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3 自称天才、曾孫に会う


 ジニアが無銭飲食で捕まりかけてから四日が経過。

 時空旅行で千五百年前に来てからというもの、目的なく彷徨ったがホノには観光名所がない。大きな都ではあるし栄えているが数日で気になる場所は見て回れた。要するにもうやることがないジニアは一先ず帰ろうか悩んでいる。


「……あ、そうだ。現代に帰る前に恋の行方を確認しとこうかな」


 思い出したのはヒート・メボレによるマーチ・イシャへの片想い。

 アドバイスしたジニアとしては結果が非常に気になっている。


「うーん。でも町で見かけないし、結果が出るまで待つのも面倒だなあ。……あ、そうだ未来へ行けばいいんだ! 分かりきっていたことだけど頭良いなあ私。十年先の未来に行けば結婚してるかもしれないし、会って驚かせてやろ」


 誰でも思い付きそうな方法を妙案と信じて、ジニアは時空魔法陣が設置されていた建造物へと戻る。町を出てからは〈飛行(フ・イラ・フライ)〉で飛んだため、立方体の建造物へと短時間で戻れた。


 建物内に入り、時空魔法陣の青文字部分に魔力を少量流す。

 初めて発動させた時と同じで時空魔法陣が白く光り、ジニアの体が僅かに浮く。

 飛行魔術とは若干違う浮遊感は数秒で終わり床に足が付いた。


 白光が消えてから周囲を見渡すと、ジニアが立っているのは変わらず立方体の建造物。現代から過去へ来た時は一瞬でも、場所が変化していることから一応成功を信じられた。しかし今回のように場所が変化していないと成功を実感しにくい。

 思わず「失敗?」と首を傾げたジニアはとりあえず建物外へと出る。


「この建物、千五百年前のものより苔が多いような……つまり、成功?」


 千五百年前に初めて行った時、ジニアは立方体の建造物に生えた苔を手で少し払ったがその形跡もない。苔の多さが千五百年前とは明らかに違うため、無事十年後に辿り着いたのだとジニアは思う。


「成功か。よっし、十年後に到着! 早速町でヒートとマーチさんを捜すぞお!」


 千五百年前と同じように森を〈飛行(フ・イラ・フライ)〉で抜け、一気にホノへと向かう。

 町に辿り着いてジニアは少し驚いた。十年前まで鉄を加工する技術もなく、岩をくり抜いた家はゴツゴツしていた。……だが、今では家の表面は平らであり、町中の店で鉄製の道具を見かけられる。町の防壁は頑丈な鉄製。歩く人々が着る衣服も簡易的なデザインではなくなっている。明らかに技術が十年前より進歩していた。


「なるほど。どうやら人類は十年ですっごく頑張ったらしいね」


 頑張ったで済む進歩ではないがありえないこともない。

 人類が本気で文明の発展を目指せばたった十年でも壮大な進歩を遂げる。


「すみませーん。そこの人、マーチ・イシャかヒート・メボレって人のこと知りませんか?」


 ジニアは近くを歩いていた赤髪の男に声を掛けた。

 剣を腰に下げた赤髪の男は目を丸くして驚く。


「マーチ・イシャとヒート・メボレ……それは、僕の曾祖父と曾祖母の名前だけど」


「曾祖父と曾祖母!? うそおおお!?」


 次に驚くのはジニアの番だった。

 十年後にやって来て最初に話し掛けたのが捜し人の曾孫。明らかにおかしい。

 曾孫といえばマーチの孫の息子ということになる。十年の間に曾孫まで血筋を残すなど不可能。男は「嘘じゃないよ」と言うが、それが真実ならこの時代は十年後よりも遥か未来。この情報を得ればジニアの頭でもそれくらい分かる。


「ね、ねえ、今の世界誕生年数って何年!?」


「えっと、三百二十年だよ」


「三百二十年……ってことは、ここは世界誕生年数三百二十年ってことか。百年後ってことかあ!?」


「百年後って……君、頭でも打ったの? 僕、こう見えても医療の知識があるし診察しようか?」


「大丈夫大丈夫。私の頭は冴えまくってるし」


 百年後なら曾孫が生まれていても納得出来る。

 元々確認したかったのはマーチとヒートが恋人になれたかどうか。曾孫が生まれていたということは、少なくとも二人が子孫を残せたということ。子作りするような関係なら恋人どころか夫婦になっていると思っていい。


