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14 自称天才、情報整理する


 カイメツ村での一件後。

 ジニア達はオルンチアドのメンバーと僅かに生き残った村人を連れて、カグツチの首都ホノにあるダスティア第一支部にやって来た。事件の関係者であるジニアとネモフィラは簡単な事情聴取と勧誘をされ、当然勧誘を断った二人は客室で休んでいる。


 本当はダスティアに来たくなかった二人だが、放っておけない人間が多く居たので同行を決めた。放っておけないのは情報源であるオルンチアドのメンバー、そしてカイメツ村での僅かな生存者だ。

 ダスティア支部に着いてから、生き残りの村人はホノへの移住準備を進めている。


「良かったよね。村の人達の移住、ダスティアの人達が面倒見てくれて」


「ああ。仕事も紹介してくれるし、住居を見つけるまで支部内に住んでいいってんだからな。生活に困ることはねえだろうよ。心の傷は一生癒えないだろうがな」


「……そうだね。亡くなった人も壊滅した村も、戻らないからね」


 カイメツ村が壊滅した事実は変わらない。

 ジニア達には今回の一件を引き起こした犯人、オルンチアドのメンバーへの怒りが溜まっている。彼等は全員牢屋に入れられたし、貴重な情報源なので拷問以外で危害を加えるのは許されない。怒りを静める方法は時間の経過しか残っていない。


「なあジニア、今聞いておきたいんだが本当なのか? ヨーク・ミスルとかいう奴がマクカゾワールを知らなかったってのは」


「うん、全然知らなかったっぽい」


 ヨークはマクカゾワールの名前に本気で困惑していた。

 演技には見えなかったし彼が演技する意味もない。


「オルンチアドって組織が不老を目指しているんなら、作ろうとした薬は絶対にマクカゾワールのはずだ。カタストロフ草を必要としていたしそこは間違いない。ヨーク・ミスル達が下っ端すぎて情報を与えられていないってのは、材料が合っていたことから考えられない。製薬結果は失敗して別物になっちまったわけだが」


「どうして失敗しちゃったんだろう。材料は知っていたのに」


「そこは奴等の証言待ちだな」


 ヒガ達には薬について聞き出すようネモフィラが念押ししている。

 ダスティアに所属する人間にとっても、人間を魔族に変える薬の情報は必ず欲しいもの。念を押さなくても大丈夫だとは思ったが念には念をだ。


「ただ一つ、現状でもはっきりしていることがある。ジニア、奴等は魔術って言葉を使った。そうだな?」


「そうだけど、それが何?」


 全く察せていないジニアにネモフィラは頭を抱えたくなる。


「この時代に魔術って言葉は存在しない。忘れたのか、この時代では魔術を奇跡と呼ぶ。奴等が知っているはずがないんだよ。今より未来の人間か、そんな人間と関わりがない限りはな」


 ネモフィラの言葉にジニアはカッと目を見開く。


「閃いた! あの人達は今より未来の人間か、未来の人間と関わりがあるってことか!」


「まあそういうこと。問題はオルンチアドの中に時空旅行者がいるってことだ。奴等がクスリシ村からマクカゾワールの資料を盗んだり、魔族化現象を引き起こす魔族を生み出したなら厄介だぞ」


 組織に時空旅行者……いや、時空犯罪者と呼ぶべき存在がいるのは間違いない。

 ヨークだけでなく他の人間も魔術を知り、使っていたのが証拠だ。

 オルンチアド全体に魔術を使えるよう存在を広めた可能性がある。

 つまりオルンチアドという組織は全員が魔術師かもしれない厄介な組織。

 実力がある分だけ好き勝手に動けるし被害も広まってしまう。


 二人が組織について考えていると客室の扉がノックされた。


「ジニア、ネモフィラ、俺だ。ヒガ・イシャだ。入っていいか?」


 三回ノックした相手はヒガなのでジニアは安心して「どうぞー」と言える。

 扉を開けて入って来た赤髪の男、ヒガは紙束を持っていた。


「何か用?」


「ああ、オルンチアドとかいう奴等の情報について共有したくてね」


「もう拷問が終わったのか?」


「どうやら奴等、拷問への耐性が全くないらしい。始まって三十秒程度で根を上げて、情報を洗いざらい吐いたらしいよ。もっと長くなるかと思っていたけど拍子抜けしたね」


 三十秒とは言うが、実際に拷問官がやったことは爪を一枚剥がしたのみ。

 ヨークの爪を一枚剥がすと絶叫し、何度も謝った後に情報をほぼ全て吐いた。他の連中に至っては彼の叫びを聞いてすっかり恐怖してしまい、拷問するまでもなく話している。


 纏まった組織の一員とは思えないくらい拷問に耐性がない。

 情報を渡せば仲間を裏切ることになるので、普通ならしばらく強い痛みにも耐えるところだ。しかし彼等は仲間を想う気持ちがないのかあっさりと口を開いている。


「奴等が自供した内容はこの資料に書かれている。目を通してくれ」


 ジニアとネモフィラはヒガから紙束を受け取って眺める。


 現在牢屋にいる連中は研究者のヨーク、助手のワン、トゥー、スリー、フォウの五人。目的は不老になれる薬を作ることで材料集めに精を出している。組織の他の人間がカタストロフ草をクサウリの町で買い占めたため、原産地のタッカイ山まで採取しに来ていた。


