15 自称天才、次なる目的地へ
ダスティア第一支部を出たジニア達は次なる目的地、ノウミン村へと向かっている。
村はカグツチの隣国ハニヤスに存在し、マッドスネークが年間で一番出没する。
マッドスネークは殺人蛇とも呼ばれ、見つけたら兵士かダスティアに報告するのが一般的だ。
既に国境地点にある関所を越えており、ノウミン村までは数日で到着出来る。
スムーズに関所を越えられたのは同行者であるスパイダー、ムホン、セワシのおかげだ。通行証がなければ関所を通ることは出来ず、発行までに一日は掛かってしまう。それに加えてジニアとネモフィラは本来この時代に存在していないため、住所もなければ身分証明書もない。通行証の発行手続きに三日以上は足止めされてしまう。
既に所持しているスパイダー達が共にいなければ相当苦労したはずだ。
「……止まれ」
先頭を歩いていたスパイダーが険しい顔をして立ち止まる。
周囲に魔族の気配はない。何事かとジニア達も止まり周囲を警戒する。
警戒したはいいが十秒経っても一分経っても何も起きない。
「スパイダー、もしや」
「スパイダー様、例のアレでありますか?」
「ああ。私の前方に……いる」
察せていないジニアとネモフィラは前方を注意深く観察した。
立ち止まらなければいけないものは見当たらない。魔族や猛獣の影も形もなく、危険な食人植物などもない。安心安全な林道であり、人が通りやすいよう整備もされている。
「すまないなジニア、ネモフィラ。すぐ終わらせる。頼むぞセワシ」
「了解でありますムホン様」
白い長髪の女性セワシが地面を見下ろし、何かを探し始めた。
数秒で目的のものを見つけたらしい彼女は手で拾い上げ、近くの木の下に移動させる。気になったジニアとネモフィラは彼女の後ろから覗くと、小さな蜘蛛がゆっくり歩いているのが見えた。
「「……蜘蛛?」」
「ムホンムホン! 二人に説明しよう。スパイダーは蜘蛛が大の苦手なんだ。目にしただけで動けなくなってしまう程にな」
「「い、意外だ」」
障害となる小さな蜘蛛がいなくなったのでジニア達は再び歩き出す。
偶然蜘蛛を見つけては止まって逃がすのを繰り返し、しばらくして本日何度目か分からない制止の命令が出される。
「止まれ」
「何? また蜘蛛?」
ジニアの疑問に答えるためかスパイダーが振り向く。
「いや、今日はここで野営しよう。川が近くにあるし、食料に困ることもなさそうだ。先程から獣が尾行していたことだし晩飯になってもらおうではないか」
スパイダーの言う通り傍に川が流れているし、大きな猪の群れが一時間近く尾行していた。野営に賛成して全員頷くと、大きな猪の群れへと駆けて一人一頭を目標に戦う。
魔術の使えるジニアと、魔道具を再現した魔導兵器を所持するネモフィラにとって猪狩リは楽なもの。ついでに弓使いのセワシも遠距離攻撃出来るので仕留めるのは容易い。剣士である二人は少し苦労するかと思いきや、スパイダーは猪の突進を受け止めて地面に投げつけ、ムホンはすれ違い様に斬り伏せて十秒程度で仕留め終わった。
夕飯のために捕った猪はセワシが短剣で捌き、ネモフィラと共に猪鍋を作る。
セワシは弓兵としての実力も確かだが、主な役割は料理など旅のサポート。料理人のプロと遜色ない腕前なので、町の料理店で食べる味と変わらない料理を作れる。
美味な料理を食べられて満足なジニア達は川で水浴びしたり、テントの設営をしたりした後に自由な時間を過ごす。
女性用テントで寛いでいたジニアはあることに気付いた。
「……あれ、セワシさんは?」
本来テント内に居るはずのセワシの姿がなかった。
「周囲の警戒で外に居てくれてんじゃねえのか?」
「そんなこと言ってたっけ? まあいいや、おやすみ」
「何だお前。……ったく、寝るなら毛布くらいかけろっての」
寝る前の挨拶をしてから数秒で寝息を立てるジニアにネモフィラは呆れる。
傍にあった毛布を雑に投げてかけたネモフィラも、旅の疲れで次第と瞼が重くなりジニアの隣で寝てしまった。
* * *
林道で野営することにしたムホンは息を潜めて二人の男女を尾行していた。
尾行対象は第二支部支部長スパイダーと二等兵セワシ。
既にジニアとネモフィラは寝静まった頃、二人の男女は逢引きのようにテントから離れた場所に移動している。本当に逢引きだと確信出来れば尾行は中止するが、二人からは恋の甘い雰囲気など微塵も感じない。感じるのは仕事中のようにピリピリとする雰囲気のみ。
「どうかね、あの女性二人。オルンチアドの人間という線は」
木に隠れているムホンは軽く驚いた。
確かにジニアとネモフィラは奇跡使いで怪しく見えるが、組織の一員とは考えたこともなかった。組織の中に裏切り者がいるとスパイダーは言っていたので、その裏切り者ではないかと考えたのだろう。
「可能性は低いかと。道中不老やオルンチアドの内情について探りを入れてみましたが、反応が薄かったであります。私達のことも全く警戒しておらず、信用しきっているであります」
「そうか。出身地を誤魔化した奇跡使いだからもしやと思ったが……まあいい、詮索は続けてくれ。……ふむ、因みに勧誘したら組織に入ると思うかね? 奇跡使いが増えれば私の仕事も捗る。もっと成果を出せるし、上の連中を出し抜けると思うのだがね」
