。
「私達も行く?」
「……ねえ、ジニアの奇跡の力でみんなを生き返らせることは出来ないかな」
暗い顔で俯くヒガが静かに問う。
「無理。死人を生き返らせる奇跡なんて誰も起こせない」
死者の復活は長年研究されてきたテーマの一つだが未だ進展していない。一部の研究者以外は実現不可能と言う程であり、何人もの研究者が夢を抱えたまま死んでいった。
他にも金を無限に生み出す、異世界に行く、神と会う、身体を改造するなど様々な魔術の研究者が同様の流れを辿っている。夢溢れる魔術を研究して魔術開発を成功させたのは、時空跳躍魔術を開発したクーロンのみだ。
「だよね。あんまり期待はしていなかったよ」
落ち込んだままヒガは歩き出すが、ジニアは立ち止まったまま村の中央を見つめる。
「……〈土塊〉」
死者復活が出来ないならせめてとジニアは魔術を発動する。
直方体の土の塊を村の中央に何個も生み出す。彼女がそうして作ったのは簡易的な墓だ。本来故人の名を刻むところには、村人の名前が二人以外不明なので【おはか】と彫っておいた。
「安らかに眠ってよね」
マーチ・イシャとヒート・メボレ含めた村人全員にジニアが告げる。
二人と過ごした時間は短く、顔も名も知らない人間ばかりの村に情はない。しかし、あまりに悲惨な最期を迎えた村人達には静かな眠りについてほしいと思った。