 不老薬製造に必要な材料で判明しているのはカタストロフ草、そして最近判明したマッドスネーク。とりあえず二つの材料を混ぜて調合した結果、人間を魔族に変化させる薬を偶然作ってしまう。同行していたファイブという助手が飲んで実証している。魔族に変化したファイブはヨーク達が殺した。


 マッドスネークの抜け殻を使って調合した薬があったが、ウッカ・リーという村人が飲料と間違えて飲んでしまい、魔族に変化してタッカイ山山頂に行ってしまう。


 マッドスネークのどの部位を使うのか分かっていないので部位ごとに分け、カタストロフ草と調合したが全て失敗に終わる。失敗と分かったのは、村で行なわれた宴の際に村人へと飲ませた結果だ。体調を良くしてくれる薬と言えば喜んで飲んだらしい。


「拷問官の話によれば、苦痛に怯えながら語ったのが嘘に聞こえなかったんだとさ。たぶんその紙に書いてあるのが奴等の知る真実だよ。一応まだ牢屋に捕らえてあるから聞きたいことがあったら行ってみるといい」


「うーん、特にないかなー。ネモフィラは?」


「……はぁ。ジニア、お前は戦闘面で天才でも頭脳は凡人未満だな」


「面白い冗談だね。私が凡人未満なら私以外は何になっちゃうのさ」


「何か気になることでも?」


 ヒガの問いかけにネモフィラは頷く。


「ああ。ヒガ、牢屋まで案内してくれ」


 要望は通ってジニア達はダスティア第一支部地下の牢屋に向かった。

 牢屋の数は少なく十箇所のみ。その内二箇所にはなぜか弱った魔族が入れられており、一番奥の牢屋にはヨーク達オルンチアドの人間が入れられていた。彼等はすっかり意気消沈といった様子である。

 薄暗い地下牢でネモフィラはヨーク達を見下して問う。


「おい、お前等に一つ訊きたいことがある。マクカゾワールを知っているか?」


「マクカ……? そんなものは知らん」


 覇気のないヨーク達は戸惑いながら首を横に振る。


「クスリシ村を魔族に襲わせたのはオルンチアドか?」


 ネモフィラの質問にジニア達はハッとする。

 ヨーク達が吐いた情報の中に不老薬の資料はなかった。

 存在を隠しているのか、はたまた何も知らないのか。

 仮に何も知らない場合、クスリシ村襲撃はオルンチアド以外の仕業かもしれない。


「クスリシ……製薬技術が有名な村。魔族に襲われたのか。俺達は知らない」


「惚けるな。お前等が夢見た不老になれる薬の資料があった村だ」


「不老薬の資料!? あったのか、その村に!?」


 一気に興奮した様子のヨーク達が立ち上がる。

 夢を抱いた子供のように彼等の目が輝く。


「……もう聞きたいことはない。帰るぞ」


 彼等とは対照的にネモフィラは冷めた目をして歩き出す。

 帰り道を歩く彼女の後ろでジニアとヒガは困惑して顔を見合わせた後、止まる気配のない彼女を小走りで追いかけた。


 地下牢から出たジニア達は人通りの少ない廊下を通る。


「ねえネモフィラ、あいつ等に確認したかったことってさっきのことなの? あいつら、マクカゾワールの資料があったことも知らなかったってことだよね? クスリシ村を襲ったのはあいつ等じゃないってこと?」


「質問が多いよジニア。まあ僕も気になるけどさ」


 ヨーク達の意気消沈した様子も、興奮した様子も演技には見えなかった。

 つまり彼等の言葉に嘘はない。

 仮に演技だとしたら役者の才能があるので将来役者になるべきだろう。


「一つはっきりしたのは、奴等がクスリシ村の件について何も知らないってことだ。そのせいでクスリシ村の襲撃犯について考えることが増えちまった。最悪な結果だったぜ」


 クスリシ村襲撃事件についてネモフィラの頭では高速で推理が進んでいる。

 真相のヒントとなるのは事件に居合わせたイア・ワセータ、オルンチアドに所属するヨーク達の証言。そして現場の状況。基本的にジニアから聞いた話をよく思い出し、頭の中のパズルを組み合わせる。