「勧誘も難しいかと。仮に件の裏切り者なら厄介でありますし」
「分かった。勧誘の話は一旦置いておこう」
スパイダーの意見にはムホンも賛同出来る。
奇跡使いが一人増えるだけで組織の戦力は増す。各地に散らばっている組織の人間が実力者といっても、カイメツ村の一件で一人死亡している。そこから分かる通り戦力となる人間は居るだけ居た方が良い。
「実力はどうかね。報告通り強いのか?」
「まだ底が知れないであります。同行してからの猛獣や魔族との戦いでは本気を出していないかと。もっと強い存在、スパイダー様が戦ったりすれば本気になるかもしれないでありますが」
「ふっふっふ、冗談だろう。私が本気を出せる状況は滅多にない」
ムホンもセワシと同意見だ。
ネモフィラはともかく、ジニアは全く力を出していない。
全力を出すまでもない相手としか遭遇していないせいで、背中を預けるに値するかどうか見極めが難しいのだ。少なくとも大抵の魔族は倒せる実力なので守る必要はない。
「さて、報告は以上か。怪しまれないうちに戻ろうではないか。任務も忘れずにな」
「了解であります。今後もジニア、ネモフィラ両名の監視任務を続けるであります」
テント方面に戻る二人をムホンは木に隠れたままやり過ごす。
最後までバレなかったとはいえ緊張で心臓の鼓動が速くなった。
深いため息を吐いた後、深呼吸して精神を落ち着ける。
「……さて、今の話をしっかり聞いていたな?」
ムホンは二本隣の木に隠れているローブの男に話し掛ける。
ローブの男は小さく頷き、それを肯定と取ったムホンは話を続ける。
「まだ上に報告しなくていい。裏切り者の可能性があるだけで確証はないからな」
「可能性……ですか。僕は信じたいですよ」
「そうだな、俺も信じたい。だから、信じるために調べるのさ」
テント方面にムホンが歩き出す。
「すまないが引き続き監視を頼むぞ。対象にバレないようにな」
ローブの男はまた頷き、手を振って帰るムホンの背を見送った。
現在の状況は非常に複雑。誰が味方か、誰が敵かを明確にするためにローブの男は動いている。組織には休暇願の紙を提出しているので、ローブの男は自由に動ける貴重な人間。
何としても監視対象が掛けられた裏切りの容疑を晴らしたいと強く思う。
* * *
二十五日前。ジニア達の出発日。
ダスティア第一支部の地下牢にて。
騒ぎを聞いて急いで駆けつけた中性的な顔立ちの男、ノッコルは目を疑う。
地下牢には捕らえたオルンチアドの人間五名が入れられていたはずだった。
いや、今も牢の中に入ってはいる。――死体として。
酷い有様だ。全員急所を貫かれて死んでいる。
五人中二人は首と頭が斬られ、他の三人は抵抗したのか細かい傷が多い。
数人で抵抗したにもかかわらず殺された現状からして、彼等を殺した犯人は彼等より遥かに強い手練れということになる。
「何てことだ。いったい、誰がこんなことを」
「侵入者じゃよノッコル君」
野次馬の兵士が騒がしいなか白髭を生やした老人が歩いて来る。
柔らかい表情だった老人、第一支部のブッチョ支部長は死体を見て目を細めた。
「オルンチアドとやらの仲間が口封じに来たんじゃろう。外部内部両方に気を付けないと、ノッコル君も殺されてしまうかもしれんよ。特に内部には細心の注意を払わなければね」
「まさか支部長、ダスティアの人間の犯行かもしれないと? お言葉ですが我らはダスティアに命を捧げた兵士。私的な感情で組織を裏切ったりはしません」
「おおさすが、壊滅したカイメツ村出身なのに復讐を我慢する男だけはあるね。……だけどね、全員が君のように誇り高き兵士ではないんじゃよ。分かっている情報を纏めればそれが分かるはずじゃよ」
ブッチョは「じゃ、儂は部屋に戻るから」と去って行く。
地下牢の壁に寄り添ったノッコルは、彼の言う通り情報を纏めてみる。
オルンチアドの人間が殺されたと発覚したのは今朝のこと。
見張りの兵士が朝食を持って行ったところ既に冷たい死体であった。
昨夜に夕食を運んだ際には生きていたので、犯行時刻は夕食後から朝食前の時間。
その間に面会目的で地下牢へと向かったのは四人。
見張りの兵士の証言によれば第二支部から来た三人、そしてジニア。
貴重な情報源の殺害を行えたのはこの四人ということになる。
「……一番疑わしいのは、あの少女か」
実は昨夜、ジニアは一人で面会に行っていた。
彼女がオルンチアドの人間に面会を求めたのには理由がある。
ネモフィラからの扱いに傷付いた彼女は、何か分かった風な態度で地下牢へと向かった。しかし実際は何も分かっていないし鉄格子の前に立っても何も喋らない。完全に時間を無駄にして部屋に帰った後、彼女は自慢げに『重要な事実が判明した。自力で辿り着いてみなよ、天才が導き出した真実に』と話した。
つまり、いつもの無駄な天才アピールである。
「だがもし第二支部の三人の内誰かが、もしくは全員がスパイになっていた場合は厄介だぞ」
野次馬のせいで騒々しい地下牢からノッコルは出て行く。
関係者のヒガにも伝えようとしたが、早くに仕事へ向かったので伝えられなかった。