「つまり、あなたが生まれたのは私のおかげってことだね」


「やっぱり頭を打ったんだね。診てあげるよ」


「いやいや落ち着いて聞いてよ。話を戻そう。私、マーチ・イシャさんとヒート・メボレさんの知り合いなんだよね。二人ってまだご健在かな?」


「亡くなった連絡は来ていないし、故郷で生きてはいると思うよ。でも今会ったとしてもまともな会話は出来ないよ。病気にこそ掛からなかったけど五感が鈍っていてね。君の姿もよく見えないし声も聞こえないと思う」


 ジニアは「そっかあ」と残念がって肩を落とす。

 百年も経っていれば二人はとっくに老体。天寿を全うしていてもおかしくないので、まだ生きているだけ奇跡と言える。しかし視力も聴力も悪くてジニアと話せないなら会う意味があまりない。


「……でも、せっかく来たんだし会おうかなあ」


 恋の行方は分かったので帰ってもいいが、ジニアは実際に会って驚かせたいと思っている。ちょっとした悪戯心だ。仮に会ってもジニアのことを憶えていなかったり、目や耳が機能せず分からなかったりしたらその時はその時。大人しく現代に帰るだけだ。


「会いたいなら村まで案内するよ。両親に会って報告したいことがあるし、一度村に帰ろうと思っていたんだ。曾祖父も曾祖母も、知り合いが訪ねて来たら嬉しいだろうし」


「お、じゃあ案内お願いしようかな。私は天才魔術師ジニア。よろしく」


「テンサイマジュツシジニア? 随分長い名前だね。僕はヒガ・イシャだ、よろしく」


「……ジニアでいいよ」


 魔術が広まっていないのは百年後でも同じ。

 もうジニアは過去で天才魔術師とは名乗らないことにした。


 村に戻るというヒガは準備しに自宅へ向かい、準備を待つジニアは町の正門で待つことにする。荷物は殆どないらしくヒガは短時間で待ち合わせ場所へとやって来た。


 革の袋と剣一本を持って歩く彼にジニアが「それだけ?」と訊くと、彼は「旅に必要最低限な物は揃っているよ」と告げる。

 荷物の中身に着替えは入っておらず、入っているのは寝袋や飲食料、様々な薬のみ。一方ジニアの鞄代わりの帽子内には着替えなど含めて必要な物は全て揃っている。


「そういえば、ジニアは魔族と戦える?」


「問題ないわ。私、最強だから」


「……へ、へえ、さ、最強かー。心強いなー」


 魔族とは人類の敵である謎の存在。

 理性も知性も殆どなく、ただ他の生命体を殺し回る怪物。


 現代では実力者の魔術師が魔族を駆除している。国に選ばれた魔術師が魔族殲滅部隊の一員となるが、ジニアは学力テストが平凡だったため部隊に推薦されていない。彼女自身も魔族殲滅部隊にはなりたくなかったので幸運だと思っている。魔族殲滅部隊は常に魔族を捜して殺し回るから多忙なのだ。休暇もあまりない仕事など彼女はやりたくない。


「あなたこそ戦えるの?」


「問題ないさ。町の周囲を彷徨く魔族程度なら難なく殺せる。僕、職を探して都に来てさ、最近試験に受かって魔族討伐の仕事に就けたんだ。故郷の村に帰るのは、就職した事実を家族に直接伝えるためなんだよ」


「へえー。さっき医療の知識があるって言ったから医者だと思ってたよ。魔族と戦うなんて危ない仕事だし他の仕事に就けばいいのに」


「英雄クーロンに憧れたのもあるけど、昔から体を動かすのが好きなんだ。子供の頃から体を鍛えていてさ。魔族から人を守りつつお金を稼げるなんて正に僕の天職だよ」


 好き好んで争いに関わるヒガをジニアは理解出来ない。

 子供の喧嘩程度ならいいが魔族との争いは殺し合いだ。

 親から貰った自分の命を削ってまで敵と殺し合うなど愚かな行為。例え誰かを守ることに繋がるとしても、ジニアは魔族との戦闘に消極的だ。自分の命を最優先にしたいというのも彼女が魔族殲滅部隊に所属したくない理由の一つ。


 ジニアはヒガの案内で彼の故郷を目指して歩き出す。

 彼は三日も歩けば故郷であるクスリシ村に辿り着くと言う。


 ホノを出発してから半日が経過すると空が暗くなる。

 夜道を進むのは危険というのが旅の常識。ジニア達は野営の準備をするために、ランプに火を灯して木陰に置く。火を灯す理由は魔族避けだ。魔族はなぜか火のある場所に近付かない。