 証言一。露出の多い服装の若い男女を見た。

 これはオルンチアドのメンバーだと推察される。


 証言二。いきなり魔族が現れ、殺された人間が魔族となった。

 これは不老薬の失敗作を飲まされた人間が魔族化したと推察される。


 魔族化現象を引き起こす魔族がジニアの現代におらず、ネモフィラの改変現代に存在するのは誰かが失敗作の薬を人間に飲ませたからだ。現象の仕組みは薬物の成分が関係している可能性が高い。


 証言三。俺達は何も知らない。

 オルンチアドのメンバーが犯人だとして、ヨーク達が知らないなら彼等は関わっていない。情報伝達が上手くいっていない、もしくは敢えて彼等に伝えなかったと推察される。


「ここから導き出される答えは一つ。おそらく、オルンチアドも一枚岩じゃない。誰よりも早くマクカゾワールの資料の存在に気付き、クスリシ村から入手して独占した裏切り者がオルンチアドにはいる」


「――見事な推理だ。若き女性よ」


 廊下を歩いていると三人の男女がジニア達の前で立ち止まった。

 中央に居る大柄で筋肉質な見るからに屈強な男性がネモフィラを見つめる。


「実は私も同じ推理をしていてね。詳しく調査する必要があると思ったのだよ」


 紫の長髪を掻き上げてそう告げる彼を見てヒガは驚愕した。


「す、スパイダーさん! それに一等兵のムホンさんに二等兵のセワシさんまで!? な、なぜこの第一支部にあなた方が!?」


「知ってるの?」

「えー、ムホンムホン!」


 ムホンという男が咳払いして注目を集める。


「我々は近頃物騒なカグツチの様子を見に来た、ダスティア第二支部の人間だ。隣にいるこの大きな男こそ第二支部支部長のスパイダー。俺は一等兵のムホン、そっちの女が二等兵のセワシだ」


 短い紫髪の男性がムホン。白い長髪の女性がセワシ。

 三人が着ているのは、背中に剣を掲げる人間の絵が描かれた茶色のコートだ。第一支部の制服である白いコートとは色が違う。


「お前達のことは第一支部支部長から聞いている。今回のオルンチアドとやらが起こした事件に関わった奇跡使いの二人だろう。名前はジニアとネモフィラ。魔族を容易く殺せる実力者とか、不老薬について知っているとか」


 既に知られているがジニアとネモフィラは一応軽く自己紹介しておく。

 聞いている間にムホンがまた咳き込んだ時、セワシが「蜂蜜です」と太いビンを渡す。蜂蜜入りのビンを受け取ったムホンは蓋を開け、甘い匂いの蜂蜜を一ビン飲み干した。

 自己紹介が終わった後にスパイダーが喋り出す。


「今回の一件、私達第二支部も無関係ではいられん。オルンチアドが人間を魔族に変え続けたら私達の国にも被害が出るだろう。いや、もう出ていたのかもしれん。そこでジニア、ネモフィラ、私達と共に不老薬の材料を取りに行かんかね? 運が良ければオルンチアドの人間も来ると思うのだよ」


 秘薬の材料探し途中のジニア達にとっては願ってもない話だ。

 材料は欲しいし、オルンチアドは一人でも多く捕まえて被害を減らしたい。


「……その材料ってのは?」


聖神泉(せいじんせん)に心当たりはない。狙いはマッドスネーク」


「丁度いい。オレ達も次はマッドスネークの抜け殻を探そうと思っていたんだ」


 聖神泉は童話に登場する場所なのでネモフィラも心当たりがない。せめて大まかな場所、どの町の近くにあるかくらい分かればいいのだが手掛かりは何もない。秘薬の材料探しで聖神泉は一番最後にしようとネモフィラも思っていた。


「ジニア、こいつ等と手を組んでもいいよな?」


「よく分かんないけどいいよ」


「分かれよ。重大なことだろ今の話」


「……ふっ、天才の頭には付いて来られないようだね」


「話に付いて来られないのはお前だけどな」


 残念だがジニアはネモフィラが推理し出したあたりから思考停止している。

 スパイダー達や自分の自己紹介の時は頭が働いていたが、それ以外の話はほとんど頭に入っていない。とりあえず、ネモフィラからマッドスネークの抜け殻を手に入れる旨だけ聞かされて理解した。


「ごめんジニア。僕も一緒に行きたいけど仕事が残っているから」


 ちゃんと話に付いて来ていたヒガが残念そうに告げる。


「仕事があるならしょうがないよ。縁があったらまた会おう」


「うん、きっと会えるよね。一度別れても再会出来たんだ。二度目の再会だってきっとある。そう信じていれば寂しくないや」


「そうそう、百度目の再会だってありえるよ」


 何回別れを繰り返すつもりだとネモフィラは言いたくなる。

 ヒガは最後にジニアと握手して、次の仕事をするために去って行った。



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