「ん? ヒガ、あそこに人がいない?」


 ジニアは暗闇の中で微かに見える人影を見つけた。


「本当だ。何してるんだ、夜道で突っ立って」


「おーい。あなたも一緒に野宿するー?」


 声を掛けてみたものの人影は返事をせず、近付こうともしない。

 不思議に思った二人は顔を見合わせてからゆっくり歩いて人影に近付く。


 今日は月が雲に隠れて普段の夜よりも暗い状態。至近距離まで近付かなければ姿はよく見えないので、目を凝らしながら歩み寄る二人はようやく人影の姿を見た。

 姿を見て違和感を抱いた時、月を隠していた雲が移動して月光が降り注ぐ。


 月光に照らされた人影を改めて見て違和感は確信に変わる。

 大きな一つ目。尖った耳。鼻がなく、肌は青い。大きく裂けた口からは牙が見える。明らかに人間とは違う特徴を持ちすぎている。この世界でこんな怪物染みた特徴を持つ存在といえばたった一つ。


「……うわあああああ!? 魔族じゃんこいつ!」


 人間だと思っていた相手が魔族でジニアは驚き、尻餅をつく。

 青肌一つ目の魔族が右腕を振り上げた。その瞬間、ヒガの目つきが鋭くなり剣で魔族を斬りつける。連続で二度も斬ることで魔族の上半身は裂け、大きな傷口から紫の血液が噴出される。魔族は後ろに倒れて痙攣した後で絶命した。


「お、おおお、結構やるじゃん」


「褒めてくれてありがとう。怪我はない?」


 ジニアは「ないよ」と答えて立ち上がる。

 見積もっていた強さよりもヒガが強くてジニアは驚愕した。

 曾祖父が医者だったからあまり期待していなかったのだが、戦闘を見た後は評価が一転。達人の如き剣技は眺めているだけでも、剣技が分からなくても素晴らしいと分かる。


「どうやら仲間がいるみたいだ。ジニア、火の傍まで下がってくれないかな」


 ヒガの言う通り魔族と思わしき影がもう一つ。

 今度は人型ではなく、大量の赤い瞳を持つ巨大蜘蛛。

 人型でなければ人間と思うこともなく、視界に入って早々戦闘準備が出来る。


「心配いらないわ。助けてくれたお礼に、次は私の実力を見せてあげる」


「え、いいよ。僕が討伐するから」


「いいから見てなさい! 私、戦いは嫌いだし、実力は軽々しく見せるものじゃないけど特別よ! 喰らえ魔族、〈魔弾(マ・バレ・マダン)〉!」


 ジニアが持つ杖の先端から桃色のエネルギー弾が発射された。

 彼女が使用した〈魔弾〉は使用者の魔力を球体にして放つ攻撃魔術。

 平均的な威力は大男が全力で殴る程度しかないが、魔術学校において総魔力量歴代二位の彼女が使うと性能が化ける。人間よりも頑丈である魔族の体を彼女の〈魔弾〉は――爆散させた。


「どうよ見たか! はっはっはっは……はっ!?」


 一つの問題にジニアは気付く。

 魔族はもういないので問題ない。問題なのは魔術が広まっていない時代で魔術を堂々と、見せつけるように使用したことだ。見せたのは一人なので未来に影響があるとは思えないが、危機的状況でもないのに見せるべきではなかった。


(やっばー、この時代に魔術が存在してるか分かんないのに使っちゃったよ)


「……凄い。奇跡だ。……ジニア、奇跡使いだったんだ」


「え、き、奇跡? 何それ?」


 勝手に納得するヒガにジニアは困惑する。


「知らないの? 火を出したり風を起こしたり、空を飛んだりすることだよ。神から授けられた力とか言う人もいる。奇跡を使える人間なんて世界中捜しても滅多にいないんだよ。実際に見たのは初めてだ、凄い力だね」


「……よし。私は奇跡使いってことにしよう。今日から私は天才奇跡使いジニアね」


 現代から千四百年前、魔術は奇跡として名を広めていた。

 素養があれば誰でも使えるとはいえ、仕組みが解明されなければ奇跡としか言いようがない。魔力を込めながら特殊な言語を発することで発動するが、偶然その方法に辿り着く人間など殆どいない。少ないが辿り着けた人間を人々は奇跡使いと呼んでいる。


 奇跡使いなんて存在がいると分かったのはジニアにとって好都合。

 奇跡と言い張れば魔術を使えるので不便を強いられずに済む。

 一つ不安が消えたジニアはヒガと共に食事を取り、ぐっすりと眠った。



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